11 漫ろ―そぞろ―
鏡越しに褒められ、顔のほてりを感じながら小さく「ありがとうございます」とお礼を言う。
外されたバレッタは、買った髪留めの代わりにいつの間にか綺麗に包まれていた。
包みを受け取り、バッグに入れようとすると、中に入っていたスマートフォンが震える。
慌てて鞄から取り出すと、表示されていたのは香澄ちゃんからの『今、勢溜の鳥居の前にいるよ』のメッセージだった。
「ちょっとすみません、別行動の友達からで・・・」
そう二人に断りを入れてから画面を開き、香澄ちゃんへのメッセージを送る。
『ごめん、もう五分したらそっちに向かうね』
『了解!』
可愛らしいスタンプが返ってきたのを確認すると、スマホを鞄へと戻す。
「どうしてもこちらに寄りたくて、別行動にしていたんです」
「お友達が待っているのであれば、急がなくちゃね」
多江さんが笑って三つ折りのパンフレットを手渡してくれた。
「良かったらみんなで見てちょうだい。これからの予定は?」
「今日は出雲泊で、明日は美保神社から八重垣神社をまわって、玉造に泊まる予定です」
「あらぁ、女子旅日程で良いわね。次にこちらへ来ることがあれば、皆さんとご一緒に」
「はい! 多江さん、拓さん。ありがとうございます。また絶対寄らせてもらいますね」
二人にお礼を言って店の出入り口に進むと、二人が店先まで見送ってくれた。
拓さんはそうするのが当たり前のように、出やすいようにのれんを上げてくれて、私に微笑む。
その様子に、ときめいてしまったのは仕方がないと思う。
のれんをくぐり、もう一度振り返り二人に頭を下げたあと、私は三人が待っている勢溜の鳥居へと足を向けた。
「姫様はご友人達と無事合流されたようで。・・・あらあら公卿様、お顔が緩んでいますよ」
彼女を見送り友人たちと合流するのを見届けると、のれんを下ろし、さっきまで座っていた椅子へと腰掛ける。
多江の口調が、今までの甥に向けていたものとは違う、畏まったものに戻る。
彼女には「甥と叔母」と説明したが、多江とは血縁関係はない。
この「銀の狐」に名を連ねる者も含め、古い時代から自分に仕え、また自分自身も信頼を寄せる者達の一人だ。
「お久しぶりですものね、姫様に触れられるのは。相変わらず、姫様は清く愛らしいままで。あまり揶揄ってはいけませんよ」
うふふ、と生暖かく笑顔を向けられるが、それよりも久しぶりに触れられた、彼女の手と髪の感触を思い出すと、自然と表情も緩む。
多江の言葉に口の端を上げて返し、テーブルの上に置かれたままの茶碗に伸ばした。
「多江、公卿の旦那はもう来てるのか?」
奥の座敷へと視線を向けると、襖が開き見慣れた顔が現れる。
「迅雷様、公卿様はこちらにいらっしゃいますよ」
迅雷様、と呼ばれた司波が、おや? と、言うような視線をこちらへ向ける。
「何だ、随分機嫌が良いんだな、あ。茶の用意はいい」
司波の後ろからは、久我、成瀬、桐生、宗方の姿が現れ、それを見た多江がお茶をご用意しますと告げると、あっさりと司波が断りを入れた。
「公卿様は、久しぶりの姫様との逢瀬が楽しかったようですよ」
「なんや、一人だけ姫はんに会ったん? 狡ない?」
多江が思い出し笑いをしながらそう告げると、久我が向かいの椅子に座りながら、揶揄うような言葉を向ける。
「僕達がお見かけしたのは、入社式の時ですからね」
「封土様、姫様は昔と変わらず、愛らしくいらっしゃいましたよ。公卿様にとても甘い視線を向けられて、反応がとてもお可愛らしくて」
封土と呼ばれた宗方に、多江が笑いをのせたまま、さっきのやり取りを皆に教えた。
「全く。姫君が愛しいのはわかりますが、暴走し過ぎです」
呆れたように言う成瀬の言葉を聞きながら、温くなってしまったお茶を一口飲む。
「ああ、多江」
「はい、なんでしょう」
「申し訳ないね、勝手に値段を書き換えてしまって。本来の金額は支払わせて貰うよ」
「いえいえ! 姫様への献上であれば、お代をいただく訳にはまいりません。姫様から頂いた代金もお返ししたいぐらいですのに」
彼女が買った髪留めは、本来は台紙にあった値段の四倍の物だ。
彼女が好みそうなものを選び、彼女が手に届きそうな値段に変えた。
セール品にしたのは、どうしても彼女があの髪留めを手元に置く必要があったからだ。
「彼女が身につけるものであれば、俺が用意するべきものだからね。ただ、見知らぬ相手から渡されても受け取らないだろう? 手の届く価格で、彼女が自分で支払ったのであれば、彼女も心置きなくつけられる。と、言う訳だから、ちゃんと受け取って貰うよ。あと、話を合わせてくれて助かった」
そう言いながら、これで、とカードを多江へと渡す。
「印という訳か」
「もちろん、それだけではないよ」
司波の言葉に心外だな、という気持ちをのせて答える。確かに印を記したものを身につければ抑止力になる。
「今世ではまだ彼女に贈り物をしていないからね。愛しい我が妻に贈るものに、守りをつけるのは当たり前だろう?」
「まあ、旦那の印があれば、これから何かと騒がしくなる周囲も、簡単に手出しはできないだろうな」
「姫君の転生についての上の方々との定め事は、公卿様が姫君を見つけ出す事だけ。印があるという事は、逆に姫君を狙うものが出るのでは?」
「その為に俺たちがいるんじゃね?」
異議のように聞こえるが、成瀬としては彼女に危険が及ぶ事を心配しているだけだ。眉根を寄せながら言う成瀬に、桐生が「神経質すぎ」と付け足す。
成瀬の言うようにその可能性はあるが、寧ろあれを見て手を出すのであれば、好奇心だけの下級のものだろう。相手を甘く見る気は毛頭ないが、簡単に手を出させるつもりもない。
そんな事を思いながら、もう一口と茶を口に含む。
「・・・公卿様。お迎えが来たようですよ」
「そのようだね」
多江の声と共に司波と久我が入口へと向かう。その後に続くと後ろに付き従うように桐生と宗方が控える。
「お迎えに上がりました、月白の君」
漫ろ 心を奪われて落ち着かないこと
今回のお話しで拓さん(月白の君)は、私の友人から「変態」の称号をいただきました(笑)
1000年妻を追いかけてる人ですからね、間違いないです。





