毒4「ベルゼブブ」
『んだこりゃあああぁぁぁ』
影空間にリードの悲鳴が虚しく響く。俺の目の前には他のより少し紅いスライムになったリードがいる。
「俺に聞かれても分からねぇよ」
『俺も分からねぇよ!ドラゴンの次はスライムとかふざけるのも大概にしろよ邪神!』
共感出来る部分があるけど、かなり理不尽な怒りだよな。
『てか、何でてめぇはそんなに冷静なんだよ!』
「いやお前の慌てぶりが凄くて俺の慌てる隙がない」
『くそがっ!』
念話からは苛立った思念が送られてくるのだが、視界に映る紅黒いスライムが可愛くプルプルしてるせいで頭に入らない。
「というか、お前の体はどうなってるんだ?丁度お前が出てきた辺りだろ。体があるの」
『あ?そういえばそうだな。目が覚めた時には周りは小型ヴェノムで埋め尽くされてて俺の姿はなかったぜ』
それって、リードの体が自体が粘性体になったってことじゃ……。気付いてないみたいだし黙っとこ。触らぬ神に祟りなしと言うしな。
「ふむ、まずは現状確認をするか。俺は会話と『暴食』の制御以外出来ない。お前は?」
『大抵の事はできんじゃねぇの?多少動き辛ぇが身体能力も大した差はねぇな』
このチートドラゴンめ。ニールもそうだけどドラゴンってのは万能キャラしかいないのか。
『あ……?おいおいおい、マジかよ!俺、ヴェノムの『暴食』が使えるっぽいぞ!』
「は?」
え?『暴食』が使える?何それ。俺の数少ない取り柄の内の一つだぞ?リードが粘性体になって『暴食』まで使えたら、俺の特徴なんて毒ぐらいになってしまう……。
リードは試すように近くの小型スライムを魔力に分解する。それは確かに俺と同じ能力だった。
『違ぇなこれ。ヴェノムのよりも弱ぇ。劣化版か?』
誤差だろ!そんな事よりもマジで俺の個性がなくなる!
「なんとしてでもお前の体を元に戻そう!」
『あ?急にやる気出してどうしたんだよ』
「あ、いや。ほら、お前もこのままスライムなのも嫌だろ?」
『そりゃあ、そうに決まってんだろ。俺はお前ぇみてぇに物好きじゃねぇからな』
も、物好き……。俺だって好きでこの体じゃないのに酷い言い草だな。
『んで、どうやって戻すんだよ』
「まずは他の眷属達を探そう。俺の周りに結界を張れるか?」
『喰われんじゃねぇか?』
「もしかして出来ないのか……?」
『ンなわけねぇだろ。俺を誰だと思ってるんだよ』
俺に挑発されて結界を張るリード。張られた結界は小型スライムに喰われず、無事だった。挑発しといて何だが、喰われると思ってたのに……。
「ふうん、魔力の波長が似てるから食われないのか。それとも単に同族だから?」
『難しい事考えなくても良いだろ。出来たんだからそれで良いじゃねぇか』
さっき挑発した時も思ったけどリードって単純だよな。黒崎拓真だった頃は乱暴な口調なのはそのままだけど、ここまで単純じゃなかったのに。
『おい、失礼な事考えてんだろ』
「いいえ、全く」
『じゃあ何で敬語なんだよ』
「全然考えてないぞ」
言い直すと、リードはそれ以上追求してこなかった。だが、リードから強い視線を感じるのは何故だろう。
「よし。結界で魔力を遮断したお陰で落ち着いてきたな」
『動けんのか?』
「一応。ま、『暴食』が暴走してるのは変わらないけど」
スキルの並列使用は出来るからな。周りに魔力が無ければ大丈夫だ。
「うし、じゃあちょっとずつ結界を広げていくか。すぐ近くにベルゼブブがいる筈だ」
『こいつか?』
リードの方を向くと、女の子の手が伸びていた。辿ってみると白目を剥いてるベルゼブブがいた。
「それ、だな。うん」
『起こすか?』
「頼む」
俺に頼まれたリードが何度かペシペシと体当たりしたが、ベルゼブブは起きない。ごうを煮やしたリードはベルゼブブの頭にを飲み込んだ。
「お、おい!」
『悪魔だから大丈夫だろ。おら!さっさと起きろ!』
更にリードはジャンプして頭を揺らす。なんか段々顔色が悪くなってる気がする。
『これでどうだ!』
「ちょ、それはやり過ぎ――ッ!」
