表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『やっぱりゲームだったよ』
31/32

35 冒険者ですが露天風呂です

#35


 激流に飲み込まれてぐるぐると世界が回る。身体のあちこちを打たれ、両腕で頭を庇う。


 あ、これ死んだな……。


 私は目をつぶったまま流れに身を任せる。どちらが床で、どちらが天井かも分からない。鼻腔(びくう)に水が入って焼けるように痛い。轟々と破滅的な音だけが聞こえる。


『【システム通知】:ネルソンの《戦技Ⅳ=大地陣(レイターフォーム)》! 色物パーティに、増加装甲の魔法効果!』


 睡魔に似た絶望のスクリーンに、ぽつんと明示盤が開いた。

 ネルソン君が最後に頑張ったらしい。


 私もちょっと頑張るか。


 だんだん息が苦しくなり、頭の回転が鈍ってくる中、溺れそうな“私”を助けてくれた亜麻色の髪の人魚サーシャと、《水泳スキル》の存在を思い出した。




【マイ・キャラクター】

◆メインアーム:〈桜の鈴〉

 アトリビュート・スロット1《水泳Ⅰ=水中適応(アクアティック)

     コモン・スロット2《飛行Ⅴ=螺旋回避(バレルロール)

     コモン・スロット3《飛行Ⅵ=臨界推進バーチカルキューピッド

     コモン・スロット4《風纏Ⅱ=行雲(ブースト)

     コモン・スロット5《疾走Ⅱ=疾駆(ターボ)

     コモン・スロット6《飛行Ⅳ=下方旋回(スライスターン)


◆メインアーム:〈桜の鈴〉

 アトリビュート・スロット1《祝福Ⅰ=武運長久(デスティニー)

     コモン・スロット2《祝福Ⅱ=交通安全(ブロードウェイ)

     コモン・スロット3《祝福Ⅲ=無病息災(ウェルネス)

     コモン・スロット4《祝福Ⅳ=商売繁盛(ブロードキャスト)

     コモン・スロット5《祝福Ⅴ=家庭円満(ハビテーション)

     コモン・スロット6《祝福Ⅵ=天壌無窮(インフィニティ)


