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限りなく続く  作者: みこえ
本編
47/57

板垣政志5

 金曜日、俺たち三人は一緒に会社を出た。と言っても、的場だけは少しだけ事務所を後に出て、一階で待ち合わせた。噂されるのが嫌だったこともあるが、的場が後で色々言われそうな気がしたのだ。佐原もサバサバしている性格で、今は俺に執着している様子はないが、念には念を入れたかった。別に自惚れたつもりはないが。


 会社から遠い店を選んだ。変な噂をたてられるのは本意ではない。的場に行きたい店を尋ねたが、この辺は分からないと言われ、板垣に任せた。板垣が行きたい店を選ぶのか、的場を意識して店を選ぶのか、楽しみだ。


 連れて行かれた店は洒落た店だった。モダンな作りに薄暗い明り。通された半個室の席には、入って正面に水槽があり、青の光を放っていた。焦げ茶のテーブルの上に赤の紙のランチョンマットが敷かれていて、その上に白の正方形の皿が置かれている。テーブルと同色の箸が置かれていて、雰囲気はいい。


奥に的場が座り、その隣に当然のように板垣が座った。本気らしい。俺と板垣は生ビールを頼み、アルコールに弱い(だろう)的場は、カルピスサワーを頼んだ。食事のメニューブックは板垣が一人占めをしている状態だ。社会人として、男としてそれはどうだろう。


「板垣、きちんと的場さんに見えるようにメニューを見ろよ。おまえ一人で見てどうするんだよ」

「あ、すみません」

 板垣はそう言って、的場の前にメニューを広げた。的場は戸惑いながらそのメニューに眼を向けた。板垣は無意識か意識的か、乗り出すようにメニューを見る。的場と板垣の顔が近い。


「フルーツトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼとたこわさと鮮魚のカルパッチョがいいですね」

 最初に発言したのは的場ではなく、板垣だ。この男、女性とこういった店に来たことはあるのだろうか?来てもこんな感じではうまくいかないだろうな。


「おまえは後。的場さんはどんな物が好き?」

「え?えっとですね、紅ズワイガニのクリームコロッケに興味があります。あとは板垣さんの言ったもので」

「じゃあ、とりあえずそれでいこうか」


 的場は慣れない環境で緊張しているようだった。俺の前ではこんな風に遠慮する感じは見せなかったが、板垣が気になるのだろうか?的場は右に座っている板垣が気になるのか、身体が左に傾いている。まあ、メニューを見るために板垣が的場に近づき過ぎているせいでもあるのだが。


「的場さんは最近どう?慣れてきた?」

「ぼちぼちですね」

 的場は誤魔化すように笑った。いつもの笑みとは違う。

「疲れているようだね。そんな時に誘って悪かったね」

「え、お疲れなんですか?」

 ビールと一緒に来た先付けをちびちび食べながら板垣は言った。本当に的場に興味を抱いているのか不思議だ。


「まあ、週末はいつもこんな感じです。でも、誘ってもらえて嬉しかったですよ。事務の人たちの輪にも入り辛いですし、いつも一人で、誘ってもらったこと無かったので」

「そうか。気づかなくてごめんね。うちの営業は女の子の後輩の扱いには慣れていないからね」

「へえ、そうなんですか?」

 興味を抱いたのか、身を乗り出しながら板垣は言った。


「うちに来た女性営業は的場さんが初めてだからね。飲みに誘うにも躊躇するんだよ。あの保坂だってそうなんだよ」

 俺の言葉に的場と板垣が笑った。的場はクスクスと板垣はケラケラと。本人のいないところでネタにしたのは後で謝っておこう。


「女性を口説くのは得意でも、そういう対象じゃなくなるとスキルがなくなるんですね」

 苦しそうに板垣は言った後、ビールを飲んだ。


「的場さんは保坂の得意分野の女性のタイプからかけ離れているから特にね」

 的場はクスリと笑った。

「得意分野の女じゃなくて良かったです。口説かれたらわたしどうしていいのか分からないですもん」

 ようやくいつもの的場になってきたようだ。


「まあ、同僚には手を出さないだろうけどね」

「それはよかったですよ。俺、保坂さんライバルじゃ負けますもん」

「おまえの場合、俺相手でも負けると思うぞ。まずは、女性の扱い方から考えないとな」

 不貞腐れるように口を尖らせた板垣を見て、的場は遠慮なく笑った。


「板垣、どんな恋愛をしてきたのかと不思議に思ったよ」

 俺が呆れたように頬杖をついて言ってやると、一段と板垣は不貞腐れた。母性本能を狙っているのだろうか。だが、的場相手にその作戦はないと思う。


 次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、的場と板垣が馴染むのを待った。だが、なぜか、的場は押され気味で、普段の勢いがない。


「興味を抱いていたカニクリームコロッケはどう?」

「はい、おいしいですよ。すみません、まるまる一個いただいちゃって」

 クリームコロッケは皿に二つのってきた。的場はこの料理に興味を抱いていたのだから、一つ食べるのは当然だった。もう一つを当然のように一番に手をつけたのは板垣だ。考えられない暴挙に俺は手を叩いてやった。ポトリと落ちたクリームコロッケを手で拾ってパクリと食べ、勝ち誇った顔を見せた板垣に俺は呆れて溜め息を吐いてやったのだ。女性を気遣うことも先輩を敬うことも知らないガキが眼の前にいる。これは相当疲れる。もう一緒に食事には来たくないものだ。


