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姫は宇宙に愛される  作者: 月瀬ハルヒ
第三章 神々の思惑
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99 神疑―しんぎ―

 いくつもの偶然が重なった事だが、『鍵』の所在が『そのものとも無し輩(ともがら)』達に知られてしまった事になる。

 正確に言えば、根之堅洲國(ねのかたすくに)の者が自分たちの糧とする為に育てていた、内親王とその母である承香殿(しょうきょうでん)の女御が、『鍵』である藤原家の正室の娘である咲子(えみこ)を妻と求める源昭仁(みなもとのあきひと)を介した事によって、となる。


「なんと、数奇な・・・」


 今回の事を報告する為に天界へと訪れた宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と迅雷(じんらい)、宵闇(よいやみ)は三柱である思金神(おもいかねのかみ)と天児屋命(あめのこやねのみこと)、布刀玉命(ふとだまのみこと)と向かい合い座る。

 そして、今回起った事を全て聞き終えた思金神が溜息をついた。


「偶然とはいえ、皇族の傍仕えに『そのものとも無し輩』が入り込んでおったとは」

「対峙した月影の当主によれば、『鍵』の存在は知ってもまだ手を出す気はない様子」

「・・・手に入れても宝の持ち腐れとなるという事か」


 続く思金神の言葉に、宇迦之御魂神が昭仁から聞いた、根の者だった淡路の言葉や様子を伝えると、天児屋命がふぅむ、と考え込む。


「まだ、天界では根之堅洲國の支配者が出たという話は聞かぬ。支配者となる力の者でなければ『鍵』を手にする事は出来ぬからな」


 続く天児屋命の言葉に、宇迦之御魂神が頷く。


「また『白狐の飼い主が傍に居るのであれば、此度は致し方ない。花(・)を摘むのは諦めましょう』とも」


 白(・)狐(・)の(・)飼(・)い(・)主(・)という言葉に、迅雷と宵闇が不機嫌そうに眉を顰(しか)めた。


「ある程度こちらの状況は分かっていて、向こうも手を出せぬ状況か。支配者が居らぬのに『鍵』を手に入れてもどうする事も出来ぬ上、取り戻す為の神々(われら)からの攻撃も受ける事となるのは避けたいところか」


 そう言うと、ぱちりと思金神が手にした扇を鳴らした。


「どちらせよ、暫し様子を見るしかあるまい。・・・それにしても」


 そう言うと思金神は再びため息を大きくつく。


「月影の当主が『鍵』の宿命を持つ人の子を求めるとは・・・。あの連なる魂は、幾度と宇宙(世界)を造りなおしても同じ道を辿る」


 どの宇宙(世界)にも天界、黄泉国、根之堅洲國は存在する。移り変わり、作り変えられるのは宇宙(世界)だけだ。

 どんなにその宇宙(世界)が成長しても、しなくても必ず人の世に現れ、人の子の命を喰らうのが『そのものとも無し輩』だ。

 それらと対峙する一族達が、必ず宇宙(世界)には現れる。

 時代が変わろうと、宇宙(世界)が変わろうと、同じように人の子の中では特殊な運命を背負う魂が生まれ出る。

 ある意味『鍵』とは別の意味での宿命をもった者達と言える。

 その魂が、今代では『鍵』を伴侶として望んだ。


「しかし、宇迦之御魂神。『鍵』の宿命を伝えたのは些(いささ)か早まったのではないか?」


 そう問うたのは天児屋命だ。


「此度の『そのものとも無し輩』との接触は偶然ではありましたが、我が養い子を求め心を寄せるか(・)の(・)者(・)は、『そのものとも無し輩』に同化され、悪霊となった内親王から命を懸けて守ると言い、実際救った。あれほどの思いを持つか(・)の(・)者(・)に、教えぬというのは余りにも情なき事」

「それに、人の子としては肝も据わっております」


 宇迦之御魂神の言葉に続いたのは迅雷だ。


「我らの姿を見ても動じる事もなく。また、『そのものとも無し輩』達にも怯む事もなく。また、技量に関しても当主となって間がないとは言えぬ程のもの」

「ほう。其方らの姿を見ても動じぬとは中々であるな」


 面白い事を聞いたとばかりに、思金神が口の端をあげる。

 御劔(みつるぎ)達は人の姿を取る事も出来るが、本来は人の子よりもはるかに大きな白狐だ。あの時は時間がなかったのもあり狐の姿となったが、仙弧(せんこ)となればそれなりの力を持ち、その迫力に人の子であれば怯えるのが普通の反応だった。


「本人は『驚いた』ては言うてはりましたけど、そないな風には見えしませんでしたね」


 続く宵闇の言葉に、宇迦之御魂神も微笑む。


「さすが都を守る一族の当主かと。そしてかの者は今後、我が養い子を自分の腕の中に収め、愛しむ為に益々精進していく事であろう。『鍵』を守るのであれば、これ程の人物はいないかと・・・」

