修行①
い、今は服の方を優先しよう。そうだな、簡単にだけどワンピースで済ませよう。あまり服のデザインに明るくないが、シンプルなものならできるだろ。
俺は無難に黒地のワンピースを思い浮かべて『物質創造』を発動させた。すると何も無い空間に、想像していたのと同じワンピースが一瞬で出来上がった。
まさかイメージしていたものを一瞬で作り上げるとは思わなかった。魔力は消費するが戦闘中に壁とか作れたり、色々できそうだな。
「なんですかそれは?というか、今何をしました?」
『この服は新しく獲得したスキルで作ったんです。人間の見た目で鱗だけ纏うのは流石に抵抗があったので』
「そのスキルというのは『物質創造』ですか?何故あなたが今獲得を?どのようにして?」
『物質創造』の獲得方法か。うーん、なんて答えればいいんだろう。素直に世界神に貰ったと言えばいいのだろうか。……そうだな、世界神要素だけ隠せばいいか。
『神聖魔法の天啓という魔法から獲得しました』
「っ!それは本当ですか?」
『……?はい』
あれ?なんか変な事言ったか?別に天啓の魔法ならアマルテイアも持ってるし大丈夫だろ。……あっ!そういえば天啓の魔法は世界神としか会話出来ないんだった。やべぇ、これじゃあ世界神に貰ったと言ってるようなもんじゃん。
「はぁ……あなたの事情ですからあまり深くは聞きませんが、あまりそういうことを言いふらさない方がいいですよ。悪意ある者に利用されますから」
『あ、はい』
怖ぇ。もちろん怒ってるとかじゃないんだけど、雰囲気が凄く怖い。師匠の言う通り、これからは発言は慎重にだな。特に転生とか世界神関連は。で、気軽に作ったこの服だけど、なんか魔力を持ってるんだけど。
『ジャイアントキャタピラーの服』
ジャイアントキャタピラーの糸で作られた服。魔法耐性が高い。火属性には問答無用で燃える。また、僅かに防刃性能がある。
これ今の俺のステータスとめちゃくちゃ相性いいじゃん。火属性に対しては熱耐性があるから大丈夫だしな。しかし魔力も最低限しか込めてないのにこの効果か。いつか最大の魔力を込めて作ってみるか。
『龍鱗』のスキルを解除して急ぎ目で着る。ちなみに下着は同じ素材で男物にした。そこまで男であることを諦めることはできなかったよ。
うん。着た感じとても似合っていると思う。自分で言うのもあれだがとても可愛い。しかし白い髪と黒い服がここまで合うとは思っていなかった。もっと沢山作って比べてみたいな。
「着ましたか。……ふむ、似合ってますよその服」
改めて面と向かって言われると気恥かしいな。しかも、アマルテイアは俺が今まで見た中で一番美しいからそうやって褒められると嬉しいな。お礼ついでに今ここで喋る練習もしとくか。
「ぁりがとうございます」
前の俺とは全く違う声が出てきた。少女らしい高めの声で、少々掠れていても分かる、綺麗で自然と庇護欲がそそられる声だ。……キモイな。とにかく、自分の声か疑うほど綺麗だってことだ。
「ふふふ、賞賛を素直に受け取れるのは素晴らしいですね。それでは、先程も言ったように技術面の修練を始めていきましょうか」
ふむ、どうやらしっかりと伝わったようだな。俺は日本語で普通に喋ったつもりなのだが、アマルテイアに理解出来る言葉に変化したのだろう。スキルなんかでも思うが、世界神の力はホントに凄いんだよなぁ。中身が残念な早紀タイプだから惜しい。
しかし技術的な面か。剣道は少し嗜んでいたが、空手とかその他諸々は全くだな。その剣道ですらかなり前のことだしな。
「それで技術的な面というと、どのようなことをしていくんですか?」
「それは今から決めていきます。最終的には全て教えるつもりですが先にあなたの得意なものから鍛えたいので。あなたは体術と魔法のどちらが得意ですか?」
……今更だが、俺はどちらの方が得意なんだ?俺の戦闘スタイルは近接だし、やっぱ体術を修行した方がいいんだろうな。だけどステータスでは魔法よりだしなぁ。進化では魔法を伸ばしたけど。
現在の戦闘スタイルは敵の攻撃を避けて接近する。スキル面では魔法系が潤沢だが、トドメはいつも近接。魔法は遠距離での牽制程度。ふむ、長所を伸ばそうとしたけど、もうちょっと深く考えるべきだったかなぁ。いや、どっちにしろだな。……よし、体術の修行から始めよう。
「体術の方が得意ですね」
「分かりました。それでは『人化』のスキルを鍛えていきましょう」
ん?なんで体術の修行なのにスキルを鍛えるんだ?普通技とかを鍛えるもんじゃないのか?技術面の修行とも言ってたし。
「それでは手だけスキルを解除してください。私は蹄なので必要なかったのですが、あなたは爪があるので利用できますからね」
あぁ、そういう事か。確かに人の手じゃ殴ることしか出来ないし、鱗もないから攻撃してもこちらまでダメージを負ってしまう。耐久性に関しては龍鱗があるので、多少マシだが、爪に関してはどうしようもないからな。武器が湧いて出てくる訳でもないし。
「やってみます」
俺は手だけ人化を解除した――つもりだったが、肩あたりまで解除されてしまった。突然片腕だけドラゴンの腕になったから、バランスが崩れ、そのまま尻もちをついた。
