加賀山桃香9
今日朝、俺は桃香に起こされた。もう出かけるから起きてくれ、と。その姿はいつもと変わりなく、物足りない思いがした。初詣と言ったらやはり服装は――
「ああ、気が利かなくて悪かったね。着物を着て初詣が素敵だったよね。もう遅いけど」
俺は寝惚け眼で桃香を見つめながら言った。まだ、半分は現実に意識がないみたいだ。
「うふふ。そんなの気にする事ないよ。それより起きてね。ご飯は用意してあるから。おせちじゃなくて悪いけれど、御雑煮ね。お餅くらい焼けるでしょう?」
「焼き餅も立派に焼けるよ」
「馬鹿な事を言っていないの」
桃香はおかしそうに笑いながら言った。楽しくて仕方ないようだ。
棚島は着物姿の桃香を期待していたのではないだろうか。俺だったら期待する。いつもとは違う雰囲気と色気。しっとりとした仕草。着物なら母のものがあった。もったいないことをしたかもしれない。だけれど、美容院で着付けをしたら、俺は着物姿の桃香を見られないかもしれない。そう考えると、棚島だけいい思いはさせられないと、着物を差し出さなくてよかったと思った。
「気をつけて行っておいで。俺の事は気にしなくていいから、ゆっくり過ごしてくればいいよ」
「うん」
俺は桃香の後姿を見送った。
昨日の夜、桃香は甘えるように俺のベッドに入ってきた。珍しい。何もない時に一緒に寝るのはどのくらいぶりだろう。中学生の頃には一緒に寝ていなかった気がするから、小学生ぶりか。昨日は夜、桃香が作った天ぷらそばを食べた。海老と舞茸の天ぷらと野菜たっぷりのかき揚げが乗った豪華なものだ。そして、除夜の鐘を聞きながら、年を越し、「あけましておめでとう」と二人で言い合った後、眠った。俺がベッドで寝転がっていると、ドアをノックする音が聞こえ、桃香は遠慮がちに俺に言った。
「ねえ、一緒に寝てもいい?」
俺は驚いて、一瞬答えられなかったけれど、すぐに笑みを作り、桃香を招いた。
「おいで」
俺の言葉に安心したのか、桃香は破顔し、俺の布団に潜り込んできた。そして、俺に抱きつく。
「ねえ、二日の日はお兄ちゃんと一緒に初詣に行きたいな」
「一度行けば充分だろう?」
「お兄ちゃんは行かないんでしょう?わたしが連れ出さないと休日は籠りっぱなしのくせに」
「俺の分までしてきてくれればいいよ」
「二人分?」
「そう。二人分よろしくね」
俺の言葉に桃香はクスクス笑った。こんな楽しそうな時に一緒に眠ることなどなかったから、なんか変な感じだった。それでも、あの気力のない桃香ではなくて笑っている桃香であることはとても幸せで、こんな貴重な夜は本当に幸せを感じられると思った。桃香が笑って過ごしている。それが俺にとって一番の幸せだ。
「早く寝ないと明日クマだらけになるよ」
「熊は飼いたくない」
口を尖らせ言った桃香がかわいくて俺は笑った。
「子守り歌でも歌ってあげようか」
「そんなのを聞いたら可笑しくなって余計に眠れなくなるからいいよ」
「かわいくないなあ」
そう呟きながら、俺は桃香の頭を撫でた。桃香はゆっくり眼を閉じた。
本当に仲の良い二人。
次回はちょっとした事件。そして、連君のお泊り。
(注)この事件の犯人を捕まえるぞ!という感じにはなりません。これは陸君の仕事ではなくて連君の仕事。
短かったですね。その代わり次回は長い。お付き合いください。




