34 冒険者ですが生者必滅です
#34
巨大なドラゴンが横たわるボス部屋は、どこか荘厳な空気を感じさせる。
大勢の人達が、自分の役割を全うするために整然と動いている。プレイヤーが数十人もいるのに、ボスを倒して浮かれる人が一人もいないというのは、ちょっと不思議である。
私は遠い目をして、そんな景色を眺めている。
『【システム通知】:約一億二千万単位前より【Lの砦】駐在管理を任されている【システム通知】と申します。今回の奪還劇に驚くとともに、非常に嬉しく思っております。ここ【Lの砦】は豊かな水資源に恵まれ、多様な生態系を擁する戦略上の要地でございまして──城主さま? 何処に居られるのですか? 城主さま?』
聞こえてはならぬ声が……。
いかにも上機嫌そうな朗らかな声が、私の頭の中に響いた。
「それじゃ、ネコジンさんお願いします」
ドラゴンの死骸の近くでは、本隊の皆さんが何かを始めるようだ。盾を背負った戦士がネコジンさんに頭を下げている。その周りを戦士や魔法使いが助手のように取り囲む。
ネコジンさんはひとつ頷き、大きな包丁を取り出した。
「おおーっ!!」
初めて歓声が上がった。
ネコジンさんは巨大な骸に近付くと、出刃包丁のアイコンを閃かせた。
爆散したドラゴンの頭部が切り落とされ、「よっしゃー!」と誰かが叫ぶ。
背中に残った片翼も切り取られる。「おっしゃー!」と歓声がまた上がる。
包丁が差し込まれる度に、金属が擦れる音と、喝采が起こる。
白衣を着たお爺さんや、パティシエ帽を被った女性が続けて包丁を入れる。
だんだん分かってきた。生産系スキルで戦っているらしい。
ツヤツヤの外骨格の足がエナメルブーツみたいだな、などと考えているうちに、解体された肉の塊はつぎつぎに消えていく。生産キャラを囲む集団は、《収納術》要員のようだ。
ドラゴンが小さくなっていく様を見ていると、鎧姿のネルソン君がのっしのっしと近寄ってきた。剣を佩き大盾を背負うと、流石に重量感たっぷりである。
「おつかれ。元気か」
「え、うん」
元気は元気なのだが。
一人で喋りまくる騒がしい存在のせいで、私はもうダメかもしれない……。
『【システム通知】:あ! 城主さま! いらっしゃったのですね! お姿は見えませんが、お目にかかれて光栄に存じます。城主さまの新しいお仕事をお手伝いできれば、これに優る喜びはありません』
……うわ、まだいる。
賢者コマンドで黙らせてやりたい。しかし、プレイヤーもフレンドも大勢いるので、この場は我慢だ。
ネルソン君は身をかがめて、私の顔を覗き込む。
「えっと……いやちょっと考え事を……」
「そか」
ネルソン君は微妙な表情で片眉を上げた。
『【システム通知】:そうでございますか! しかしご安心下さい! ここ【Lの砦】は、城主さまの方針により特殊な状況下にございますが、世界三大要塞と讃えられる本来の姿を取り戻せば、下々の者は城主さまのご威光を知ることとなるでしょう』
うざっ!
人差し指で耳をふさいでも、観光ガイドみたいな声が止まらない。
「あと三分!」
盾の戦士がなにやらカウントしている。
解体作業はついに胴体へ至り、丸裸になった背中からブロック肉が切り出されていく。
オズさんはといえば、向こうでプレイヤーの一団に取り囲まれているようだ。
「トドメに美味しいトコ取りやがったなー!」
「イヤー、まぁ、その場の乗りでネ?」
「銃とかあったんかい! 面白そうだな、売ってくれ!」
「エー、しょうがないなぁ。本体10ゴールド、タマ四十発1ゴールドだよ?」
「よし買った!」
「狙撃銃つくってクレー! 頼ムー!」
「レシピ無いヨ? クロスボウ作ってあげるから、ネ?」
「修理たのめる?」
「いいヨー?」
「あのドラゴン、《荷役スキル》で丸ごと行けないのか?」
「無理カナー? ボクもういろいろ詰まってるしネ?」
なにか行商みたいなことをやっている。オズさんモテモテである。
「一分切ったぞー! あと五十秒!」
解体作業をしている人達も、なにやら騒がしい。
胴体だけ残ったドラゴンが、内側から漏れ出す光でチカチカ点滅し始める。
「全員退避! 爆発するぞー!!」
……え?
