佐々木菜々葉1
棚島の運転する車で俺たちは霊園に向かった。道は混んでおらず、予定より早く霊園に着いた。棚島は甲斐甲斐しく後部座席に座っていた桃香を車から降ろす。俺も一緒に後部座席から降りた。
「結構立派な霊園ですね」
「そうかもね。ここで、モモの両親も俺たちの両親も眠っているから、四人にきちんと紹介させてもらうよ」
俺は花などの荷物を持ち、棚島を案内した。
俺たちの両親の墓石の前に、女性が立っているのが見えた。
「菜々葉さん?」
俺の声が聞こえたのか、女性が振り返った。母の妹の佐々木菜々葉だ。
「帰ってきていたんですか?」
叔母は二人っきりになってしまった俺たちを救ってくれた恩人だ。俺たちが成人したのと同時に、当時恋人だった男性と結婚をした。そして、海外へ行った。その後、叔母が帰ってきて俺たちに会うような事はなかった。だから八年振りだろうか。
「陸。すっごく格好良くなったわね。さすがあの二人の息子」
叔母はそう言った後、俺の後ろで桃香を抱えている男が気になったのか、じっと棚島を見ていた。
「あ、彼は桃香の婚約者の棚島彩季さん」
「やっぱりそうか。桃香から手紙が届いたの。今度結婚することになったってね。だから、会いに来たんだよ。お墓参りした後、連絡を入れる予定だったんだ」
母とは年の差もあったから若いのは当然なのだが、変わらない若さがあった。見た眼も性格も。
「そうだったんですか。モモが手紙を」
「そう。桃香からは何度か手紙はもらっているんだよ。大学卒業したとか、就職したとか。そう言う報告をもらっていたの」
短い間だったが、俺たちは叔母に助けられた。そういう恩義を桃香は大切にする。こういった縁を消さないようにするのはやはり大切な人たちを失ってきた身だからなのだろう。桃香らしく思いながら、何もしていない俺が恥ずかしく感じた。
「桃香は相変わらずだね」
「ええ。回復もしませんよ」
俺は墓の前に屈んで、作業を始めた。叔母が持ってきてくれた花もあるので、今回は華やかだ。
「モモ。きちんと報告をして。十月に結婚が決まったってね。素敵な相手だときちんと棚島さんを紹介しないと駄目だよ」
叔母には大変世話になった。両親が亡くなって、俺たちの面倒を見てくれたのは叔母だった。「面倒くさい」や「本当は嫌なんだ」なんて口では言っていたけれど、心の中では違っていたのだと、叔母と結婚した佐々木さんに聞いたことがある。
当時、叔母は恋人の男性と結婚の約束をしていた。その約束を蹴って、俺たちの面倒を見てくれたのだ。それを知ったのはずいぶん先だが、叔母らしい選択とも言える。
その婚約者は叔母が俺たちから解放されるのをじっと待っていたのだ。叔母曰く「このくらいで気持ちが変わるのなら、結婚したって同じ事。待てないならそれまでの相手と言うこと」なのだそうだ。すがすがしい強烈な性格だ。
そして、俺たちが成人を迎えた時、待ち続けていた男性である佐々木さんが、叔母にプロポーズした。俺たちの前で。
「結婚して下さい」
シンプルなこのプロポーズに、叔母は泣きだした。そんなタイプではなかったので、俺も桃香も驚いた。叔母としてはもう結婚できないのだと諦めていたようだ。叔母は俺たちがいることも忘れ、佐々木さんに飛びついた。そして、久しぶりに佐々木さんの胸で泣いたのだ。
二人が海外に飛び立つ時、叔母には内緒で佐々木さんが俺に語ってくれた。
「姉の忘れ形見はわたしの宝。きちんと生きていけるようにサポートするのはわたしの仕事。それを置いて行ったらわたしは絶対に後悔する。だから、わたしはあの子たちをとるの。姉の宝物だから。だから、許して」
叔母は佐々木さんにそう言って、別れを告げたと言う。佐々木さんはその言葉を聞いて、叔母しかいないと確信したと言う。俺はそれを聞いて泣きそうになった。ぐっとこらえている俺の肩に佐々木さんは手を置き、
「大切な叔母さんは私が幸せにする。約束するよ。だから、君たちもしっかり幸せになるんだよ」
そう言ってくれた。あの辛い時期に桃香がいてくれたことが救いだったように、叔母がいてくれたことも救いだった。不器用な叔母だけれど、やはり母が愛した妹だけあったのだ。
四人でいつもの蕎麦屋に入った。復活の兆しのある桃香は、やっと叔母の存在に気づき、驚いていた。
「菜々葉さん、どうしてここに?」
この時間差攻撃に、叔母は盛大に笑った。叔母は俺たちが「叔母さん」と呼ぶのを大変嫌う。だから、今でも「菜々葉さん」なのだ。
「久しぶりにお墓参りをね。あとは、桃香におめでとうと言いたかったから」
叔母はあまり母には似ていない。だが、微笑むと、どこか似る。雰囲気や崩れ具合が似ているのだと思う。
「あの、佐々木さんは?」
「あっちに置いてきたよ。彼は仕事があるからね。二人によろしくって言っていたよ」
俺たちが注文したせいろ蕎麦が届き、俺たちは蕎麦を堪能した。
「そうだ。今日、泊めてね」
「え?ホテルじゃないんですか?」
「泊まれる場所があるのに無駄遣いする必要はないでしょう」
叔母はそう言うと、再び蕎麦をすすった。豪快だ。
「そうですね。ならモモと一緒に寝てください。布団は準備できます」
「そう?ありがとう」
すでに食べ終わった叔母は汁に蕎麦湯を入れていた
「それにしても、桃香はいい男を捕まえたわね」
叔母は遠慮なく棚島をまじまじと見つめた。
「なんか結婚の報告を受けて安心した。今日相手の男性に会えて一層安心した」
叔母は母に似た笑みを桃香に惜しみなく向けた。桃香の手が止まっている。多分今、桃香も同じことを感じたのだ。叔母はそんな事など気にせず、蕎麦湯を飲んでいる。
「俺も安心しましたよ」
俺の言葉に叔母は手を止め、俺をじっと見た。
「陸は悔しくないの?妹に先を越されてさ。陸は大学に入ってから結構荒れていたから、でき婚になるかもなんて思っていたけれど、見事に予想が外れたね」
叔母は強敵だ。
「もしかして、あの時で全精力を吸い取られたとか?女嫌いになったとか?」
「ご心配には及びませんよ。きちんと女性が好きですから」
俺が叔母に向けてにこりと微笑むと、叔母は俺の頭を思いっきり叩いた。
「女を泣かせるなよ」
もう遅い。だけれど、そんな事は言えない。先程以上の力で俺は再びぶたれるだろうから。
「泣かせないために自粛していると言うところですよ」
「え?お兄ちゃんに彼女いるじゃないの」
俺と叔母の会話に割り込んできたのは、すでに鮮明になった桃香だった。なぜこういう時に限って復活が早いのか。「しまった」と言うしかない。まだ、桃香には佐原と別れた事を伝えていない。ここではそれも口にできない。叔母が怖くて。
「なんだ。しっかりいるんじゃないの。安心したよ」
叔母が俺の頭をくしゃくしゃに掻き雑ぜた。驚いた。叔母にこんな事をしてもらったことはなかったから。変な話、母にしてもらっているような錯覚が生まれて、俺はどうしたらいいのか戸惑ったくらいだ。
陸と桃香の叔母が登場です。しばらく彼女は滞在予定。
次回は菜々葉との過去と現在。
次回もお付き合いください。




