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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
100/235

100 おかえり

「うわあぁぁぁ、どうしよう!」


 私はついさっきの出来事を思い出して、独り言を言いながら赤面してしまう。

 拓さんに送って貰った帰り、別れ際に勇気を出して返事を伝えた。


「と、取り敢えず、お付き合いが始まったっていう事で良いんだよね?!」


 思い出しても恥ずかしい、車の中でのやり取り。

 甘く蕩けそうな言葉を伝えられ、頭の中と足元がふわふわしてよくわからないまま、私はマンションのエントランスまで拓さんに送られた。

 オートロックを開ける時、拓さんから「連絡するよ」軽くおでこに唇を落とされて、余計にふらふらした足取りになってしまった。

 ・・・管理人さんが、清掃中で居なかったことが幸いだったと思う。


「はぁ、月曜日、どんな顔して会ったらいいんだろう」


 私はもふもふのクッションを抱きしめ、顔を埋める。


「それよりも、本当に私でいいのかなぁ・・・」


 拓さんは「ずっと、生涯傍に居てくれる事が望み」と言った。


「それって、やっぱり、けっ、結婚前提って事だよね・・・」


 自分で頭に浮かべて一人、慌てる。あのレストランでは私の未来の隣にいる候補としてと言った。そして今日は「生涯」という言葉を拓さんは言った。


「ううん、ダメだ、一人で舞い上がっちゃダメ」


 そう思いながら大きく深呼吸をする。

 月曜からは今まで通りの仕事が始まる。

 拓さんは身体を慣らす為に、暫くはデスクワーク中心でと言われた。残業も禁止。

 7階フロアの皆には、私が事故に巻き込まれたという事になっている。車と自転車が接触をして、その勢いで弾かれた自転車が、私にぶつかったという貰い事故だ。

 ぶつかったのが自転車だったので、骨折はなかったけど衝撃が大きく、打ち身が酷いと説明をしていると香澄ちゃんから聞いた。

 その経緯もあって、暫くフロア移動の必要な業務や、荷物運びなどははしなくていいと、今日の帰りに拓さんから伝えられた。


「と、なると、拓さんが外に出ない限りはずっと顔を合わせている訳で・・・」


 多分、だけど。

 司波さん達は私と拓さんとの事は知っている、という事になると思う。

 だって、告白された事も知っていたし。

 ああ、でも。

 同じフロアでの恋人同士って色々気遣い大変そう・・・。喧嘩しちゃったりとか、ヤキモチ焼いちゃったりとか。

 ・・・うん、ヤキモチはありえそう。

 だって、拓さんって素敵だし憧れてる女性があちこち居そうだし、仕事でのお付き合いもありそうだし。

 素敵な女性は沢山いそうだもの。

 やっぱり、仕事と分かっていても他の女性が拓さんと必要以上に親しい様子は見たくないなぁ、なんて事を考える。

 好きって自覚すると、欲張りになるんだなぁと、自分の現金さに溜息が出る。

 余りモヤモヤしたりしないようにしなくちゃいけないと、私はまた別の気合い入れなおす。

 でも、悩んでいる時に久我さんが「ここの皆はCOOより姫さんの味方や」って言ってくれた。

 困った事があったら、相談してもいいのかな?

 皆、拓さんとは昔から知ってるって言ってたし。

 でもやっぱり、一緒にCOO室に居るのは恥ずかしい。

 顔に出ないようにしないとねと、思いながら自分の頬をムニムニと解す。


「大丈夫、受付業務で鍛えた表情筋に頑張って貰おう」


 そう言いながら、もう一度大きく深呼吸をしたところで、スマートフォンがメッセージの着信を伝える。

 手を伸ばし、画面を見た途端、心臓が大きく鳴った。

 届いたメッセージは、拓さんからの「会社に戻ったよ」という報告。


「メッセージだけでこんなにドキドキして、私、月曜日から大丈夫なのかなぁ」


 私はそのメッセージに「お仕事頑張ってくださいね」と返した。






「おはようございます」


 少し緊張しながら、7階フロアに入るとみんなに声をかける。二週間ぶり出勤した私を見て、既に出社していたいたフロアの人たち6人が一斉にこちらを向いた。


「つつじちゃん、もう大丈夫なの?」

「大変だったね」


 口々に皆が私に気遣ってくれる。


「はい。皆さんにはご迷惑をおかけしました。まだ足の内出血が引いてないですけど、動くのは大丈夫です」


 そう答えると、心配して集まってくれたみんなの顔が、ほっと緩む。


「だから、今日はワイドパンツなのね。つつじちゃんにしては珍しいって思ったんだ」


 そう言ってくれたのは、管理課の芳原さんだ。私を見てニコッと笑って「そう言う服も似合ってるわよ」と言ってくれる。

 足首より少し上にはまだ痛々しく見える青あざが残る。くるぶし丈のロングスカートであれば隠れるけど、仕事には不向きだからとワイドパンツを選んだ。寒くなると履く事も多いけど、春から夏は出番が少ないから、フロアの皆には新鮮に映ったのかもしれない。


