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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第二章 泊瀬斎宮
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70 黄泉路(4)

 源昭仁(みなもとのあきひと)はきらきらと月の光を反射する白銀の毛並みに跨り、京の都を風のように駆け抜ける。


「意外に驚かねぇんだな」


 大きな白狐の姿となった迅雷(じんらい)が、前を向いたまま昭仁に問う。


「いや、十分に驚いている」


 そう言うと、迅雷の首元、そして並走する同じく白狐の姿となった颯水(はやみ)へと視線を向ける。

 六尺六寸(2m)は有ろうかという大きな体に、見事な毛並みを持つ()()だが、狐の姿になっても誰かわかってしまう事に知らずに昭仁の口の端があがる。


「察しておられるようですが、私達は浮島様の神使(しんし)です。浮島様と共に姫様を守る為、姫様が幼き時から傍にいます」

「浮島様について俺達からは話せない。あとで浮島様から聞けばいい」


 走りながら言う二人に、昭仁が頷く。


「ああ、勘違いするなよ。言っておくが、俺達も浮島様もただ役目の為に傍にいるんじゃねぇよ」

「姫様は無垢です。だけど、聡く賢く、誰よりも優しい。あの方の心根に触れて惹かれないと言うものがいるでしょうか」

「良くも悪くもいろんなものが寄っちまう」


 本人に自覚がない分、危なっかしいんだよ、と迅雷が笑う。

 二人が言うには、自分達の事は知らせるつもりなく、傍に居続けるはずだった。勿論、昭仁にもだ。

 今回の事がなければ、正体を隠し、人として咲子を守り続けたと。


「今回浮島様が、態々(わざわざ)俺たちを公卿(くぎょう)様につけたのは姫さんの為だ。公卿様は「命に代えても」と言ったが、姫さんが無事戻っても公卿様がいなければ姫さんは涙にくれるだろう。そんなのを浮島様は望んじゃいない」


 それに、と迅雷が続ける。


「俺達もそれには異議はない。姫さんが泣く顔は見たくないからな。あと、公卿様がいつも相手にしてる妖や怨霊の類であれば、俺達がでる必要はなかったと思うぜ。だが、今回は相手が悪い」


 前を見据えたまま、迅雷の目がすっと細められた。


「其方たちの言う、『そのものとも無し(ともがら)』とは? 妖や怨霊の類とも違うようだが・・・」


 怨霊や妖や通常の呪詛師が関わるのであれば、あのように手こずる事はない。いくら幾重にもかけられたとしても、咲子(えみこ)の呪詛の種を探しだした時のような、もどかしさは経験したことがなかった。

 あの嫌な焦りを思い出し、昭仁は自分の右手を見つめ、握る。


「あれは実体があって、実体のないもの。根之堅洲國(ねのかたすくに)の者達です」

「あれが・・・、根の国の者か」

「流石、ご存知でしたか」

「実際、対峙するのは今日が初めてだ」


 あの(もや)や、庭から湧き出るように現れた影達も、得体のしれない不快を感じる者達だった。


「今回の呪詛には根之堅洲國が関わっている。あれらが関わると少々厄介だ」

「我々は神使の為、『そのものとも無し輩』には刃を向け払う事は出来ます。ただ、そこにまだ『人との繋がりを保った者』に関しては手を出す事が出来ません。これは浮島様が人と共にある神だからです」

「『人との繋がりを保った者』、欣子内親王の事か」

「はい。まだ、かの方は完全に闇には落ちていない。ただし、あの呪詛を見れば同化していくのは時間の問題でしょう。内親王を救う手立ては死のみと覚悟ください」

躑躅(つつじ)を呪う為に、闇の者と手を結んだのか。かといって許すほど私も寛容ではない。死の選択だけしかないのであれば仕方あるまい」


 昭仁の言葉に、二人が頷く。


「今回、内親王がどうやって根之堅洲國の者と手を組んだのかが気になります。あれらは我々が姫様の傍にいる事は察知している筈」


 この世界には、神々の住まう天界、人の住む葦原中つ国(あしはらのなかつくに)黄泉(よみ)、そして異界である根之堅洲國があるという。

 根之堅洲國は輪廻から外れた者達や、魂が「そのものとも無し輩」に絡めとられ、闇に染まった者達が住まうという場所だ。大抵のものが形を成さず、藤原邸でのような、影の姿を持つという。