◆メインアーム:〈桜の鈴〉

 アトリビュート・スロット1《鈴Ⅰ=リカバリー》

     コモン・スロット2《鈴Ⅱ=キュアウェーブ》

     コモン・スロット3《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》

     コモン・スロット4《鈴Ⅳ=ブレイクマジック》

     コモン・スロット5《鈴Ⅵ=ファンタズマルヒール》

     コモン・スロット6《軽装Ⅴ=アルケミースタンス》




 信条を曲げて、《飛行スキル》と《水泳スキル》を入れ替えた。反動でぐっと疲労感が増すが、水中呼吸できるようになるのは大きい。

 クールタイムが終わり、能力(アビリティ)が身体に馴染む。

 ぼんやりと周りが見えるようになってきた。

 《収納術(アイテムボックス)》から鈴を取り出す。


「《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》《鈴Ⅰ=リカバリー》《鈴Ⅰ=リカバリー》」


 私は薄暗い水流の中、大雑把に回復魔法を飛ばしまくった。濁流に流されるまま無心に回復を連打した。




 不意にまぶしさに包まれた。

 水流と共に光の中に打ち上げられ、何かに叩きつけられる。

 「リーン」と澄んだ音がして、最後の【万能緩衝盾】の魔法効果が切れた。


「ゲッホ、ゴッホ、ンン? アレ? 生きてるのカナ? しょっぱー」


「す、い、え、い、もっ」


 オズさんとネコジンさんが空を飛んでいる。《飛行スキル》のどれかをアイコンスロットに保持していたようだ。

 飛ぶのは未だに難しいらしく、目と口から謎物質を撒き散らしながら、ふらふらと高度を下げていった。


「海の匂いだな」


 すぐ近くで、ネルソン君の声がした。私は鋼鉄の胸鎧に激突したらしい。

 私は顔に両手を当てて涙目になった。


「はなが、いたい……」


 下を見ると、大草原の真ん中に湖がある。いくつもの巨大な水柱が立ち上がり、キラキラと虹を作りながら湖に降り注いでいる。

 地上には白い砂浜が出来つつあった。拳王さんとイモスナさんが刺さっていた。 砂浜に下りて助け出すと、見た目どおり頑丈な二人は無事だったようだ。

 まあ、プレイヤー・キャラクターであれば、死体を膝枕して看病すれば衰弱状態までお手軽に戻る。首がちょん切れていたらどうだか知らないが。


「溺れながら三百秒カウントしたわ。ぶっちぎりで新記録だわ」


「アレレ? 人魚でも溺れるんだ?」


「うむ、あれだ。水泳と深淵を間違えた」


「ブハッ、ウハハッ! 海水かよコレ! 喉イテェ!」


「はああああゲフッ、ブホッ! 拳王、《深淵Ⅰ=迷水百遷(ウォーターフィールド)》!」


 拳王さんが《深淵スキル》の能力(アビリティ)を叫ぶ。

 空から落ちてくる水しぶきが空中の一点に集まり、芋虫のようにニョロニョロと動き出す。


 拳王さんはブルースネーク、カモンした!


 死にかけたわりに元気そうである。

 ちなみに《深淵Ⅰ=迷水百遷(ウォーターフィールド)》は【常時】アイコンなので、叫ばなくても大丈夫だと思うのだが。なにか特別な意味があるのかもしれない。


「オズさん、オズさん、オズさん! 壊れちゃった……」


「あー。耐久0カナ? 海水被っちゃったしネ」


 私は、左手の鈴を揺らした。

 精巧な透かし彫りが潰れた桜の花鈴は、音が鳴らなくなっていた。


「溶かして作り直そっか?」


「うん」


 私は壊れた鈴を両手で包み、さよならをした。




「ギルド温泉、(すすき)(みかづき)! 入浴料、銀貨二枚!」


 拳王さんが野太い声を張り上げる。青と水色の怪人が白い砂浜を匍匐前進する姿はよく目立つ。

 さっきまでプレイヤーの水死体が散らばっていた砂浜であるが、今は小屋が二つ建っている。小屋の近くでは、オズさんがノリノリで大浴場を組み立て中だ。


「すまん。乾燥しすぎて割れた」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 ネルソン君の《収納術(アイテムボックス)》から、丸太がドサリと砂の上に落とされる。ネルソン君が木材を調達して、オズさんが加工するという布陣である。

 私も木こりを手伝おうとしたのだが、《収納術(アイテムボックス)》が満杯で断念した。

 私はネコジンさんと一緒に、水着姿で洗濯屋さんを営業中である。《日焼止》完備! 水着はビキニタイプしか持ち合わせが無かった。もういっこは何処へいったのだろう。

 ちなみにネコジンさんは、西部劇風のポンチョにウエスタンハットを被り、サングラスで中途半端に顔を隠している。


「洗濯物、十アイテムまで金貨一枚。金物は洗わないと錆びるよ」


「やべ、錆びるのか」「まじで」


 ネコジンさんの発言を聞き、慌てて鎧を脱ぎ出す戦士たち。気の早い人は、鎧下(よろいした)まで脱いで行列に並んでいる。

 二人がかりで《洗濯》するので、列はそれなりの速度で()けていく。

 何人目かのお客さんが私の前にやってきて、キラキラした上等そうなローブを手渡された。生活系スキルで洗っていいものか判断に困った。


「ねね、ネコジンさん。このローブ、《洗濯》して大丈夫かな?」


「これ使って」


「洗濯ネット……だと……」


 ノイシュは洗濯ネットを手に入れた!


「あ、女神ちゃんのブラウスはシルクだから。洗濯ネットでもだめよ」


 ネコジンさん謹製、異様に着心地の良いブラウスは、絹製品だったらしい。化学繊維みたいにキラッと光るのに極上の肌触り。確かにシルクしかないか。

 ちなみにそのブラウスは、びしょびしょの制服と共に《収納術(アイテムボックス)》に放り込んである。

 手を動かしながら、ネコジンさんの薀蓄(うんちく)が続く。シルクは擦ってはダメだとか。アルカリ石鹸と直射日光は厳禁だとか。(かいこ)の吐き出すタンパク質がシルクになるだとか。


