勇6「邂逅①」
前話を再投稿しました
「終わったって……本当ですか?」
「そう言ってるだろ。あたしの言う事が信じられないってか?」
「いえ、そんな事ではないのですが……」
「なら言いだろ。委員長は一体何が不満なんだ。めんどくさい選挙が終わった、それでいいじゃねぇか」
委員長の質問に丸太さんは乱暴に返す。輝くほど綺麗な服を着た美少女が、男のような口調で話すのは傍から見ると違和感しかない。
「それじゃあ良くないんですよ。私独自で調べた限り、教皇選挙では死人が出るほど過酷で時間のかかるものだったはずですが……」
委員長は凄いな。俺や早紀と違って特別な地位じゃないのに、もうそこまで知ってるのか。小さい頃から教育を受けてる俺と同じくらいかそれ以上の知識はあるんじゃないかな。
「あの、じゅぎょ――」
「それはさっきも言っただろ?候補者共の悪事が騎士宛に送られてきたり、辞退するやつが出たりしたんだよ。ま、十中八九教皇の仕業だな」
「後者は初耳ですね……」
「そうだったか?別に聞いたところで大して違いはねぇだろ」
丸太さんは暇そうに毛先を弄りながら律儀に答えていく。
「さっきから委員長達は何の話をしてるの?」
早紀の言葉に俺と委員長の体が硬直する。教卓の方からも驚愕している気配がした。
「あら、今の何かダメだったかしら……?」
「さ、早紀。俺と一緒に家庭教師に教えてもらったのは覚えてるか?」
「もちろんよ。ずっと英樹の横顔を眺めていて話は聞いていなかったけれど、あの光景はついさっきの事のように思い出せるわ」
小馬鹿にした言葉で質問したが、早紀は恍惚とした表情で頬を上気させて答える。想像の斜め上の解答が返ってきて更に動揺させられてしまった。
「す、凄い直球なのです!」
「おう、姉御程じゃねぇが度胸あるな」
「良い切りこみ」
「僕もあんな風に言えるようになりたいなぁ、ははは」
「無川……。もう十分なってると思うぜ」
「ある意味告白だもんな、それ。……あれ、誰も反応してくれないの?」
「もっと支援してあげるよ、臼井君!」
後ろで座ってる人達が騒がしい。情報の整理と思索に集中していて頭に入ってこないけど、凄いどうでもいい気がする。
「丸太さん、悪行を密告した人は分からないんですか?」
「今のをスルーかよ。……いや、ちょっと待て。確か二つ名みてぇな偽名があったな。……お、これだ。『大罪〜ズ』らしいな」
え、何そのふざけた名前。大罪というのは、あの七つの大罪でいいのだろうか?本物……がいる訳ないし、それを名乗ってるどこかの組織か。だとしてもおかしな名前だよな。
「あの、ひとついいですか?」
「なんだ委員長」
「先程送ってきた、と言ってましたがその時に誰かを見なかったのですか?人を経由していても分かると思いますが」
「やっぱそこ聞くか。あれだ、送ってきたっつうのはそのまんまだ。突然、騎士団長の部屋に入ってきたんだよ。まるで転送したみてぇにな」
「なっ……!」
転送?今転送と言ったのか!?それは有り得ないだろ。今、この時代で転送出来るのは魔道具だけだ。それも座標は一つしか登録出来ないし、一度登録したら変更出来ないようなやつだ。持っているのだって王族と極一部の者だけだぞ?