「根之堅洲國も姫さんが欲しい。正確に言うと、『役目を持った姫さんの魂』だな」

「・・・姫の役目とはいったい?!」


 あの小さな咲子に何があるのか、と、昭仁が眉根を寄せて問う。


「それは俺達の口からは言えねぇな。これが終わったら浮島様が話して下さる」

「まずは、姫様の呪詛を解くのが先です」


 二人に諭され、昭仁が頷く。


「そうだな。まずは躑躅にかかった呪詛を解くのが先だ」


 御劔や浮島に聞きたい事は山とある。

 だが、藤原邸を発つ時に浮島が昭仁に言った言葉を思いだす。


『姫は我が娘と思って育ててまいりました。此度の事が終わりましたら月白様に全てお話いたします。わたくし共をどうか信じて下さいませ』


 あの言葉に偽りはなく、昭仁と同じ、咲子を案じ思う心だった。


「公卿様、見えてまいりました」


 隣からかかる颯水の声に、昭仁が顔をあげる。


「こりゃあ、派手にやってくれたもんだ」


 迅雷の言葉の通り、野宮である泊瀬斎宮は藤原邸で見たと同じ、黒い靄に覆われ、影が(うごめ)いている。

 影達に怯え、それでも守ろうとしているのだろう。検非違使(けびいし)蔵人(くろうど)達が影と対峙しているのが見えた。


野宮(ののみや)がこのようになるとは・・・」

「野宮だから、だな」


 本来、野宮は清浄で結界の貼られた土地だ。

 清浄な場となる空間は、丸い半球体に覆われているようなもので、浄化の地ではあるが大きな変化はない。

 それを日々斎宮となる者が清浄潔斎を行う事で、神聖な場へと変化していく。また、斎宮となった者もその過程を行う事で、神と通じる力を得る。

 だが、中にいる本来神に仕えるはずだった者が闇の力を招き入れたらどうなるか。

 純粋な空間は善だけではなく、悪にも養分となるのだと迅雷が言う。


「あれは・・・っ!」


 逃げ惑う人の中に、門前で何かを叫ぶ女人が見えた。


「このままじゃ余計騒ぎになる。一旦人に戻るぞ」


 迅雷の言葉に昭仁が背から飛び降りると、次の瞬間、迅雷と颯水がいつもの姿へと変え、昭仁と共に泊瀬斎宮(はつせいつきのみや)へと向かった。




「内親王様!」

聿子(いつこ)様、ここは危険です、はようお逃げくださいっ!」


 黒い靄と影が蠢く野宮から聿子を離そうと、検非違使が二人がかりで抱え、野宮から距離を取ろうとする。が、靄がするりと三人を囲む。


 ザッッ!!