「あとで、ブラウスに《日焼止》しとこう……。そういえば、人魚さんの亜麻髪の水着も、タンパク質?」


「そうなるわね」


「《洗濯》しちゃったけど……。《整髪》の方がよかった?」


「それは初期装備みたいだから、大丈夫」


「ふぅん」


 私は亜麻色のビキニを指で摘んで、人魚のサーシャに感謝した。

 ついでに、思いつきを口にする。


「シルクを《整髪》したら、どうなのかな?」


「なるほど。ちょっと試しに」


 ネコジンさんが白い端切れを取り出し、濡らしたり汚したりして洗濯ネットに入れる。それを私が《整髪》する。

 布を調べたネコジンさんが、重々しく(うなづ)く。実験は成功である。

 私たちは洗濯待ちの行列をすべて片付けて、学校の制服もついでに綺麗にした。



「ふぃぃぃぃ……生き返るわい」


「ルビコン川を渡り損ねたぜ」


「ルビコン川? ステュクスの川じゃろ?」


 一回死んで衰弱したプレイヤーたちが、思い思いに湯船につかってくつろいでいる。

 浴槽の中央には(やぐら)が立ち、天辺にある木桶からお湯がザアザアと滝のように落ちている。洗い場でお湯を使うときは、櫓の上のタンクから供給される仕組みらしい。

 初期装備または水着着用の混浴風呂である。混浴だが、なんとはなしに湯の滝を挟んで、男女に分かれて座っている。イモスナさんが男性グループの方へ行こうとしたので、犬のように引っ張って連れ戻した。

 私は湯船の(へり)に座って羽を伸ばす。


「ネエネエ、お湯そろそろ頼んでいいカナ?」


 お湯を汲み上げる魔導ポンプを見ていたオズさんが戻ってきた。

 魔導ポンプというのは、配水管の先端についたリング状の器具のことらしい。リングの表面には文字が刻んであり、ネオンサインのように明滅しながら光がぐるぐる廻っている。刻んでいる文字は、《上に参ります上に参ります上に参ります》。シュールな感じである。


「あいあい。《深淵Ⅳ=間欠泉(ゲイザー)》」


 砂浜から「ドーン!」と温泉が吹き上がり、落ちて湯溜りを作る。

 人魚の種族魔法を使った私の翼は、一瞬だけサーシャの青いウロコに覆われ、またすぐに純白の羽毛に戻る。


「ネエネエ、羽根みせつけてるの?」


 オズさんが羽根をつんつんしてくる。くすぐったいので止めていただきたい。


「え、いや、いきなり入ると、身体に悪いし」


「もしかしてスッゴイお婆ちゃんだったりスル?」


「え、私8歳設定ですし……」


「80歳カナ?」


「《深淵Ⅲ=鉄砲水(アクアボム)》」


 私はオズさんをぶっ飛ばした。

 ずぶぬれになったオズさんは、「やったナー?」などと言って湯船に飛び込んだり戦ったりしたが、すぐに飽きて犬掻きで泳ぎ始めた。いや猫掻きか。


「オズさんって、水に濡れると宇宙人グレイみたい」


「気にしてるみたいだから、言っちゃダメよ」


 ウエスタン帽とサングラスで湯に浸かるネコジンさんも、充分シュールである。

 やっぱり、種族を隠さないとまずいのだろうか?

 オズさんは黒猫獣人の姿で泳ぎまくっているが。

 横を見ると、イモスナさんも毛並みがクッタリした残念な容貌になっていた。


「女神ちゃん、何やってるの?」


 パンドラさんが近くに寄ってきて、そう言った。

 今回の冒険の一番の成果は、顔見知りが増えたことだろうか。

 いや、前からフレンドだった。素で忘れていた。


「羽根、つけちゃ、ダメかと」


 身体が温まってきた私は、第二段階に移行した。お湯の中でうつ伏せになり、えびぞり気味に髪と羽根を水面に出している。

 水面が高いのでなかなか厳しい。かろうじて返事を返す。ながくは保ちそうにない。


「ハネはセーフじゃない?」


 パンドラさんが助け舟を出してくれるが、それを受け入れる訳にはいかない。

 羽根が痛むかもしれないし。

 私が困っていると、ネコジンさんから助けが来た。


「何か作ろうか?」


「おね、がい、しま……」


「肌色の布ないけど」


 私の水着をチラ見して、ネコジンさんはそう言った。


 肌色じゃないが。


 ネコジンさんは空中に【マジカルマネキン】を浮かべ、お風呂に入ったまま、靴下のようなものを作る。パンドラさんが「すごーい」とか「私も裁縫しよっかな」とかキャピキャピはしゃいでいる。

 そして、くるくる巻き込んで団子にしたその黒い布を、私の純白の風切羽(かざきりば)にあてがい、翼に被せていく。


「砂漠用の布地なのだけれど、防水も大丈夫のはず」


 ノイシュは羽ニーソを装備した!


