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白い翼のノイシュ  作者: ワルキューレ
『やっぱりゲームだったよ』
30/32

34 冒険者ですが生者必滅です

#34


 巨大なドラゴンが横たわるボス部屋は、どこか荘厳な空気を感じさせる。

 大勢の人達が、自分の役割を全うするために整然と動いている。プレイヤーが数十人もいるのに、ボスを倒して浮かれる人が一人もいないというのは、ちょっと不思議である。

 私は遠い目をして、そんな景色を眺めている。


『【システム通知】:約一億二千万単位前より【Lの砦】駐在管理を任されている【システム通知】と申します。今回の奪還劇に驚くとともに、非常に嬉しく思っております。ここ【Lの砦】は豊かな水資源に恵まれ、多様な生態系を擁する戦略上の要地でございまして──城主さま? 何処に居られるのですか? 城主さま?』


 聞こえてはならぬ声が……。

 いかにも上機嫌そうな朗らかな声が、私の頭の中に響いた。




「それじゃ、ネコジンさんお願いします」


 ドラゴンの死骸の近くでは、本隊の皆さんが何かを始めるようだ。盾を背負った戦士がネコジンさんに頭を下げている。その周りを戦士や魔法使いが助手のように取り囲む。

 ネコジンさんはひとつ頷き、大きな包丁を取り出した。


「おおーっ!!」


 初めて歓声が上がった。

 ネコジンさんは巨大な(むくろ)に近付くと、出刃包丁のアイコンを閃かせた。

 爆散したドラゴンの頭部が切り落とされ、「よっしゃー!」と誰かが叫ぶ。

 背中に残った片翼も切り取られる。「おっしゃー!」と歓声がまた上がる。

 包丁が差し込まれる度に、金属が擦れる音と、喝采が起こる。

 白衣を着たお爺さんや、パティシエ帽を被った女性が続けて包丁を入れる。


 だんだん分かってきた。生産系スキルで戦っているらしい。


 ツヤツヤの外骨格の足がエナメルブーツみたいだな、などと考えているうちに、解体された肉の塊はつぎつぎに消えていく。生産キャラを囲む集団は、《収納術(アイテムボックス)》要員のようだ。

 ドラゴンが小さくなっていく様を見ていると、鎧姿のネルソン君がのっしのっしと近寄ってきた。剣を()き大盾を背負うと、流石に重量感たっぷりである。


「おつかれ。元気か」


「え、うん」


 元気は元気なのだが。

 一人で喋りまくる騒がしい存在のせいで、私はもうダメかもしれない……。


『【システム通知】:あ! 城主さま! いらっしゃったのですね! お姿は見えませんが、お目にかかれて光栄に存じます。城主さまの新しいお仕事をお手伝いできれば、これに優る喜びはありません』


 ……うわ、まだいる。

 賢者コマンドで黙らせてやりたい。しかし、プレイヤーもフレンドも大勢いるので、この場は我慢だ。

 ネルソン君は身をかがめて、私の顔を覗き込む。


「えっと……いやちょっと考え事を……」


「そか」


 ネルソン君は微妙な表情で片眉を上げた。


『【システム通知】:そうでございますか! しかしご安心下さい! ここ【Lの砦】は、城主さまの方針により特殊な状況下にございますが、世界三大要塞と讃えられる本来の姿を取り戻せば、下々の者は城主さまのご威光を知ることとなるでしょう』


 うざっ!


 人差し指で耳をふさいでも、観光ガイドみたいな声が止まらない。


「あと三分!」


 盾の戦士がなにやらカウントしている。

 解体作業はついに胴体へ至り、丸裸になった背中からブロック肉が切り出されていく。

 オズさんはといえば、向こうでプレイヤーの一団に取り囲まれているようだ。


「トドメに美味しいトコ取りやがったなー!」


「イヤー、まぁ、その場の乗りでネ?」


「銃とかあったんかい! 面白そうだな、売ってくれ!」


「エー、しょうがないなぁ。本体10ゴールド、タマ四十発1ゴールドだよ?」


「よし買った!」


「狙撃銃つくってクレー! 頼ムー!」


「レシピ無いヨ? クロスボウ作ってあげるから、ネ?」


「修理たのめる?」


「いいヨー?」


「あのドラゴン、《荷役スキル》で丸ごと行けないのか?」


「無理カナー? ボクもういろいろ詰まってるしネ?」


 なにか行商みたいなことをやっている。オズさんモテモテである。


「一分切ったぞー! あと五十秒!」


 解体作業をしている人達も、なにやら騒がしい。

 胴体だけ残ったドラゴンが、内側から漏れ出す光でチカチカ点滅し始める。


「全員退避! 爆発するぞー!!」


 ……え?


