第46話 天井の先へ
「ふあぁぁぁ~。ねむい……」
俺は大きな欠伸をしながら、『光輪の階段』を踏みしめて登る。
もう数時間は登って来たから、セクレトの街の姿はかなり小さい。
「ちょっとひと眠りするか……」
俺は一つの光輪の中央部分に陣取ると、荷物を枕に寝転がった。
幸いな事に『光輪の階段』自体が多少熱を持っていて暖かく、風邪を引く心配などはなさそうだ。
俺達はダルマール共と戦い、その後宴会に雪崩れ込み、それが一日続いた後の朝方にひっそりと出発してきた。
丸一日続いたお祭り騒ぎの後遺症で、街中の人々は皆、泥のように眠りこけていた。
『光輪の階段』を登って行く俺達の姿を目撃した者は、殆どいないだろう。
「やれやれ。また振出しに戻っちまったなぁ。殺風景な面子だ、華がねえ」
俺とスケルトン親父の一人と一体だけだからな。
『帰らずの大迷宮』に飛ばされた時と同じだ。
走爬竜の体も街に残して来ている。
螺旋階段状の『光輪の階段』は、結構段がある。
走爬竜が登っていくには不向きな場所だ。
それに、俺達の方も必要な量の餌を持ち運べない。
連れて行くのは諦めるしかなかったのだ。
あいつはこれからは、普通の走爬竜として生きて行く事だろう。
カイルにあげてきたので、きっと大事にしてくれるはずだ。
親父は荷物に背を預けて座り込むと、瞳も何もない空洞の目をこちらに向けてくる。
「俺ぁ知らんぜ? 次に戻って来たとしても、もうレミアはお前の事なんざ眼中に無いかも知れん。人間何事にも巡り合わせってモンがあるからな。綺麗事じゃねえんだ、後でがっかりするんじゃねーぞ」
「だったら仕方ないさ。俺にはやっぱり――レミアは連れて行けないんだ」
「……」
「だって考えたらさ、もう生贄の必要も無くなったし、レミアはあの街で家族と暮らしていいんだ。ちゃんと居場所がある。コークスさんだって喜んでたろ?」
家族で一緒に暮らせること。俺にはもう叶わない事。
それは幸せな事だと俺は思う。
そういうものがあるレミアを――俺は連れて行くことが出来ない。
カイルには、レミアが俺の後を追わないようにしてくれと頼んでおいた。
必ずまた戻って来るから――と。
「せっかく親子で暮らせるんだぞ? それをわざわざ、何があるか分からない冒険に引っ張り出す必要はないだろ? 危ない橋は俺と親父で渡ればいい」
「それがレミアのため――ってか?」
「ああ」
「ヤレヤレ。いかにも童貞が言いそうな台詞だぜ」
親父がひょいと肩をすくめた。
「はぁ!?」
「何だよ違うのかよ? いいやぜってー違わんね。親父様の人生経験なめんじゃねえぞコラ。無駄に子沢山じゃねえんだぜ」
ぐぐいとスケルトンの顔面が詰め寄ってくる。何かに呪われそうな気がしてくる。
「いやまあ……違わないけども」
「あーあーあーあー! 人がせっっっっかく酒だ酒だっつって、お前らが二人きりになれるようしてやってたのによぉ! このクソガキは親心ってのが分かってねーな! 何でモノにしちまわねえんだ!」
「え……!? いや、俺は親父みたいな女なら誰でも手を出すようなのとは違うんだよ!」
「はい来た童貞発言その2ー! エセ硬派気取り! 何で男の側にだけ原因があるんですかねぇ? 汚ねえ性欲の塊は男だけってのは幻想なんだよ、女だって一皮剥きゃ同じだ。レミアを見てりゃ、ありゃどう見ても抱かれたがってるメスの顔だろ。向こうが望んでるんだから、応えてやるのが甲斐性だろうが。お前だってあいつを気に入ってたろうに」
「まあそれはな……察しはまあ――ちょっとは……」
祈りの剣のスキルを見れば――俺が鈍かろうと明文化されているのでレミアの気持ちは分かった。
向こうからあんな事をしてくるくらいだしな……
「女ってのは、男を咥え込む魔性の生きモンよ。レミアの体の味を知ってりゃあ、お前の選択は逆だったね。離したくなくなってただろうさ。お前が本当の女を知らんから出来た選択だ。ああいうのは理屈じゃねえんだ。ましてレミアは一緒に来る気だったしな」
「それは親父の場合は――だろ。俺は……」
「いいや違わんな。何故なら俺も、初恋はお前と同じようなヤセ我慢で終わったからな。そのせいで後で反動が来て、隠し子があちこちに出来ちまったんだぞ……!」
「えぇ!? そうなのか!?」
「ああ。お前――ガキの頃の俺にそっくりだぜ。お前も今でこそエセ硬派気取りだが、将来は女にハマって隠し子量産するようになるんだよ。せいぜい暗殺で人生終わらんように気を付けろよ?」
ぽん、と肩を叩かれた。
止めろ縁起でもない。スケルトンになるのは俺は嫌だぞ。
「ま、冗談はともかく――だ。お前にゃレミアが必要だと俺は見てたワケよ。だがまあもう出てきちまったモンは仕方ねえ。気を引き締めて、前に進まんとな。確かにこの先何があるか分からん」
親父は上を指さして言う。まだまだ天井は遠かった。
「ああ――そうだな」
「ったく、次はヤれるうちにヤる事ヤっとけよ? いいもんだからな。分かったか? このくそ童貞が」
「うるさいな。蹴り落とすぞ」
そう応酬しつつ、俺は仮眠に就いた。
◆◇◆
そして何日か後に、俺達は『光輪の階段』の頂点にたどり着いた。
天井に触れられるところにまで階段が伸びており、触れると――
天井に穴が開き、俺達はそこに吸い込まれるようにして、上層へと誘われた。
そして、どこからかこんな声が聞こえた――
「「「ヒャッハー!」」」
……また、行き先にあのくそったれな生き物どもが生息しているのだろうか。
出来ればもう見たくないのだが――全く、やれやれだな。
以上で第一部完となります。お疲れさまでした!
キリのいい所で、ここまでの評価などして頂けるとありがたいです。
相当、好き勝手やっている作品なのですが、
思ったよりも見て下さっている方が多くてびっくりです。
どうもありがとうございます。
これからもオーガ共の活躍にご期待ください。
あと、主人公とかホネにもご期待ください!




