断罪
「イェディカ・ローゼライト!」
その声が響き、その声の主に周囲の目が釘付けになる。
金色の髪に青い瞳。いいのは見た目だけ。残念王子・ベリル殿下のお出ましであった。しかもその隣にはピンクゴールドの髪にライトグリーンの瞳の我が妹・ルチルが寄り添っている。
「いや、人違いです」
すぱっと一発。
「私はイェディカ・イルです」
結婚したので。イールー風に言えば、イル・イェディカである。
「御託は結構だ!貴様はここで、一体何をしているのだ!」
いや、何で私が怒られなきゃいけないの?以前の私なら、ここで恐がって震えていたけれど、今は隣にシュラさまがいるし、辺境伯さまとミラさまもいる。それに何より女傑・ユラの加護が付いている(※あくまでも個人の見解です)。
「いや、私はあなたが謝罪をすると言うので、わざわざ西方から遠路はるばる参ったまでですが」
「き、貴様!この私の晴れ舞台を邪魔しておいて!」
「いえ、そんなの知りませんし」
「酷いわお姉さま!」
ここで、妹のルチルが会話に参戦する。面倒くさいなぁ。
「せっかく謹慎が明けて、ベリルさまと踊れる日だったのに!お姉さまがそのはしたない踊りでみんなの目を引いたせいで、全く注目されなかったんだから!」
いや、今注目されてるじゃない。いいじゃない。それと、はしたなくなんてないし。はしたないのはあんたの胸元が必要以上にがばりと開いた下品なドレスでしょうが。夜這いでもする気かあんた。
「あの、王太子殿下。この方々は謝罪に来られたのではないのですか?」
「その予定で聞いていたんだけど。少なくともダンスを踊れる日として父上が参加を認めたわけじゃないよ」
そうだよね、普通はそうだよね。
「ほら、お前ちゃんと謝んなさい」
「うぐっ、兄上まで懐柔したのかこの売女!」
それはウチの妹に言ってやれ。あと懐柔してない、してない。
「その、貴様には謝罪する!」
するきあるぅっ!?
「そして今回はわたしが悪かった。―――から、もう一度お前と婚約してやる!」
はぁ?何言ってんのこのひと?
「いや、私結婚してますけど」
夫が隣にいますけど。
「離婚すればいい!」
何言ってんの本当に。
「こちらの方が好条件だろう!」
どこが!?
「そうよ、感謝してよね。お姉さま」
何であなたまで同調してんの?ルチル。
「もちろん正妻である公爵夫人はルチルで、側室がお前だ!」
「ベリルさまが温情をかけてくださったの。お仕事はお姉さまがちゃんとしてよね」
え、何で?何でそうなるの?
「(王子じゃなかったら今すぐひねりつぶす案件だな)」
ぼそっとシュラさまが耳元で囁いた。本当に、今すぐ“駆除”できたらどんなにいいか。
「どう考えたらそう言う考えになるんですか」
「あぁ、多分あれじゃないかな?そこのご令嬢が、王子妃教育脱落したからね。君に仕事を押し付ければ愚弟と結婚できると思っているんじゃないかな」
「何て浅はかなの」
「あぁ。本当に失望したよ。ベリル」
王太子殿下がそう呟き、私の前に出てくれた。そして辺境伯さまとミラさまも続く。
「なっ、兄上!?」
「お前が謝罪する気になったから、父上も謹慎を解いたが。まさかそんな狂言を吐いてまで、最低なことを宣言するとはね」
「な、私は最善の策を述べただけでっ!」
苦し気にベリル殿下の顔が歪む。
「―――だ、そうですが」
そう、王太子殿下が問いかけた先には。
「ベリル。お前は何と言うことを」
頭を抱える陛下と王妃さま、そしてお父さまがいらした。
「父上!もう一度イェディカと婚約しますから、ルチルとの婚姻を認めてください!」
どの口開いてそんなことを言えるんだろう。このバカ王子は。
「そんなこと、認められるわけがないだろう!」
陛下の怒号が飛んだ。
「ひっ」
思わずベリル王子が怯む。
「ただし、そこのルチル嬢との婚姻は認めてやる」
「では、私は予定通り公爵になるのですね!」
「そんなわけがあるか!お前は今日このときを以って、王族の籍から抜く!今この瞬間から平民だ!無論、そこのルチル嬢もな!」
『そんなぁっ!?』
2人は仰天して陛下を見やる。そこまで意外だったかな?そうかな?当然じゃない?
「お父さまぁっ!私は違いますよね!公爵令嬢ですよね!だって、お父さまの娘ですもの!」
―――と、ルチルはこの期に及んでまだ貴族と言う立場に縋りつきたいらしい。
「いや、お前はそもそも、公爵家の血を引いていない」
と、お父さまが淡々と告げた。
え、そうなの!?
その言葉にルチルは呆然としていた。
「お前は、亡き妻の没落した実家の子爵家の、跡取り娘だな。その家は借金で潰れて国に爵位を返還したんだ。君の母親は蒸発し、父親は病で他界した。だから君の叔母であった妻が引き取ったんだ。亡き妻の願いがあったから成人まで面倒を見て、その先は自分の足で歩いて行ってもらおうと教育も施したが、無駄だったようだな」
「え?私、本当の子どもじゃ、ない?」
「ご両親が亡くなった時はまだ君もイェディカも小さかったから、覚えていないだろうが」
ま、マジか。血が、繋がっていなかったと言うか。私とルチルは従姉妹だったのか。
「だから、ルチルと結婚したとしても公爵にはなれないし、ルチルが公爵夫人になることはない。もう、お前も成人だろう?だから公爵家から籍を抜く。嫁ぎ先も陛下から認めてもらったし、これからはベリル“殿”と共に平民として暮らすといい」
「そんな、お父さま!」
「では、公爵家を継ぐものがいなくなります!」
と、ルチルとベリル殿下、いやベリルが焦ったようにお父さまに詰め寄ろうとするが、陛下がサインを送りすかさず騎士に取り囲まれた。
「弟が、いるからな」
そう。お父さまには弟さんがいるのだ。私にとっては叔父さまだ。
「分家に婿入りしているが、そこの次男がたいそう優秀らしい。その子を養子にとることで弟夫婦とも話が付いている。心配ない」
「―――だ、そうだ。お前たちはもう平民だ。すぐに出て行きなさい」
「か、考え直してください父上!」
「お父さまぁっ!」
「やれやれ。後悔することになるぞ」
と、陛下。どう言う意味だろう?
「―――“彼ら”の処理は、君に任せるよ。君の大切な伴侶を辱めた2人だ。好きにしていい」
と、王太子殿下がシュラさまにさらりと告げる。
え、好きにしていいって、なぁに?
「イールーの掟に抵触するのは男の方だけだ。女の方はいらない」
「それじゃ、彼女は即刻平民街へ送ってあげてね」
そう、王太子殿下が告げれば、ルチルが騎士によってパーティー会場から連れ出された。
―――そして。
がしっ。
おどおどしているベリルの頭を、上からがしっとつかんだのは、いつの間にか移動していたシュラさまの手だった。
私の隣には、ミラさまが付き添ってくれて、お父さまも来てくれた。
「それじゃぁ、ちょっと出てくるよ。イェディカ。ミラ姉、妻を宜しく」
「はいは~い」
シュラさまの言葉にミラさまが答えると、シュラさまが私ににっこりと微笑み手を振れば。ベリルの頭をそのまま鷲掴みにして引きずって行った。