 羽にニーソックスとか穿くのは、たぶん私くらいのものだろう。根元まで穿いてるからサイハイか。手羽先だし手羽袋か。いや、どうでもいいか。さらばナイス羽根また会う日まで。羽根が見えなくて生きるのが辛い。

 こうして私は、ゲーム内で初めてのお風呂を堪能することができた。

 筋肉と皮下脂肪のバランスが我ながらベストのキャラクリであり、もちもちのぷるぷるだった。




 小一時間でお風呂を切り上げ、更衣室の小屋で制服に着替えた。名前を忘れたメイドさんに念入りに結われた白金色の長い髪は、洗って《整髪》することで元通りになった。変な癖が付かなくてよかった。

 時刻はお昼過ぎである。そろそろオーレリア姉様のところへ戻らなければ、ヤバイ気配がギュンギュンする。虫の知らせかもしれない。


「らんらん♪ そろそろ落ちるね。NPCお願い」


「えー、バーベキューやろうよ」


「落ちるのかよッ! まいっか、じゃあの」「まったねー」


「バーイーバーイー」


 銀髪の女の子が、パンさんやアリアさんたち圧縮ラブPT(パーティ)に別れを告げた。ログアウトの時間らしい。

 私もいちおう手を振っておく。

 銀髪の女の子の表情が急にやわらかくなる。そして、辺りをキョロキョロと不安げに見回したりしている。プレイヤーが落ちて、NPCに変わったようだ。


「モナはかわいいのう」


「あうー」


 水色ツインテールのアリアさんが、銀髪の女の子のほっぺたをむにむに弄る。同じ年頃の女の子同士のじゃれあいなのだが、言わざるを得ない。


 お巡りさんこっちです。


「モナ、パン食うか?」


「うん」


 コッペパンを手渡されたモナちゃんは、両手に持って、モキュモキュと一心不乱にパンを食べる。なにこの子かわいい。

 視線を感じたのか、目が合った。


「お貴族さま──!」


 モナちゃんはパンをポロリと落とす。

 ダッシュで駆け寄り、パンをキャッチする。私の反射神経が良い仕事をした。


「あ、あり、ありが、あ」


「どした? ……お、斧白姫さま!?」「なんやなんや?」


 挙動不審なモナちゃんに釣られて、人が集まってきた。みんな私を見ている。


 たすけてお巡りさん!


 盾を背負った赤髪の戦士がやってきた。名前は忘れたが、金貨トレードの人である。片膝を突いて私の前に(ひざまず)き、右手を胸に当て大仰にお辞儀をする。


「ご足労いただきありがとうございます。【Lの砦】遠征隊隊長ルーファスです。依頼書の認証押捺(おうなつ)をお願いいたします」


「え」


「あれ? バグったかな? 【Lの砦】遠征隊隊長ルーファスです。依頼書の認証押捺(おうなつ)をお願いします」


 私は困惑して首を傾げる。ルーファスさんも首をかしげる。なんだこれ。


「こんなちっちゃな子だしな。やり方知らんのでは?」「そうか」


「お嬢様、青い石がついた木の棒をお持ちでは?」「木の棒はないだろw」


 私は、巾着袋(オーモニエール)の中から、オズさん謹製の短杖を取り出す。翼のように広がった杖頭には青い宝石が埋め込まれ、シャフト全体に蛇の絡みついた彫刻が施されている。

 それは、魔杖オズバーンという、オズさんっぽい名前の杖だった。


「おお! それです! お嬢様、こちらに宝石を近づけてください」


 ルーファスさんが両手で掲げ持つ五角形の羊皮紙に、杖頭を触れさせる。

 宝石の中の紋章が輝き、シックス伯爵令嬢ノイシュという名と、斧と鷲の紋章が書面に記された。


「ありがとうございます」


「帰るか」「《斧スキル》w」「いらねw」


「やれやれだぜ」「ロスト無しで助かった」


 私への関心を急速に失ったプレイヤーたちは、軽口を叩きながら青いノイズの中へ消えていく。

 後に残ったのは、色物PT(パーティ)と、パンさんと、モナちゃんを連れたアリアさんだけだった。


 何これバグってる?


「ん? 何やってるんだぜ?」


 アリアさんがモナちゃんの手を引いて、青いノイズに飛び込んだ。


「いまの何?」「さあ? なんダロ?」


「腹減ッタァ! 帰ろうゼェ」「であるな」「うむ」


 残された私たちも、ワープゲートに飛び込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