これ難しいな。今回は戦闘中じゃなくて良かったがもし、戦闘中にスキルをうまく使えなかったらやばいな。後で他のスキルも一通り使って精度を確認しておくか。
「ほう、片腕だけでしたか。前の子達は両腕解除したり、上半身まるごと解除してしまったりしたのですが。初めてでこの精度は素晴らしいですよ」
へぇ、そうなのか。別に他の奴と比べて調子にのったりはしないが、純粋に褒められると嬉しいな。
「えへへ、ありがとうございます」
……今変な声出なかったか?普通にお礼を言おうとしただけなのに、「えへへ」とか言ってたな。今まで身体や言動に少し違和感があったが、今回のは明らかに転生する前の俺だったら言わない。ドラゴンに転生したことで俺に何か変化が起きているのか?それとも性別が原因?……今度世界神に聞いてみるか。
「ですが失敗していることには変わりありません。あなたは成長速度が速い分、他の子達よりも厳しく修行していきますよ」
やっぱりスパルタだな。けど放任よりも厳しい方が好きだ。指導者としてしっかりと見て、注意してくれるからな。その点、アマルテイアは指導者として完璧だし、修行内容も現在の俺に必要になることしか行っていない。
こうやって考えていくと、かなり運がいいな。ドラゴンになった時には焦ったが、こんなに早く人の姿も手に入れて、同時にコミニケーション能力も獲得した。念話があるから大丈夫だったが、肉声の方が話しやすいしな。戦闘に関してもアマルテイアの弟子を続けていけば、いずれはここから出れる日がくるだろう。アマルテイアより強くなったりして。
「これを、爪単位での解除に成功するまで続けていきます。一瞬で切り替えられるのが理想ですね」
おっと、考え事をしている間に指示が出たな。というか爪だけの人化解除とかどれだけ時間がかかるんだ?五回程繰り返しているが、未だに要領を掴めてないし。まぁ五回で分かれば苦労はしないけど。アマルテイアに聞けば分かるだろうか?
「コツとかっ、ないんですか?」
質問と同時に六度目の失敗。最初と同じく腕が解除される。予想していたので今度は踏みとどまれた。
「コツですか。解除した後の状態を想像しながらやってみて下さい。解除する場所は指定しません。腕ならばドラゴンの腕を想像するのです。」
解除後の状態か……。感覚的には、手が厚いゴム手袋に包まれていて、手の先――爪がカッターナイフのように尖っている状態だな。
俺はアマルテイアに言われた通りに想像し、部分的に人化を解除した。すると肩までだった解除もギリギリ二の腕の範囲になり、腕の太さも比較的人間に近い状態で解除できた。それもいつもより細いかな、ぐらいだが。
「私のやり方を教えただけで成長しますか。では今の感覚を忘れないうちに繰り返していきましょう。素早く、精密にしていきましょう」
うん、まぁ、この調子で進めばいいのだが、現実そんなに甘くない。恐らく、というか十中八九壁があるけど、ここからの脱出を夢見て続けるしかないか。
「頑張ります。……改めて、これからよろしくお願いします」
「っ。……はい。共に頑張りましょうね」
キラン、とアマルテイアの目の端が光った気がした。
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『人化』のスキルを修行し始めて、約四ヶ月経った。どうして朝と夜の判断や時間を示すものがないのに分かるのかって?あったんだなぁ、それが。
なんと、ステータスの年齢のとこを鑑定したところ、俺が生まれた時間と一日を延々と繰り返すタイマーのようなものが出てきた。一日の方が120回近く繰り返されたので、約四ヶ月だと分かった。
それで四ヶ月間『人化』のスキルを修行した結果、今では一瞬で人の姿とドラゴンの姿に変えることができる様になっている。角だけ生やせたり、半人半龍みたいな見た目にできる。
ちなみに、できると便利だからって理由で『龍鱗』のスキルも並行して修行させられたりもした。修行としては常に身体の一部分に鱗を生やして生活するだけ。これは元々局所的に作用するスキルだからすぐできるようになった。……一ヶ月かかったけど。
怒涛の説明口調だけど許して欲しい。ど〜しても、この辛さを共有したかったんだ。だって最初は体術の修行をするはずだったのに、待っていたのは単純作業の反復練習。それも気を抜けない精密作業。体術といえば確かに体の術だが、空手なんかを想像してたから微妙に納得いかない。
「さて、これで前提条件を満たしましたね。これから修行を実戦形式へと移します。私と素手で組み合い、技を私から盗んでください。スキルの使用は許可しますよ」
今までのは前提条件だと言われたな。約四ヶ月掛けて修行したことが前提条件。じゃあ今から修行することは一体どれほどの年月がかかるんだ?できる限り早く外に出たいから、修行にこれ以上時間はかけたくないな。
別に疑ってるわけではないが、始める前にこれだけは聞いとくか。
「ひとついいですか?」
「どうぞ」
