33 冒険者ですが怪獣討伐です
#33
──= =──
● ネルソン
● オズ
○ トリマン
● ネコジン
● アリア
● ミミガー
● ロット
● ココナ
● パンドラ
○ ライス
──=▼=──
ランプの明かりを頼りに、私たちは天井の高い通路を進む。行き先は、前を歩く集団と同じである。
フレンド一覧の明示盤を見ながら、私は首をひねる。
……誰が誰だか分からない。
水色ツインテールの子供は、アリアという名前だったはずだ。毛の先をくるくる巻いた縦ロールを揺らして、集団の先頭を歩いている。
銀髪ツインテールの子と、ピンク髪の子、茶髪の子は……誰だろう?
一番後ろの大人キャラも茶髪のボブカット。後ろ頭がまん丸な髪型である。
全員白っぽいローブ姿で、背中に垂らしたフードが歩くたびに跳ねている。
……服装も変わってるし、分からなくても怒られないよね。
「あの」
前を歩く集団に追いつき、私はとりあえず話しかけてみる。
赤いラインの入った白ローブと、ヒダを留める飾り留め具がヒーラーっぽい雰囲気の大人キャラが振り返る。
「なに?」
大人のキャラと子供のキャラは、頭二つ分ほど身長差がある。彼女は見下ろし気味に私を見つめ、首を傾げる。
ナチュラルに下ろした栗色の髪が揺れる。
「《杖スキル》のロマンって、何ですか?」
「あーそれはね……」
言葉を続けようとした時、一発の銃声が響いた。
振り返ると、短筒を構えたオズさんが上を見ていた。
つられて上を見る。
「……ぎゃあああ!」
思わず変な声が出た。
まるまると太った大蜘蛛がこっちを見ていた。ランプの光を反射して、蜘蛛の糸が天井いっぱいに鋭く光っていた。
「ロト、ココ用意! 撃てー!」
「「《杖Ⅰ=マジックカノン》!」」
圧縮ラブPTが即応し、ピンク髪と茶髪の子供が杖を上に向ける。身長ほどもある長杖の先に、光の魔法陣が灯る。
真っ赤に燃える砲弾が残像を残して蜘蛛に突き刺さる。ぷくっと膨れた蜘蛛の腹が爆発し、「323 323」「275 275」と数字が踊った。
蜘蛛のバラバラ死体が降ってきた。
私たちもバラバラになって逃げた。
「……いまのが、ロマンらしいよ」
大人キャラの人が、話の続きを教えてくれる。タオルで頭を拭き拭き、泣きそうな顔になっている。
移動・回避系スキルはとても重要である。決してスロットから外さないようにしようと、私は心に誓った。
「パンさん《整髪》しよっか?」
「うん……」
銀髪の子供が寄ってきて、中腰になったパンさん……パンドラさんの髪の毛を綺麗にした。
私も生活系スキルで綺麗にする手伝いをした。
「どうやら、始まってるな」
ネルソン君は、壁の向こうを見渡すような仕草をしている。
戦技レーダーというやつだろうか。
私の耳には何も聞こえないが、ワイバーンとの戦闘が始まっているらしい。
ずいぶん要塞の奥まで来たようだ。風の音はもう聞こえない。
「む、出遅れたか」
ネルソン君のつぶやきに、拳王さんが応える。
拳王さんは、水色のスポーツ刈りに青い甚平とサーフパンツという格好である。腰から下は人魚なので厳密にはパンツではないが。
車輪のついたサーフボードに乗り、両腕でガンガン床を押して漕いでいる。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。
視線を感じたのか、拳王さんがこっちを見る。
「いま祝福なくなっとるよな?」
「うん」
「おお! 違いが分かるぞ! 移動速度アップも付いとったようだな」
《祝福Ⅱ=交通安全》の効果だろうか。
私は《祝福スキル》が評価されて、気を良くした。そろそろスキル効果の検証などにも手をつけるべきか。
しかし、それより今はワイバーン討伐である。
【マイ・キャラクター】
◆メインアーム:〈革の本〉〈桜の鈴〉
アトリビュート・スロット1《飛行Ⅰ=夢幻航路》
コモン・スロット2《飛行Ⅴ=螺旋回避》
コモン・スロット3《飛行Ⅵ=臨界推進》
コモン・スロット4《風纏Ⅱ=行雲》
コモン・スロット5《疾走Ⅱ=疾駆》
コモン・スロット6《魔眼Ⅲ=無我印》
◆メインアーム:〈革の本〉〈桜の鈴〉
アトリビュート・スロット1《軽装Ⅰ=マナリアクター》
コモン・スロット2《軽装Ⅳ=メディテーション》
コモン・スロット3《本Ⅱ=ファンレッスン》
コモン・スロット4《深淵Ⅲ=鉄砲水》
コモン・スロット5《深淵Ⅳ=間欠泉》
コモン・スロット6《鈴Ⅴ=マナコンバージョン》