「おはよう」


 皆に囲まれて話をしていると、入ってきたのは司波さんと久我さんだった。


「「おはようございます」」


 口々に挨拶を二人に向けてする皆の顔は笑顔だ。ほんの二週間離れただけだけど、いつもの7階フロアの雰囲気に私はほっとする。


「姫はん、元気そうで安心したわ」

「もう大丈夫なのか?」


 私の姿を見降ろしながら久我さんがふわりと笑い、司波さんは安心したような表情を向ける。私は二人を見上げ「ご心配をおかけしました」と頭を下げた。


「お二人とも、保護者の顔になってますよ」


 その様子をみて、芳原さんが言うと、その場にいた皆が笑う。

 確かに、二人と私の身長差からすれば大人と子供だ。

 そんな風に笑っていると、少しずつ出社してくる人が増え始めた。みんな私の姿を見ると復帰を喜んでくれる。


「姫さん、立ちっぱなしは辛くないか? COO室に行こう」


 このままここに居たら、出社した全員に声を掛けられる流れになりそうなのを察した司波さんが、皆の中から連れ出してくれる。


「ほら、みんなも準備しいひんと」


 久我さんがパンパン、と、手を叩いてみんなの注意を引いてから言うと、みんなそれぞれの机へと散っていく。

 私は二人と並んでCOO室に入り、自分の机にあるパソコンの電源を入れた。

 さっきは皆に囲まれて「たった二週間なのに」って思ったけど、今はこの間の出来事から、随分と時間が経ったようにも感じる。

 ぼんやりとパソコンが立ち上がるのを眺めていると、フロアがざわりと活気づく。


「ああ、COOが来たみたいだな」


 司波さんの言葉に、心臓がドキリとする。

 平常心、平常心とおまじないを唱えながら深呼吸をしていると、久我さんと目が合った。


「・・・一緒に出勤してくるか思うとったんやけど」


 楽しそうに微笑まれ、私は思わず目を丸くする。


「そないに驚かへんでも」

「な、え、えぇ?」


 驚きすぎて言葉にならない音だけを発してしまう私を見て、今度は司波さんが噴き出す。


「先週、姫さんの通院にCOOがついて行っただろ? 会社に戻ってからえらく機嫌が良かったんだよ」

「で、聞いたらさらりと姫はんからええ返事を貰うたって」

「COO室ではみんな知ってるから、安心しろ」


 二人に言われ、そうなるだろうなと思っていたけどやっぱり恥ずかしくて顔を伏せてしまう。

 因みに拓さんと成瀬さんは、フロアで何か報告か指示をしているのか、立ち止まって数人の社員と話をしている。

 実は、昨夜、通勤を心配した拓さんから迎えに行くと言われたのを、丁重にお断りした。

 心配してくれるのはとっても有難かったし嬉しかったけど、一緒に出勤なんて折角仕事では今まで通りって言ったのに、今まで通りじゃなくなってしまう。

 それに、成瀬さんにだって迷惑だ。


「仕事では今まで通りって、姫さん言ったんだってな」


 司波さんの言葉に、私はこくんと頷く。


「まぁ、姫さんの気持ちはわかる。わかるけどなぁ・・・」

「あの人隠せるかなぁ、無理ちゃう?」


 そう言いながら二人は顔を見合わせると、苦笑いを浮かべる。


「やっぱり、人間関係を考えると、私とCOOがお付き合いしてると周りが知るとCOOが困ったり、不都合に思う事も沢山ありそうで」

「僕には困る事も、不都合に思う事なんて何もないんだけどね」


 そう私がぽつりと呟くと、頭の上から拓さんの声が掛かり、慌てて伏せていた顔をあげる。

 見上げた先には、いつものように私を優しく見つめる拓さんの顔がある。


「えりさん、おはよう」

「お、は、ようございます」

「体調はどう?」


 拓さんから顔を覗き込まれ、顔に熱が集まる様子が自分でもわかる。


「はい、大丈夫です」

「今日は初日だからね、無理はしては駄目だよ」


 そういうと、甘い視線のまま私の頭を撫でる。


「COO、ここは社内ですから程々に。榴ヶ崎さん、おはようございます」


 拓さんからのスキンシップに固まってしまった私に、拓さんの後ろに居た成瀬さんの冷静な声がかかる。


「お、おはようございます」


 動揺でどもってしまった私に、成瀬さんが穏やかな笑顔を向けてくれる。

 入院中の慣れない拓さんのスキンシップに、何かと私を気遣ってくれたのは成瀬さんだった。


「目の前に愛しい恋人がいるんだから、この位は大目に見て欲しいな」


 溜息と共に、拓さんが笑顔で返す言葉に、私はますます顔に熱が集まる。


「私は慣れてしまったので気になりませんが、皆の前では榴ヶ崎さんが可哀想ですよ。それに約束したのでしょう?『社内では今まで通りに』と」

「・・・仕方がないなぁ」


 成瀬さんの言葉を気にする事もなく、拓さんが甘く私を見て微笑む。


「朝は一緒に出勤できなかったけど、帰りは送るよ」


 三人の生温かい視線に見守られながら、私は拓さんの有無を言わせない言葉に頷いた。











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