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仮面

 気が付くと、そこは真っ白な空間だった。何処かで見たことがある気がして、辺りを見回してみると、40の光が浮かんでいた。


 気になって近づこうとしても、足が動かない。視線を下に向けると、そこにあるはずの胴や足がなかった。


『……お前が最後の俺か』


 光のうちの一つが女の子の形になって、そう言った。


『聞け。……お前はまだ存在が定まっていない』


 その言葉は不思議と、スっと頭に入ってきた。


『……これからの行動でお前の運命が決まるだろう』


 いつの間にか40あった光は減って、残っているものも輝きが弱くなっている。


『……良いか。生きたかったら、力を望むな』


 光は全て消えて、女の子の姿も薄れ始めていた。


『時間か。……そろそろお別れだ』


 ――貴方の名前は?


 お別れの前に名前だけ聞こうと思うと、意図せずして女の子に伝わっていた。


『俺か?俺の名は――』


 そこで、()の意識は遠のいた。


 ―――――

 ―――

 ―


 先程の真っ白な空間とは打って変わって、今度は一面真っ黒になっていた。


 それが自分の瞼によって見せられている景色だと気づいて、私は瞼を上げた。


「主殿!……無事か」


 目の前には銀髪の上に同じ色の耳が生えた人が私の顔を覗き込んでいた。


「主殿……?大丈夫か?」

「待て、様子がおかしくないか?」

「確かにらしくねぇな」


 この人達、誰……?ひうっ。何あの黒い物体。ニュルニュル動いてて怖いよ。あ、あの黒髪の人はなんで私を睨んでるの?


「貴方達、だれ?」

「「「は?」」」


 謎の3人?組にそう尋ねると、3人とも固まってしまった。私、何か酷いこと言ったかな……?


「え、いや、ははは。ななな何かの冗談だよな」

「う、うむ。◼◼◼◼殿を失ったショックで混乱しているだけだろう」

「……おめェら、現実見ろよ」


 ◼◼◼◼って誰だろう?それに、どうしてそんな怖い目で私を見つめるの?あ、謝った方がいいかな……。


「ご、ごめんなさい」

「あ?」

「ひっ」


 訳も分からず謝ると、黒髪の人に睨まれてしまった。私は頭を抱えて縮こまり、自己防衛する。


「クソが」

「……なぁ、これマジなのかよ」


 ヌチョォ、という音とともに黒い流動体の声が近づいてきていた。私が更に体を小さくさせると、離れていく気配がする。


「仕方ない、か。主殿は最早以前の主殿ではなくなってしまった。現在、我らと記憶喪失した主殿との間に繋がりは全くない」


 記憶喪失?……そっか、私がこの人達を知らないのに、この人達が私を知ってるのは、私が記憶を失ったせいなんだね。


「我は主殿の傍にいるつもりだが、貴様らはどうするつもりだ?」

「俺はおめェらと群れるつもりはねぇ。コイツがいたから大人しくしてたが、戦えねぇぐれぇ弱くなったなら興味はもうねぇしな」


 銀髪の人の質問に黒髪の人が乱暴に答える。顔を抱えていて見えないけれど、なんとなくこちらを見ている気がする。


「……俺も一緒にはいれない。龍神に会ってから悪魔に弟子入りして、かなり強くなったのに、今回も何も出来なかった。それに俺がいない方が守りやすいだろ?」

「む、それは――」

「大丈夫だ。それは俺が一番分かってる。だから……なんだ。その、修行して強くなったらまた一緒にいてもいいか?」


 黒い流動体の人の声が恥ずかしそうに小さくなっていく。気になって少しだけ顔を上げてみると、黒髪の人と目が合った。


「ひうぅ」

「……クソが」


 私はもっと怖くなってさっきよりも体を小さくする。このまま小さくなりたい。


「ふっ、そう水臭いことを言うな、ヴェノムよ。我がお前を拒絶すると思うのか?」


 銀髪の人が、泣いている子供をあやす母親のような優しい声で言った。


「恐れるな、お前は強い」

「……ありがとう……っ!」


 その後、銀髪の人を残して2人は渓谷を抜けていった。その時に気づいたけど、私はあの霞む程に高い崖から落ちてきたみたい。だって、私の座ってる地面がクレーターになってるし。


