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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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91 桐一葉(4)

 昭仁は先を歩く浮島(うきしま)に連れられ、藤原邸の釣殿に向かう。

 釣殿は幼い頃から咲子(えみこ)にとってお気に入りの場所で、庭を眺め、花木を愛で、時に午睡を行っていた場所だ。

 また、昭仁にとっても愛しい咲子から気持ちを伝えられた、大切な思い出の場所だった。


「浮島殿」


 釣殿にたどり着き、暫し言葉無く池を見つめていた浮島に昭仁が声を掛けると、意を決したようにゆっくりと昭仁の方へと向く。


「源昭仁(みなもとのあきひと)様。これからとても大事な、姫様に関わる事をお話いたします。この釣殿には暫し人(・)の(・)子(・)は立ち寄れません」


 静かに話を切り出す浮島の言葉に、昭仁は頷く。


「まず、わたくしは人の子の世では『浮島』と名乗っておりますが、本来の姿は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と呼ばれる、神々の一人でございます」


 その言葉と供に、浮島の姿が人から天界の宇迦之御魂神へと変わる。


「そして、姫についております御劔(みつるぎ)達。この者達は我が神使(しんし)であり、仙弧(せんこ)と呼ばれる者」


 庭から釣殿へとあがる入口側に、いつの間にか迅雷(じんらい)、宵闇(よいやみ)、颯水(はやみ)、封土(ふうど)、不知火(しらぬい)の五名が控えている。

 五人から昭仁が視線を浮島へと戻すと、目の前の宇迦之御魂神の姿から元の姿に戻っていく。


 宇迦之御魂神。

 五穀豊穣、稲に宿る神と呼ばれ、都だけではなくどの地域でも身近な神として崇められる神だ。

 また、伏見山では稲荷神としても信仰され、その使いとして狐がいるとされている。


「驚かれないのですね」

「先日の颯水と迅雷の姿を見ておりましたので・・・。まさか、浮島殿が宇迦之御魂神様であるとは思いもよりませんでした。神のお一人である貴女様がなぜ、躑躅(つつじ)の側に?」


 そう言うと、昭仁は尊い身である浮島へと礼を取る。


「改まらなくて良いのです。今まで通りの態度を我らは望みます」


 柔らかい表情で浮島に言われ、昭仁はゆっくりと立ち上がる。


「月白様の問いは、これからわたくしがお話する事でもございます」


 そう呟くと、浮島は揺れる池の水面へと視線を送る。


「月白様は、この世界の成り立ちをご存知でしょうか・・・」



 この世界は神々の住まう天界、人の子の住まう葦原中国(あしはらのなかつくに)、死者の住まう黄泉国(よみのくに)そして、そのものとも無し輩(ともがら)達の住まう根堅洲国(ねのかたすくに)の四つの世界がある。

 その中の葦原中国と呼ばれるこの人の世は、神々の作る「箱庭」の世界だという。

 葦原中国だけではない。

 宇宙と呼ばれる広い空間が存在し、それを含め神々の間では「箱庭」と呼ぶ。

 この箱庭を作るには、宇宙を成り立たせる中枢と言うものがあり、それを開く為に「鍵」と呼ばれる存在が必要になると言う。

 その鍵は、数多生まれ出る人の子の魂から選ばれ、選ばれた人の子はその生涯を終えた時、「鍵」として中枢の元へと旅立つ。

 その「鍵」を選ぶのは神の一人のである、創造神の天之御中主(あめのみなかぬし)神(のかみ)という。

 箱庭を作る為に選ばれた人の子は、その魂が人の子としての生涯を終えた時点で「鍵」となり、その魂は輪廻の輪から外れる。



「姫様は、その『鍵』としての宿命を担っておいでです」


 今しがた浮島が伝えた神々の事、この世界の事、全て初めて耳にする事ばかりで俄かには信じられない昭仁だったが、何より愛しい姫がその『鍵』であると言う事に衝撃を受ける。


「また、姫様の『鍵』としての力は、歴代のどの鍵よりも大きく、今までにない宇宙の根底を覆す可能性のものと出ております。その為、悪しきものが姫様に手出しができぬよう守る役目を、わたくし達が担いました」

「・・・それは、姫の命は神々の手にあるという事でしょうか」


 絞り出すように告げる昭仁の言葉に、浮島が微笑む。


「姫様の寿命は、布刀玉命という占術の神が見た所、全うすると出ております。ですが、姫様自身が『鍵』である事が知られれば、手に入れようとする輩が出てきます。その輩から守る為に我らが傍に居るのです。此度の事がなければ、我らはただの『浮島』と『御劔達』として、姫様が月白様へ嫁いだ後もお傍に仕えておりましたでしょう」


 浮島の語られる言葉に、昭仁は視線を浮島へと向けた。


「何故、私に告げようと思われたのですか?」

「姫様を襲った呪詛を解く為、貴方様はご自身の命に代えてもという気持ちでございました。わたくし含め、御劔達も元は宇宙の安寧の為という気持ちであったものの、姫様をお傍で見守り仕えていくうちに、それだけではない思いを持ってしまったのです」


 そう言うと、浮島が御劔達へと視線を向ける。

 彼らはその場に膝をつき頭を下げている為、見えるのは口元だけだが、その纏う空気は普段見るものと変わらない。

 何時か迅雷が自分に言った言葉を思い出す。


 ――御劔衆(俺たち)は姫さんを守ることが務めだが、姫さんはその垣根を越えて家族として接してくれる。姫さんは御劔衆(俺たち)に色んな感情を与え教えてくれた。だから、御劔衆は務めではなく姫さんを守りたいと思ってる。


