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魔塔の少女ー白い魔女の始まり  作者: 星を数える
20/22

20. 決心

 クロコを仕留め、安全都市エンタフへと到着するまでの道のりは、特に危険な魔獣に遭遇することもなく、順調だった。


 エンタフの城門前にある検問所に入ったヴェルサ一行は、冒険者ギルドの登録証を提示し、通行許可を受けた。


「俺たちのパーティーは5人で登録してるから、ロゼット様は適用外だな。別途、通行税を払わなきゃならないのか?」

 エンリクがヴェルサに尋ねると、ニスベットは右手のブレスレットを見せた。

「私はこれがあるので、大丈夫です。シエストの居住証です」


 ネモは目を丸くした。

「おぉ~!安全都市の居住証なんて羨ましいですね」


「なら問題なしだな。さぁ、入ろう」

 ヴェルサが先頭に立ち、門をくぐった。


 混沌の地から赤ん坊を抱えたまま入城する一行に、人々は興味深そうな視線を向けていた。

「まずは、ジモンが言ってた施設に行ってみよう。まずはこの子を、安心して過ごせる環境に預けないとな」

 ヴェルサの言葉に従い、一行はジモンが所属する光明神の神殿を訪れた。


 そこで、赤ん坊を預けられる施設の場所を尋ねた彼らは、案内された施設で責任者の男性神官と対面した。

「悲しみの子ですね」

 事務的な口調でそう言う神官の声が、ニスベットの耳には、どこか冷たい響きを持って届いた。


「この子は、これからどうなるのでしょうか?」

 ニスベットが尋ねると、神官は答えた。

「施設では最長で15歳まで養育されます。その前に養子として引き取られることもありますし、技術を学ぶために弟子入りする子もいます。しかし、悲しみの子がそうした機会を得ることは稀で、15歳になると、施設を出ることになります」


「普通の子供より成長が遅いと聞きました。15歳で外に出されるのは、まだ早すぎるのでは?」

 神官は仕方がない、と言わんばかりの表情を浮かべた。

「規則です。我々も信者たちの寄付で運営している以上、悲しみの子だけを特別扱いすることはできません」


 ニスベットは、庭で遊ぶ子供たちに目を向けた。

 飢えている様子や、虐待されているような雰囲気もなかった。だが、彼らの表情にはどこか陰があり、目には隠しきれない孤独と欠乏が滲んでいた。


 ニスベットは腕の中の赤ん坊をそっと抱きしめた。

「……私がこの子を育てます」


 後ろにいたヴェルサたちは驚き、ニスベットを凝視した。

 神官も目を見開いた。

「悲しみの子を育てるのは、簡単なことではありません。まあ、私たちとしては、反対する理由もありませんが」


 その言葉には、赤ん坊を本当に気遣うような温かみは感じられなかった。この場所でさえ、悲しみの子は歓迎されない存在なのだ。


 ニスベットはますます、この子をここに置いていきたくないという思いを強くした。赤ん坊を抱えて、その場を立ち去ろうとしたそのとき——

「待ってください!」

 ヴェルサが、ニスベットを呼び止めた。


「ロゼット様」

 振り返ると、ヴェルサはいつになく真剣な表情をしていた。

「そんなに即興で決めることではありません。子供を引き取るということは、大きな責任が伴います。自立できるようになるまで10年以上、その子の場合は20年以上かかるかもしれません。その間、親として責任を持って育てる覚悟が必要です。その覚悟は、おありですか?」


「心配してくださるお気持ちはよくわかります。私には子供を育てた経験もなく、まだ未熟なことばかりですから。でも、混沌の地でこうしてこの子と出会ったのも、何かの縁ではないかと思うのです」


 ルシエンも慎重な口調で言葉を紡いだ。

「ロゼット様が心優しい方だということは、私たちもよく知っています。何の見返りも求めず、あれほど私たちを助けてくださったのですから。でも、これは本当に大きくて重大な決断です。その子を不憫に思うお気持ちは十分に理解できますが……」


 赤ん坊の顔を見下ろしながら、ニスベットは静かに言った。

「父がこんな言葉を残していました。誰もが世界中のすべての悲しみを取り除くことはできない。でも、自分の目の前にある小さな悲しみの石ころ一つくらいなら、どんな人でも取り除くことができる——と。この子が背負う悲しみの重さを、少しでも軽くしてあげたいです」