「ふむ、では主殿。我らも行くとしよう」


 そう言った銀髪の人は突然、両手を地につけて四つん這いになった。


 不思議に思って首を傾げていたら、銀髪の人の体が脈動のように震えて、みるみる変化していく。


「ぐるるる」


 髪と同じ銀の体毛が生え、筋肉が肥大化し、骨格が変形していく。そうして現れたのは面影のなくなった銀狼だ。


『む、乗らぬのか、主殿?』

「あ、え?な、何で声が……」


 ほけ〜、と口を開けていると、銀髪の人の声が頭に響いた。さっきの2人が戻ってきたのかと思って、周りを見回してみても誰もいない。


『幻聴ではないぞ、主殿。これは『念話』というスキルだ。……と言っても分からぬか』


 念話?スキル?何処かで聞いたことがある気が……。


 ズキッ


「あうっ」

『どうした主殿!』


 うっ、なに、これ。頭が破裂しそう……。な、に……この景色。


 頭痛と共にぼんやりと景色が頭の奥に現れた。

 底の見えない谷、火の消えない森、肌が緑の人達が沢山いる街。それらはどれも知らない光景だ。


『【治療(ヒール)】!』

「うぅ……っ」

『魔法が効かぬ類のものか。……仕方ない。少々危険を伴うが人里に連れていく』


 頭を抑えて蹲っている私に、銀狼の人が何かを唱え、私の体が光る。それで痛みが和らぐ訳でもなく、寧ろ景色は鮮明になって頭痛は激しさを増した。


『主殿、少し我慢してくれ』


 銀狼の人は私を口の中に入れた。獣特有の臭いがしたが、今の私にはそれを感じる余裕がない。


 しばらく口の中で揺さぶられながら頭痛と戦っていると、口が開いて光が差し込んでくる。


『そこの魔族!主殿……この娘を診てくれる者の元への案内を頼みたい』


 移動中に痛みが和らいだ事によって出来た余裕を駆使して、私は必死に周囲の状況を把握する。


 誰、あの人……。狐の面を被ってて変な雰囲気。こう言ったら失礼だけど、マトモな人には見えないよ。


「ほう、魔狼が人か魔物かも分からぬ娘を連れくるとは、今日は幸運じゃな。どれ、そこの魔狼。主の魔力を分けるのならば、その娘を診てやろう」

『む、貴様、本当に出来るのだな?』

「儂を疑うか?」

『ふむ、では礼は後だ。主殿が良くなったら渡そう』

「態度のデカい魔狼じゃな」


 その会話の後、私は狐の仮面の人に身体中触られた。特定の部分を触られた時だけ、仮面の人の手が温かく感じ、頭痛が治まっていく。


「ふむ、こんなもんじゃな。簡単に言えば魔力の混乱による記憶喪失じゃ。今の頭痛はその影響じゃよ。これからも度々あるじゃろうからな、これを持っておれ」


 仮面の人が服から錠剤の入った瓶を取り出して、私の頭に置いた。落ちる前に手で支えた。


「それとこれも飲んでおけ」


 仮面の人は更に液体の入った試験管を取り出して、私に渡した。紫色で毒々しいけど大丈夫かな。


「む、それは……」

「どうしたんですか?」

「……いや、気のせいだ、主殿」


 若干疑問に思いつつも渡された薬を飲む。意外にも、味はジュースのように甘かった。


「あえ?」


 視界がぼやける。瞼が重い。呂律が回らないし、頭もぼーっとしてきた。重心も安定せずグラグラして今にも倒れそう。


「今は眠れ、主殿」


 ―――――

 ―――

 ―


 目が覚めると私はベッドに寝かされていた。真っ白な天井に真っ白な壁、白で埋め尽くされた不気味な部屋だった。


「……知らない天井」


 私は記憶がないから知ってる天井はないんだけど、なんか言わないといけない気がした。……どうしてだろう?