漫画じみた爆発と共に、バラバラの肉片が四方八方に飛び散った。
何人かが逃げ遅れて肉に飲まれた。
「パンさん……」
大人キャラのパンドラさんが、汁のしたたる臓物の中から助け出された。全身ヌルヌルになっていた。
ドラゴンが倒れ、勇ましいBGMがボス部屋に響く。
ベースの音がテンポを刻み、バイオリンの旋律が走り出す。
「これだけ集まったんだし、まだ何かやりたいな」
大盾を持った赤髪の戦士は、BGMに思いを乗せて、集まったプレイヤーに問いかけた。冒険はもう終わりでいいのかと。
戦士の持つ大盾は、血と泥にまみれているが、鎧は綺麗なものである。わざわざ爆心地に留まって、肉の絨毯爆撃を《盾スキル》で防ぎきったらしい。
「やるか」「いいねいいね」「なにか残ってるっけ?」
「植物系の奴かな」「蜘蛛トリガーの奴か」
プレイヤーたちは俄然活気を帯びてきた。
私は慌てて、ワイバーン討伐を提案する。
「あの……。ワイバーン、倒しに行きましょう! 街の人々のために!」
「ワイバーン? この砦の外の話なら、また今度かねぇ」
そんなー。
植物系のボスを倒すという話になった。
人員配置のミーティングが始まった。
火災は大丈夫だろうか。なんだか急にムカムカしてきた。「ちょっとあなた……」と思わず声が出そうになる。街の人々は今も危険に晒されている。どうして分からないのだろう。
私は大きく深呼吸をして、心を落ち着かせた。この集まりは盾戦士さんが呼びかけた討伐隊だ。知り合いも少ない。彼らは気持ちよく遊んでいる真っ最中なのだ。ワイバーンを倒したいなら、自分で人を集めるしかない。
私は、NPCの安否が気になって仕方がなかった。
《洗濯》と《整髪》を駆使してパンさんの現状復帰を手伝っていると、ネコジンさんが戻ってきた。
「ねね、《祝福スキル》つかってくれる? さすがにドラゴンは大変だった」
ネコジンさんはフードを目深に被ったまま、「ふー」っと息をついて天井を仰ぎ見た。MP不足か、スタミナ不足なのか、お疲れのようである。
「え、うん。オッケー」
私は武器を仕舞い、【武器パレット】のうち一つを祝福セットに切り替えた。
その時、喜びで一オクターブ上がった【システム通知】の声が響いた。
『【システム通知】:畏まりました! ご満足いただけるよう全力を尽くしてまいります。それでは、真の姿をご覧下さい……《守護者Ⅰ=蛟龍門顕現》!』
「え」
……ウザ過ぎて、無意識のうちに存在を忘れていた。
ドラゴンの爆発で出来たクレーターが、地響きを立てて盛り上がり始める。
プレイヤーたちの見守る中、地面から黒鉄の厚板が迫り上がり、天井にぶつかって止まる。
巨大な門扉が出現した。
『【システム通知】:始まりと終わり、生者と死者、見うるものと見えざるものの裁定者に申し述べます。
原初の蛇の名に於いて【女神】の栄光を信じます。
嫉妬の渦の名に於いて【女神】の支配を受け入れます。
愛の鍵の名に於いて【女神】の恵みを待ち望みます。
謹んで認証を仰ぎ、律令の如く門殿を通りてこの地を満たします。
世界憲章Lの章……開封!』
「え、ちょ、ちょ、まっ、まって、まって、お待ちになって」
……まだ真の姿ではなかったらしい。対応を迷っているうちに【システム通知】の独白劇が終幕を迎えた。
門が開く。風が吹き、もわっとした匂いを運んでくる。
門の向こうは、輝くような海だ。白い砂浜と、風に揺れるマングローブ林。その向こうには、どこまでもつづく青い海。
