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限りなく続く  作者: みこえ
本編
44/57

保坂連7

 七月は俺の誕生日がある。桃香はその日が日曜日なのをいい事に、一日空けておくように俺に言った。きっと桃香と棚島が祝ってくれるのだろう。


 七月五日、保坂は俺を食事に誘ってくれた。多分義理堅い保坂の事だから、しっかり俺の誕生日を覚えていて、祝ってくれる気なのだろう。だからと言って『誕生日』というフレーズはなかなか恥ずかしい。友人同士で祝うのも恥ずかしいものだ。きっと、保坂の口から『誕生日』というフレーズは聞けないだろう。


 連れて行かれたのは保坂のマンション近くの洒落た居酒屋だ。いつもより少しだけランクが上がった感じだ。通された席は椅子席の半個室、四名席だった。仕切りは白い薄めの生地で、柔らかな明かりがともっている。メニューを見ると串焼きがメインのようだ。俺たちはとりあえず生ビールを注文し、落ち着いた。


「今日はうちに泊まればいい。それを考えてここに決めた」

「なに?なんか内緒話があるわけ?込み入った話?」

 冗談めかして言った。


「そろそろ、吹っ切ったと思うし、冷静になれたと思うからさ」

「それは闇に葬りたいんだけどな」

「そんなに嫌な事があったか?」

「おまえにだけは言いたくない」


 これで何かを察したら相当なものだと思う。察してほしいとは当然思っておらず、どうにか逃げられればそれでいいのだ。察しられたらそれこそ面倒だし迷惑な話だ。


「俺が関わっている?」

「ところで何の話だ?」

「分かっていてそう惚けるところが殴りたくなるな。数週間くらい前の話。街中でばったり会った時の話しだよ。一緒にいたほのぼのしたかわいい子は彼女だろう?」

「さあね」

 俺は届いたばかりのビールを乾杯もせず飲んだ。


「不貞腐れるなよ。今日はきちんと乾杯したいんだ。俺が誘った意味だって分かっているんだろう?」

「無駄なおせっかいばかりだな」

 不貞腐れているなんて言われて、正直になれる程俺は大人でも子供でもないのだ。誕生日の祝いならそれだけしてくれればいいのに。


「恥ずかしいけれど言ってやるよ。二十九歳にあと二日でなるんだろう?おめでとう」

 保坂はビールの入ったグラスを持ちあげた。俺は仕方なくそのグラスに俺のグラスを当てた。


「よく覚えているよ。感心するね。毎年の決まり行事のようにさ」

「俺が唯一信用している同僚だからね。ビップ待遇なの」

「その待遇に感謝して、話してやるよ。耳を穴を塞いで聞け」

「耳の穴を掻っ穿るんじゃないの?」

「あまり聞いてほしくないから塞げと言っているんだよ。彼女は、おまえに誘われて行った合コンの時いたんだよ。覚えていないみたいだけれどな」

「へえ、彼女とはその時からつながっていたんだ」

「いや、再会。察している通り、俺は覚えていなかった。彼女が覚えていたんだ。それをきっかけで会うようになってさ。――ここからが問題だ」

 俺はビールを飲んだ。


「そんなに言い辛いんだ」

「察しているんだろう?多分保坂が想像している通りだよ。彼女は俺を騙していたわけではないって言ってくれた。俺に本当に恋していると思っていたってさ。本当かどうかは分からないけど、信じてもいいとは思っている。まあ、あの時保坂と再会して、『やっぱりわたしはこの人が好きだ』って気づいたってことだよ」

 俺は届いたばかりのつくねを齧った。


「これ、うまいな」

 俺の呟きなど気にすることもなく、保坂は考えるように黙っていた。

「悪かったな」

「おまえが謝る事じゃない。俺に魅力がなかっただけだ」

「そうじゃない。言い辛い事を言わせたことだ。全くそういった事を想像していなかったから、驚いた。無理に聞きだす事じゃなかったな」

 こんなしおらしい態度、保坂には似合わない。正直、あまり見たくない。


「おまえも食べろよ。酔ってあまり飲めなくなるぞ」

「ああ」

「気にするなよ。最終的に話すと決めたのは俺だ。話せば少しは楽になるかもしれないと思った。実はな、これ以上に言い辛い出来事がこの先にはあるんだ。だから、このくらいは簡単に話せるんだよ。おまえを少しおとなしくさせるくらいの話だからな」

「なら、反省をしてこの先も聞いてやるよ」

 保坂は意地の悪いいつもの笑みを浮かべてそう言った。



 ずいぶん飲んで、時間も経ち、おなかも満たされ、店を出た。そして、保坂の部屋に行き、リビングに置いてある大きなソファに寝転がった。保坂の部屋は一人暮らしとは思えない広さだ。リビングが無駄に広い。その代わり寝室にしている部屋は俺の部屋と同じ六畳ほどだ。あとはサービスルームだけだ。立派なキッチンはあまり使われることもなく、きれいで、そこから水を持ってきてくれた。五百ミリリットルのペットボトルを手渡され、俺は起き上がり、それを飲んだ。


「白状するよ。俺は酔いに任せて話すことにする」

「いいよ。そんな状態で話したら後悔する」

「明日の朝、頭抱えるかもな」

「忘れろと言われても忘れられない」

 保坂は俺の隣に座った。ソファは革張りの黒。一人暮らしにはいらないくらいの大きな立派なものだ。


「話したくなったんだ。懺悔だよ」

 俺は手に持っているペットボトルを見つめた。俺が話しだしたのは石井幸和子の事からだった。俺は総てをぶちまけて、心の中をすっきりさせたかったのだと思う。その相手は保坂しかいなかった。保坂はからかうこともなく、相槌を打つだけで話も遮らずに聞いてくれた。


 俺が石井幸和子にしてしまった人間としてひどい行動の事、同じように星野夢にもしてしまった事を語っている間、保坂はじっと一点を見つめていたように思える。話し終えると、保坂は長く息を吐き出した。


「すごいことしでかしてきたんだな」

「もっと、正直に言いなよ。そう言ってもらいたいんだよ」

「罵られれば楽になるって?そんな自己満足は止めろよ。反省しているのか?同じことを繰り返す時点で、学習能力のないサルと一緒だ」

 保坂は静かに淡々と話す。それが、感情が全く籠っていないような気がして怖かった。


「なあ、俺思うんだよ。彼女たちはきっと怖かったはずだ。力ではかなわない事を知った。それ以前に優しかった加賀山陸が、豹変して、全く違う人間のようになってしまって、どうしていいのか分からなくて、身体が硬直して、思考が止まって、身体が震えだして、声も出なくなって、抵抗すらかなわなくなって、みるみるうちに大変なことになっていく。望んでいない展開なのに、どうにもできないまま進んでいって、何もできないまま終わってしまった。きっと、取り残された彼女たちは怖くて苦しくて仕方なかったんじゃないのかな。そんな彼女たちをおまえは置いてきたんだ。自分の感情だけを守るために。傷つけてしまった女性のことなど考えもせずに」


 何も言えなかった。俺は自分の事ばかりで、彼女たちのことなど考える余裕がなかったんだ。それどころか、彼女たちのせいにして責めていた。保坂の言うことはもっともで、俺がきちんと考えてやるべきことだ。いや、考えなければならなかったこと、だ。


「三度目はないように気をつけろよ」

 保坂の手が俺の肩に乗った。おもいっきり重さを加えるように。

「ああ。ありがとう」


陸君と連君でした。二人は本当に仲がいいですね。


次回は陸君の誕生日会。ほのぼのな感じの3人です。


次回もお付き合いください。

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