星野夢3
陸が暴走して、悪い癖が出ています。石井の時よりももう少し詳細に表現されています。
眼の前にいるのは一番会いたくない男。見目の良いその男はほっそりとしていて唇がぽってりとしている女を連れていた。
「仕事以外でこうやって会うなんてね。しかも、デート中とは希少だよね」
保坂は俺をからかうように言う。保坂の私服姿はレアだ。千鳥格子のパンツに黒のハイカラーの薄手のジャケット、インナーは白のTシャツだ。シンプルだが程良く筋肉の付いている保坂には似合っている。
女性は星野のように背伸びをしたファッションではなく、いたってナチュラルだ。自分に似合っているファッションを知っているのだろう。気負っていないところがデート慣れをしていることを窺わせる。ベージュのカシュクールシフォンブラウスの中は柔らかな白の光沢のあるタンクトップ。パンツは初夏を思わせる白だ。スタイルがいいので何を着ても似合いそうだが、シンプルな服装は好感が持てる。
「こんなところで会いたくなかったな」
俺は本音を口にした。
「俺は会えて良かったと思っているよ。とてもかわいらしい恋人を見られたんだからさ」
保坂は星野の事を覚えていないらしい。星野の方を見ると、星野はぼうっと保坂を見ていた。違和感を覚えた。なんだろう、焦燥感。
「かわいらしい彼女だね」
「まあね。保坂の彼女はスタイリッシュだ」
俺は彼女に向かい軽く会釈した。彼女は微笑んで返した。ファッションは好みだが、化粧とその仕草は好みではない。お高くとまっているのがその笑みで良く分かる。男はいつも謙ってきたのだろうか。俺にはそれはできない。
「こんにちは、保坂さん。一度わたしお会いしているんです」
そう切り出したのは言うまでもなく星野だ。これは、空気の読めていない発言だ。たとえ保坂の彼女が保坂が遊びで付き合っていると分かっていても、いい気持ちはしないだろう発言がこの先に待っている。
「夢、これ以上はこの場では口を滑らせないで」
ドジな彼女の事。本当に合コンのくだりを話しだしそうだったので、耳打ちした。星野も気づいたようでハッとして、口を押さえた。こういった仕草も命取りになり得ることを分かっているのだろうか。それと同時に俺はある可能性に行きついた。嫌な可能性だ。
「へえ。俺はこんなかわいらしい女性に出逢ったら忘れないと思うんだけれどな」
保坂は遠慮なく星野に顔を近づけた。保坂なりのからかいなのは分かった。からかっているのは俺だ。だが、それを知らない星野は顔を真っ赤にさせ、俯いてしまった。確信してしまいそうで怖い。
「彼女はからかいには慣れていないんだよ。そういうのは人を見てからしてくれないかな」
「まあまあ、許せって」
保坂はケラケラ笑った。
「俺はちょっと安心しているの。こんな穏やかな表情で女性と接するんだなって分かってさ」
保坂の隣の女性は飽きてきたのか、保坂とつないでいる手をブランブランさせ始めた。それが合図のように保坂は女性を見つめ甘く微笑んで見せる。
「ごめんね。俺嬉しくて舞い上がっちゃった」
そう言うと、俺に手をあげた。
「じゃあ、月曜日に。楽しい話を期待するよ」
そう言って立ち去って行った。気づきたくなかったことに気づいた後で、俺は居心地の悪さを感じた。どうしてこういう時に限って俺は敏感なのだろう。何も気づかなければもう少しこの穏やかな時間を楽しめたのに。
「さあ、俺たちも行こうか」
歩くことを促すと、呆然としていた星野は我に返ったのか歩きだした。
「私服姿の保坂に見惚れた?」
なるべく平静を装って尋ねた。
「え?」
俺を見上げたようだが、俺は彼女を見ることができなかった。見た途端罵りそうで怖い。ただ、あれから俺を好きになるきっかけがなかっただけだろう。それだけ俺は魅力的ではなかっただけなのだ。彼女を責める要因などない。だけれど、どうしても言いたくなってしまう。
――俺を騙していたの?
ただ、気持ちを誤魔化していたとしても、気づかなかっただけなのだとしても、俺はどうしてもそう責めてしまいそうで怖い。
「ごめんなさい。わたしそういうつもりでは……」
そういうつもりでは、の続きは何?保坂に見惚れていたわけではないと言いたいの?それとも、俺たちの関係はそういうものではなかったと言いたいの?
「今日、夢と一晩一緒にいたいな」
俺って最低だと思いながら、縋るような気持ちで呟いた。直接的でなくても彼女を責め、追い込んでいる。
「えっと」
「俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃない」
「なら、そろそろいいよね。触れたくて仕方ないんだ」
俺の腕を掴む手の力が強くなった。戸惑っている?躊躇っている?拒否の言葉を探している?