 空を切る音が響き、次の瞬間三人を囲んでいた靄が霧散する。


「聿子殿!」

「・・・月白様、なぜここにっ!」

「話は後で、まずはお逃げください」

「欣子内親王様が・・・っ!」


 そう言うと、聿子は昭仁の袖をつかむ。


「ああ、よくわからないのですが、野宮が急に暗くなったので、慌てて内親王様の室に向かったら・・・向かったら!」


 そう言う聿子の顔は、薄暗い中でも青ざめているのが分かる。


「・・・内親王様の周りに黒い影が蠢いていたのですっ このようなっ! 野宮のような清浄な場所で、こんな・・・っ!」

「検非違使達、ここは其方たちの手には負えぬ。これは月影が請け負うべきもの。聿子殿と動けるものを伴い、急ぎ逃げよ」

「このまま西へ行け! 桂川の手前に祠がある、あそこならこいつらは近寄れない!」


 靄と影を切りながら迅雷が言うと、検非違使達はこくこくと頷いた。そして昭仁へと縋る聿子を伴い、迅雷が教えた方角へと進む。


「結構な量を呼び出しましたね」


 同じく纏わりつく靄を切りながら、颯水が言う。


「『そのものとも無し輩』は我らにお任せください。公卿様は急ぎ呪詛を!」


 颯水の言葉に昭仁が、弾かれるように野宮の中へと走りだした。





「ふふふ・・・。ああ、あの女子(おなご)が苦しむのが見えるわ」


 うっとりと火鉢の中を覗き込み、欣子が呟く。

 ぱちぱちと髪の毛と細木が燃える音を聞き、そこへふぅと欣子が息を吹きかける。


「さあ、早く燃えてしまいなさい。そうすればわたくしの願いは叶うの」


 新しい空気が注ぎ込まれ、呪符が一層赤い火をつけてじわりと燃える。


「あと、どのぐらいかしら。早く燃えれば良いけど、そうすればあの女子の苦しむ時間が少なくなってしまう。ああ、あと一刻もすれば・・・」


 次の瞬間、大風が吹き抜け、火鉢にある呪符が床へと舞う。


「ああっ! 何てことっ・・・! まだ火は消えていな、」

「それが躑躅を苦しめている呪符か」


 背後から聞こえた声に、欣子がびくりと反応する。

 聞き覚えるあるその声に、欣子は口元に笑みを浮かべたままゆっくりと振り返る。


「ああ、月白様・・・。わたくしをやっぱり選んでくださるのですね。あの女子はもうすぐ死ぬ。そうすれば」

「躑躅を死なせはしない」


 冷たく響く声に、欣子が目を見開く。


「なぜッ! 無駄よ、だってあの女子の命はわたくしの手の中。これが燃え尽きれば終わってしまうのよ!」


 次の瞬間、大きく屋敷が揺れ、衝撃に欣子の袿の袖が宙を舞い、火鉢へと倒れ込む。

 火鉢が派手な音を立て、中に残っていた組木と灰が床に広がり、中から咲子の意識の中にあったのと同じ、黒い蔦がまとわりつく髪飾りが転がり出た。

 飾りをみた昭仁が目を(みは)る。


 ―躑躅の飾り! あれを形代としたのかっ!


「もう遅い! あの女子は死ぬ運命。幸せになるのはわたくしだもの!」


 火のついたままの呪符を握りしめ、欣子が叫ぶ。

 次の瞬間、欣子の身体が妻戸(つまど)へと打ち付けられた。


「か、かはっ・・・」

「言ったではありませんか。『我が妻への関りはお控えください』と」


 衝撃で咳き込む欣子の傍に、先程火鉢から出た咲子の飾りを手にした昭仁が立ち、欣子の顔が恐怖に歪む。


「わ、わたくしは・・・悪く・・・」

「我が妻を呪詛によって死に至らしめようとした罪をまだ認めぬと。いいでしょう。でも、内親王様は手を出してはいけない闇の者と手を組んだ。闇の者として生きるか、ここで死を選ぶかの違いです」

「や、闇の者なんて知らな・・・」


 言いかけた途端、どくん、と大きな心臓の音が身体を貫き、欣子の言葉が止まる。


「これは闇の者が関わる呪詛。そしてあなたの呪詛は失敗です。あなたは躑躅の飾りを形代としたようですが、今私の手の中にある。ご存知でしょう? 呪詛が失敗すれば、かけた者に返ってくる事を」

「いや・・・よ。いや。わたくし、は・・・」


 そう言うと、昭仁は術式を唱え咲子の飾りにまとわりつく黒い蔦を払う。

 バチバチバチッという音とともに火花があがり、弾かれた蔦が飾りから炭となって落ちた。


「いや、い・・・や、たすけ、いやああぁぁ!」


 欣子の叫びと共に、まぶしい光が室内を覆った。







根之堅洲國ねのかたすくに

日本神話に出てくる第四の世界です。根之堅洲國は古事記での表記です。

黄泉へと下る黄泉平坂を通っていく異界で、罪穢れの者や悪霊邪鬼の住まう世界とされています。

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