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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第一章 面影
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12 天世

 外に出ると能面を被った、着物姿の女が一人。

 先ほどまでの人や車が行きかう声や音が全くなく、人の姿も見当たらない。夕方に差し掛かる手前の空に、しんと静まり返ったいつもと変わらない街並みだけが広がる。

 先ほどまでいた町並みであって同じ場所ではない世界。


「こちらへ」


 女が立っていた場所を譲り、促す。

 目の前には先ほどまではなかった格子戸が現れ、音もなく扉が引かれる。

 促されるまま戸をくぐると、目の前には何度か招かれた事のある、見慣れた屋敷が視界に広がった。

 ここは現世(うつしよ)からは向かう事の出来ない、神々の聖域だ。


月白(げっぱく)様、御劔(みつるぎ)の方々。こちらでお着替えをした後、暫しお待ちを」


 屋敷の一室に通され、着替えるように促したあと女が静かに戸を閉める。


「着替えって言ってもなぁ・・・一瞬で終わっちまうぞ」


 やれやれといった様子で司波(しば)が呟いた瞬間、『御劔』と呼ばれた五人の服が朱赤の衣冠単(いかんひとえ)に変わる。


「確かに」


 そう言いながら笑うと、自分の纏う衣類が洋服から黒の衣冠単に変わった。

 人であればそれぞれが身につける色は身分を表すが、彼らの身につけている色は彼らの属する色だ。

 そして、自分の身分は千年前と変わらず「公卿(くぎょう)」として扱われる。こうして正式に呼ばれる時には、決まりのように着替えさせられ、身につける装飾までも当時のままだ。

 奥を見ると畳敷きの広間の奥は開け放たれ、縁側と丁寧に手入れされた日本庭園が見える。


「へぇ。少し足を運ばへんかったら、ここもえらい現代風になったんやな」

「神々の世も、古いものよりも快適なものを選ぶんでしょう」


 室内を見回しながら、京言葉のイントネーションで久我(くが)が言うと、淡々と成瀬(なるせ)が答える。

 彼らも長く生を繰り返す事で、現世(うつしよ)での文化の変化を感じ、それをその都度上手く使いこなしている。

 彼らはここを『現代風』と言うが、本来の寝殿造りの板間が畳敷きになっているのと、几帳のみでの仕切りではなく、所々壁があり窓と障子が備えられているぐらいだ。

 当時の貴族邸のように豪奢とまではいかなくても、品よく纏められている。

 ゆっくりと畳間を進み、縁側へ出て庭を眺めていると司波が隣に立った。


「毎回思うが、神々の神殿だけあって良い庭だな」


 少し目を細めて司波の方を向くと、思っている事が伝わったのかにやりと笑う。


「姫さんのお気に入りの、屋敷の庭にはかなわねぇけどな」


 そう言いながら、庭を見る司波の目は懐かしそうだ。

 そう。

 あの屋敷の庭は彼女の為だけに作られたもの。季節の移り変わりを楽しむ彼女が自由に過ごす為だけの空間だ。

 彼女が好むもののみを集めた庭だったが、付き合い上招く貴族たちからはかなり評判がよく、噂が噂を呼び、一度は招かれたいと請われる程のものだった。

 今の時期であれば中庭の釣殿傍のイロハカエデが鮮やかだったか・・・。

 目の前にある、池のほとりに植えられている赤く色づいた木を眺め、そんな事を思う。


「月白の君、御劔の方々。ご案内いたします」


 懐かしい記憶を思い出していると、背後にある格子戸の外から、先ほどとは違う女の声がかかる。

 戸の近くに居た宗方と桐生が扉に近づくと、すっと音もなく引き戸が引かれた。

 左右に控える二人を視界の端に捉えつつ一歩出ると、廊下には進む方向を指すように小さな灯が進む毎に灯る。

 灯華(あかりばな)と呼ばれる、現世(うつしよ)にはないものだ。

 小さな花のような光が廊下の両側に続き、能面の女に続いて進むと線香花火のように消えていく。

 その花に導かれるように足を進めると、ひと際大きい妻戸の前にたどり着き、前にはかがり火が灯り、案内した女と同じように顔を能面で隠した男が扉の両端に立っていた。

 (わたどの)のから見える空には星が瞬き、丸い月が浮かんでいる。


「月白の君、並びに御劔衆が到着でございます」


 先を歩く女が扉へと声を掛けると、妻戸が開く。

 ざわざわとした気配が瞬間収まり、代わりに値踏みするような視線へと変わる。

 こうやって足を運ぶたびに向けられる視線には、自分も後ろにいる五人も慣れているので気にもせず中へと進んだ。

 ロの字のような形で一段高くなった座には、正面に思金神(おもいかねのかみ)天児屋命(あめのこやねのみこと)布刀玉命(ふとだまのみこと)が並び、左側には火之可迦具土神(ひのかぐつちのかみ)建御雷之(たけみかづちの)男神(おのかみ)、右側には宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が座り、その後ろには多数の神々が控えている。

 三柱と向かい合う形にある座に座ると、後ろの五人が控えるように並び、腰を落とす。


「お久しぶりでございます」

「堅苦しいのは無しでよかろう」


 頭を下げ挨拶を口にすると、思金神が顔を上げるように言う。


「それに、本来であれば我らが足を運ぶのが筋。このような形になった事を許されよ」


 ゆっくりと顔を上げながら正面に居る三柱を見る。


「いえ、問題はありません。天界におわす方々に足を運ばれても困るもの。特にこのような大人数ではこちらでは対処できません」


 冷ややかな笑みを浮かべそう伝えると、やれやれといった表情で「そう申すな」と返してきた。


「月白殿、御内儀はいかがか?」


 続いて天児屋命が問いかける。


「まだ『鍵としての記憶』は取り戻しておりませんが、息災にしております」


「そうか・・・。此度の大祭に其方を呼んだのはほかでもない。布刀玉命との占術でもやはりあちら側の動き、今後、何らかの形での襲撃もあるだろうとみられる。今回『鍵』の復活も含め議題としたのだが、()()である其方を含め蚊帳の外ではと思ってな」


 そう言いながらパチン、と手にした扇を鳴らす。


「なるほど」

「其方と御劔衆がついておれば、心配は無用だと皆に伝えてはおるのだが・・・」


 そこまで言ったところで、天児屋命が言葉を切る。つかの間の沈黙の後、ため息とともに言葉が続く。


「宇宙の代替わりとなれば、少々こちらでも物申すもので出てきておる」


 天児屋命の言葉に背後にいる五人の空気が変わったが、それを制するように五人に意識を向けると、一瞬陽炎のように立ち上がった気が収まった。


「さて。それはどういった事でしょうか?」


 彼らだけではない、すっと心の中が冷えていくのが自分でもわかる。

 意識しなかったが声にも表れていたのだろう。並び座る数多の神々の中には顔色を青く変え、震えている様子が視界に入った。


「単刀直入に言う、『鍵』を我らに託せ」


 乞う訳でもなく、それが当たり前だとばかりの野太い声が会話の中に割って入った。











当時の月白の君の家格は従一位、官位は参議。今でいう政府高官です。

三位以上の格は「公卿」と呼ばれていた為、月白の君も現世での拓さんもこう呼ばれています。

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