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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 面影
19/235

19 糸を引く(3)

 稲荷山の奥深く、木々に囲まれた屋敷の庭にある山桜に、そっと触れていた少年が近づいてくる気配に気づき、ゆっくりと気配の方へと顔を向ける。


「お帰りなさい、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)様」

「おや? 封土(ふうど)


 呼びかけに笑顔で返すと、先ほどまで『浮島』であった女人の姿が、宇迦之御魂神へと変わる。


「もう暫くすると蕾が出る頃ですから、ここの桜の力を少しほど分けてもらおうかと。姫様の庭の桜に移せば少しでも花の時期が長くなるかと思って」

「ふふふ。封土のおかげであの子はすっかり花が好きな子になってしまったようだ。今日も庭に咲く花が楽しみだと申しておったよ」

「それは嬉しいですね」

「ああ、そうであった」


 そう言いながら、宇迦之御魂神は手に持っていた包みを少年に渡す。


「あの子の家から、都で人気の唐菓子(からくだもの)を皆への土産にと持たせてもらった。折角だから、皆で食べるといい」

「という事は、無事顔合わせは済んだようですね」


 封土と呼ばれた少年は、落ち着いた口調で宇迦之御魂神から包みを受け取ると、人好きする笑顔を浮かべる。


「その事についても皆に話そう」


 宇迦之御魂神の穏やかな口調に、封土がこくんと頷き、庭の奥にある屋敷へと向かう。




 ここは稲荷山の中でも神域、宇迦之御魂神が住まう場所だ。

 庭を進むと、神使(しんし)である白狐達が、あちらこちらから顔を覗かせている。

 暫く歩くと、人が住むのと同じような寝殿造りの屋敷が現れ、二人が入り口となる引き戸の前に立つと、音もなく扉が開いた。


「おや、皆は出ているのか?」


 がらんと人の気配のない屋敷の中の様子に、宇迦之御魂神が封土に問いかける。


「朝一からお師匠様がいらしたんです。四人はそのまま連れていかれました」


 その言葉に、宇迦之御魂神の表情が『なぜ封土だけ残ったのか?』と言いだけな微妙なものとなる。その表情で、宇迦之御魂神の言いたいことが分かったのか、封土が困ったように笑う。


「僕も行く予定だったんですが、花の様子を見たいというと置いて行かれました」


 その言葉に、宇迦之御魂神の口元が弧を描く。


「なるほど、わざと置いて行かれたという訳か。朝一という事であれば、そろそろ皆戻ろう。いやはや、須佐之男命(すさのおのみこと)様は思い付いたらすぐ動かれる」


 封土が「花の様子を見たい」と言う事は、あの小さな姫のお気に入りの庭の為に、花を見繕うのだろう。これは土の属性を持つ封土でなければ出来ない事だ。

 草花を好み、花が咲くと喜ぶ小さな姫の為に、そちらを優先するようにと他の者達が配慮したのだろうと、宇迦之御魂神は考える。


 そして今、その四人に指南をしている須佐之男命と言えば、正義感が強く知恵者。若い頃は粗暴が目立つ神だったが、武に長けた神だ。

 今では粗暴も落ち着き、人の世におりては実力を認めたものを見つけては「須佐斉頼すさなりより」と名乗り、武芸を教えている。

 約二年前、思金神(おもいかね)との密会の時に決めた、『鍵を守る者』に守る力をつける為、眷属たちの中からある五人を選び、知と武を兼ね備えた須佐之男命を頼った。

 その須佐之男命は、持ちかけた頼み事を快く引き受けてくれ、今に至る。

 また、須佐之男命も選ばれた仙弧たちの能力が高く教え甲斐があった事は勿論だが、娘である宇迦之御魂神からの願いとあって、快く引き受けた。

 以来、教えを乞う年若い仙孤達は、須佐之男命を「お師匠」と呼んでいる。

 須佐之男命の鍛錬はその名の如く荒く中々に厳しい。三日に一度ある鍛錬では、五人がクタクタになるまで容赦がない。

 元の彼らの才もあったのだろう、へこたれずついてくる彼らを「このまま鍛錬を続ければ既に成熟した仙孤や天狐は勿論、武神と言われる神々たちとでも互角に戦えるようになるだろう」というのが須佐之男命の見立てだ。


