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名前

数日後


俺――というか悪魔達が――介入した事で辞退する者が出たり悪事が明るみになったりと色々あって結局教皇が教皇になる事になった。


「……ややこしいな」

「ややこしいって何が?」


近くにいたシルビアが俺の呟きに反応した。今日は珍しく秘書服から着替えてメイド服を改造したみたいな服だ。


「……今までは教皇だけで問題なかっただろ?」

「うん」

「そろそろ名前聞いた方が良いかと思ったんだよ」

「ああ、そういう」


納得いったというよう表情で手を合わせるシルビア。だが、その顔はすぐに疑問へと変わる。


「あれ、でもニールちゃん鑑定してなかった?」

「……したにはしたけど、覚えてない」

「えぇ……」


シルビアに説明した通り、実は『探知』から隠れていたと知った時に鑑定しているのだ。だから感知出来なかったのが、魔道具だと分かったし警戒も解いた。


その結果――教皇を教皇としか呼べなくなっていた。


「でも何でそれで悩んでるの?いつものニールちゃんなら気にせず聞くのに」

「あの教皇が自己紹介を忘れるとは思えなくてな。……何か理由があると思った」


どうしても教皇が名乗り忘れるとは思えないのだ。死にかけても感謝の念を忘れることなく、殺されかけても俺を信じ続けるあの教皇が、だ。


……そう思うと俺って教皇にかなり酷いことしてるな。ブラッドの懸念、というか危惧していた事が当たったな。……嬉しくねぇ。


「確かにそうかも。人の長所を集めたような教皇さんがいつまでも名乗らないのはおかしいね」

「どうしたんですか?2人して難しい顔して」


シルビアが俺と同じ結論に辿り着くと同時、【転移門】が開いてルルが出てくる。


「実はかくかくしかじかで」

「……分かりました。確かにそれは不自然ですね」


今の何で分かったんだろう……。あれか、異世界のご都合主義が働いたのか?……冗談は止めて。現実的に考えて記憶を共有したのか。


「……考えてみたのですが、こういうのはどうでしょう?『名前』がない、というのは」

「そんな人を集団のトップなんかにするかな?」

「……いや、有り得るな。『名前』がなくても『呼び名』……つまり偽名があれば、この世界でならおけるんじゃないか?」


『名前』というのは魂の一部だったりする。世界に誕生して神の加護なんかよりももっと早く、生まれて初めてもらう祝福だ。この世界ではそれを経由して経験値や熟練度を得ている大事なものだ。


種族や個体――特に精神生命体なんかは魂の力がそのままこの世界の影響力だから魂の一部である『真名』を隠す者もいる。


「教皇さんはニールちゃんが亜神にする前は普通の人間だったんでしょ?魔族でもないのに隠す必要はないと思うよ」

「そうですよね……。すみません」

「あっ、いや、ルルちゃんの意見を否定したわけじゃないんだよ?気を落とさないで」


ルルが肩を落として俯き、それを見たシルビアがフォローを入れた。


「……じゃあ単純に名前がないなんてのはどうだ?」

「「へ?」」


ポカン、と2人は見つめ合う。たが、すぐに「そんなことが!」とでも言いたそうな顔へと変わる。


「それが一番ないと思うな。名前がないことはないし。魏名を使ったとしても名前がなかったらそれが真名になっちゃうんだから」

「シルビアさんのいうように、その可能性は皆無です。それに鑑定した時にあったのでしょう?」


違った。「何を言ってるんだ、コイツ」の方だったか。……恥ずかしい。


「それもそうだな。……どうするんだ?」


結局、話し合ったけど決まらなかったな。直接聞けば終わりなんだし。これを始めたのだって、言わない理由を予想してみたかっただけだし。


「聞くのがいいと思います」

「私も。教皇だって間違いはするよね。私達なんて間違いだらけなんだから」


ちょっとシルビアの言い方が引っかかったが、俺も同じ意見だ。あまり悩むのも性にあわないしな。


「……ということで、名前を聞きに来た」


決まるや否や、俺は教皇のところに転移していた。


突然現れた俺に、なんの説明もなく唐突に質問された教皇は顔を上げて硬直していた。……高速で筆を走らせる手を除いて。


「……名前を知らないことにさっき気づいてな」

「これは失礼を。私としたことが崇拝している主君に名乗りを忘れるとは……。少々お待ちください」


そう言って立ち上がって、先に座るように促す教皇。食器棚から二人分のカップとソーサー、ティーポットを取り出してお湯を注いでいた。


「まずはこれを」


音もなくテーブルに置かれたカップからは紅茶のような香りが立っていた。


「この茶葉には魔素が含まれており、気持ちを落ち着かせる効果があるのです。貴方様には必要ない効果ですが、紅茶としても一級品ですのでご了承ください」

「……そんなことで怒ったはしない。というか名前を話すのはそんなに嫌か?それなら『鑑定』で調べるが……」


教皇はカップを静かにおいて首を振る。そして深く息を吸って深呼吸した。


「まずは私の生い立ちから話しましょうか」


え、そんな前からになんの?……聞くのやめて鑑定しようかな。


「私が最初の記憶は魔物に育てられていることです」


は?いやちょっと待って、え?魔物が人を育てるなんてことが有り得るわけないだろ。だって魔物ってのは文字通り人類を殺すための生き物だぞ?子を作ることはあるけど母性なんてものは存在しないし、仮にあっても育てきることは不可能だ。


