教皇
周囲の誰も言葉を発しない。あのジャックですら表情を凍らせてる。モーブに至っては腰が抜けているようだ。
「教皇って誰〜?」
「……そこからかぁ。簡単に言うとこの周辺の国でかなりの権力を持つ奴だなぁ。因みに今代は神聖魔法が歴代最高レベルらしいぞぉ」
ブラッドは呆れ果てた声で答えた。俺がこんなでも丁寧に教えるところはブラッドらしいな。
最高レベル?私と同じで最大レベルなのかなぁ。もしかしたら世界神と話してたりして。あれ〜?どうだったっかなぁ……忘れちゃったぁ。
「ニールちゃん、抵抗しないでね。【解毒】」
ジャックの詠唱の完了と同時に俺の頭が光る。【解毒】の効果によって酒が浄化され、俺の意識がハッキリしてきた。
「どう、ニールちゃん。さっきの事覚えてる?剣聖さんが教皇さんの所まで話したんだよ」
「……忘れてしまいたいぐらい鮮明に覚えてる」
「うん、それなら大丈夫だね!はい、剣聖さん話を続けてもいいよ」
「ありがとなぁ。お礼にここの事は見過ごすことにするわぁ」
「そうしてくれると助かるかな!その方が剣聖さんの為になるしね。王様に報告するつもりだったら解体してたよ!」
ニッコリと笑いながらそう言うジャック。だが、何故だろう。その笑顔から謎の威圧感があるのは。内容のせいだろうか?
「ニールの分身に言われると洒落にならねぇなぁ。……冗談だよな?」
「うーん。剣聖さん次第かな!」
「善処するぞぉ。ここが王に仇なすならば容赦しないからなぁ」
ブラッドとジャックが笑い合う。一瞬、2人の間で火花が散るのが見えた。多分幻覚だろう。いや、そうであって欲しい。2人が対立とか笑えないし。
「……それで、教皇が俺に何の用だ?獣人――キャシュ――を連れ回すのがそんなに気に入らなかったか?」
「逆だぞぉ」
「逆?」
思わず俺はオウム返しで問い返してしまった。これ以外で呼ばれる理由が見つからなかったからだ。
「逆って言うと語弊があるなぁ。アイツを連れて来た事は何も言われなかったなぁ」
「……結論だけ言え」
「そう急かさなくて良いぞぉ。本人から聞けばいいからなぁ。そうだろ、教皇様」
突然ブラッドは背後の闇へと話しかけた。急におかしくなったのかと思ってると闇の中から足音が聞こえてきた。……俺に気配を感じさせずにだ。
「全く、貴方はもう少し隠し事は出来ないのですか?」
闇から出てきたのは高級そうなローブをきたさ青年だ。しかし、見た目とは裏腹に纏う雰囲気は老獪だ。
ふむ、どうやらあのコートが気配を遮断してらふみたいだな。認識阻害の類か?それとも単純に探知系の無効化?……今は大丈夫だし多分後者だろ。
「きょ、きょきょ教皇様ぁ!?な、何故このような場所へ!?」
「私は剣聖殿のお話した通りそちらの方へ私の要望を聞き入れていただく為に来ました。貴方は何故ここに?」
モーブの質問に対して教皇は冷静に対応する。まるで子供を落ち着かせるように静かに返答するが、最後の質問によってまたモーブが慌てる。
「いいいい、いえ!私も剣聖殿への協力をしに来たのです!けけ、決して悪事に手を染めている訳では御座いません」
「どうか誤解なさらず。私は正義の味方でも裁判官でもないのです。貴方を裁くつもりはありませんよ、モーブ伯爵」
「はははいぃ!きょ教皇様のお慈悲に感謝しますぅ!」
モーブは勢いよく頭を下げる。先程の俺に挨拶をした時の人物と同一人物だとは思えない慌てぶりだ。
「……アイツ伯爵なんだな」
「そうだぞぉ。領地もあるんだけど基本王都にいるなぁ。驚いたかぁ?」
「……いや、伯爵と知り合いになれるお前の地位の高さに驚いてる」
「あ〜、そう言われたらそうだなぁ。気にしたことねぇから俺も知らなかったなぁ」
ふむ、今更だけどこんな奴が国最強で大丈夫なのか?馬鹿じゃない分マシだけど、こいつを使徒にしてる神の気分によって国が滅ぶぞ?
