同じくらい反則
「何年振りでしょうか。貴方が少年になった頃別れたので十数年くらいですかね」
「そうだなぁ。大体そんなもんじゃないのかぁ?」
「そうですか。あれから剣の腕は上がりましたか?」
「比較にならない程なぁ。師匠の言った通り実戦が一番の修行だって知ったぞぅ」
2人は何も言わない俺を置いて思い出話にふける。俺はその光景を見て固まっていた。
「それにしても、前より強くなったんじゃねぇかぁ?別れる直前は俺の方が魔力量多かったよなぁ?」
「あの時は貴方の修行をしていましたからね。ここ数年は弟子をとってないので力の回収をしているのですよ」
「そう言えば龍神とやらに殺されて力を失ったとか言ってたなぁ」
それは俺も聞いた事がある。……世界神からだけど。というか、さっきから魔法をかけられたみたいに体が動かないな。
「あれは私達が彼に仕掛けたものですから。因果応報ですよ」
「それは初耳だなぁ」
ん?みたいじゃなくて掛けられてるな、これ。解除自体は簡単だけど誰がかけたんだ?
「そこの仮面の悪魔。そろそろ怒りますよ?」
「へぇ、流石はあれの乳母だね。力を失ってもこれに気づくのか。まぁ、面白かったし良いかな」
そう言ってラプラスが指を振ると、体の硬直が解ける。アマルテイアの発言と状況的にラプラスが原因か。
「……おい」
俺と目を合わせようとしないラプラス。仮面に隠れていない首元に汗が流れているのが見える。
「……怒らないから教えろ」
俺は溜息を吐いて、苛立ちを抑える。が、発した声には僅かに棘が含まれていた。
「な、何をだい?」
「……お前、俺の警戒をかいくぐれたか?」
いくら俺が動揺していたとしても、気付かないのはおかしい。以前ならまだしも今は空間支配さえしてるんだし。
「本当に怒らないんだね……。君に気づかれなかったのは私の力が増したからだよ。それも、さっき突然ね」
突然、力が増す……?そんな事があるわけ……いや、あるな。うん。それも俺が体験してることだ。流石に一瞬ではないけど似たような事例がある。そう――
「進化ですか?」
どうやら、アマルテイアも俺と同じ結論に至ったようだ。その言葉を聞いて、シルビアだけが理解したような顔をしてる。
「えっと、でも実際有り得るの?姿形は一切変わってないよ?」
「……それは問題ない。元々悪魔は見た目は決まってないしな」
「ですが、悪魔が進化するというのも前代未聞ですよ?」
確かにそうだな。マクスウェルも似たような事を言ってたし。じゃあ、有り得るとしたら種族の変化か?
「あの、私達にも理解出来るように説明してくれませんか?何故ラプラスさんが進化という話になったのかからお願いします」
「私達も説明欲しいな。こっち側の世界では情報は命だからね」
ルルとジャックのお願いを皮切りに並列存在及びブラッドが似たような事を言う。
「神よ、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「そこの剣聖を亜神に昇華したのは貴方様だとお聞きしました。逆に悪魔を魔神に変えることも可能でしょうか?」
「成程、その手が……っ!」
教皇の言葉に俺、アマルテイアと頭脳派3人がハッとする。俺は即座にラプラスを『鑑定』した。すると、称号の欄にこんなものがあった。
『魔神』
魔の者が神性を獲得し、進化した状態。潜在魔力量が非常に高く、聖なる神に比べて攻撃魔法が強力。
「わお」
ラプラスから間の抜けた声が聞こえる。普段冷静なのに動揺するとは珍しい。……そう言う俺も混乱してるんだけどな。
「まさか私が進化してたとはね……」
「ラプラスさんも私達、主にニールちゃんに負けず劣らず反則だね」
「確かにニールさんみたいですね」
「はい、誰の手助けもなく、前兆もないとは……。異状です」
あの、アマルテイアさん?そこで了承されると複雑なんですが。世界の理を無視する程ではないよ?
