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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
93/235

93 秋望(1)

 僕は次代の『鍵』の様子を水鏡に映す。


 釣殿に居るのは仲睦まじい少女と青年。

 午後の陽だまりの中で、青年がどこかで調達したであろう薄い赤色の撫子の花を、そっと少女の髪にさす。

 頬をうっすらと染める少女に、青年が甘い視線を向け微笑んだ。

 その後、少女の手を取った青年が何かを言うと、少女が首を横に振る。

 そんな少女を愛おしそうに青年は見つめると、少女の手を引き自分の腕の中に閉じ込める。

 少女を後ろから抱きしめる青年の表情は、どこまでも甘い。

 そして、抱きしめられる少女は頬を染め、それでも幸せそうに微笑む。


 そう、仲睦まじい思い人(恋人同士)の姿だ。


 映し出される水鏡を見て、僕の口元には笑みが浮かぶ。

 それは二人の姿を見て、微笑ましいからではなく。

『鍵』を見つけた時の、あの感情が蘇るから。

 あの子が選ばれた時の、あの高揚感は今でも忘れられない。

 飛ばされた綿毛がたどり着いた、いくつもの魂の卵。

 その中で、ひと際明るく輝くものを見つけた時のあの震える思い。

 この『鍵』ならば、自分の思い描く世界が出来るのかもしれない。

 いくつもの世界を作り、それが消えていく虚しさ。

 まるで自分が選んだものが、欠陥品と言われている気分だった。


天之御中主神(おまえ)の選ぶ『鍵』は所詮この程度だ」


 そう言われているようで。

 何度選んだ魂が『鍵』として宇宙(世界)を作り上げても、終わりを迎えてしまう。

 他の神々が導いても、知恵を与えても。

 最後はみんな同じだ。


 ナゼ、終ワルモノヲツクルノ?


 だったら、終わりを迎えない宇宙(世界)を造ればいい。

 僕が思う、理想の宇宙(世界)を。


 僕の飛ばす綿毛によって選ばれる、尊く、可哀想な、神々の思惑だけで輪廻から外されてしまう魂。

 だけど、創造主と言う力を持つ僕にはわかる、次代の『鍵』(彼女)の持つ稀有な巨大な秘めた力。

 この力であれば、僕の望むものが作れると気がついた時、本当の意味での創造主として、宇宙を造る事が出来ると心躍った。

 だけど、『(彼女)』だけでは足りない事に気がついてしまった。

 幾ら『鍵』が優秀で、今までにない力を秘めていたとしても、中枢(受け皿)が今のままではまた同じ事だ。

 僕が選んだ最高の『鍵』に、相応しい中枢(受け皿)を作らなくてはいけない。

 さあ、どうする?

 この単調でつまらない宇宙(世界)を、面白くする為にはどうしたらいい?


 天界の神々はまだ、『鍵』(彼女)の本当の価値を分かっていない。

 今回『鍵』と接触した根の者も分かっていないだろう。

 あの、小さな魂の本当の価値を知っているのは僕だけだ。


『鍵』(あの子)の本当の価値を知ったらみんなどうするんだろう?」


 誰も聞いていないのに、誰かに聞かせるように僕は呟く。



 さぁ、何から始めようか。








 人知れず、内親王だった欣子(よしこ)の弔いが行われる。

 今回、一番辛い思いをしただろう咲子(えみこ)の願いもあって、弔い後に父である帝と母である圭子(たまこ)は一度だけ墓に参る事が許された。

 東宮が昭仁(あきひと)に伝えたように、帝は一年後退位となる。

 僉議(せんぎ)での決定を聞かされた帝は、ため息と共に承諾する。

 それと同時に、東宮に問うたのは圭子の事だった。


承香殿(しょうきょうでん)女御(にょうご)殿は、大和国(やまとのくに)にある官田(かんでん)での蟄居(ちっきょ)となり、近くそちらに移る事になりましょう」

「そうか・・・」

「此度、欣子が起こした騒動の重さを考えれば、かなり寛容な処置だと思いますが、それは帝に対しても同じでしょう。本来であれば、月影の家との関係を考えれば、それなりの事を望まれても皇族として受け入れるしかなかったのを、この程度で許されたのです。月影の当主とその内儀となる躑躅(つつじ)の姫に感謝してください」

「あれは都での暮らししか知らぬ・・・」

「それは私の与り知らぬ事。沙汰は全て伝えてありますが、いまだ納得は出来ない様子。()()()()今のような贅沢は出来ぬと言い聞かせてください」


 内親王という立場でありながら、自分の望みが叶わぬからと我ら皇族にとっての要である、月影の家に対しての前代未聞の暴挙を起こした事に、何か思うよりも自分の寵姫への心配なのか、と、東宮は呆れる。


 ―つくづく、帝という立場に向いていない方だ。


「帝の退位は一年後、退位までの期間はあくまでも形だけで帝という役をお勤めください。帝としての沙汰は私が執り行います。これに関しては、僉議での決定も済んでおります。また、退位後は錦部郷に屋敷を用意いたしますので、そちらに移っていただきます」

「なぜ・・・」

「なぜとは、承香殿の女御殿と別々になるかという事でしょうか?」


 淡々と告げる東宮の言葉に、帝が東宮から目を逸らす。

 それを見て、東宮がわざとらしくため息をついた。


「承香殿の女御殿は、欣子の養育に対し間違いを犯しました。また、帝も然り。承香殿の女御殿にも欣子にも、咎める事も正す事も出来なかった貴方様に任せられるはずがないでしょう?」


