99 神疑―しんぎ―
いくつもの偶然が重なった事だが、『鍵』の所在が『そのものとも無し輩』達に知られてしまった事になる。
正確に言えば、根之堅洲國の者が自分たちの糧とする為に育てていた、内親王とその母である承香殿の女御が、『鍵』である藤原家の正室の娘である咲子を妻と求める源昭仁を介した事によって、となる。
「なんと、数奇な・・・」
今回の事を報告する為に天界へと訪れた宇迦之御魂神と迅雷、宵闇は三柱である思金神と天児屋命、布刀玉命と向かい合い座る。
そして、今回起った事を全て聞き終えた思金神が溜息をついた。
「偶然とはいえ、皇族の傍仕えに『そのものとも無し輩』が入り込んでおったとは」
「対峙した月影の当主によれば、『鍵』の存在は知ってもまだ手を出す気はない様子」
「・・・手に入れても宝の持ち腐れとなるという事か」
続く思金神の言葉に、宇迦之御魂神が昭仁から聞いた、根の者だった淡路の言葉や様子を伝えると、天児屋命がふぅむ、と考え込む。
「まだ、天界では根之堅洲國の支配者が出たという話は聞かぬ。支配者となる力の者でなければ『鍵』を手にする事は出来ぬからな」
続く天児屋命の言葉に、宇迦之御魂神が頷く。
「また『白狐の飼い主が傍に居るのであれば、此度は致し方ない。花を摘むのは諦めましょう』とも」
白狐の飼い主という言葉に、迅雷と宵闇が不機嫌そうに眉を顰めた。
「ある程度こちらの状況は分かっていて、向こうも手を出せぬ状況か。支配者が居らぬのに『鍵』を手に入れてもどうする事も出来ぬ上、取り戻す為の神々からの攻撃も受ける事となるのは避けたいところか」
そう言うと、ぱちりと思金神が手にした扇を鳴らした。
「どちらせよ、暫し様子を見るしかあるまい。・・・それにしても」
そう言うと思金神は再びため息を大きくつく。
「月影の当主が『鍵』の宿命を持つ人の子を求めるとは・・・。あの連なる魂は、幾度と宇宙を造りなおしても同じ道を辿る」
どの宇宙にも天界、黄泉国、根之堅洲國は存在する。移り変わり、作り変えられるのは宇宙だけだ。
どんなにその宇宙が成長しても、しなくても必ず人の世に現れ、人の子の命を喰らうのが『そのものとも無し輩』だ。
それらと対峙する一族達が、必ず宇宙には現れる。
時代が変わろうと、宇宙が変わろうと、同じように人の子の中では特殊な運命を背負う魂が生まれ出る。
ある意味『鍵』とは別の意味での宿命をもった者達と言える。
その魂が、今代では『鍵』を伴侶として望んだ。
「しかし、宇迦之御魂神。『鍵』の宿命を伝えたのは些か早まったのではないか?」
そう問うたのは天児屋命だ。
「此度の『そのものとも無し輩』との接触は偶然ではありましたが、我が養い子を求め心を寄せるかの者は、『そのものとも無し輩』に同化され、悪霊となった内親王から命を懸けて守ると言い、実際救った。あれほどの思いを持つかの者に、教えぬというのは余りにも情なき事」
「それに、人の子としては肝も据わっております」
宇迦之御魂神の言葉に続いたのは迅雷だ。
「我らの姿を見ても動じる事もなく。また、『そのものとも無し輩』達にも怯む事もなく。また、技量に関しても当主となって間がないとは言えぬ程のもの」
「ほう。其方らの姿を見ても動じぬとは中々であるな」
面白い事を聞いたとばかりに、思金神が口の端をあげる。
御劔達は人の姿を取る事も出来るが、本来は人の子よりもはるかに大きな白狐だ。あの時は時間がなかったのもあり狐の姿となったが、仙弧となればそれなりの力を持ち、その迫力に人の子であれば怯えるのが普通の反応だった。
「本人は『驚いた』ては言うてはりましたけど、そないな風には見えしませんでしたね」
続く宵闇の言葉に、宇迦之御魂神も微笑む。
「さすが都を守る一族の当主かと。そしてかの者は今後、我が養い子を自分の腕の中に収め、愛しむ為に益々精進していく事であろう。『鍵』を守るのであれば、これ程の人物はいないかと・・・」
「して、其方たちは、かの者にどこまで話したのだ?」
「この宇宙の成り立ちと、その為の『鍵』の役目と行く末。輪廻から外れる為、子を成す事が出来ぬ事も」