 漫画じみた爆発と共に、バラバラの肉片が四方八方に飛び散った。

 何人かが逃げ遅れて肉に飲まれた。


「パンさん……」


 大人キャラのパンドラさんが、汁のしたたる臓物の中から助け出された。全身ヌルヌルになっていた。




 ドラゴンが倒れ、勇ましいBGMがボス部屋に響く。

 ベースの音がテンポを刻み、バイオリンの旋律が走り出す。


「これだけ集まったんだし、まだ何かやりたいな」


 大盾を持った赤髪の戦士は、BGMに思いを乗せて、集まったプレイヤーに問いかけた。冒険はもう終わりでいいのかと。

 戦士の持つ大盾は、血と泥にまみれているが、鎧は綺麗なものである。わざわざ爆心地に留まって、肉の絨毯爆撃を《盾スキル》で防ぎきったらしい。


「やるか」「いいねいいね」「なにか残ってるっけ?」


「植物系の奴かな」「蜘蛛トリガーの奴か」


 プレイヤーたちは俄然活気を帯びてきた。

 私は慌てて、ワイバーン討伐を提案する。


「あの……。ワイバーン、倒しに行きましょう! 街の人々のために!」


「ワイバーン? この砦の外の話なら、また今度かねぇ」


 そんなー。


 植物系のボスを倒すという話になった。

 人員配置のミーティングが始まった。

 火災は大丈夫だろうか。なんだか急にムカムカしてきた。「ちょっとあなた……」と思わず声が出そうになる。街の人々は今も危険に晒されている。どうして分からないのだろう。

 私は大きく深呼吸をして、心を落ち着かせた。この集まりは盾戦士さんが呼びかけた討伐隊(レイド)だ。知り合いも少ない。彼らは気持ちよく遊んでいる真っ最中なのだ。ワイバーンを倒したいなら、自分で人を集めるしかない。