「何故直接ではなく、技術を盗ませる形にしたのですか?」
「当然の疑問ですね。私は今まで手取り足取り貴方を育ててきました。そしてそれは貴方に再現する力を付けさせる為の教え方です。では今回は何を狙ってるのか?」
アマルテイアが手首や手を動かして準備運動を始める。
「それは洞察力です。戦闘――命の奪い合いというのは相手のことを知れば知るほど有利になります。つまり限られた回数で多くの情報を得た方が勝利を引き寄せることができるのです。質問の答えはこれでいいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
「大丈夫ですよ。疑問を持つことは成長のスタートラインです。自らで解決する力も必要ですが、私がいる間は答えに導きましょう」
なるほど、趣旨は理解した。あとはどうやって期待に答えるか、だ。とにかく最初はアマルテイアの技を受けて観察するしかないかな。受動の方が考えることは少ないし、攻めるより脳のリソースを観察に多く避けるだろ。
俺はそう結論づけてアマルテイアとの組手を始める。俺の初撃を開始の合図とするそうで、人の拳のまま殴ることにした。
気がついたら地面に転がされて天井をみていた。
「ふざけているのですか?それとも私のことを見くびっていたのですか?もしそうでなくとも次は容赦しません。全力でかかってきなさい」
僅かな失望が込められた声と、遠ざかる足音が頭上から聞こえてきた。大量の?が頭を埋めつくしていて、それを理解する余裕は俺にはなかった。
何が起きたのか、全く理解出来なかった。油断していたわけでらなかった筈だ。むしろアマルテイアの頭からつま先までの動き全て観察していた。
いや、違うな。無意識にでも慢心していたのだ。きっと俺は心のどこかで、アマルテイアの上限を勝手に決めつけていたのだ。だから俺は、爪で攻撃したらアマルテイアの事を傷付けてしまうなどと考えて、本気でいかなかった。
ふ〜、よし!気を引き締めてもう一度アマルテイアに挑もう。今度は出し惜しみせずにいかないと、本気で接してくれるアマルテイアに失礼だ。俺がそれを許せないしな。それに、ここで確実に技を身に付けて、生きるための最低限の力以上は手にしないと意味ないのだ。それ以外は無意味に等しい。
せっかくアマルテイアという最高の師に恵まれたのだ。機会がある時に学んでおかないと、次に機会が来るのが、いつなのか分からないのだ。今、ここで、全て身につける。
考えを改め、身体強化の魔法を最大でかけ、未来予測を使用。人化を解除しながら先程と同じように突っ込む。ただし今度はとある工夫施して。
未来予測が、腕が俺の方に向かってくることを予測する。俺はそれが届くより先に体を捻り、爪を振りかぶった。案の定爪は躱されるが、アマルテイアの妨害が目的なので問題ない。
今の回避動作、無駄な動きが一切なくて、反応できたのは動き切った後だった。きっとこれが俺に伝えたいことの筈だ。よく見て、観察するんだ。
俺はもう一度爪を振ったが同じように躱された。しかし逃げ道を予測していき、潰していきながら何度も攻撃する。やはり全て躱されたが、油断していたときの失敗も犯さない。
……っ!分かったぞ。躱すときに僅かだが気配を残して躱していた。アマルテイアの動きを察知するための工夫として、気配感知に頼っていたがために、攻撃が当たらなかったのか。だけど気配感知じゃないと、躱される前に転ばされるだろうし……。どうするか。
躱される仕組みを理解した俺は、思い切って気配感知を切って攻めた。すると、なんと右腕に掠らせることに成功した。微かに口角を上げたアマルテイアは、一転変わって躱すことをやめ、反撃してくるようになった。
俺は先程分かったことを活かして、気配を残そうとしているのだが、中々うまくいかない。
残そうとすると気配を消してしまい、惑わせることが出来なくなってしまうのだ。イメージは自分のいる位置を相手に誤認させることを意識しているのだがうまくできない。というか、気配という概念を正しく理解できていない気がしてならない。
アマルテイアはどのように躱していた?思い出せ。観察しろ。………躱す瞬間に気配が大きくなっていなかったか?
俺は直ぐに実行してみた。直後、アマルテイアの右足が目の前を通過していった。アマルテイアの目が驚愕でみひらかれる。どうやら出来たようだ。この感覚を忘れない内に繰り返すか。
《条件を満たしました。スキル『模倣』がスキル『複製』へと変化しました》
へ?なんで?
え?四ヶ月分の過程を省略しすぎだって?
知らんな
言い訳させてもらいますと、修行の内容はスキルの発動と解除だけなんですよね。アマルテイアはできて当たり前みたいに言ってますが、実はこの世界でできるのは神クラスで、しかも神の中でもできないことのほうが多いっていう超難易度。
仮に他の転生者がやろうとしても、ありとあらゆる補助をして奇跡的に要領を完璧に把握しても、それを発揮するのに最速で一年はかかります。それを最高の指導者のもととはいえ、四ヶ月で習得した龍輝は天才なのです。