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刺繍


私を迎えに来てくださった使いの方々は、さすがに絶句していた。


なんせ、花嫁の妹がよりにもよって家紋が施された耳飾りを盗んだのである。そして呪いが発動した。完っ全に自業自得のため、許すかどうかはおさの判断に任せると伝え、そして弁償については、全て公爵家が受け持つことをお父さまが告げた。


「承知しました。詳細は長に確認いたします。花嫁さまは予定通り長の元へお連れ致します」

使いの代表と見られる女性が答える。赤茶色の髪に、ダークゴールドの瞳を持つ優しそうな女性だ。彼女が身に着ける黒い民族衣装にもまた、花嫁よりは控えめながら鮮やかな刺繍が施されている。


婚礼のための宝飾品は、花嫁が替え玉でないことも証明するためにも贈られる。そのため、使いの筆頭の女性が私の首飾りの装着部分を確認し、首に呪いが発動していないことを確かめてくれた。無事に私は彼女たちが用意してくれた馬車に乗り込み、西方へと旅つことになった。


お父さまや使用人たちが私を見送ってくれた。もちろんその場にルチルの姿はないが。


そして私は筆頭の女性と共に馬車に乗り込み、荷物を積み込んでもらい、馬車が出発した。その女性は、“ユラ”と名乗った。私の専属の側仕えをしてくれるそうだ。側仕えとはイールーにとってはこちらの“侍女”とほぼ同義となる。


「―――今回は重ね重ねすみません」

「謝罪はなさらないでくださいませ。あなたは長の花嫁となるのですから」

そう、ユラが柔和に告げてくれた。


「あと、敬語も不要ですよ」

「わ、わかったわ」

そこら辺はこちらと同じでいいらしい。おばあさまにイールーのことについては習ったものの、まだまだ知らないことも多そう。


「今回は、おばあさまの婚礼衣装も共にお持ちになられるのですね」

「えぇ、大切なものだけど、こちらにはそれを仕立て直す技術や保存魔法の継続に関わる技術がないので。お父さまが私の婚礼なら、おばあさまも喜んでくださると持たせてくださったの」

まぁ、おばあさまのものにまでルチルに手を出されては大変だと、お父さまが急遽用意してくれたのだが。


「長にとっては大叔母に当たるお方の婚礼衣装ですから、きっと喜ばれるでしょう。こちらでしっかりと保存魔法を施しましょう」


「ありがとう」

私が彼女に笑みを返せば、ユラも柔和な微笑みを返してくれる。ステキな女性である。ちょっと憧れるなぁ。


「ユラの服の刺繍は、どんな意味があるの?」

馬車にガタゴトと揺らされながら、不意に私はユラの民族衣装の鮮やかな刺繍に目を向けた。


「まぁ、花嫁さまはイールーの刺繍に興味が?」

「えぇ。おばあさまがのこしてくださった図案なんかも練習しているの」

「そうでしたの。そちらも是非拝見したいですわ。私が着ている服の刺繍は、イールーの五花ごかをあしらったものですわ」

イールーの五花。五属性を象徴する花のことね。


「赤が夕薔薇、青が群青菫、黄が油菜花、緑が碧桔梗、白が雪牡丹?」


「正解です。お詳しいですね」


「え、えぇ、まぁ。私は夕薔薇くらいしか刺繍できないけど。今は碧桔梗を練習中で」

夕薔薇は、火属性のような情熱的な赤い薔薇のことだ。その名の通り、夕方にかけて咲く。


「それでもすごいですわ」


「あの、もしよかったら、習えないかしら」


「えぇ、もちろん。長の花嫁さまの到着をみな待っておりますから。夫人たちで一緒に集まって刺繍教室などもしておりますので。花嫁さまがお越しになればみな喜びますよ」


「それはありがたいわ」

出来れば他の刺繍もマスターしたいと思っていたところだ。


「あ、でも。できれば花嫁さまはやめて、“イェディカ”と、名前で呼んでもらえると嬉しいのだけど」


「承知いたしました。イェディカさま」


「ありがとう、ユラ」


馬車の中では時折ユラが持ってきてくれたシーイーの保存の効く菓子などをもらって食べることができた。月をモチーフにした丸い焼き菓子は、中にいろいろな餡が入っている。他にも表面に花の模様があしらわれた白あんお菓子、ドライフルーツなんかもとてもおいしかった。


「そうだ、その。聞いてみたいことがあったの」

ユラと刺繍談議で打ちけたところで。ここはズバッと聞いてみよう。


「はい」


「私の旦那さまは、どんな方なのかなって」

一番重要なところである。しかしながら、初対面で不躾に聞くのも少々気が引けたのだ。


「長の姓は“イル”、名は“シュラ”。歳は26歳。先代から長の位を引き継ぎ、まだお若いですが」

まぁ、いい歳行っているひとだときついかもだが、政略結婚ならば仕方がない。せめて渋くて勇敢なイケオジ系がいいなぁ、それならまぁ受け入れられないこともないと覚悟もしていたが。お若いんだ。国の西方を守る民族のこととはいえ、王都にいるとそこまで長のことを聞くことは少ない。お父さまなら仕事柄、いくつか情報はご存じかもしれないが、一介の令嬢に届く噂や話など一握りだ。


文字の練習も、おばあさまから少し習っていたものの、王都で勉強のための本を仕入れるのも苦労した。お父さまが出張がてら、西方の国境地帯に近い場所に出向いた時にたまたま土産物市で見つけてプレゼントしてくれたものだから。


「とても勇猛果敢でみなに慕われる長です。とてもお優しい方ですよ」


「それなら安心かも」


「長もイェディカさまが到着するのを楽しみにお待ちです」

「えぇ、私も楽しみだわ」

取り敢えず、優しそうな方で良かったと一安心した。


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