「蟹の味が結構しておいしかったですよねえ」

 板垣が的場に顔を向け、同意を求めるように言った。本当に殴ってやりたい。俺は遠慮なく足を蹴ってやった。

「痛っ」

 俺はしたり顔で板垣を見てやった。こいつ俺を馬鹿にし過ぎだ。もうこんなセッティングしてやるものか。


「なんなんですかあ。俺何か加賀山さんに悪いことしましたかぁ?」

「した。いっぱいしている。おまえもう少しおとなしくしろよ。浮かれ過ぎ」

「仲間に入れなくて不貞腐れているんですねー。俺が羨ましいんだぁ」

「あのなあ」

「そんなにクリームコロッケが食べたかったんですかぁ?食べれなくて悔しいんですかぁ?」

 馬鹿にしたような口調で言われ、もう一度足を蹴った。先程よりも強めに。


「板垣は本当に恋人の前でもこんなんなのか?俺としては相手に同情するな」

「わたしもです」

 的場が笑いながら言った。俺の味方になってくれるようだ。

「計算もできないのでは子供相手ですもんね」

 的場の方が毒舌のようだ。

「計算?」

 板垣は何を言われているのか分からないようで、首をちょこんと傾げた。男がこんな仕草をしてもかわいくもない。


「二個のコロッケを三人で分ける計算ですよ。普通それを考えるのが大人です。まるで我が儘な子供のようでしたよ。早い者勝ちなんて」

 諭すように話す的場は俺と一緒にいる時の的場とは違って大人びていた。やはり、一歳とは言え年下相手だと、お姉さんになるようだ。頼もしい。


「的場さん、もっと言い聞かせてやって。きっと的場さんに言われる方がきついはずだからさ」

「二人して共謀して……」

 反論できなくなったのか、板垣はカルパッチョを頬張った。


「先輩の忠告は聞くものだよ、政志君」

 俺は日本酒を飲んだ。とても甘くておいしい日本酒で、食事も酒もすすむ。

「まさし、って言うんですね」

「そう、(まつりごと)を志すって書くんだ。ご両親の期待がうかがえるよね。希望の星だから頑張ってくれたまえ」

「うわ、加賀山さん悪い顔していますよぅ。とても意地の悪い顔ぉ」

「いじめがいのある男が一人眼の前にいるからね」


 俺は追加で注文した出汁巻き卵を口にした。

「これ、うまいな」

 思わず呟いた俺の言葉に誘われてか、的場の手が出汁巻き卵に伸びた。こういう反応は嬉しい。


「本当、おいしい。ふわふわしていて舌触りも触感もいいですね」

 出遅れた板垣も出汁巻き卵に手を伸ばした。こういう反応も素直で好きだ。


 仕上げに板垣は特製パフェを的場は生チョコレートアイスクリームを食べた。二人がこれを食べている時、俺は高菜茶漬けを食べていた。たまにはこんな時間も悪くないかもしれない。遠慮の要らない時間だった。何も考える必要のない時間だった。遠慮を知らない煩いだけの板垣は確かにムードメーカーかもしれない。



 帰りは板垣が的場を送って行きたいと張り切って名乗ってきた。方向は一緒だが、降りる駅は全く違う。だが「きちんと家まで送るから心配いりません」と力んで言うものだから、俺は板垣に任せた。俺が送るには遠過ぎるから、助かると言うのもある。だが、的場はなぜか不安そうで、助けを請うように俺をちらちら見る。それが気になって、板垣がはしゃいでいる時に、的場の手をそっと握った。


「どうした?」

「え?いえ」

 お酒で朱く染まった頬は俺の衝動を煽る。戸惑いながら俺を見た的場の頬を先程手を握っていた手で触れた。無意識だった。


「板垣は苦手か?」

「えっと、その……」

 的場なりに板垣の下心が分かるのかもしれない。板垣が本気かどうかなど関係なく、あまり知らない男に送られるのも不安なのは、慣れていないせいかもしれない。


「大丈夫だよ。板垣は信頼していい男だと思うよ。馬鹿だけどね。それより、一人で帰した方が心配だからね」

 的場の頬を三本の指で滑るように撫でた。とても心地良い。的場はじっと俺を見つめ、何かを訴えてくる。そんなに板垣は信頼ならないだろうか。馬鹿は馬鹿なりに一所懸命で、猪突猛進だ。変な計算など頭にも感情にもないだろう。


「もし不安なら携帯電話を握っていればいい。何かあったら俺に電話すれば、板垣を怒鳴りつけてあげるよ。あいつは忠実な犬みたいなものだからね。あれ?違うかな。パブロフの犬が適しているかもしれないね」

 俺の言葉に的場は口元に手を添えてクスクスと笑った。


「また、誘ってくださいね」

「ああ。たまにはいいよね。楽しかった」

「今度は――二人で」

 ぼそぼそと呟かれたその言葉に一瞬思考が止まった。意図的な誘いなのか、違うのかが判断できなかった。


「そうだね。煩いのは要らないか」

「はい」

 しおらしい雰囲気で的場は俺から眼を逸らした。板垣の方を見ると、じっと俺を睨むように見ていた。


政志はかわいいですね。楽しんで書いてしまいます。陸君はいつもの通り、気まぐれさんで、甘甘さんです。


次回は連君陸君にプロポーズ??と言う感じ。二人は本当に仲良しです。


次回もお付き合いください。

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