「親が捨てたのでしょう。私は森の奥で泣いていたと聞きました」


聞いたって……魔物からだよな?人と意思疎通出来る魔物が人の来れるような所に普通いるかなぁ。


「時が経ち、その魔物は――母は私を人里に置いて姿を消しました。後で知ったことですが母は騎士達によって討伐されたそうです」


討伐……。それもそうか。突然、人の子供を連れた魔物が現れたら普通だったら、自分の子供も連れてかれると思うもんな。知性ある魔物の存在を知ってるのもいないだろうし。


「ですので私には家名がありません。そして、人の名前でもないのです。なので不快にしてし――」

「……それがどうした?」


話を中断させられた教皇は驚いた顔で俺を見る。さっきまでの悲痛に歪んだ顔よりはマシだな。


「……そもそも俺は神だと言っても元は魔物だ。家名だってないし魔物だからと蔑視することもない」

「――……」

「だから……不安がるな」


教皇は何も言わない。ただ静かに下を向いて俯いている。しばらく俺と教皇は黙って座っていた。


「私は……私は人に保護されてからは“魔族”と呼ばれ孤独でした。自立して神聖教(ここ)に所属してからも家名のないのを理由に奴隷のような扱いを受けてきました」


そう言って上げた教皇の顔からは恐怖に似た不安の色がなくなっていた。


「母は人を愛していました。そんな母より頂いた私の名前は――」

「おっと、その先はまだ秘密だ」

「――ッ!?」


ばっ、と声のした方に顔を向ければまるで最初からそこにいたかのように眼帯をした女が座っていた。


いつから座ってた?認識阻害をしてた感じもしないし本当にいきなり現れたぞ。……ん?この気配、もしかして……。


「……お前ラプラスか?」

「ん?あぁ、そうだね。この姿で会うのは初めてだ。君がそう思うのも仕方ないかな」


若干ぎこちなかったが眼帯の女――ラプラスは肯定する。


「……お前、眼帯なんかつけてたんだな」

「これは諸事情でね。大丈夫、もうすぐ治るはずだ」


仮面を付けてたせいで分からなかった。そもそも眼帯で隠しているのに、それを仮面で隠す意味が分からない。


「眼帯よりも気づくべきところがあるんじゃないかな?」

「……また強くなったか?」


そう、ラプラスの内蔵魔力がまた上がっていたのだ。それに『探知』でも全容を把握出来ない精密に制御している。


眼帯で隠してる上を更に仮面で隠してたのかよ。どんだけそれを見られたくないんだ?


「秘密とはどういう事でしょうか?」


俺とラプラスが話し合っていると、警戒気味に教皇が先程の言葉について尋ねた。


確かにそれは気になるな。教皇の名前が『まだ』秘密ってのは何の意図なんだ?


「そう焦らないでくれないかな?まだ時期じゃないんだよ。そうだね……大体あと数年かな?」


珍しく苛立ったような声音で答えるラプラス。だが、表情は不快どころか愉快そうに笑みを浮かべている。


「……なぁ、ラプラス」

「私の事を呼んだかい?」


ガチャ、扉が開かれる。視線を向ければ単眼の仮面を付けたラプラスが立っている。視線を戻すと、そこには眼帯のラプラスが紅茶を飲んで座っている。


「は?」

「ニール君。その女は誰だい?この部屋に入るまで……いや、扉を開けるまでまったく気配がなかったが」

「ふぅ、やっと来たみたいだね。おかえり、私の片目」


いつの間にか――意識も目も話していないなのにも関わらず眼帯のラプラスは仮面のラプラスの髪を恍惚とした表情で撫でている。


「な、なんだい君は!私と似たような外見だけじゃなく魔力の質までそっくりじゃないか。さっさと正体を現したらどうだい?」

「逆だよ。私が君に似たんじゃない。君が私に似たんだ。だって、君は私の片目なんだから」


一体どういうことだ!?何でラプラスが2人いるんだよ。口調も見た目も魂の性質まで同一のものなんて『並列存在』でも無理だぞ。そもそも『並列存在』じゃ魂までは複製出来ない。


「そんなことはないよ。シルビア君達のように受肉させた後一定の期間維持すればそれはもう独立してるよ」


心を読んだ!?表情から感情を読み取られることはあったけど世界神以外に正確に思考を読み取ることなんて出来ない筈だ!


「そう警戒しないで私は君に危害を加える気はないよ。ただ、これ(ラプラス)の回収に来ただけだ」

「か、体が動かな……っ!」

「君はそろそろ黙っていようか」


そう言って眼帯のラプラスはもう一人のラプラスと額を合わせる。その瞬間、仮面のラプラスが眼帯に()()()()()()


「な……っ!」

「これで用事は済んだよ。後は……そうだね、少しだけ人間の数を減らしておくか」


眼帯のラプラスは――否、一柱の神は手元に魔法球を出現させて無造作に落とす。


「やば……っ!『空間支配』!」


床に落ちきる前に教皇の部屋全体を半分異界にもってくる。魔法球が床に触れた瞬間、解放された暴威が室内を荒れ狂う。被害は部屋だけに留まらず、異界を突き破って現実世界にまで影響を及ぼす。


「これを今の一瞬でここまで抑えるか。あぁ、駄目だよ。君の事が欲しくなっちゃうじゃないか」


この状況を作り出した本人は周りの事はどうでもいいと言うように、俺を熱のある視線で見つめて頬を紅に染める。


今の言葉と力で分かった。こいつの――この悪魔のような神の正体が。


「おや、やっと気付いてくれたみたいだね。そうだとも私が邪神の本体だ。本体で会ったんだ。『真名』を名乗ろうか」


邪神は眼帯を外して変わりに単眼の仮面を取り出す。


「私の名前はラプラス。邪神ラプラスだ」

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