◆メインアーム:〈革の本〉〈桜の鈴〉
アトリビュート・スロット1《鈴Ⅰ=リカバリー》
コモン・スロット2《鈴Ⅱ=キュアウェーブ》
コモン・スロット3《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》
コモン・スロット4《鈴Ⅳ=ブレイクマジック》
コモン・スロット5《鈴Ⅵ=ファンタズマルヒール》
コモン・スロット6《軽装Ⅴ=アルケミースタンス》
私は【武器パレット】を整える。
一段目は空中戦に対応した移動・回避系アイコンが並べてある。
ニ段目はMP回復用アイコン。水泳用の名残で人魚の魔法もセットしてある。
三段目は回復魔法のフルセット。《鈴スキル》は割とすぐにⅥまで覚えた。
三つとも裏パレットは祝福セットなので、戦闘中に使うことは無いだろう。
武器は、本も鈴もまだまだ使えそうである。
学校の制服はおニューなので汚したくないが、着替えを持ってきていない。水着でダンジョンを徘徊するよりはマシか。
「ねね、わたし薬ぜんぜん無いけど。オズさん余裕ある?」
イモスナさんとお喋りしていたオズさんを捕まえて薬をねだる。
「トリちゃんに売るほど持たされたんだけどネ。売り切れちゃった」
「え?」
「てへ」
薬は売り切れだった。
……ヤバかったらオズさん置いて逃げるか。
私がそう決意を固めていると、ネコジンさんが手持ちの薬を分けてくれた。
防御薬。飲んだらしばらく固くなる。
回復薬。飲んだら徐々にHPが回復する。回復効果中は、何もせずにじっとしている必要があるらしい。回復魔法があれば要らない気もするが、保険で一個くらい持っておいてもいいだろう。
色物パーティと圧縮ラブパーティは、石壁の迷路を進んだ。
私の耳にも、怒号や叫声が聞こえてきた。
開け放たれた門扉の向こうに、山羊の角を生やした気味の悪いドラゴンが皮翼を震わせているのが見える。
「あれ……ワイバーンは?」
額には二本の捻れ角。鰐のような長い口。四つ足は紫黒の外骨格だが、胴体は汚れた毛で覆われている。背中には小ぶりな羽が生えている。
なんというか、邪悪なモンスターである。
「ドラゴンタイプか……支援バフをたのむ」
「あ、はい。おっけー。《鈴Ⅲ=バリアブルフィールド》!」
ネルソン君の頼みでバリア魔法を張りなおす。
少し離れた場所でパンさんが《杯Ⅲ=バリアブルベール》という魔法を使う。小さなイルカの幻像が、口に咥えたリボンをふりふり空中を泳ぎ回っている。なにあれかわいい。
ネルソン君は防御薬を取り出して飲んだ。私も飲んでおこう。
「よし、次の範囲が来たら走るか」
「うし、準備完了」「応!」「了解」
ネルソン君の指示に、色物パーティの面々が次々と応答する。
「なになに? 範囲トカあるんだ? 範囲攻撃?」
オズさんはボス戦闘に不慣れのようだ。
私は右手の本を《収納術》に放り込み、後ろからオズさんを抱きかかえた。子供キャラより一回り小さいので、こうして持つとぬいぐるみみたいな感じである。
「おけ」
抱き心地を確かめる。斧より重いが、飛ぶのに支障は無い。
物理法則どうなっているんだろう。
門扉の向こうを見やると、ドラゴンの正面に陣形を敷いているようだ。
ドラゴンは眠そうな目を半開きにさせたまま、鼻先にいるプレイヤーたちを追い払う。鬱陶しそうに尻尾を振り回す。大盾を構える戦士に向かって鼻息を噴く。背中の羽を震わせる。
「くるぞ」
ドラゴンを中心に竜巻のような風の流れが生まれた。
ボス部屋全体の空気がかき混ぜられ、緑の光の粉が乱舞する。光の粉の軌跡に沿って、地面が切り刻まれていく。
「走るぞ」
色物パーティと圧縮ラブパーティは、本隊に合流した。
数十人のプレイヤーが一塊になって、ドラゴンの斜め前に並んでいる。
不慣れなオズさんを抱えていることもあって、私は陣形の真ん中あたりに割り込ませてもらった。
ドラゴンの真正面ではないが、顔と羽を同時に観察できる絶妙の位置である。
「初参加の人。羽を破壊するまでは、口から斜めに【雁行陣】で。あまり離れず、ブレスの射線に入らないで」
噴水広場で金貨がどうとか喋っていたおじさんキャラが、ドラゴンの鼻先で大盾を構えている。ドラゴンが鼻先で突き飛ばそうとするが、《盾スキル》を駆使して持ちこたえる。
意外と余裕そうである。
「暴走モードになったら、各自逃げながら遊撃で。暴走モードが終わったら今みたいに集まって。尻尾で打たれたらまず即死だから注意で」
……暴走モード?
