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part 4


王子を無事救出し、町から敵兵を一掃することに成功したクリス・レイモンドの隊が、城へと凱旋した。

礼拝堂で日課の祈りをささげていたエリカ王女は、息せき切って駆けてきた侍女から知らせをうけると、思いがけない喜びに目を輝かせた。そうして、あらためてもう一度神のまえに深く頭をさげ、感謝の言葉を述べると、いそいそとその場をあとにして城へとむかった。



広々とした王の間には、兵士たちがずらりと並んでいた。クリス・レイモンドの率いる一隊である。彼らはその見事なはたらきにより、王から労いを受けていた。

隊長のクリス・レイモンドは、玉座の近くに立ち、晴れやかな表情で背筋を伸ばしていた。


「王女殿下のおなりです」

 小姓の声に、居並ぶ側近たちがうやうやしく頭を下げる。その前を、父王の横にむかって歩を進める王女のちょうど正面に、クリス・レイモンドがいた。

 レイモンドは王女にむかって深々と礼を取る。やがてゆっくりと顔を上げた彼は、王女の瞳を見て、わずかに口元をほころばせた。

 その無事な姿を目にし、心から安堵の息を吐いた王女だが、生真面目な彼の、いつになく柔和な雰囲気に、ふとある言葉を思い出し、頬が熱くなるのを感じた。


――クリス・レイモンドが王子を連れて無事にもどった暁には、姫よ、どうか彼に褒美をお授けになるよう、かならず王に言うのですよ。王は彼に言うでしょう、なんでも望みのものを言うが良い、と。するとレイモンドはこう言います、『どうかエリカ姫を我が妻に』と――


クリスは本当にそう言ってくれるかしら。いえ、その前に、父が私の願いを聞いてくれるかしら。

もしも、もしも父がダメだと言ったら。それに、仮に父の許しを得たとしても、クリスがちがう褒美をのぞむかもしれない。

 

ほっとしたのもつかの間で、今は悪い予感ばかりが次々に王女の頭をよぎる。こんなとき、ずっと自分を勇気づけてくれたあの友人がいてくれたらどんなに心強いことか。

黒いマスクに隠された顔、それでもときおり向けられる瞳はやさしくあたたかだった。いつも王女のささやかな悩みを真剣に聞いてくれた、あの大好きな友人、チョコレートの精はどうしているだろう。

 

そんなことを考えて、王女ははっと顔を上げた。

そういえば、彼は、カカはどこにいるのだろう。凱旋したクリスは今、目の前にいるけれど、クリスと弟を助けるために、ともに戦場へ行ったはずのカカの姿はここにはない。チョコレートの精だから、こういう場には姿を見せないのかもしれない、けれど、毎夜見ているドレッサーの引き出しには、まだ彼からの印であるチョコレートはなかった。

 

カカは、無事にもどったのだろうか。



「エリカ王女、ご返答を」

 自分を呼ぶ宰相の声に、我に返った。いったい何の話だったか。


「王女、お受けされるということでよろしいですかな」

 老宰相が、怪訝そうにこちらを見ながら返事をうながす。

 話の中身が見えなくて、困惑した王女が、父王とクリスへ交互に目線を投げると、クリスがきまり悪げに微笑みながら、助け舟を出した。


「このたびのことで、陛下から恩賞を賜ることになったのです。望むものを申せとおっしゃってくださったので、私は王女殿下をいただきたいとお願いいたしました」

「え? では……」

 自分が口火を切る前に、話がすすんでいたことに戸惑う王女に、王が微笑んであとをつづける。

「エリカよ、私はお前の幸せをなにより望んでいる。今やカンタリッジとの話も白紙にもどっておるゆえ、お前の望むところへ嫁ぐがよい。騎士クリス・レイモンドの申し出を受けるか」

 いきなり決断をせまられて、王女の頭の中は真っ白になってしまった。

早鐘を打つ胸の鼓動をおさえて瞳をあげると、窓から差し込む光のなかにクリス・レイモンドが微笑んで立っている。そのおだやかなまなざしが自分に注がれているのを見て、ようやく願っていたことが叶ったのだという思いが、心にじんわりとひろがっていく。

息もとまりそうな幸せに、王女は震える胸をおさえて「はい」と頷いた。


「皆のもの、聞いた通りだ。今日は祝宴ぞ」

王は晴れ晴れとした笑顔で立ち上がると、エリカ王女の手を取り、騎士クリス・レイモンドの手に重ね、二人の婚約を高らかに宣言した。


 



 祝福と興奮の歓声が冷めやらぬ大広間で、ひとしきり皆の祝福を受けたあと、すっかり遅くなってから、ようやく王女はクリス・レイモンドに付き添われて部屋へと下がることができた。

宮殿へと続く長い廊下を、クリスが先に立ってゆっくりと歩く。繋がれた手から伝わる熱のあたたかさに、姫は騎士のその大きな掌を見つめていた。


今のこの状況がまだ信じられず、気持ちがふわふわとして落ち着かない。

おぼつかない足どりで、クリスのすらりとした後姿を見あげた王女は、ふとその高い背に、ある面影をみた。


「クリス、あの……」

「どうかされましたか?」

 立ち止まった王女に、クリスは振り返り、やさしく問う。


「あの、カカを、ご存じでしょうか?」

「……カカ、ですか」

 騎士は眉をあげ、少し驚いた様子で、王女の顔をまじまじと見た。


「私のお友達なのです。先の戦の時、あなたと弟を助けると言って、戦場へいったきり連絡がなくて、とても心配です。彼を見かけませんでしたか?」

 眉をくもらせて問う姫に、クリスはなぜか、困ったような顔で言葉を乱した。

「は……いえ、彼を、その、見かけたような気もいたしますが……」

「見たのですね? ご無事なのでしょうか。一緒に戻られたのではないのですか?」

「いいえ、いえ、彼は、その」

「……まさか、まさか、彼の身になにか……」

 いつになく不自然なクリスの態度に、王女の胸に暗い予感が急激に広がり、小さな手できゅっと胸元を強く握りしめた。

「いえ、彼は無事です!」

 あわてて否定するクリスに、胸をなで下ろした王女だが、続くクリスの言葉に愕然とした。

「無事ではありますが、彼はここへはもう、もどらないでしょう」

「もどらない? なぜ? ケガをされたのでしょうか?」

青ざめた顔で、必死に問いかける姫の肩にそっと手を置いて、騎士はしずかに語った。

「ご安心ください。カカどのは健在です。ですが彼はチョコレートの精、戦が終わったら自分の世界へ帰らねばならないと、そう申しておりました。姫君にはくれぐれもよろしくと言っていましたよ」

 胸に手を当ててその言葉を聞くうちに、王女の瞳からは大粒の涙があふれだした。

「……もう、カカには会えないのですか」

 大好きな友人に、きっとまた会えると信じていた姫は、騎士の言葉に深い衝撃をうけた。


悲しみに頬を濡らす姫に、騎士は言った。

「姫君、チョコレートの精はいつもあなたのおそばにおります。だからどうか泣かないでください。笑っていてください」

 

その不思議となつかしく、やさしい言葉を聞きながら、王女は涙を拭いてなんどもうなずくのだった。

 



終わり


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