「さて、今日もぼろぼろになって戻るのであろうな。湯の支度でもしてやるか」


 宇迦之御魂神が、どことなく楽しそうな声で呟く。

 思金神との密会の後、宇迦之御魂神は自分の眷属の中から先ほどの封土の他、迅雷じんらい宵闇よいやみ颯水はやみ不知火しらぬいの五名を選んだ。

 各属性の能力が秀でていたのもある。ただ年若い者を選んだ事で、階級の高い天狐や空孤と呼ばれる者達からは否という意見もあったが、『鍵』である人の子が幼いのであれば、それに近い者が良いだろうと思った、宇迦之御魂神の配慮だ。

 以来、彼らは宇迦之御魂神の元で人としての関わり方や教育を受け、須佐之男命からは武芸を習い腕を磨いている。

 宇迦之御魂神は、早いうちから彼らが守るべき『鍵』の子と糸が繋がるまで、住まう屋敷に人知れず連れて行き、遠くからではあるが、彼らに守るべき者の姿を見せ、人の子の生活を教えた。

 だった数年ではあるが、彼らの中では『鍵』を守る使命と責任が根付き、十日に一度様子を見る人の子に対しても、幼子から見守る事で情も芽生え始めたようだ。

 それは彼らだけではなく、宇迦之御魂神も同じだった。

 人の子に特別な情が芽生え、同じように我が手元で励む、年若い仙孤達にも同じような情が芽生え始めている。

 そして五人も、宇迦之御魂神を仕えるべき主と言うだけではなく、人の子が親を慕うような気持を持ち始めていた。


「では、湯殿は僕が支度をしますよ」


 宇迦之御魂神の呟きに、封土が答え持っていた唐果物の包みを文机に置くと、湯殿の方へと向かう。

 あと一刻もすればこの屋敷も賑やかになるのだろう。きっとお腹も空かせているに違いない。

 そう考え、宇迦之御魂神は白狐達を呼び出すと食事の用意を頼んだ。






 藤原盈時(ふじわらみつとき)の屋敷を後にした浮島からの返事は、きっかり三日後に届いた。

 十日後にはこの屋敷に来る事が記され、手紙を受け取った盈時は安堵する。

 元々、正室の屋敷には人は少ない。

 空いている対もある事から、侍所さぶらいどころ車宿くるまやどに近い東対を少年たちの住まいにすればよい、浮島殿は咲子と北対にと考えながら、手紙を懐へとしまう。


「これで咲子(えみこ)に対する、智子(さとしこ)のあたりが落ち着けばよいのだが・・・」


 正室である紗子(すずこ)が亡くなってからは、智子の発言が強くなり、この屋敷にいた者も数人が暇を願い、去った。

 新たに雇い入れた者の中に、こちらの様子を窺い知る為に智子が手を回した者がいる事も、最近把握をした。現状では、咲子に対して直接何かをする訳でもない為、辞めさせる事も出来ずにいる。

 ただ、智子の亡き紗子に対する対抗心はいまだ大きく、盈時が咎めても収まる事がない。

 紗子がいないこれから先、紗子によく似た咲子に対して、その対抗心が今以上強くならないように何か手を打たねば、と考えていた所に今回の話だ。

 もしかすると、何らかの形で常寧殿の方の耳にも届いていたのかもしれない、と盈時は思う。


「誰か、おらぬか?」


 盈時の声に、紗子の時から仕えている侍女が答える。


「お呼びでございますか?」

「ああ。十日後に、先日こちらに来た浮島殿とその教え子達が屋敷に住まう事になった。早急に東対に男子おのこ達、北対の咲子の住まいに浮島殿を置くので用意するように」

「畏まりました」


 侍女は頭を下げると他の侍女に伝える為、盈時の元を後にする。


 浮島は咲子の乳母として、自分に次ぐ権限を。

 連れてくる男子達は咲子の近衛として。


 盈時はそっとその瞼を閉じ、亡き紗子の姿を思い浮かべた。










古事記では須佐之男命と神大市比売の第二子が宇迦之御魂神と記されています。

スサノオさんは古事記では建速須佐之男命・須佐之男命、日本書紀では素戔男尊などと記されていますが、このお話しでは「須佐之男命」で統一しました。

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