ダメ押しとばかりに空中回転4回捻りでベルゼブブを叩きつけるリード。何か恨みでもあるのだろうか。
「ぐえっ」
リードの中からカエルのような音が聞こえた気がした。心做しかベルゼブブに似ていたような……。
『あ?んだ今の声。……お、いつの間にか目が開いてんな』
「じゃあ早く出してやれよ!」
『しょうがねぇなぁ。……ペッ』
まるで噛んでいたガムのように吐き出されたベルゼブブ。ベチョッ、という音を立てて地面に転がされる様が本当に地獄の大悪魔なのか疑わせる。
「い、いたた。ん、一体何が」
「……スマン。『暴食』を制御出来なくて大惨事になった」
『見ろよコレ。お陰でこんな体になったんだぜ?酷ぇと思わねぇか?』
成程。あんなに起こそうとしてたのは共感して欲しかったからか。
ベルゼブブは周りをきょろきょろと見て一人頷く。
「ふ〜ん、大体理解したよ。ヴェノム君のスキルが暴走しちゃったんだね。僕の力なら解決出来るけど先に半端者の許可を貰わなきゃ」
半端者って言うと……マクスウェルか?確か割と近くで諦めて埋もれてたと思うけど。……ちょっと小型スライムが多すぎて魔力では判別出来ないな。
『結界広げるか?』
「頼む。一応破られた時用に二重構造にしといてくれ」
『クソ面倒くせぇ。体戻ったら覚えてろよ』
俺を脅しながら律儀に結界を二重構造にするリード。新手のツンデレだろうか。暴言チートドラゴンのツンデレなんて一体何処に需要が?
「あ!あと小型ヴェノム君達は入れといてね。僕が食べるから」
『クソが!注文は一遍にしろ。もっかい埋もれさせるぞ!』
と、言いつつリードは律儀に張り直す。素直じゃないな、リードは。
『おい、今失礼な事考えたろ』
「……考えてない」
『んだよ、今の間はぁ!さっきも思ったけどおめぇ嘘つくの下手だろ!』
だ、だって本当に考えてないし!?事実から推測しただけだし!?……あ、それは失礼な事になるのか。これは失敬。
『チッ!今は見逃してやる。おい悪魔ァ!次は何すんだよ』
「え〜とね、小型ヴェノム君を食べつつ行動範囲を広げて半端者を探そっか。宜しくね、ヴェノム君とリード君」
ベルゼブブはペコリと頭を下げる。さっきも思ったが、大悪魔の威厳とかそういうのが全く感じられない。
「今更じゃね?」
『ホントだよ。既に悪魔には世話になってんだからな』
うん、ちょっと言い方は酷いけど概ねリードと同じだ。寧ろこっちが宜しくと言うべきだな。
俺達の返事を聞いたベルゼブブが外見相応の少女のような笑みを浮かべた。
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―――
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「ふぅ、やっと見つかったね。僕の呼び掛けに応じないから何事かと思ったらこんな事になってたなんて」
俺達はあの後ひたすら結界を拡張する作業を行っていた。初めは上手くいっていた。そう、初めは。
突然、不審に思ったのか単に喰らいたかったのか分からないが小型スライムが妨害を始めたのだ。そのせいで時間がかかった。
「そうだな。片腕が喰われてたのは見たけど、まさか頭も持ってかれてるとは……」
『おいヴェノム。ベルゼブブは普通だったのに予想してたのかよ』
俺達の前には腕と脚をそれぞれ1本ずつ失い、頭まで喰われたマクスウェルがいる。因みに、すぐ近くにいたフェンリルは無傷だ。
「僕は『暴食』のエキスパートだよ?無意識でも、このぐらいは抵抗出来るのは当然さ!もしヴェノム君と同程度だったら危なかったけど」
そう言う割には割と簡単に押し負けてたけどな。まぁ、褒められて上機嫌だから言わないがな。
「……それで、どうするんだ?マクスウェルの許可がないと出来ないんだろ?」
「それは大丈夫。悪魔には悪魔の再生方法があるからね。……僕は苦手だけど」
悪魔の再生方法……。この世界に来てかなり感覚が麻痺してきたけど、これが治るのか?
