↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔塔の少女ー白い魔女の始まり  作者: 星を数える
14/22

14. すれ違う思い

 シモナ一行は紆余曲折を経て和解し、翌朝には何事もなかったかのように、皆すっかり気分も晴れていた。軽く朝食を済ませ、出発の準備をしていると、ウラが尋ねた。

「ロゼット様はどこまで行かれますか?」


 それまで隠す必要はないと考えたニスベットは、正直に答えた。

「安全都市ヘルファオンへ行きます」


「誰かに会いに行くんですか?」

 シモナの問いに、ニスベットはつい本来の目的を口にしてしまった。

「いえ、届け物があります」


「へぇ、どんな品物ですか? ロゼット様自ら運ぶなんて」

「まぁ、贈り物のようなものです」


「ふーん、きっとさぞお偉いさんに渡す貴重なものでしょうね。それはさておき、ヘルファオンなら、私たちと行き先が同じですね。ちょうど素材を売りに行くところです。

 もしお急ぎでなければ、一緒に行きませんか? 見たところ、遠出は初めてのようですね。こんな危険な所を女性が一人で歩くのは、よくありませんよ。物騒な奴らもいますし、中では森のエルフ女性を狙う輩も多いですからね。気をつけたほうがいいですよ」

 シモナが提案した。


 少々迷った末に、ニスベットはその申し出を受け入れた。一人でいるところを悪い人間に狙われるのではないかという不安もあり、人と関わることを望んだオルブレムの遺言や、カルラナエルの気持ちも考えたからだった。


 ヘルファオンへと共に歩きながら、自然と彼らについて、多くのことを知ることとなった。 皆、農家や小さな商家の出身であったり、かろうじて爵位を持つ騎士家の次男や3男であったりと、家業や領地を継ぐ可能性がなく、家からの支援も受けられない状況で、混沌の地で稼ぐ機会を求めているのだという。


「剣を揃えるのも、盾や防具を用意するのも、本当に大変なんですよ。この剣だって、あまりいいものじゃないから、すぐに刃こぼれするし、切っ先も欠けるし、時にはひびが入ることもあるんです」

 シモナが腰の剣を軽く振ってぼやくと、クルスが鼻で笑った。


「戦士は、装備さえそれなりに揃えれば、何とかなるけど、魔法使いは、何倍も大変だぞ。 まともに教えてくれるところは、どこも高すぎて、俺みたいなやつは、近づくことすらできない。基礎を学ぶだけでも、かなりの金がかかるし、魔法書や魔法アイテムなんて、とんでもなく高価だ。本当に、魔法使いなんて、金持ちじゃなきゃやってられないよ」


 ウラが彼らをたしなめた。

「やめなさい。どうして、ロゼット様に身の上話なんかするのよ?」


 シモナは大きくため息をつきながら言った。

「正直に言って、羨ましいんだよ。だって、スタート地点からして違いすぎだろ。

 本音を言えば、ウラ、お前だって、そう思うだろ? お前も回復術と薬の扱いを学ぶために、無給であのくそババアの下で、10年近くこき使われて、さんざんな目に遭ったじゃない? 大した技術を教えてくれるわけでもないくせに、どれだけ偉そうにしてたことか。 あたしだったら、とっくにあのババアのツラをぶん殴って辞めてるよ」


「もういい。過ぎたことだわ。それに、エルフであるロゼット様に、そんなみっともない話をして、何の意味があるの?」

 ウラは顔を赤らめた。


 ニスベットは、彼らの会話を聞きながら、自分が今までまったく違う世界で生きてきたことを実感していた。 外界から隔絶された黄金の檻、混沌の地に遭遇した魔獣の数々、そして魔塔のカルラナエルやエルフたち。


 ニスベットがよく知る人間は、オルブレムだけだった。一般の人々やその生活について、彼女は何も知らないのだ。


(人の中で生きていくなら、こういうことも、学んでいかなければならないだろう。警戒しているばかりでは、何も学べないのかもしれない)


 自分のすべてを明かすことはできなくても、少しぐらいは心の壁を下ろしてもいいのかもしれないと思った。          


         ***         ***


 夜になると、クロスボウ使いのハツとチェクスが捕まえた、2匹のウサギを食べることになった。彼らが適当に焚き火で焼いて食べようとするのを見て、ニスベットは思い切って申し出た。

「ウサギを捌いてくれたら、私が料理を作ってみます」


 チェクスとハツが、ウサギの下処理をしている間に、ニスベットはゴーレム馬を解体し、〈造形の核〉へと戻した。 そして魔力を込め、それを長い石のテーブルとまな板へと変えた。


 その光景を見たクルスは思わず口をつぐみ、やがてウラにそっと囁いた。

「……今の見たか? 普通のゴーレムじゃないとは思ってたけど、あんなの初めて見たぞ。 一般のゴーレムの核とは、次元がまるで違う」


「確かに、すごいな」

「そんなレベルじゃねぇよ。あの魔法アイテムの価値は、城ひとつ分どころの話じゃないぜ」


 ニスベットは、テーブルの上に、器や調味料の入った瓶、包丁などの調理道具を並べた。

 しばらくすると、ハツが皮を剥ぎ内臓を取り除いたウサギを持ってきた。彼女がまな板の上でウサギの肉を切っていると、チェクスがじっと彼女の手元を見つめ、次第に真剣な目になっていった。そして、そっとシモナのもとへ歩み寄り、小声で囁いた。

