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限りなく続く  作者: みこえ
本編
20/57

加賀山桃香6

 十二月二十七日は桃香の誕生日だ。仕事を定時で終え、一階のフロアにあるラウンジで待ち合わせをしている。この日ばかりは豪勢に食事をしようと俺は慣れない予約をレストランにしていた。恋人である棚島と過ごさず兄である俺と過ごしてくれることは嬉しい。今年で最後かもしれない。そう思うと感慨深いものがある。


 今日は一日仕様書の作成に追われていた。お願いしていた資料を集めて持ってきた的場はとても不思議そうな表情で俺を見つめていた。


「なんか、今日は一段と楽しそうですね」

 俺は単純なのかもしれない。楽しみなイベントが待ち遠しいのは確かだ。それがきっちり表に出ていたのだろう。

「まあね」

 俺が答えると、的場はきょとんとした顔をした。


「さあ、とっととやっちゃおう」

 仕事を促すと、的場は焦ったように席についた。気を引き締めなければならない。定時に帰れなくなったら困るから。


 終始的場は不思議そうな表情で俺を見ていた。聞きたいけれど聞けないと言う態度が表に出ていると言うのだろうか。だからと言ってこれからの予定をペラペラ話す気はない。聞かれたとしても濁していただろう。



 仕事を終え、急いで事務所を出た。誰にも呼びとめられたくなかったから。ちょうど来たエレベータに飛び乗り、待ち合わせのラウンジまで行く。


 まだ、桃香の姿はなかった。俺はコーヒーを飲み、本を読みながら桃香を待った。本はイタリアの小説家のものだ。桃香がイタリアに仕事に行った時、原文のものを買ってきてもらった。


 しばらくして、小走りで桃香が来た。

「ごめん、遅くなった」

 胸元に手を当て、息をしている。俺は腕時計を見て、桃香に微笑んだ。

「まだ、大丈夫だよ」

 残っているコーヒーを飲み干し、読んでいた小説をかばんにしまった。


「さあ、行こう。気に入ってくれるとうれしいんだけれどね」

「うん。楽しみ」


 今日の桃香はいつもよりおしゃれだ。今は黒のコートを着ているので見えないが、朝、気合いが入っているのが分かり、嬉しくなった。仕事もその服装でするため、派手なものではないが、上質なものなのは確かだ。いつもは一つに束ねられている髪も、アレンジが加えられていた。ハーフアップにされていて、左側だけ編み込まれていて、左側で御団子にされている。とても複雑で不器用な俺にはできない芸当だ。


「加賀山」

 いきなり声をかけられ、歩き出そうとした俺は立ち止まり、振り返った。そこには会いたくない男が立っていた。何とも意地の悪い笑みを浮かべた爽やか青年の保坂だ。


「何急いでいるのかと思いきや、今日はデートか」

「まあね」

 桃香は俺と保坂を交互に見ていた。

「不本意だけれど、紹介しよう。同僚の保坂連」

「はじめまして。加賀山の妹の桃香です」

 桃香は軽く頭を下げた。


「お会いできて光栄です。ずっと紹介してほしいと兄上にはお願いしていたのですが、大切な妹君を人眼に晒したくないと無謀極まりない我が儘を言いまして、今までお会いできず、でした。それにしても、今日も美しい」

 聞き捨てならない言葉がわんさか出てきている。何を言っているのかさえ不明の領域だ。


「噂はかねがね聞いていますよ。気兼ねなく話せる友人と――。それと、女性の敵とも。あ、男性の敵でもあるのかしら」

「これはまた痛い。モモさんのためなら、総ての女性と縁を切ってもいいですよ」

「切られた方が女性は幸せかもしれませんが、不幸にはなりたくないので遠慮させていただきます。兄が心配性なもので」


 こんな切り口の桃香を初めて見た。柔軟性だけはあるようで、保坂の攻撃に怯みも怒りもしない。


「これは兄上以上に手厳しいお言葉。肝に銘じておきましょう。今日はお急ぎのようなので御暇させていただきますが、今度ゆっくり食事をしながらお話でもどうですか。もちろん陸君抜きで」

 保坂はさっと桃香の顔に顔を近づけた。それでも怯む桃香ではなかった。


「お誘いは嬉しいのですが、厳しい兄と嫉妬深い恋人にあなたが痛い目に合うのが容易に想像できますので、ご遠慮させていただきます。お食事は兄と三人で」


 ここでにこりとかわいらしい笑みを浮かべた。ここで保坂は毒気を抜かれたような表情でじっと桃香を見ていた。


「では、また今度」

 桃香の声で保坂は我に返ったのか、楽しそうな笑みを浮かべた。


「これは傑作だね。すばらしい。こうやって今までのらりくらりと男たちの誘いを断ってきたわけだ。これは大変だよ。教育の賜物かね」

「お褒め預かり嬉しいです」

「本当、興味を持ったから、こぶつきでもいいので今度ゆっくりと話をしよう。じゃあ、俺はこれで失礼します」


 保坂は桃香にだけ礼をし、桃香の頭に大きな手をポンと乗せた。そして、振り返る事なく去って行った。嵐のようだった。


「おもしろいお友達ね。おしゃべりで退屈しなさそう」

 桃香はクツクツと笑った。

「あいつにだけは紹介したくなかったんだよ」

「まあまあ、妹と友達を信用しなさい」

 桃香におもいっきり背中を叩かれた。


 予約した店は、白い壁の一軒家風の作りをしている。家庭的な温もりを感じられて俺はここが気に入った。それは桃香も同じようで、口元で両手の平を合わせて歓んでくれた。


店内は広い空間で、優しそうな女性が席まで案内してくれた。席は窓際。桃香の椅子を引いてくれ、桃香はそんな事だけでも喜んだ。


 ここは記念日用のコースが用意されている。先日佐原と食べた物に比べれば安いコース料理だが、それでも俺たちには充分贅沢なものだ。コース料理と共にワインの飲み放題も付けた。これはワインにあまりこだわりない二人だからこそ迷うことなくつけたものだ。桃香は結構お酒を飲むから損はしないと踏んでいる。