 ヴェルサたちはしばし沈黙した。

 ジモンが涙を浮かべて、ニスベットの手をぎゅっと握った。

「なんと素晴らしいお言葉でしょう。微力ながら、お手伝いさせてください」


 ヴェルサも短くため息をつき、言った。

「シエストにお住まいなんでしたね? そこまで、私たちも同行します。ただし、途中で投げ出したりしたら、本気で怒りますからね」


 ルシエンが続けた。

「シエストへ向かう間に、赤ん坊に必要なものを揃えないといけませんね。まずは牛乳かヤギの乳を手に入れて、おむつや服も用意しないと」


 すると、エンリクが提案した。

「その前に、まずは金を用意しねえとな。魔石や素材を売りに行こう」


「私も行きます。これから、こういうことも学ばなければいけません。赤ちゃんのものも買いたいですし」

 ニスベットは、ヴェルサ一行とともに、素材を売る場に同行し、相場を調べたり価格交渉をしたりする様子を観察した。


 ヴェルサたちが頻繁に訪れるという馴染みの商人は、クロコの革を見るなり驚いた顔をした。

「こんなにデカいのを、〈黒いた鶏冠〉が仕留めたって? どうやって? まさか、病気で死んだりして、川に浮いてたやつを拾ってきたんじゃないだろうな?」


 ネモはクロコの革を目の前に突き出し、力強く言い放った。

「目をしっかり開いて、よく見てから、モノを言いなさいよ! こっちを食い殺そうと水から飛び出してきたピンピンのやつを、死ぬ気でぶっ叩いて仕留めたんだからね!」


「ハハ、冗談だよ。革の色と肌の状態を見りゃ、わかるさ。だけど本当に、あんたたちだけで仕留めたのか?」


 ヴェルサが答えた。

「運良く、腕の立つ魔法使い様の助けを借りられたんです」


「へえ、儲かったね」

 店主は、その腕の立つ魔法使いがニスベットだとは思いもしないようだった。ネモが目を細め、店主に釘を刺す。

「こっちも相場は大体分かってるんだから、足元見ないでよね!」


「ふん、商売は一日二日じゃないさ。心配するな、いい値で買い取らせてやるよ」

 そう言いながらも、交渉の世界は厳しいものだった。この手の値段交渉は、主にネモが担当しているようで、店主としばらく押し引きをした末に価格が決まった。クロコの大きさは、滅多にお目にかかれないほどの大物で、傷一つなく捕獲されたことで状態も非常に良かったため、かなりの高値で売れた。


 魔石や他の素材もすべて売り払った後、ヴェルサは売上の半分をニスベットに手渡した。

「オークもそうでしたが、クロコもロゼット様がいなければ、討伐できなかったものです。それだけの権利はありますよ」


「皆さんは普段どう分けているのですか?」

「私たちは人数で均等に分けますが」


「じゃあ、私もそうしてください。そうでなければ受け取りません」

 ニスベットが最後まで譲らなかったため、仕方なく1/nで分配した。その代わり、ヴェルサたちは、食料や子供に必要な物を買う際には、徹底して全額を自分たちで負担した。


 真っ白なローブと仮面姿で赤ん坊を抱いたニスベットは、どこへ行っても人々の注目を集めた。市場を回る途中で赤ん坊が泣き出し、皆冷や汗をかきながらも何とか買い物を済ませ、宿へと戻った。市場で買った牛乳を温めて赤ん坊に飲ませ、一息ついた彼らは、食堂に集まり、ヴェルサが自ら申し出て眠る赤ん坊を抱えたまま、夕食を取った。


「赤ちゃんの名前はどうしますか?」

 ルシエンが尋ねる。


「プラウスにしようと思います。本で読んだ昔の戦士の名前です」

「いい名前ですね。この子が戦士か騎士になると思ってつけたのですか?」

 ヴェルサの問いに、ニスベットは首を横に振った。

「ただ、ふと浮かんだだけです」


 ヴェルサは微笑んだ。

「何にせよ、強く生きていけそうな名前ですね。混沌の地で生きるには、強さが必要ですから」


「シエストの居住証をお持ちということは、シエストに家がありますよね? そこで赤ちゃんを育てるのですか?」

 ルシエンの質問に、ニスベットはすぐには答えず、思案に沈んだ。


 バラの魔塔で子供を育てるつもりはない。あそこは人々に知られてはならない場所である。この子が生きていくのは、結局、混沌の地であれ、どこであれ、人間のいる世界でなければならない。


「今いる場所は、厳密には私の所有ではないので、シエストで新しく家を探そうと思っています」

 熟考の末にそう答えると、ジモンが心配そうに言った。

「安全都市は、どれだけお金があっても、家を買うのが難しいと聞きますが、大丈夫ですか?」


 ネモが口を挟んだ。

「シエストの居住証をお持ちじゃないか。俺たちとは違うだろう」


「まずは、知り合いに相談してみるつもりです」

 子供を育てると決めた以上、自分の力で育てる覚悟はできている。家を手に入れるまでは、助けを借りても、その後は、自分の力でやっていくつもりだった。


 エンタフでさらに2日間滞在し、赤ん坊を連れての旅の準備を整えた一行は、シエストを目指して出発した。本来なら、冒険者パーティーとして、魔獣を狩りながら移動するのが常だが、今は赤ん坊を無事にシエストへ連れて行くことが最優先だった。


 前回のクロコは単独の魔獣のため、プラウスを後方に置いて戦えたが、影の狼のような群れで行動する魔獣と遭遇する場合、プラウスの安全が問題になる。ネモが斥候役を務め、一行より少し前を進みながら前方を探った。危険な魔獣の痕跡や気配があれば、迂回して避ける方針で、一行はシエストへと急いだ。



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