「目覚めたか、主殿」

「あ、えっと、あの……おはようございます?」


 呼び方に困って変なことを言ってしまった。あの真っ暗な窓が見間違えじゃなければ、今は夜なのに。


「ふむ、今は夜だ。それと我の名はフェンリルという。改めてよろしくだ、主殿」

「はい、よろしくお願いします。……フェンリルさん」

「む……今は耐えるしかないか」


 フェンリルさんが頭を振ってため息を吐いた。何か気に触ることでもしちゃったかな?


 そう思って、忙しなく視線を動かしてどうしようか迷っていると、ガチャ、と音を立てて扉が開いた。


「目覚めたようじゃな。この前は騙して眠り薬を飲ませて悪かったの」

「あの、それは必要だったからやったんですよね?それなら、私がお礼を言うべきです。助けていただき、ありがとうございました」


 仮面の人に頭を下げる。フェンリルさんから戸惑うような気配がした。


「礼は既に貰っておる。そこの魔狼の魔力で研究が捗ったわ。それでもしたいのなら、勝手にするがいいさ」


 仮面の人はそう言って顔をそっぽに向けてしまった。お礼を言ったのが気に入らないらしい。


「いつまでも仮面の人と呼ぶでない。儂の名はヴィクターじゃ。博士と呼んでも構わんぞ?」


 名前も分からず、心の中で仮面の人と呼んでるのがどうしてかバレた。間違えて口に出しちゃったかなぁ……。


「わ、分かりました。……ヴィクターさん」

「ふむ、お互いの紹介の終わったのだ。主殿、この村を見て回ろう。主殿が気に入れば定住することも考えるぞ」

「あ、はい」


 フェンリルさんが差し出した手を取って立ち上がる。


 半日も寝ていたせいかな、体が重く感じる。まだ力が入らないところもあるし気をつけないと。


「無理をするでない。お主は一週間も気を失っておったのじゃ。記憶がない今は安静にするべきじゃ」

「……へ?今、なんて言いました?」

「安静にするべきじゃ、と言ったな」

「いえ、その前です」

「む、一週間も気を失っておった、か?なんじゃ。半日だとでも思っておったのかの?」


 一週間……。私って体が弱いんだ。一日に2回も気を失うなんて。それに片方は記憶喪失で、片方は一週間の昏睡。もっと気を付けて行動しないとな。


「安心しろ、主殿。主殿の体が弱いのではなく、薬の副作用だ。あれは活動最低限にし、回復を促すもので、魔力を多く消費している者程長く眠る」


 一週間という期間に驚愕していると、フェンリルさんが優しく教えてくれた。曰く、私の魔力は全回復し、世界最高レベルになったが、その多くが無意識に封印されているらしい。


「えっと、つまり私は記憶を失う前は強かったって事ですか?」

「うむ」

「それで沢山の命を奪ったんですか」

「……うむ」

「そうですか」


 ちょっと、ううん、かなりショックだ。魔物がどういうのかは分からないけど、沢山殺したっていうのは気持ち悪い。それに、フェンリルさんは濁すけど、人も殺してるみたいだし。


「さて、そろそろ村を案内しようかの!辛気臭くなってきて嫌じゃからな。それとお主、儂に魔力を提供する気はないか?」

「えっと……」

「主殿は記憶と一緒に技術も忘れている。主殿が自分から望むまでは要求するな。……あまりしつこいようなら」

「分かっておる。強要はせんから安心せい」


 突然の質問に戸惑っているうちに、なにやら二人の間で決められてしまった。聞いた限りでは私の魔力もフェンリルさんみたいに貴重みたい。


「では、案内をしよう。と、その前に主の名を聞こう。忘れているようならばその魔狼にでも付けてもらえ」


 フェンリルさんを見る。記憶を失う前の名前を教えてもらいたかったけど、首を振って断られてしまった。


 無理、だよね。それなら、ここにいない人で私の知っている唯一の名前を名乗ろうかな。


「えっと、私の名前は――」

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