「あの小さな体に秘めた力の為、神々やその他の者達に振り回される事の無いように、我らが守りたいと。それは、月白様も同じだと思ったのです。聞きたくはなかった、と、お怒りになるのはわかっております・・・」


 そう言うと、浮島は昭仁へと向きなおす。


「姫様を心から慕い求める月白様だからこそ、隠しておく事は出来ぬと」


 昭仁の瞳を見つめ、告げる浮島の表情は硬い。


「あと、もう一つ」


 そう言うと浮島が意を決したように口を開く。


「姫様は子を成す事が出来ません」


 そう告げると、浮島はゆっくりと昭仁から視線を外す。


「・・・子を成せない?」

「はい。これは『鍵』として選ばれた者の宿命。『鍵』として輪廻から外れる為、その血を、魂を残す事が出来ません」


 浮島の言葉を聞いた昭仁は、ぐっと手を握りしめる。


「・・・躑躅は、神々の勝手で『鍵』に選ばれ、危険に晒され、挙句子を成す事が出来ぬと!」


 低く呟いた昭仁の声が、怒声へと変わる。

 はじめて心から求め、我が手に欲しいと愛した躑躅の隠された秘密。

 貴族の娘として生まれたのであれば、嫁ぎ先で跡継ぎを産み育てる事が第一とされる。例えそれが男子(おのこ)でなくても、子が居ると居ないとでは違ってくるのだ。


「その事を躑躅は・・・」


 昭仁が絞り出すように伝えると、浮島は首を横に振る。


「姫様はご存じないまま、今生を終える事になるでしょう。また、我らも知らせるつもりは御座いません。姫様には人の子としての幸せに包まれて過ごして欲しいのです。この事を月白様にお伝えする事で、迷われる事も分かっております。此度の事もあり、今後姫様を狙うものも出て来るでしょう」

「姫の秘密は、人(・)以(・)外(・)では知られている事なのですね」

「はい。その為に我らがおります。今、姫様は人の子として過ごしておいでですが、正直、月影の家をしても荷が重い事かもしれません。そうなれば、我らの地で保護し守る事、神の力でもって手出しする者を払う事は出来ます」

「・・・それは、躑躅を人の世から切り離すと?」

「・・・はい。その場合、姫様自身の人の子としての記憶、そして姫様と関わった人々の記憶を消す事となります。姫様が月白様を思うお心も記憶も。そして月白様の姫様へのお心も記憶も。それも一つの選択でございます。記憶がなくなれば、それは『無かった事』としてこの世界は進むのです。また、子を成す事が出来ぬ事で、月白様も家を継ぐ者を考えるでしょう。お望みであれば、姫様はこのまま人の子として過ごし、姫様と月白様との関わる記憶のみ無くす事も可能でございます」


 浮島の告げる言葉に、昭仁が目を瞠(みは)る。


 はじめて躑躅を見かけた時の、あの感情を。

 はじめて自分へと微笑んでくれたあの笑顔を。

 名を呼んでくれる、愛らしい声を。

 この釣殿で、躑躅からの想いを告げられた事も。

 全てなかった事に、する?


 ――それは、嫌だ!


「・・・それは私が許さない。躑躅は、私のものだ」


 これから自分の手で躑躅を守り、自分の腕の中で移り変わる季節と年月を過ごす事を心に誓ったのだ。

 握りしめた昭仁の手の爪が掌に食い込み、血が滲む。


「躑躅が子を成せないのであれば、養子を取ればいいだけだ。闇の者が躑躅を求めるのであれば、私の持つ月影の力で薙ぎ払おう。神々の思惑でこの世界が存在するのであれば、私はその世界の中で、躑躅が私の腕の中で幸せに微笑む事だけを第一としよう」

「それは・・・」

「・・・たとえ『無かった事』になったとしても、私は生涯、自分が分からない喪失感を抱えていくだろうとわ(・)か(・)る(・)のですよ」


 そう言うと、昭仁は意を決した瞳で浮島を見る。


「先ほど、浮島殿も言われたではありませんか。『姫様には人の子としての幸せに包まれて、過ごして欲しい』と。ならば私がその役目を担うまで」


 昭仁の視線を受け止めた浮島が、ゆっくりと息を吐く。


「宜しいのですか?」

「躑躅がいなくなれば、私の魂は欠けてしまう。私の方が、躑躅に捕らわれてしまったようです」


 そう言うと、昭仁は柔らかく微笑む。


「月白様」


 浮島が、そっと血の滲んだ昭仁の右手を取る。


「血が滲んでおります。このままでは姫様が心配されてしまうでしょう」


 そう言うと、浮島は両手で昭仁の手を包むと、そっと息を吹きかける。


「貴方様が御心を決めたのであれば、我らは姫を守り、貴方様の手助けを致しましょう。貴方様と同じく、我らもまた姫様を愛してやまないのですよ」


 そう言って手を離すと、昭仁の傷がふさがって滲んだ血の跡も無くなっている。それを見た昭仁が驚きの表情を浮かべた。


「わたくしは姫様を我が娘と思い、お育ていたしました。それはこれからもです。ですから、くれぐれもこのようにご自身を傷つけて、姫様を悲しませぬようにお願いいたしますね」

「御劔も姫さんを第一とするのは変わりない。だが、同じく姫さんを大事に思う公卿(くぎょう)様も同じように守ると、宇迦之御魂神様の前で誓う」


 浮島の言葉に続き迅雷が告げると、昭仁が微笑んだ。


「ならば、私は全身全霊をかけて躑躅を愛し、守る事を誓おう」


 そして、昭仁は考える。

 咲子が輪廻の輪から外れるのであれば、自分はどうするのかと。






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