「……話が逸れたが、俺に魔法をかけたのは何故だ?」
ラプラスの動きが止まる。油を差していない機械のようにぎこちない動きが首をこちらに向ける。
「……やましい事がないなら答えられるだろ?」
「お、面白そうだったからかな?」
俺は無言でラプラスに魔法を使う。さっき俺に使ってたやつと同じやつだ。それも数倍の威力の。これでしばらくは動けまい。
「ふむ、随分と腕を上げましたね。空間支配は1人で習得したのですか?」
「……ウカノミタマという神に教えてもらいました」
「あれが……?気まぐれか、それとも貴方の人望か。どちらにしろ、貴方は力を己のものにするのが上手ですね」
褒めてくれたのか……。技術面では足元にも及んでない相手に褒められると嬉しいもんだな。
「おーい、そんな頬を緩ませる前に、俺を放置するのやめてくれないかぁ?」
褒められた喜びに浸っていると後ろから話しかけられた。ブラッドだ。
「……放置はしてないし、頬も緩ませてない」
「鏡見るかぁ?甘味を食ったみたいに甘ったるい顔をしてんぞぉ」
うぜぇ。最近覚えたのか、このニヤニヤしてる憎たらしい笑みが俺の神経を的確に逆撫でする。
「……ボロス」
俺はボロスを呼ぶ。対ブラッド用に話していた作戦の合図だ。
「フッ、深淵の闇は深いぞ」
「……許可する」
「何の話だぁ?」
「フハハハ!さぁ、共に深淵を覗こうではないか!」
「おい……何をしようとしてんだぁ?」
ボロスがブラッドに近づく。何かされると察したのだろう、ブラッドが後退する。しかし、ボロスゆっくり歩いているはずなのに何故か速い。
「ちょ、はな――」
ブラッドの抵抗虚しく腕を掴まれる。そのまま【虚無空間】を開き、ブラッドが何か言い終わる前に放り込まれた。まるでいつぞやの再現みたいだな。
「……これで邪魔者はいない」
「そう、ですね……。あの子とも話してみたかったですが、また今度の機会にしましょうか」
むぅ、なんかモヤモヤするな……。ん?なんか急に『大罪』スキルが反応しだしたな。どうしてだ?
「どうしました?」
「……いえ、なにも」
「そうですか」
か、会話が続かねぇ。折角会えたのに悲しすぎる。
「……ふむ、そろそろ話を戻しますか。私に何用ですか?」
「……予想出来てると思いますが、人間を神にする術式を教えていただけませんか?神聖魔法の因果から解放したいのです」
神聖魔法の因果、の部分を聞いた時にアマルテイアの眉が僅かに動いた。何か思うところがあるのだろう。
「構いませんが……先に貴方の神聖魔法に対する認識を聞きましょう」
俺は説明しようとして――やめた。さっきからやけに後ろが騒がしいからだ。俺は振り向いて確認する。本来は『魔力感知』の応用で振り向く必要はないんだが、今回は例外だ。
「ほう、このレベルの結界を構築するとは」
「……お前ら何してんだよ」
アマルテイアは感嘆の声を漏らし、俺は呆れた声を出す。だって、並列思考達がわざわざ言葉にまで影響を及ぼす程の認識阻害の結界を張ってまでコソコソしてるんだもん。そりゃあ、呆れの言葉一つぐらい出てくるだろ。
「「「「あ、バレた」」」」
俺に見られている事に気付いた並列思考達が1コンマのズレもなくハモらせた。
「……バレたも何もこれだけ騒いでたら気付く」
「あれ、結界張ったのになんで?」
「……内容についてしか阻害していない。音自体はそのままだったぞ」
「そ、そうでしたか。恥ずかしいところをお見せしました」
問題点を挙げると、ルルが赤面して謝る。……ああ、成程。この結界はルルが術式を作ったのか。まだ子供っぽいところあるし失敗しても別に良いのに。
「……因みに何について話してた?」
「そ、それは……」
「ニールの敬語について話してたぞ!」
シルビアが言い淀むのに対してコアがなんでも事のないように暴露する。何故だろう、勝手に言われたシルビアの顔に親近感を覚えるな。
「……敬語?」
「うん!私達の前で敬語を使ったのは初めてだからね。珍しいから話してたんだ!」
「ジャックの言い方じゃ、ちょっと語弊があるね。正確にはあたし達の前では2回目だ。それでも珍しいのは変わりないからね。だからあたし達は話し合っていた訳だ」
