婚礼の誓い
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ―――っ」
「大丈夫か、イェディカ」
「あ、は、はい、その、シュラさま」
息継ぎが、息継ぎがあぁっ!きっとこれは、馬に乗って全力疾走させられたからじゃない。旦那さまの腕の中から、ぶっ飛びまくる魔獣の群れを大量に見させられたからだろう。
「あ、あれ。ここは?」
顔を上げれば、そこが小高い丘の上であることがわかった。その眼下に広がるのは、―――街だ。普通の街ではない。巨大な城塞都市だ。
さすがは西方の国境を守る都市と言えよう。きっとその国境の先には雄大な大草原が広がっているのだろう。ここからは城塞が大きすぎて見えないけれど。
「他の者たちは狩った魔獣を回収して帰ってくる。荷物も後で運び入れよう」
「は、はい」
頷けば、馬に跨ったユラともうひとりの銀色の瞳の青年が私たちの馬に並んでいた。
「まずは婚礼の誓いですね?」
そう、ユラがシュラさまに問えば、シュラさまも頷くのがわかった。
「先に済ませてしまおう」
「え、はい」
そんな簡単に済むのだろうか。いや、それならそれでいいのだけど。郷に入っては郷に従えよね。
「ここでの婚礼の誓いは、王都の方とはかなり違うと思うが」
「覚悟はできております」
政略結婚なのだし。―――それに、旦那さまも優しそうでお強くて、結構いい感じね。
政略結婚でここまでお相手に恵まれるのも、とても幸せよね。うん。私は割と思い切りがいいのだ。
シュラさまの馬に乗せられて、パカラッパカラッと進んでいけば、行き交う人々がシュラさまと婚礼衣装の私に気が付き、手を振ったり声を掛けたりしてくる。シュラさまは本当に慕われているのだ。―――しかし、私も挨拶くらいは返した方がいいのかな?そう、思っていれば耳元で声が聴こえた。
「大丈夫。花嫁はベールを脱ぐまではそのままでいい」
「あ、はい」
慣れない土地だから気を、遣ってくださっているのだろうか。やはり、お優しいお方みたいだ。
城塞都市の要である城に辿り着くと、馬に乗る時と同じくシュラさまが手を貸してくれた。身体に触れる腕や手は力強いけれど、優しさが伝わってくるようで。
「ありがとうございます」
「―――これくらいは当然だ」
なっ、す、すごい。紳士だわ。高飛車なあのやさ王子とは全く違う!いや、てか妹はよく我慢できるわね、アレに。いや、むしろ私にだけ尊大な態度だったのだろうか。本命には違ったのだろうか。まぁ、いずれにしてもあのやさ王子のおかげで、旦那さまのすてきなところが際立っているわね。
婚礼の誓いと言うのは、そこまで格式張ったものではなかった。シュラさまにエスコートしていただき、仄暗い暖色照明に照らされた部屋の中には祭祀を司る専門の祭司がおり、私たちはその正面に腰を下ろす。
イールーの文化では、屋敷の中では基本的に靴を脱ぎ、床に腰を下ろす。おばあさまから聞いてはいたものの、いざ床に座るとなれば不思議な感覚を覚える。無論、床にはカーペットが敷いてあり、円形の茣蓙が用意されていた。
シュラさまと一緒に並んで茣蓙に座れば、祭司がイールーに伝わる古い言葉で祝詞を述べてくれる。詳しい意味はわからなかったけれど、とても温かい音だった。
ふるまわれた盃をシュラさまが一口飲めば、その盃をそのまま私に手渡し、「一口でいい」と教えてくれた。
シュラさまの言う通り一口飲めば。
「―――っ!?」
まるで喉を焼くような刺激が走る。お酒だと言うことはわかっていたけれど、かなり強い酒だ。一応嫁げる年齢である以上、果実酒くらいは飲んだことがあるが。当然ながら、―――全く違う。こちらの酒は、婚礼の誓いで飲むものでさえ、こんなに強いの!?
思えば、おばあさまがご存命だったころは私はまだ小さな子どもだった。小さな子ども相手に酒の話題を出すはずもなく、私はこちらの酒の規格外さを1日目で味わうことになってしまった。
シュラさまが盃に手を差し出せば、普通にそれをシュラさまにお渡ししたが、その盃の残りをシュラさまは一気に飲み干してしまった。え、平気なの!?さすがは現地人。―――規格外。
やはり遺伝子なのだろうか。私も一応クォーターなのだが、エンチャント:お酒に強い!は受け継げなかったらしい。うぅっ。いや、そもそもおばあさまはお酒はどうだったのだろう。いや、だけどおばあさまはシュラさまの大叔母なのだから、シュラさまと同じ血が流れていたはずだけども。
「さて、誓いの儀式はこれで終わりだ。行こうか」
シュラさまがすっくと立ちあがり、私に手を差し伸べてくれる。すっかり慣れてしまったその動作に自然と私の手が重なる。そう言えば、こんな風に丁寧にエスコートされたことなんて。
やさ王子と参加した初めての茶会の時以来である。あぁ、虚しい。でも今は、この方が私の旦那さまなのだから、ふふ、ざまーみろ。
その手を取って立ち上がろうとすれば。いきなりくらっと来て前方に倒れてしまう。あれ、私、―――酔っ、た?
ぽふんっ
誰かの腕が、私を抱きしめている。
「大丈夫か、―――カ」
私の名を呼ぶ声が、遠くから聴こえた。
「―――ディカ」
あぁ、そうだ。―――私のすてきな旦那さまの声だ。