『……何してんだよ。おい、それ今やる事かよ。日頃の鬱憤があるならもっと普通の時にしろや。……よ、容赦ねぇな』
突如、ベルゼブブが薄笑いを浮かべて小型スライムでマクスウェルを埋める。その様はまさに悪魔だった。
い、いやきっとこれが悪魔の再生方法なんだろ。リードが言うような鬱憤を晴らしてる訳じゃなくて治療してるんだ。……そう信じよう。
「さて、余興はここまでにして本気だそうかな!ヴェノム君はこれを魔力に分解してくれる?」
「構わないけど……。マクスウェルが食われてるけど大丈夫か?」
「魔力に分解しちゃえば勝手に起きるから大丈夫だよ。ほら、僕だってヴェノム君と喰らい合った後はいつの間にか治ってるでしょ?」
……それもそうだな。マクスウェルはベルゼブブよりも強いみたいだし妨害されなければ回復早いのかな?とりあえずやってみるか。
「じゃ、やるぞ。発言させると制御出来ないから離れててくれ」
「ヴェノム君のを見れないのは惜しいけど……言う通り離れるね」
『失敗すんじゃねぇぞ。俺は早く体を戻してぇんだよ!』
2人は言われた通りに俺から距離をとる。充分離れたのを確認し、『暴食』を発動させた。
「2人には制御出来ないって言ったけど、出力を弱めるぐらいには出来るんだけどな」
小型スライムが為す術なく魔力へと分解される。そうして発生した魔力は俺が喰う前にマクスウェルへと吸収された。
「リードに見せたら簡単にコツ掴みそうだったから嘘付いたけど胸が痛いな。胸どころか胴体もないけど」
小型スライムを全て魔力にし、『暴食』の沈静化に苦心しているとマクスウェルの体が再生し始める。切断部分から生えるのではなく少しずつ構築されていた。
「ま、ベルゼブブにはバレているみたいだったけど。後でお礼を言わないとな。と、再生出来たみたいだな」
頭、腕、脚が喰われていたマクスウェルは、まるで何もなかったように綺麗な姿だった。体と同時に服も再生しているので本当にいつも通りだ。
「おーい!『暴食』も抑えたしこっち来て大丈夫だぞ!」
「意外と早かったね。流石はヴェノム君!」
大声で呼びかけた瞬間、何もない空間にリードを抱えたベルゼブブが現れた。
びっくりした。転移か……。というか、なんかリードが大きくなってないか?明らかに体積が増えてる。
『これか?ベルゼブブに見てもらったらよォ。大きさだけは人化状態を同じにしてもらったんだよ』
目なんてないが俺の視線を感じ取ったリードが説明してくれる。なんでも、リードは歪な封印状態だったらしい。ベルゼブブにその一部を解いてもらったのが今の状態だとか。
「ふうん。で、マクスウェルとフェンリルが起きないけど何か異常でもあったか?」
「ん〜、2人ともちょっと魔力感知を切って向こうを向いてくれる?」
『あ?んでそんな事をしなくちゃなんねぇんだよ』
「急にどうした」
「いいから」
『「はい」』
ベルゼブブの威圧に俺とリードは言う事を聞く。バレないように魔力感知を切ったフリをしたけど後ろから「ヴェノム君?」と言われて素直に切った。
「はい、もういいよ。半端者も起きたみたいだしね」
ベルゼブブの許可が出たので振り向くと不満顔のマクスウェルと無表情のフェンリルが立ってた。2人ともどこかしら負傷している。……一体何があったんだよ。
「さて、半端者の事だからある程度状況把握して寝たと思うけど僕の使っても良いかな?」
「許可する。先程の事は私の醜態への罰として水に流しておく。失敗は許さん」
「分かってるさ。半端者に言われるまでもないね」
2人は何を話してるんだ?隣に立ってるフェンリルは理解してるみたいな顔だし年長者にしか分からないのか?
「それじゃあ、本気出すから皆を頼むね半端者。くれぐれも僕に傷つけさせないでね?」
「チッ、分かっている。貴様に言われることではない!」
「ふむ、では我も手伝おう。直に大罪の力を味わってみるのも面白そうだ」
「……感謝します、フェンリル殿」
さ、さっぱり分からん。なんとなくベルゼブブが凄い力を出して、マクスウェル達が俺達を守るのは理解出来たけどそれ以上は理解のりの事もない。
「それじゃあ、久しぶりに頼むよ。暴食」
ベルゼブブは翼を生やして宙に浮き、ここにはいない誰かに言うようにそう呟いた。
――おや、呼ばれたみたいだね
……ッ!お前は!
――そう怒るな。私の力が気に入らなかったみたいね
本当だよ!勝手に力を渡すとか言って消えやがって!
――ふん、我の力を扱えきれない貴様が未熟なのだ
合ってるけどお前らも大概だからな!はぁ、そもそもなんだよお前らは。
――お前ら?違うよ僕は僕だよ。強いて言うなら俺は暴食だ。
暴食、だと……?
――そろそろ行ってくるわね。次話す時は我の力を使いこなせ。
その言葉を最後に暴食と名乗った謎の声の存在が消えた。と、同時にベルゼブブから激しい魔力が放出される。
「我が名はバアル・ゼブル。暴食の名において使命を全うする」
ベルゼブブの口からその言葉を紡いだ途端、俺の意識は闇に包まれた。




