精霊王と探し求めた"者"。
この世界には、人間達では辿り着くことすら叶わぬ精霊王や最高位の精霊達が住む桃源郷のように美しい天空に浮かぶ大地がある。
その場所は、精霊王が故郷を偲び想い創られた美しい四季に彩られた島だった。
その天空に浮かぶ島の名を“幸福”と言った。
そんな美しい島には、それぞれに特徴のある宮殿が建ち並んでいるがその中でも特に目立つのは一軒の寝殿造りの屋敷だった。
その屋敷の庭先には、野点傘が立てられ緋毛氈が敷かれている。
この島も、屋敷も、全ては精霊王となったゆうりが創造した物だった。
そんな美しい島、フェリシアを勢いに任せて旅立ったゆうりは、普通の人間の眼には映らないように魔力の塊となって空を漂い、精霊王の加護を持つという大国、“スピリアル王国”の上空へとたどり着いた。
「なんてゆーか、どこに私が関係あんのかわかんないや。」
ゆうりはこのスピリアル王国が五百年程前に建国された頃、望郷の念に駆られてフェリシアの中に自分の覚えている日本の風景を創造することに力を注ぎ込んでいたのだった。
それにより、フェリシアには四季が生まれ日本的な美しい景観も有することとなった。
そんな長い年月を精霊として生きてきたゆうりにとって、今更人間の国になど興味はなかった。
ゆえに、何故このスピリアル王国が“精霊王の加護”を受けていると掲げているかなど深く考える様子もなく、目標の人物を探し始めることだけに意識を向けているのだった。
「…えっと、建国 五百年を祝う祭りが開かれてから数ヶ月後くらいして公爵に引き取られるんだよね。 それまでは、男爵家の娘として育つはず。」
目標の人物は、スピリアル王国の東にある男爵領にいるため、東に向けて空中を雲が風に流されるように移動を開始する。
ゆうりは、遥か彼方の記憶を頼りに男爵家を探し始めるのだった。
上空を移動するゆうりの眼下には、穏やかな気候に恵まれ、なだらかな丘陵地帯が広がっている。
そんな自然の中に調和している小さな精霊達が、ゆうりの存在に気が付き集まり始め、この王国の情報をこぞって話し始める。
小さな精霊達からの溢れんばかりの情報を順番に聴いていると、風の精霊の一人に強い魔力を持ったゆうりが探している人物と条件に合う少女を知っている者がいた。
その少女が目的の人物かを確か見るために、風の精霊より教えられた一軒の屋敷の上空へと移動する。
ゆうりは、期待に胸を踊らせながら件の少女が姿を現すのを待ち続けた。
そして、とうとう待ち続けたかいあって、少女が屋敷の中から庭先に咲いている花を切り取るためにその姿を現した。
黒い真っ直ぐな髪に、意志の強さを表したかのような釣り上がり気味の翡翠色の瞳、右目の下には小さな泣き黒子がある。
それは、乙女ゲームの中で描かれていた姿よりも幼い、ゆうりが探し求めていた人物だった。
「……本当にいた! うわあ、すっごく可愛いっ! ゲームよりちっちゃい!
この子が未来の悪役令嬢、“マリーロゼ・アウラ・イスリアート”かあ。」
悪役令嬢、マリーロゼを見つけることが出来たゆうりは破顔する。
そして、熱の籠もった眼差しでマリーロゼの姿が屋敷の中に消えるまで見つめ続けた。
「今の時点でゲームみたいな性格なのかなあ……? 話してみたいなあ。
……でも、突然話しかけるなんて怪しさ満点だし、どうしようかな……。」
普段は行き当たりばったりに行動することが多いが、せっかく探し求めた人物に会って話することが出来るのだから、マリーロゼに怪しまれたくないとゆうりは考える。
「いくら私が好きだった乙女ゲームの登場人物に似ていたとしても、この世界にはリセットボタンは無いもんね。」
ゆうりは、普段使わない頭をフル回転させて考え続けた。
そして、一つの妙案を思いつく。
「あは、これなら多少は怪しまれても押し通せるよねっ!」
ゆうりは、思いついた方法を実行に移すために鼻歌を歌い出しそうなくらいに機嫌良く行動を開始する。
最高位の精霊達曰く、突発的に破天荒な行動を起こすゆうりを制止できる者はこの時、誰も側にいなかったのだった。