「して、其方たちは、か(・)の(・)者(・)にどこまで話したのだ?」

「この宇宙(世界)の成り立ちと、その為の『鍵』の役目と行く末。輪廻から外れる為、子を成す事が出来ぬ事も」

「・・・それでもなお、其方の養い子を望むと」

「ええ」


 宇迦之御魂神の言葉に、思金神が暫し思案する。


「・・・『鍵』を愛し守る者が増えるのであれば良いとは思う。ただし・・・」

「はい。心得ておりまする」


 思金神から続く言葉を察した宇迦之御魂神が、居住まいを正す。


「宇宙の代替わりは神々だけの役目。そこに人の子を巻き込んだ責は取らねばならぬ・・・。『鍵』の代替わりが完了するまではそのままとするが、代替わり後は暫し天界での蟄居となるであるう。本(・)来(・)で(・)あ(・)れ(・)ば(・)」


 思金神の言葉に、宇迦之御魂神が目を細める。


「なあに、思金神は仰々しく言うが、他の神々に知(・)ら(・)れ(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)それはなかった事になる。これはここだけの話じゃ」


 二人を見守っていた布刀玉命が柔らかく微笑む。


「神使である、其方ら御劔は宇迦之御魂神の意思に沿ったまでの事、という事にしておこう。今、其方らが居らぬようになって心細く思うのは、『鍵』である人の子だ。我らは易々と人の子と関りを持つ事が出来ぬ故、宇迦之御魂神にしか頼めなかったのだ。人の子に寄り添う事の出来る其方達だからこそ、『鍵』である人の子は今代を悔いなく過ごす事が出来るのであろう?」


 そう言うと思金神がくすりと笑う。

 余り表情に変化のない思金神の珍しい様子を見て、迅雷と宵闇が驚きで目を瞠(みは)る。


「・・・我らとて、それなりに思う所はあるのだ。ただ、脈々と続くこの役目は止める事は出来ぬ。それぞれの神が宇宙(世界)を造る為にその役目を担い、たとえ幾度繰り返す事になっても続けていく事が、我らに課せられた役目なのだ」


 弧を描いた口元を元に戻すと、思金神が何時もの感情の見えない淡々とした雰囲気へと戻り、独り言のように呟く。


「思金神」

「・・・なんだ?」


 呟いた思金神に宇迦之御魂神が名を呼ぶ。


「我は其方からの頼みを、苦と思ってはおらぬ。寧ろ、あの子を我が養い子として育てられた事は喜びとなっておる。あのような素直で心根が清く、愛おしいあの子と関われた事を感謝しておるのだ。それは御劔達も同じ」


 そう言うと、宇迦之御魂神はまるで目の前その養い子が居るかのように、微笑む。


「あの子が『鍵』として時代の礎(いしづえ)となれば、我はその宇宙(世界)を心から愛しみ、その宇宙(世界)に住まうもの達に思いを注ごう。次代の宇宙(世界)はあの子そのものとなる」

「・・・そうか」

「それにしても、此度人の子に紛れておった『そのものとも無し輩』が気にならぬか?」


 宇迦之御魂神の答えに皆が頷くなか、天児屋命が言う。


「・・・本来、『そのものとも無し輩』は人の姿かたちは長くは保てぬ。聞けばその者は十年以上、姿を保っていたという事ではないか?」


 根之堅洲國にいる者は、殆どの者が人の形を保つのはほんの束の間。長く姿を保つ事が出来ない。

 また、根之堅洲國に住まう者達は独特のにおいを放つ。天界に住まう者であれば、それを瞬時に感じ、月影の家の様に対峙する者には、その匂いがある種の『異形の気配』として感じる事が出来るはずだ。

 それが、宇迦之御魂神や御劔達、月影の当主にも感じる事が出来なかった、というのが解せぬと天児屋命は言う。


「確かに、それは我も気になっておった」


 浮島として、咲子と共に何度か内裏へ参じたが、そんな気配を感じる事は一度もなかった。それは御劔達も同じだった。

 天界に属する者には、『そのものとも無し輩』の匂いは腐臭と感じる事が多い。

 その匂いは隠そうとする事は出来るが、完全に消し去ることはできない筈だった。


「どちらにせよ、人の子に紛れる事が出来るという事が分かった限り、安心は出来ぬという事だ」


 思金神の言葉に、皆の空気がピリリと張り詰める。

 今まで繰り返した代替わりの中で、『鍵』を手に入れようとまでした支配者はいない。なのにあの時の淡路は「できれば『花』も摘んで帰りたかった」と言った。

 鍵の真実の力までは知らない筈なのに、だ。


「今は根之堅洲國も支配する者が現れておらぬ。手出しまでは出来ぬであろう。それに次代の『鍵』の持つ力までは知らぬはずだ。それでも用心に越した事はない。引き続き、宇迦之御魂神と御劔達は『鍵』の側で、何かあれば天界に知らせよ」


 思金神の言葉に、宇迦之御魂神と迅雷、宵闇が頷いた。









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