ふむ、一度俺に対する認識について話し合いたいところだが、今は我慢だ。アマルテイアの前でもあるしな。
「……興味が失せたならブラッドで遊んでてくれ」
「あたしはそうさせてもらうよ」
「それじゃあ私も。ルルちゃんも来る?」
「いえ、私はここで待ってます」
「俺は絶対行くぞ!」
残ったのはルルとジャックに教皇だ。他の皆はブラッドで遊ぶか、虚無空間の中で模擬戦でもしてるのだろう。
「フ、フフフ」
突然、静かに俺達を観察していたアマルテイアが口元を隠して笑いだした。アマルテイアらしく、とても清楚で美しい笑みだった。
「す、すみません。貴方が仲間と呼べる者達に囲まれているのが嬉しくて、フフッ」
恥ずかしいな……。嬉しいんだけど、醜態を見られた羞恥心が混ざって複雑な気持ちだ。
「……邪魔者もいなくなったので、続けます」
「ええ、そうしましょうか」
「……神がトップとして聖女、神聖魔法保持者の順に恐らくは干渉権限が強いのでしょう。……上手く干渉すれば絶対強制出来ると予想しています」
俺の説明を聞いたアマルテイアは顎に手を当てて考える。ジャックも同じような体勢になって目を閉じていた。有効活用できないか考えてるのかな?
「補足と訂正をしましょう。一つ、神が頂点ではありません。神化した者がその上にいます。そして補足を。神聖魔法とはその信仰心を力の源にしているのはご存知ですね?」
「……はい。俺は眷属の繋がりを利用して世界神の力を使ってますが」
「そこまで深く理解してるのならば大丈夫でしょう。神聖魔法とはより高位の存在から力を借りることなのです」
アマルテイアは一旦言葉を切る。俺が理解するのを待ってくれるようだ。
頂点に神化した者、つまり世界神がいてその下に俺達がいる。そして俺達が神聖魔法を使う際、高位の存在から力を借りる、と。
それは分かった。だけど、何故そうなるのかが分からない。基本的にこの世界にある魔法などは世界神が創り出したものだ。力を絞られるだけの神聖魔法になんの意味が?
「一つヒントを与えましょう。貴方は神聖魔法の仕組みと似たような事をしていますよ?」
まるで我が子を世話する母親のように穏やかに微笑んだアマルテイアが助言をくれた。だがどうしてだろう。ラプラスと似た雰囲気のように感じるのは。
俺が既にやっている?一体何を。魔法の創造?それともアマルテイアでの修行でか?……落ち着け、俺。もう一度神聖魔法の原理をまとめよう。
一つ、頂点は世界神
一つ、神聖魔法使用時により高位の存在から力を借りる
一つ、高位の存在は下位の存在に強制権を持つ
こんなものか。それにしても、これだと高位の存在とやらが何も得をしないな。力の増加なり、他のことなりが……成程。
「眷属化か……」
「正解です。神聖魔法を使用する際、信仰する存在の力を上げるのです。まるで眷属のように」
「へぇ、神聖魔法にそんな仕組みがあったとはね。それじゃあ人間と神々に信仰されてる世界神はどれ程の力があるのかな?」
「……少なくとも邪神よりは強いのは確かだ。……え?」
声のした方に視線を向けると、魔法で動きを封じた筈のラプラスが平然とした様子で立っていた。
「……何で動けてるんだよ」
「この仮面の縛りは覚えているかい?それと魔神になった事によるステータスの上昇で魔法から逃れたんだよ」
まさかそこまで強くなってたとは……。本当にどうして急にこんな強くなったんだよ。
「その考察は後にして話を続けたらどうだい?」
「……心を読むな、言われなくても続ける」
そもそも、ラプラスが割り込まなければ中断しなかったのに。何で中断したのが俺が原因みたいになってるんだよ……!
「仮面の悪魔の言う通り、というのは不快ですがそうしましょうか。準備はよろしいですか?」
ああ、本当にこの人は……。恩を返すどころギャンブルに溺れた人の借金ように増えていきそうだ。
俺はアマルテイアに向かって強く頷き、道化の仮面を被る。決して恥ずかしかったのではなく、顔を守るためなので誤解しないでほしい。
「よろしくお願いします!」