「俺は夢と一緒に過ごしたいよ。一緒にいるだけでいいんだ。それで満足だからね」
俺は仮面をかぶり、彼女を見つめる。拒否できないように追い詰めていく。
「夢の部屋に行ってもいい?」
「……うん」
星野は俯いてしまった。俺は罪の意識を感じながら、どこか支配に対する快感を覚えた。裏切ったのは星野だ。それを利用して何が悪い。
善は急げと言わんばかりに俺は彼女の腕を引いて駅へ向かった。彼女は抵抗する素振りを見せない。それをいいことに、足を進める。
電車に乗り、彼女の住むマンションまで目指す。その間も星野は黙ったままだった。きっとこちらは罪の意識を感じているのだろう。彼女はもしかしたら、保坂に近づきたくて俺に近づいたのかもしれない。あくまでも可能性だが、そういったところを隠していることも考えられるのだ。そんな風に見えなくても強かな女は多くいる、女は嘘を当たり前のように吐けるのだから。
それにしても、いつもは鈍感な俺が、敏感ではなくていい時に限って敏感に何かを感じとる。気づかなかったらもっと幸せを味わえたはずだし、もっとチャンスもできたはずだ。こんな風に嫌な自分を見つめる事もなかった。よりによって、なぜ……。
俺は多分、始まりは本気なんだと思う。好きになれると本気で思っている。だけれど、始まった次の瞬間から、終わる事を考えているんだ。終わらせる何かを常に探し求めている。多分、星野の時もそうなんだ。何かきっかけを探していたからこそ、星野の変化を敏感に感じ取ってしまった。それに気づき、それを否定したくて仕方なかった。
部屋に着いた途端に、俺は星野にキスをしかけた。初めてのキスはほんの瞬間触れただけだった。今回は卑猥なほどの深いキス。星野は全く拒否をしない。その代わり応えもしない。俺はそれでもキスを続けた。拒否をするまで、白状するまで責め立てる。
玄関の扉に星野を押し付け、服の上から胸を触った。柔らかな感触が心地良い。もう片方の手は尻を撫でる。彼女の足の間に足を這入りこませた。それでも星野は拒否をしない。服の下に手を入れ、直接胸を刺激する。拒否の言葉より先に甘い息が漏れた。それに煽られ、ショートパンツの中に手を忍ばせ、直接尻に手の平を這わせた。こちらも柔らかくて感触が良い。
「このままここで続けるよ」
俺はチャンスを与えるように星野の耳元で囁いた。そして耳を舌先で刺激する。だが、星野から聞こえるのは甘い息のみ。俺はだんだん煽られて理性を失っていく。首を唇と舌で刺激しながらショートパンツのボタンをはずし、手を忍ばせる。首に吸いついてみせた。
「止まらないよ」
もう一度囁いてみせる。だが、彼女は拒否しなかった。だんだんと大胆に責め始めた。
ここまでするつもりはなかった。と言うのは言い訳になるのだろう。ベッドの中、呆然としている星野をじっと見つめた。星野は全く何も話さない。だから、俺も何も話さなかった。ただ、腕枕をし、星野を軽く抱きしめるような形になり、髪を撫でたり、頬を撫でたりしていた。
「ごめんなさい」
沈黙を破った言葉は虚しいくらい泣きそうな声で言われた謝罪。
「でも、本当に陸の事を好きになれるとあの時思ったの。とても優しくて、きちんと理解してくれる人だと思った」
星野は純粋だった。それは分かるのだ。俺は星野の初めてをこんな形で奪ってしまった。
「本当に好きだと思っていたの。一緒にいて楽しかったし、別れる時淋しかったし、会いたく思ったし、会えると思うとドキドキしたし。だから、本当にこれが恋なんだと思っていたの」
俺は星野の頬に軽くキスをした。
「責められても仕方ないかもしれないけれど、これだけは信じて欲しいの。わたし騙してなんていない」
何でもっと早くそれを口にしてくれなかったのだろう。こうやって大切なものを奪う前に言ってくれればよかったのに。だけれど、それを言わせなかったのは多分俺だ。言えない状況を意図的に作っていた。
「もう、誤魔化されてはくれない?」
俺がそう囁くと、星野は「ごめんなさい」と呟いた。
「そう。俺、とても楽しかったよ。一緒に過ごせて嬉しかった。最後、ひどい事をしてごめんね。でも、俺幸せだよ。夢の初めての人になれて」
身体を少し起こし、星野の顔を見下ろした。優しく頬を撫で微笑んで見せる。
「嫌な思いをさせてしまって、ごめん」
俺は星野の額に唇を当てた。そして、ベッドから出た。
どうも俺には怒りにまかせて衝動を抑えられないところがあるらしい。今回もまた、男として、人間としてひどい事をしてしまった。なのに、彼女もまた許してくれた。みんないい人たちばかりなのだ。だから、最後の理性で衝動を抑えこんで、星野を見ることなく部屋を出た。短い愛だった。幸せになってほしいと願う。
なんか、痛々しい……。読み返しながら、ここまで書いても大丈夫なの?という不安が少し。R15ってどこからどこまででしょう。
次回は政志。少し成長した政志も、やはり中身は政志です。少々短めなので迷っている最中。
次回もお付き合いください。