「ちょっと待ってください、丸太さん。転送と言ったら失われた神代の魔法ですよ!?それがそんなふざけた名前の人達に扱えるはずがありません!仮に、仮に本人だったとしても私達人間にあの悪魔達が干渉する可能性は皆無です!」
今まで静かだった先生が、突然声を荒らげて丸太さんの言葉を否定した。親の仇を目の前にしたかのような気迫で、いつもの先生だったら信じられない光景だ。
「んなこと言われても事実なんだから仕方ねぇだろ。マユちゃんは俺が間違ってましたとでも言えば納得すんのかよ」
「それは……」
「じゃあ反論すんのはもうやめろ。言いてぇ事言うのは構わねえが先生が無様晒してんのは気に食わねぇ」
「丸太さん……っ!」
先生が涙ぐんで感動したように体を震わせた。こころなしか二人の間が桃色になっている気がしなくもない。
「見たかよ今の」
「見た」
「いくらなんでもあれは鈍すぎるよな」
「鈍いとかの次元じゃないのです」
「あははははぁ」
「無川君、目が死んでるよ?」
「分かるぜ無川。あれは気づいてないんじゃなくて“慣れ”なんだよな」
先生の言う通りだ。大罪と名乗る者たちが本人だとして違いは何もないな。今知りたいのは動機と手段だ。
「手段は分かった。けど動機が分からないな……」
「そんなの簡単だろ。ガキでも分かるぜ」
「……何ですか?」
俺に代わって委員長が聞き返す。棘の含んだ言い方で常に冷静な委員長にしては珍しかった。
「まず前提が違ぇんだよ。“誰が”やら“どうやって”なんて関係ねぇ。それが起きて今があんだろ。そんで起きたのは選挙中だ。それを忘れてんじゃねぇよ」
「「「あ」」」
俺と委員長と先生の声が重なった。二人共恥ずかしそうに顔を下に向ける。俺もそうしたい衝動に駆られるが、なんとか押さえ込んで丸太さんをまっすぐ見る。
「分かったみてぇだな」
「丸太さんのおかげでね。つまり、きょ――」
「現教皇の勝利が目的だったのね。……あら、今何か言おうとしてたかしら、英樹?」
「いや、何でもないよ早紀」
早紀の質問に対して投げやりに答える。悪意のないのが分かるせいで一言言いたくても言えず、こんな簡単なことにも気づけなかったことと相まって自暴自棄になっていた。
「それでは皆さん座ってください」
「もう座ってるよ〜、マユちゃん」
「それもそうでしたね。佐藤君、上村さん、着席してください」
先生に促されて指定された席に座る。まだ切り替えきれてなくて、授業に集中出来そうにない。
「終わったみてぇだな。んじゃ、俺は帰るぞ」
「待ってください丸太さん!」
「まだ何かあんのかよ」
「いや、そんな嫌そうな顔をしないでください。これから授業をするので残ってもらうだけです」
「なんで俺が受けなきゃなんねぇんだよ」
「受けるために来たんじゃないのですか?最初に言っていた気がしますが」
丸太さんの顔から感情が消え去った。真顔のまま微動だにしないせいでちょっと怖い。
「俺は今から日課のスキンシ――ッ!?」
突如として何かが爆発したような音と揺れが起こった。窓が割れ、ステータスで強化された身体でも耐えきれなかった。
「おい、なんだこの威圧感は……。こんなのがいて良いわけねぇだろ」
怯えるように体を震わせた新羅が上擦った声でそう呟いた。
「威圧なんて感じるか?」
「俺は感じね」
「僕も」
「僕も感じないかな」
「皆これが分からないの!?」
「私も分かるのです。凄く怖いのです」
威圧されてるのは新羅と応本に有住さんか。あとは……何も言わないけど顔色的に委員長もされてるな。
「皆さんはここで待機してください。先生はレイアさんに状況を確認しに行きます」
「私も行きます。ここにいる人達は既に統率しているので何かあったらすぐ分かりますから」
「……分かりました。上村さんは着いてきてください」
異常事態が起き、外からは悲鳴が聞こえているのにも関わらず、委員長と先生は冷静に指示を出して行動を始めた。
「僕達はどうする?」
「俺は……何がなんでも行くぜ」
そう言う新羅の体は震えていた。首元からは汗が吹き出しており、爆発のした方から目を話そうとしない。
「震えてるよ?」
「武者震いだよ」
「その汗は?」
「代謝が良い……ってしつけぇよ鈴切!」
「やっと戻った」