「・・・それでもなお、其方の養い子を望むと」
「ええ」
宇迦之御魂神の言葉に、思金神が暫し思案する。
「・・・『鍵』を愛し守る者が増えるのであれば良いとは思う。ただし・・・」
「はい。心得ておりまする」
思金神から続く言葉を察した宇迦之御魂神が、居住まいを正す。
「宇宙の代替わりは神々だけの役目。そこに人の子を巻き込んだ責は取らねばならぬ・・・。『鍵』の代替わりが完了するまではそのままとするが、代替わり後は暫し天界での蟄居となるであるう。本来であれば」
思金神の言葉に、宇迦之御魂神が目を細める。
「なあに、思金神は仰々しく言うが、他の神々に知られなければそれはなかった事になる。これはここだけの話じゃ」
二人を見守っていた布刀玉命が柔らかく微笑む。
「神使である、其方ら御劔は宇迦之御魂神の意思に沿ったまでの事、という事にしておこう。今、其方らが居らぬようになって心細く思うのは、『鍵』である人の子だ。我らは易々と人の子と関りを持つ事が出来ぬ故、宇迦之御魂神にしか頼めなかったのだ。人の子に寄り添う事の出来る其方達だからこそ、『鍵』である人の子は今代を悔いなく過ごす事が出来るのであろう?」
そう言うと思金神がくすりと笑う。
余り表情に変化のない思金神の珍しい様子を見て、迅雷と宵闇が驚きで目を瞠る。
「・・・我らとて、それなりに思う所はあるのだ。ただ、脈々と続くこの役目は止める事は出来ぬ。それぞれの神が宇宙を造る為にその役目を担い、たとえ幾度繰り返す事になっても続けていく事が、我らに課せられた役目なのだ」
弧を描いた口元を元に戻すと、思金神が何時もの感情の見えない淡々とした雰囲気へと戻り、独り言のように呟く。
「思金神」
「・・・なんだ?」
呟いた思金神に宇迦之御魂神が名を呼ぶ。
「我は其方からの頼みを、苦と思ってはおらぬ。寧ろ、あの子を我が養い子として育てられた事は喜びとなっておる。あのような素直で心根が清く、愛おしいあの子と関われた事を感謝しておるのだ。それは御劔達も同じ」
そう言うと、宇迦之御魂神はまるで目の前その養い子が居るかのように、微笑む。
「あの子が『鍵』として時代の礎となれば、我はその宇宙を心から愛しみ、その宇宙に住まうもの達に思いを注ごう。次代の宇宙はあの子そのものとなる」
「・・・そうか」
「それにしても、此度人の子に紛れておった『そのものとも無し輩』が気にならぬか?」
宇迦之御魂神の答えに皆が頷くなか、天児屋命が言う。
「・・・本来、『そのものとも無し輩』は人の姿かたちは長くは保てぬ。聞けばその者は十年以上、姿を保っていたという事ではないか?」
根之堅洲國にいる者は、殆どの者が人の形を保つのはほんの束の間。長く姿を保つ事が出来ない。
また、根之堅洲國に住まう者達は独特のにおいを放つ。天界に住まう者であれば、それを瞬時に感じ、月影の家の様に対峙する者には、その匂いがある種の『異形の気配』として感じる事が出来るはずだ。
それが、宇迦之御魂神や御劔達、月影の当主にも感じる事が出来なかった、というのが解せぬと天児屋命は言う。
「確かに、それは我も気になっておった」
浮島として、咲子と共に何度か内裏へ参じたが、そんな気配を感じる事は一度もなかった。それは御劔達も同じだった。
天界に属する者には、『そのものとも無し輩』の匂いは腐臭と感じる事が多い。
その匂いは隠そうとする事は出来るが、完全に消し去ることはできない筈だった。
「どちらにせよ、人の子に紛れる事が出来るという事が分かった限り、安心は出来ぬという事だ」
思金神の言葉に、皆の空気がピリリと張り詰める。
今まで繰り返した代替わりの中で、『鍵』を手に入れようとまでした支配者はいない。なのにあの時の淡路は「できれば『花』も摘んで帰りたかった」と言った。
鍵の真実の力までは知らない筈なのに、だ。
「今は根之堅洲國も支配する者が現れておらぬ。手出しまでは出来ぬであろう。それに次代の『鍵』の持つ力までは知らぬはずだ。それでも用心に越した事はない。引き続き、宇迦之御魂神と御劔達は『鍵』の側で、何かあれば天界に知らせよ」
思金神の言葉に、宇迦之御魂神と迅雷、宵闇が頷いた。