「なんだこりゃ?」「未発見マップきた!」
ボス部屋が、どよめきに包まれる。
数十人のプレイヤーの熱気に晒されながら、私は白く泡立つ水平線を見て、目が釘付けになった。
大きな波が見える。津波だ。たぶん千メートル級の水の壁だ。
「待て! モンスターだ」
ネルソン君が大きく振りかぶって、何かを投げた。
こぶし大の石がバックスピンしながら鋭角に飛んでいく。そして、見事に林の中に突っ込み、「カン! コン! カン!」と音を響かせる。
林全体が脈動した。白い砂から、にゅるっと無数の根が頭をもたげた。そして、マングローブの化け物が動き出した。
「隊列どうすっか」「蜘蛛倒したの誰?」「こんな奴だったっけ?」「触手きた」
「カニ来たカニ!」「待て待て多いぞ!」
根が林立する砂の中から、人間サイズの蟹が、後からあとから沸いて出る。
「にげ」「退避ィィィィ!!」
巨大な門扉から、無数の蟹が放出される。背後にはマングローブの化け物が控えている。
プレイヤーたちは、一目散に逃げ出した。
「早足つかってよ!」「スロット入れてねぇぇぇ!」
「スロット入れ替えなさいよ!」「スタミナたりねぇ!」「ちょぉぉぉ!」
「誰か明かり!」「走れぇぇぇ!」
ボス部屋は戦闘に支障がないほど明るく、わざわざランプを装備していた人は居なかった。
薄暗い通路を、皆と一緒の方向へ走る。
大人キャラが多くて前が見えない。私は宙に浮いているので足元は問題ないが、今転倒したら、大人数に踏み潰されて死にそうだ。
地下鉄火災ってこんな感じなのだろうか……?
いや考えるのはよそう。そうでなくても、道を間違えたら蟹に集られて食い殺される。
「《紅蓮Ⅳ=炎鎖》!」
ネコジンさんが立ち止まり、燃え盛る炎を吐き出す。
《紅蓮スキル》は【キバ族】の種族魔法だが、口から出す魔法だったらしい。右手に受けた炎の塊は、ジャラジャラと金属音をさせて鎖の姿に解ける。
揺らめく炎で石壁の通路が照らされる。
「ネコジンさんナイス!」
「炎のゲ○……嘘嘘嘘ヤメテ!?!?」
私は振り返り、ネコジンさんを賞賛した。
オズさんは、思った通りのことを口走ったようだ。
ネコジンさんが無表情でオズさんを追いかける。オズさんも足の回転数を上げる。
「《戦技Ⅱ=疾風陣》!」
『【システム通知】:ネルソンの《戦技Ⅱ=疾風陣》! 色物パーティに、装甲脱略の魔法効果!』
立ち止まって待っていたネルソン君が、支援バフを発動させた。走るスピードがぐんと上がった。
ネルソン君、ネコジンさん、オズさん、イモスナさん、拳王さん……。色物パーティで脱落した人はいないようだ。
「うおおおおおおお!!」
拳王さんはサーフィンボードに寝そべり、クロール泳法のように腕をぶん回している。
けっこう速い。
余裕かましてよそ見をしていたら、後ろから押されてつんのめった。押されたというより、ダンプカーに追突されて全身を強打したような……。
《飛行スキル》で宙に浮いていたため、ネルソン君の鋼鉄の背中に激突した。
そしてそのまま、生暖かい水に流されて揉みくちゃにされる。濁流である。身体のあちこちをゴミか何かに引っ掻かれ、目を開けることができない。水が目に沁みる。何がなんだか分からないが……。いや、津波に飲まれたのか。
どこかで「リーン」と澄んだ音がして、《鈴スキル》のバリア効果が切れた。