「なあ、あの包丁見たか? ヴルカス鋼で作られてるぞ」


「なんだと?」

 シモナは驚き、思わず振り返った。白く滑らかな光沢を帯びた包丁の刃を目にした彼女の唇が、ピクリと引きつった。


「まさか、白金よりも高いっていうヴルカス鋼で包丁を作るなんて」

「ほんと、俺たちとはまるで別世界だな」

 チェクスが、呆れたように頭を横に振った。


 ニスベットは、細かく切った肉に数種類の香辛料をふりかけて馴染ませると、鉄製のフライパンにバターを溶かし、火にかけた。さらに、大陸南部の特産である発酵魚醤を少量加え、肉を炒め始めた。

 香ばしい匂いが立ち上ると、人たちは思わず鼻をひくつかせ、フライパンの周りに集まってきた。


 肉を炒め終えた後、ニスベットはフライパンをきれいに拭き、再び油をひいて、薄く溶いた小麦粉の生地を流し込んだ。そうして、薄いパンを何枚か焼き上げた。仕上げに、そのパンに炒めた肉を包み込み、料理は完成した。


「う、うまい! こんなの、今まで食べたことない!」

 チェクスが頬いっぱいに料理を詰め込んで感嘆した。


「高級な香辛料を使うと、こんな風になるのか。肉の臭みがまったくないし、ただ塩だけふったのとは、雲泥の差だな」

 シモナが驚いて、ウラに話しかけた。


「そんなに貧乏くさいこと言わないでよ」

 ウラが苛立たしげに言うと、シモナは妙な顔をした。

「あたしが、何か間違ったこと言ったか? お前だってこんな料理、初めて食っただろ。昨日からお前、ちょっと変だよ。やけに大人ぶっちゃって、そんなことしても金持ちになれるわけじゃねーぞ?」


「私が何をしたって言うの? みっともないことやめて、と言っただけよ」

「だから、あたしの何がみっともないって言うんだよ?」


「うるさい! 黙って食え。飯の前でガタガタ騒ぐな」

 ハツが呆れたように言い放つと、2人は渋々口を閉じた。


 食事が終わると、後片付けはシモナたちがやると言い出した。

「こんなうまい飯をご馳走になったし、片付けるのは当然っすよ」


 ハツが笑いながら言った。シモナたちは、食器や調理道具を持って、近くの小川へと向かった。男たちは薪を集めるため、散っていった。


          ***      ***


「へぇ、これがヴルカス鋼か。白みがかった色をしているって聞いたけど、本当だな」

 シモナは包丁の刃をじっと見つめながら呟いた。


「私はこっちの食器の方が気になる。どうやって作ったら、こんなに薄くて綺麗なんだろう? 羊皮紙くらいの薄さじゃない?」

 ハツが興味深げに食器を撫でていると、ウラが注意を促した。

「割ったりしちゃ、大変だよ。 そういう食器は、銀製の器より高いこともある」


「……聞いただけで、怖くなってきた」

 ハツは顔をしかめ、肩をすくめた。


 シモナが、深くため息をついた。

「包丁はヴルカス鋼、王族が使うような高級食器、そして調味料を入れた瓶、あれも全部、銀製だったぞ。俺たちみたいな人間には、一生手の届かない代物ばかりじゃねぇか」


「そんなエルフが〈お使い〉に行くほどの品って、相当なものなんだろうな。一体、どんな物だろう?」

 ハツが首を傾げた。


「武器とかじゃないだろうし……やっぱり、高級な宝石とか装飾品じゃねぇの?」

 そう言ったシモナは、ぼそりと愚痴をこぼした。

「こっちは毎日、命懸けで土埃にまみれながら、石ころみてぇに硬いパンとカビ臭い肉をありがたがって食ってるってのに……。

 一方で、あっちは、俺たちみたいな人間が一生触ることもできねぇような宝物に囲まれて、優雅に旅をする。ほんと、世の中ってクソだな」


 ハツはシモナを叱りつけた。

「そもそも、お前が話しかけたのが、間違いだったんだよ。余計なことして、一緒に行こうなんて言い出すから、ますます俺たちが惨めになるじゃない? だから、身分が違う奴らとは、関わっちゃいけないんだよ」


 そう言うと、ハツは暗い表情を浮かべ、洗った食器を手に取り、立ち上がろうとした。その時、不意にシモナがぽつりと呟いた。

「なあ…… いっそ、でかい一発かまして、この土地から消えちまうってのは、どうだ?」

 ハツとウラは、どういう意味だ?とでも言いたげにシモナを見た。


「森のエルフの持ち物って、人間の国に持って行けば、値段が跳ね上がるんだぜ? 今俺たちが洗ってるこの食器や調理道具だけでも、一財産にはなるだろうよ。それに、クルスが言ってたろ? あのゴーレムの核だけで、城一つ分の価値はあるってさ。それに、例の〈贈り物〉ってのも、どうせとんでもなく高価な……」


「やめて」

 ウラが震える声で、シモナの言葉を遮った。


 シモナは、何でもないようにニヤリと笑った。

「冗談だよ」

 そう言って、彼女は手にしているヴルカス鋼の包丁を名残惜しそうに眺めた。


「はぁ、白金より高い包丁なんて、笑っちまうな」

 シモナは包丁を軽く振り、水滴を飛ばすと、そのままニスベットのいる方へ歩き出した。

 ハツとウラは、複雑な表情を浮かべ、その後ろを静かに追った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。