 容赦ない東宮の言葉に、帝は項垂れる。


「本来であれば、欣子の父として貴方様は源家に頭を下げなければならなかった。なのにそこに配慮も出来ず寵姫の心配とは」


 その言葉に、帝が慌てて頭をあげる。


「今更結構です。ああ、それと」


 口を開きかけた帝を制して、東宮が言葉を続ける。


「先日、欣子が弔われました。本来であれば罪人として捨て置かれる所を、躑躅の姫の恩情で弔いとなりました。貴方様と承香殿の女御殿は、蟄居の前に参る事が出来ます。これも月影の当主殿と躑躅の姫の配慮である事をお忘れなきように」


 そう言い終わると、東宮は話は終わったとばかりに頭を下げ、その場から退出する。

 残された帝は、自分の犯した罪を後悔するように俯いた。




 東宮が帝へ伝えている間、両大臣が圭子の元に訪れる。


「何故! 何故わたくしが大和国などに・・・!」


 今後の自分の処遇を聞かされた圭子は咄嗟に反発の声をあげる。


「今までの月影の家、およびご内儀となる姫君への度重なる不埒な振舞。それに加え前代未聞の野宮での事。母である承香殿の女御殿は責を取り、女御の身分はなくなり、大和国での生涯の蟄居と決まりました」

「わたくしは、わたくしは悪くない! 事を起こしたのは欣子ではありませんか!」

「その欣子様の母は、貴女様でございます」

「帝は、帝はなんと・・・っ」

「帝も一年後の退位後、錦織郷の屋敷でお過ごしいただきます」

「では、わたくしも」

「それはなりません。内親王と言えども、我が子として傍に置いたのに咎める事も正す事も出来なかった責は、帝も承香殿の女御殿も同じでございます」

「いやよ、都から離れ、内裏の暮らしから大和国なんて、そんな惨めな事・・・」


 そう言いながら、圭子がはらはらと涙を零す。


「何を申されてもこの決定は覆ることは御座いません。それから、先日欣子様の弔いが行われました」


 大臣からの言葉にも反応する事もなく、圭子は「嫌だ、嫌だ」と顔を伏せたままだった。それを見て両大臣は顔を見合わす。


 ―あんなに溺愛をしていた、内親王の弔いについてよりも我が身の事か・・・。


 お互いが同じ事を思ったのだろう、同時にため息をついた。


「東宮様の御指図ですのでお伝えいたしますが、本来弔いはなくとの沙汰でしたが、月影の当主殿とご内儀様の配慮で、弔いを行いました。承香殿の女御様は、大和国へ向かう際に参る事が出来ます」


 そう告げ、両大臣が退出したあとも、圭子は欣子の事を問う事も顔をあげる事もなく、泣き続けるだけだった。

 それから一週間後、圭子は大和国へと向かうが、眠る欣子の元へ足を運ぶ事はなかった。






 少しずつ秋が深まり、京の都や山々が赤く色づき始める。

 京にある藤原邸の庭も、もみじや楓が鮮やかな赤や黄色に色づき始めた。

 あれから随分と回復した咲子(えみこ)だが、周りはまだ変わらず心配をする日々だ。

 大内裏も随分と落ち着き、咲子の父である藤原盈時(ふじわらみつとき)も目付の仕事へと戻った。

 咲子が目覚めてからは、昭仁(あきひと)は以前のように宮中からの帰りに藤原邸に寄り、夕餉(ゆうげ)が終わり、日が沈み始めると源家へと戻る。

 その日も、いつものように藤原邸へと立ち寄った昭仁は、夕餉を終えた後、咲子と盈時へとある提案をする。


「躑躅も随分身体の調子も戻ったようですが、ずっと屋敷の中では退屈でしょう? 宜しければ都の外れに構えている、源家の別宅へと行ってみませんか?」


 その言葉に、咲子が琥珀色の大きな瞳を瞬かせる。


「月白様の、別宅ですか?」

「はい。まだ公にはしていませんが、一年後には帝が退位をして、東宮様が即位されます。その準備の為、年が明けると私も少し忙しくなるのです。それに、今回の事もあって東宮様より少しの休暇もいただきました。折角ですので、躑躅と義理父上様にも、ゆっくりしていただこうと思いました。どうでしょう?」


 昭仁の言葉に、咲子がキラキラと瞳を輝かせる。


「いずれ躑躅も別宅を使う事になるでしょう。あちらに居る者達も、躑躅に会う事を楽しみにしているんですよ」


 可愛らしい咲子の反応に、昭仁は蕩ける様な笑みを浮かべる。


別宅(あちら)は里山に近いので、紅葉がとても綺麗です。躑躅とも約束をしたでしょう? 元気になったら紅葉を見に行こうと。勿論、浮島殿や御劔の皆も一緒に。祖父が建てた物なので、広さは十分ありますよ」

「月白様は、よく行かれるのですか?」

「ええ。紅葉の時期になると行っていました。大きな池も敷地にはありますし、野山も手入れがされているので、景色を見ながら歩くのにも良いかと」

「父上様も、浮島も、御劔も一緒に行けるなんて嬉しいです。それに・・・」


 そう言うと、咲子か恥ずかしそうに俯く。


「どうしましたか?」


 その様子に、昭仁が心配そうに咲子の顔を覗き込む。


「月白様が約束を覚えていて、それを叶えてくれるのが、とても嬉しいです」


 そっと顔をあげ、はにかみながら伝える咲子の言葉に、昭仁は甘く微笑んだ。









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