「とても落ち着ける店だね」

 桃香は周りを気にかけて囁くように言った。周りは結構楽しげに会話を楽しんでいる。カジュアルな雰囲気は俺も桃香も好きだ。


「うん」

「たまにはこんな感じもいいかも。特別って感じ」

 桃香は遠慮がちにキョロキョロと店内を見渡す。外も白だったが中も白だ。


 俺たちは白ワインで乾杯をし、宴を始めた。アミューズから色鮮やかな料理が始まった。それを見るたび感嘆をあげる桃香を見ていると予約して良かったと感じられる。桃香は俺を喜ばせる事がうまい。


「何か食べるのがもったいないなあ」

 そんな風に呟きながら、遠慮なく食べるのが桃香だ。ワインもどんどんと飲み干す。さすがに豪快だ。


「なあ、モモは棚島の前でもこんななのか?」

 少々心配になり、聞いてみた。

「うん?なんか駄目なの?」

「え?」

「わたしおかしい?棚島さんは別に何も言わないけれど、過去何人かの人には言われた。行儀が悪いって。でも、お兄ちゃんはいつもにこにこしているし、わたしはそう思えなくて直してこなかったの。やっぱり何かおかしいの?」


 確かに豪快だが、行儀が悪いとは思わない。こういう食事を楽しむ場所に遠慮なしに香水を纏うよりもましだ。それどころかおいしそうに食べてくれて俺は嬉しい。だが、こういった気取った場所では少々恥ずかしい思いをするのかもしれない。ここならまだしももう少し高級な店なら尚更だ。多分、桃香はそういう場所でも相変わらずなのだろう。


 だが言いたい。相手の男が悪い。桃香の外だけを見て中を見ていない証拠だ。桃香のどこが魅力的かと言えばこの遠慮ない豪快さだ。そう考えれば棚島は甲斐性があり、心意気もいい。多分、桃香のこんなところを気に入ってくれているのだろう。あのクリスマスイブの時の表情を思い出す。


「棚島がそのほうがいいと言うなら、飾らなくていいんじゃないか。俺はちょっと安心したな」

 普段の飾らない桃香を気に入ってくれているだけで安心する。きちんと棚島は桃香を見てくれているのだ。


「そう?わたしはお兄ちゃんの私生活に安心できないけれど」

 なんか棘のある言葉だ。俺は逃げるようにオマールエビのブランマジェを口に運んだ。滑らかな口当たりでおいしい。


「聞いているの?クリスマスイブに過ごした女性とはまだ続いているんでしょうね」

 妹は妹なりに心配のようだ。

「心配いらないよ。続いている」

 俺の言葉に安心したのかにこりと微笑み皿をきれいにした。


 スープもグラニテもこのコースには入っていなかった。それでも魚料理と肉料理を出されるとおなかいっぱいになってくる。俺の方が桃香よりも少食――情けない――だから、桃香はどう見ても余裕の表情だった。


 桃香は優雅に赤ワインを飲んでいる。酒もやはり強い。そして、デザートだ。これが記念日の特別なのだ。小さめのホールケーキにメッセージの入ったビスケットのようなものが添えられていた。「HAPPY BIRTHDAY モモ」と書かれているプレイトを見た時、なぜか恥ずかしかった。ケーキは茶色いスポンジに真っ白な生クリームがコーティングされていて、上にきれいにイチゴが飾られているシンプルなものだった。


「すごい。かわいらしいホールケーキ」

 桃香はここでもはしゃぐ。

「これ全部食べられるのなら、そのままフォークを突き刺していいよ」

「本当?」


 今日は特別だ。桃香はホールケーキをそのままフォークを豪快に突き刺して食べたいと言っていた。だが、母がそれを許さなかった。「みんなで食べるもの」、「きれいに行儀よく食べるように」。それは母の口癖のようなものだった。だから、今までその夢を叶えてはやれなかった。


 今回のケーキはホールケーキと言っても小さい。物足りないものかもしれないけれど、桃香に歓んでもらえるのなら今日は特別ということでいいのではないかと思った。もう、分別のある大人だし。


「本当。今日は特別だよ。誕生日なんだから」

 俺の言葉を聞いた途端、桃香は遠慮なくケーキの真ん中にフォークを突き刺し、スポンジとイチゴを掬った。丸いケーキは見る見るうちに穴が開き、残酷な状態になっていく。それと反比例して桃香の笑みは最上へと昇る。とても幸せそうだ。


「お兄ちゃんにも一口おすそわけ」

 思い出したように桃香は俺にケーキを刺したフォークを差し出した。茶色のスポンジと生クリームだけでイチゴは乗っていない。俺は遠慮なくそれをパクリと食べた。


「どう?」

 桃香は首を傾げて聞く。俺は味わった後、呑み込んだ。

「おいしいよ」

「うん。特別おいしく感じる」


それにしても食事のシーンが多いですね。そのたびに苦労しています。今回はコース料理。桃香は兄の前では惜しみなく無邪気。そんな楽しい雰囲気が伝わっていたらいいのですが。


次回は左頬が痛い!お願いだからヒステリックにならないで!!という感じ。こんな人いるんじゃないのかな。そして、またまたおでん屋。食べるな陸。


次回も馬鹿な陸君にお付き合いください。情けない……。

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