ドラゴンがまた背中の羽を振るわせた。
空気の渦が衝撃波を生み、ボス部屋全体を切り刻む。
【万能緩衝盾】が攻撃を受け止め、「リーン」と澄んだ音を響かせた。
圧縮ラブパーティを守っていた小さなイルカの幻像が、「きゅーん」と鳴いて消滅した。なにあれかわいい。
「《杯Ⅲ=バリアブルベール》」「《杯Ⅲ=バリアブルベール》」「《杯Ⅲ=バリアブルベール》」
そこかしこで、バリア魔法の音がする。
ドラゴンの正面に立つ大盾の戦士は、数人がかりで回復魔法を飛ばしているようだ。
私も一発回復してみよう。
「《鈴Ⅰ=リカバリー》」
光の魔法陣が戦士の足元に展開し、「1699」と数字が踊った。
『【システム通知】:ノイシュの《鈴Ⅰ=リカバリー》! ルーファスは回復した!』
ドラゴンの目が動いて私を見た。
半透明のまぶたが横向きに動き、縦長の瞳孔が「カッ」と開いた。
むちゃくちゃ見られて怖い。
「こっち見ろ! 《盾Ⅲ=シールドアタック》!」
金貨トレーダーさん(仮名)改め、ルーファスさんがドラゴンの鼻先を殴る。
主人公みたいな名前である。
ドラゴンは苛立たしげに戦士を睨み、牙だらけの口を開けた。チロチロと喉の奥に赤い炎が見えた。
「《盾Ⅳ=シールドバッシュ》!」
大盾の戦士は同じように盾で殴る。ドラゴンは一瞬硬直して、鼻と口から煙を漏らす。不完全燃焼で嫌な感じの黒煙である。
ドラゴンは鼻を殴られると同時に、飛び道具で羽を攻められ続ける。弓矢やクロスボウでチクチク刺され、《杖Ⅰ=マジックミサイル》の光弾で焼かれる。
圧縮ラブパーティの《杖Ⅰ=マジックカノン》は、まだ炸裂していないようだ。
「《銃=シルバーブレット》」
オズさんの銃が火を吹いた。私は反動でよろめいた。
ドラゴンの目が再び動いて、私を見た。
……いや、私じゃないから。
こっち見るな。
ドラゴンが後足で立ち上がり、怒りに任せて咆哮した。
「暴走くるぞォォォォ!」
誰かが遠くで叫ぶ。
「アリ、ミミ、ロト、ココ用意! 撃てー! 《杖Ⅰ=マジックカノン》!」
「「「《杖Ⅰ=マジックカノン》!」」」
長杖から発射された幾筋もの砲弾が、ドラゴンの片羽を吹き飛ばした。
杖の先で燃え残った魔法陣が、床に落ちて硬質な音を立てた。
その間、私は逃げの一手である。
「《風纏Ⅱ=行雲》!」
「《戦技Ⅴ=守護剣》!」
『【システム通知】:
ノイシュの《風纏Ⅱ=行雲》! ノイシュに順風加速の魔法効果!
ネルソンの《戦技Ⅴ=守護剣》! 色物パーティに、反応装甲の魔法効果!』
私は一目散に逃げ出した。
オズさんを抱えてボス部屋をぐるぐる逃げ回った。
ドラゴンはぴったり付いてくる。
助けて!
「……ねね、ボクの《荷役スキル》の中に、とっておきがあるんだよね。ちょっと一緒に爆撃してみない?」
オズさんがニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「……どうすればいいの?」
「いったん距離をとって、あいつの頭に向かって真っ直ぐ飛べばいいんだよ?」
「簡単に言うけど!」
喋ってる隙に、ドラゴンに距離を詰められる。
ヤバイ! ヤバイ! 食われる!
「ぎゃああああ! 《飛行Ⅵ=臨界推進》!」
野外なら軽く音速で振り切れるのだが、百メートル程度のボス部屋ではスピードが出せない。
私は地面スレスレを飛びながら、【武器パレット】を見直した。
《魔眼スキル》を外し、《飛行スキル》をセットする。
「よし、これだ! オズさんいくよ! 《飛行Ⅳ=下方旋回》!」
私は《飛行スキル》を駆使して、慣性を無視した百八十度ターンを行った。
瞬時にドラゴンとの距離が詰まる。
「《荷役Ⅰ=仏龕開帳》!」
オズさんがとっておきの能力を使うと、目の前の空中に倉庫が口を開けた。
「ゴトン!」と音がして、木製の巨大な杭が転がり落ちてきた。
自由落下する丸太のようなものに手を添えて、オズさんが叫ぶ。
「【破城槌】、勝利を!」
巨大な杭がドラゴンの頭にぶつかり、光に包まれた。