「何言って――」
いつの間にか新羅の体は震えるのを止めていた。油断はしてないが緊張は解けて無駄な力も抜けている。
「ちっ。……余計な心配すんじゃねぇ」
新羅は軽く『威圧』を発動させて背を向けた。しかし、真っ赤に染まった耳が見えるせいで照れ隠しがバレバレである。
「僕も行くよ」
「あ?」
鈴切の言葉に振り返る新羅。理解出来ないと言うかのように目が据わってく。
「面白そうだし俺も行くぜ!」
「僕も行こうかな」
「暗殺なら任せろ!」
「無川君について行くのです!」
「皆が行くなら僕も〜」
「回復が必要だろうし俺も行くか」
「あら、皆も行くのね。私だけだと思ってたわ」
鈴切に続くように岩切が、無川が、有住さんが、応本が、丸太さんが、そして早紀が立候補する。
「あれ、俺の名前は?」
「英樹はどうするの?私たちと一緒に来る?それともマユちゃんの指示を守る?決めるのは英樹よ」
「俺は――」
どうしたいんだろう。状況を考えるなら、先生の言う通り待つべきだ。俺たちのような素人が行っても邪魔になるだけ。ましてや今は五歳児だ。邪魔するどころか足を引っ張って救助が遅れるかもしれない。……いや、龍輝はこんな事言わない。口では文句を言いつつ誰よりも早く動くはずだ。
「俺は救けに行くよ。人も国も、そして世界も。それが勇者である俺の――俺達の責務だからね」
一瞬、沈黙が場を支配した。外の悲鳴や爆音もなくなったかのように音が消えた。
「ぶはっ」
不意に新羅が吹き出した。それにつられるように皆笑い始め、言った俺も堪えきれずに笑いだしてしまった。
「くははっ、世界を救う勇者か。ぶふっ。お、お前っぽくて良いじゃねぇか」
「わ、笑うのは良くない」
「ふふ、カッコイイわよ、英樹」
……恥ずかしい。勢いで言っけどこなりキザなセリフを言っちゃったな。流石に龍輝も言わないよね。
「それじゃ、指揮を頼むぜ勇者様」
羞恥に耐えていると親指を立てて岩切が肩を組んでくる。少し強くて痛かったけど、励ますように優しかった。
「行こう!」
―――――
―――
―
爆発現場に辿り着いた俺達は何もせずに立ち尽くしていた。
「げぼぉっ」
新羅が吐いた。『威圧』のスキルを所持している関係で敵意や殺意に対して俺達より鋭敏なのだろう。近づく事に顔を青ざめて限界がきたのだ。
「ごめん、僕も!」
「わ、私は大丈夫なの、です」
「無理はしないでね、有住さん」
続いて応本も嘔吐した。無川に抱きしめられている有住さんは青を通り越して白色の顔で我慢している。
「怪我人いねぇし、帰っていいか……?」
「俺も戻りたいかな〜」
「私もこれはキツいわね」
皆次々と弱音を吐いていく。だがこの環境下ならば仕方ないだろう。常人なら死ぬような魔素濃度に、無差別に撒き散らされる殺気、極めつけには外套を着た小柄な者と執事服の男が共に戦っている肉塊。そんな状況で吐くなとは言えない。
「早くニールちゃんの所に行きたいのに!」
「ボス、私を贄に強制消滅を実行してください」
「それはニールちゃんが悲しむからヤダ!」
辛うじて目で追える速さで動く二人が何事か話している。その間にも肉塊は切り刻まれていくが、再生の方が早い。
「おい、ジャック!ニールに言われて教皇を連れて来たぞ」
突如、何も瓦礫の上に教皇を抱えた少年が現れた。抱えられている教皇は四肢がなく生きているのが不思議なくらいだ。
今のは魔法か?まさか転移魔法?それじゃあこの子達が『大罪〜ズ』?
「ブラッドはどこだ!」
「ここにいるぞぅ」
「よし、教皇を頼んだぞ!」
少年が名前を呼ぶと今度は剣聖さんが現れた。少年と同じようになんの前兆もなくだ。
「せめて四肢は治してくれないかぁ?」
「俺は急いでいるんだぞ!……魔法は苦手なのに」
「は……?」
丸太さんの口から間の抜けたような声が漏れる。それもそうだろう。何せ少年が手を翳すと教皇の四肢が切断面から再生したのだから。
「あ?なんでまだ人間がいんだよ。ブラッドが全員逃がしたはずだぞ」
「……へ?」
丸太さんの声が聞こえたのか少年がこちらに顔を向ける。その顔を見て俺は目を疑い、早紀は消え入りそうな声を出した。
「……龍輝」
少年の顔は若干の違いはあるものの龍輝にそっくりだった。