 私は、NPCの安否が気になって仕方がなかった。




 《洗濯》と《整髪》を駆使してパンさんの現状復帰を手伝っていると、ネコジンさんが戻ってきた。


「ねね、《祝福スキル》つかってくれる? さすがにドラゴンは大変だった」


 ネコジンさんはフードを目深に被ったまま、「ふー」っと息をついて天井を仰ぎ見た。MP不足か、スタミナ不足なのか、お疲れのようである。


「え、うん。オッケー」


 私は武器を仕舞い、【武器パレット】のうち一つを祝福セットに切り替えた。

 その時、喜びで一オクターブ上がった【システム通知】の声が響いた。


『【システム通知】:畏まりました! ご満足いただけるよう全力を尽くしてまいります。それでは、真の姿をご覧下さい……《守護者Ⅰ=蛟龍門顕現》!』


「え」


 ……ウザ過ぎて、無意識のうちに存在を忘れていた。


 ドラゴンの爆発で出来たクレーターが、地響きを立てて盛り上がり始める。

 プレイヤーたちの見守る中、地面から黒鉄の厚板が迫り上がり、天井にぶつかって止まる。

 巨大な門扉(もんぴ)が出現した。


『【システム通知】:始まりと終わり、生者と死者、見うるものと見えざるものの裁定者に申し述べます。

 原初の蛇の名に於いて【女神】の栄光を信じます。

 嫉妬の渦の名に於いて【女神】の支配を受け入れます。

 愛の鍵の名に於いて【女神】の恵みを待ち望みます。

 謹んで認証を仰ぎ、律令の如く門殿を通りてこの地を満たします。

 世界憲章(マグナカルタ)Lの章……開封!』


「え、ちょ、ちょ、まっ、まって、まって、お待ちになって」


 ……まだ真の姿ではなかったらしい。対応を迷っているうちに【システム通知】の独白劇が終幕を迎えた。

 門が開く。風が吹き、もわっとした匂いを運んでくる。

 門の向こうは、輝くような海だ。白い砂浜と、風に揺れるマングローブ林。その向こうには、どこまでもつづく青い海。


「なんだこりゃ?」「未発見マップきた!」


 ボス部屋が、どよめきに包まれる。

 数十人のプレイヤーの熱気に晒されながら、私は白く泡立つ水平線を見て、目が釘付けになった。

 大きな波が見える。津波だ。たぶん千メートル級の水の壁だ。


「待て! モンスターだ」


 ネルソン君が大きく振りかぶって、何かを投げた。

 こぶし大の石がバックスピンしながら鋭角に飛んでいく。そして、見事に林の中に突っ込み、「カン! コン! カン!」と音を響かせる。

 林全体が脈動した。白い砂から、にゅるっと無数の根が頭をもたげた。そして、マングローブの化け物が動き出した。


「隊列どうすっか」「蜘蛛倒したの誰?」「こんな奴だったっけ?」「触手きた」


「カニ来たカニ!」「待て待て多いぞ!」


 根が林立する砂の中から、人間サイズの蟹が、後からあとから沸いて出る。


「にげ」「退避ィィィィ!!」


 巨大な門扉(もんぴ)から、無数の蟹が放出される。背後にはマングローブの化け物が控えている。

 プレイヤーたちは、一目散に逃げ出した。


「早足つかってよ!」「スロット入れてねぇぇぇ!」


「スロット入れ替えなさいよ!」「スタミナたりねぇ!」「ちょぉぉぉ!」


「誰か明かり!」「走れぇぇぇ!」


 ボス部屋は戦闘に支障がないほど明るく、わざわざランプを装備していた人は居なかった。

 薄暗い通路を、皆と一緒の方向へ走る。

 大人キャラが多くて前が見えない。私は宙に浮いているので足元は問題ないが、今転倒したら、大人数に踏み潰されて死にそうだ。


 地下鉄火災ってこんな感じなのだろうか……?


 いや考えるのはよそう。そうでなくても、道を間違えたら蟹に(たか)られて食い殺される。


「《紅蓮Ⅳ=炎鎖(フレイムチェイン)》!」


 ネコジンさんが立ち止まり、燃え盛る炎を吐き出す。

 《紅蓮スキル》は【キバ族】の種族魔法だが、口から出す魔法だったらしい。右手に受けた炎の塊は、ジャラジャラと金属音をさせて鎖の姿に(ほど)ける。

 揺らめく炎で石壁の通路が照らされる。


「ネコジンさんナイス!」


「炎のゲ○……嘘嘘嘘ヤメテ!?!?」


 私は振り返り、ネコジンさんを賞賛した。

 オズさんは、思った通りのことを口走ったようだ。

 ネコジンさんが無表情でオズさんを追いかける。オズさんも足の回転数を上げる。


「《戦技Ⅱ=疾風陣(アーリーフォーム)》!」


『【システム通知】:ネルソンの《戦技Ⅱ=疾風陣(アーリーフォーム)》! 色物パーティに、装甲脱略の魔法効果!』


 立ち止まって待っていたネルソン君が、支援バフを発動させた。走るスピードがぐんと上がった。

 ネルソン君、ネコジンさん、オズさん、イモスナさん、拳王さん……。色物パーティで脱落した人はいないようだ。


「うおおおおおおお!!」


 拳王さんはサーフィンボードに寝そべり、クロール泳法のように腕をぶん回している。

 けっこう速い。

 余裕かましてよそ見をしていたら、後ろから押されてつんのめった。押されたというより、ダンプカーに追突されて全身を強打したような……。

 《飛行スキル》で宙に浮いていたため、ネルソン君の鋼鉄の背中に激突した。

 そしてそのまま、生暖かい水に流されて揉みくちゃにされる。濁流である。身体のあちこちをゴミか何かに引っ掻かれ、目を開けることができない。水が目に()みる。何がなんだか分からないが……。いや、津波に飲まれたのか。

 どこかで「リーン」と澄んだ音がして、《鈴スキル》のバリア効果が切れた。



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