第45話 地上にて
地上――クリュー王国。王都クレストリア――
王城の謁見の間に、男の怒声が響き渡っていた。
ヴェルネスタ王の跡を継いで王位に就いたライネル国王のものである。
「王権はまだ見つからんのか――! 一体いつまで待たせるつもりだ!?」
ライネル国王は既に戴冠式を終えている。
王冠や、城は先王のものを手中に収めたが――
最も重要な王の証、力の象徴たるスキル王権は未だに見つからずだ。
その状態では如何に自分が王を名乗ろうとも、それは本当の王ではない。
いつ偽王と指をさされて、寝首を掻かれても不思議ではないのだ。
ライネルの焦りは至極当然のものであった。
父王ヴェルネスタを亡き者にすれば、王権は自分に受け継がれると思っていた。
彼にとって誤算だったのは、ヴェルネスタが隠れてあちこちの女に子供を産ませていた事だ。
既に何人かを見つけ出していたが、王権を持っている者はいなかった。
このままでは、いつ王権が自分の手に戻るのか知れない。
あの強大なスキルの力があればこそ、この国の王は王でいられる。
自分のみならず、配下に強大な力を与え、精強な軍団を形成することができる。
王が授けてくれる強大な力に魅せられた臣下達も、その力による地位や名誉、あるいはより強い力を授けてもらうために、忠誠を尽くす。
王権とは強力な強大な力であり、強大な人心掌握の手段なのだ。
ライネル自身、ヴェルネスタに授けられた数々のスキルにより強大な力を有している。
だがやはり王権そのものを持っていないと、人心掌握に支障が出る。
もし王権を持った誰かが正当な王位を主張して立ち上がり、自分に牙を剥いたら――
今は大人しくしているヴェルネスタが重用していた側近どもまで、一斉にそちらに付くかも知れない。
そう思うと、おちおち眠ってもいられない。
「は――ただ今全力で捜索を続けておりますが故……もうしばらくお待ち下さればと」
ライネル王の後ろ盾である有力貴族、ユルゲン侯爵が頭を垂れた。
「そう言い続けて、もうどれだけが経つと思っている!? 何か事があってからでは遅いのだぞ!?」
「はは……申し訳ございません。何卒――お怒りをお鎮め下され」
「……」
ライネルはそれ以上言っても無駄と判断したか、仏頂面で王座に座り直した。
そんな光景を、死神のような黒い鎧を纏う騎士――ダーヴィッツは内心ほくそ笑んで眺めていた。
彼の立ち位置は、居並ぶ諸侯の中では決して高くは無い。
中間から末席寄りの位置である。
そういう立場であるが故に、現場に出て王権の捜索に携わりもする。
彼の隣には、灰色のローブを纏った女魔術師も控えている。
ルネスを『帰らずの大迷宮』に送り込んだ張本人――名はエルフリーデだ。
彼等二人は直接的にはユルゲン侯爵の配下の騎士と魔術師だが――
王権を持つルネスを『帰らずの大迷宮』に送り込んだのは、ダーヴィッツとエルフリーデだけの秘密である。
ユルゲン侯爵にも報告はしていない。
ルネスを『帰らずの大迷宮』に送った時は、牢獄の監守や、他に誰が聞いているかも分らないため、一芝居打ったのだった。
王権は――あのような強大なスキルは、自分のものにならぬ以上、この地上にあってはならない。
それがダーヴィッツの考えだった。その力が自分の邪魔となるからだ。
人の手に触れぬ所へ――
故に最も遠く、帰還が絶望的な場所に幽閉してしまうのがいい。
下手に所持者を殺しても、他に受け継がれるため意味が無いのだ。
ルネスの他に見つけ出したヴェルネスタ王の隠し子は、密かに幽閉してある。
もしルネスが死んで、その者達に王権が受け継がれたら、今度はその者を『帰らずの大迷宮』に放逐するつもりだった。
ダーヴィッツとしてはルネスが『帰らずの大迷宮』にて死ぬ事も外に出ることも無く、延々と中で彷徨っていてくれる事が理想だ。
そうして、その間に自分が――地上を席巻するのだ。
エルフリーデはダーヴィッツにとっても何が目的かは良く分からないが――
自分を邪魔する意思は無いと言う。
ならばせいぜい、利用させてもらう――
「陛下! 陛下ーーーッ!」
突如、静まり返っていた謁見の間に、息せき切って侍従が駆け込んで来た。
「何事だ!? 騒がしいぞ!」
「ははーっ……! 申し訳ございません。ですが火急の知らせが……!」
ライネルの眉がぴくんと上がり、反応した。
「火急の? 何事だ、申せ!」
「はっ……! 南方ヴァルガードの蛮族どもが、国境の砦を破って攻め寄せて参ったとの事です!」
その知らせに、謁見の間がざわつく。
先王ヴェルネスタが一度大規模な南方討伐を行って以来、ヴァルガードの蛮族は大人しくしていたはずだが……
ヴェルネスタ王が亡くなったと知って、増長したのだろう。
そう考える者が多かった。
「くっ――! 蛮族どもが、父がいなくなり調子づきおったか……!」
王権の行方の定まらぬ、こんな時に――!
ライネルは苛々と舌打ちをした。
その心境は、ユルゲン侯爵にとっても同じだ。
これは、新王ライネルにとって初めての試練である。
これを撃退できないようでは、一気に人心が離れるだろう。
そうすれば、クリュー王国の瓦解まで行ってしまう可能性もある。
ユルゲンとしては、自分達の権利を侵害しようとするヴェルネスタは除きたかったが、クリュー王国が崩壊することなど望まない。
ライネルが自分達の操り人形になってくれればそれでいいのだ。
「陛下。すぐに手を打ちませぬと――討伐軍の編成をお命じ下され」
「ああ分かっている。このまま軍議に入るぞ……!」
謁見の魔に広がる戦の気配に、ダーヴィッツは鎧の仮面の奥でにやりとしていた。
さあ――これからが自分の時間だ、と。
面白い(面白そう)と感じて頂けたら、ブクマ・評価等で応援頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。