「そんなに見詰めてどうしたんだぁ?もしや俺に惚れちまったかぁ?」
「……冗談は喋り方だけにしとけ。それと、キャシュが拗ねるからやめろ」
キャシュに目を向けてみると、怨みがましそうにこちらを見ている。瞳孔が収縮していて、怖い。
「何でキャシュが出てくるんだぁ?今は関係ないだろぅ」
……キツイだろうなこれは。ほら、嫉妬に歪んでいた表情が嘘のように号泣してるぞ。あ、シルビアに泣きついた。シルビアはシルビアで酔ってるしあっちは大変そうだな。
「こちらがお呼びしたにも関わらず失礼しました。まずは場所を変えましょうか、こちらへ」
俺はブラッドを見る。視線の意図に気付いたブラッドが顔を俺に耳打ちする。
「教皇は大丈夫だ。見た目よりも歳とってるから腹の探り合いでは勝てない。ただ、神が関わると豹変するから気をつけろ」
……今日は真面目だな。いや、それは別に構わないんだけど、いつもそれなら良いのにって思っちゃっうよね。
「……分かった。気をつける」
「おう。特にお前の存在は教皇の興味を引きつけるものばっかだからなぁ。マジで気をつけろよぅ」
ブラッドに頷いて教皇の気配を追いかける。眼を凝らせば教皇が部屋の前で振り向いているのが見えた。
「こちらです。中へ入ると空間魔法を使いますが、どうか抵抗をなさらないでいただけますか?」
空間魔法……。今空間魔法と言ったのか?以前聞いた話だと空間魔法を使えるのは指で数えられる程しかいないと言っていたが……。教皇がそうなのか?
「……大丈夫だ。行先は?」
「私の執務室です。魔道具が多くありますが罠の類ではありませんのでご安心を」
「……分かった」
俺が了承すれば教皇が恭しく頭を下げる。まるで遥か目上の存在にするかのように。
さっきから思うんだけど、この人俺への態度がおかしいんだよな。だって人間から見たら俺の立場なんて突然現れた怪しい冒険者だからな?種族としてならこの態度も分かるけど人間には種族を明かしてないぞ?身近なブラッドにすらステータスだけだ。
「手を握っていただいてもよろしいでしょうか?」
「……構わない」
「それでは……【空間転移】!」
部屋に入ると宣言通り教皇が空間魔法を発動させる。視界が白に染まり、それが晴れた時には景色が変わっていた。
「ここが私の部屋です。そちらにかけてお待ちを。人払いしてきますので」
教皇は一礼して部屋を出て行く。しばらくすると本当に人の気配が離れていき教皇と俺以外誰もいなくなる。
「お待たせしました。単刀直入ですが、本題に入らせていただきます」
「……そっちの方がこちらも助かる」
話が短い事は良い事だ。この体になってからポーカーフェイスが若干苦手になってるからな。と言っても普通の奴には大抵同じ無表情に見えるだろうけど。
「どうか次の教皇選挙で私に協力して下さらないでしょうか?」
教皇のその発言を聞いた瞬間、俺の体が硬直する。言っている意味が分からなかったからだ。
……ちょっと待て。知らない単語が出てきたな。教皇選挙?何だそれは。
「神である貴方様からすれば愚かな行為でしょうが、これも必要な事なのです。あと少し……あと少しで私――いいえ、私達の目的が達成されるのです!」
情報が追加されましたぁ!何?俺が神っていうことまでバレてるの?というかどうやって知った。
「我らが神からの【天啓】に従い貴方様しか頼る事が出来ないのです。勿論対価も御座いません。私の全てを捧げます」
「……少し待て。今考えているから」
教皇は『待て』をもらった子犬のように静かになる。だが、その目は全くもって静まっていなかった。穴が空きそうなほど俺を見詰めて訴えかけている。
「……一つ聞くが【天啓】で俺の事を聞いたのか?」
「はい。その通りです。神聖魔法の【天啓】によって貴方様の情報をいただきました。あぁ、それにしてもあの時は本当に――」
聞きたい事は聞けたので語り出した教皇は放置しておく。もしかしたら有用な情報を話すかもしれないからな。
……天啓。天啓ねぇ。それで話かける奴なんて一柱しかいないだろ。
『なぁ、世界神』
俺が【天啓】でその名呼べば勝手に思考を加速させられる。周りの動きが止まり、教皇の『さす神』のオンパレードも止まる。
『久しぶり、ニールちゃん!君から呼び出すなんて珍しいね』
『なに普通に話しかけてるんだよ。お前だろ。俺の情報を教皇に流したの』
『何を言ってるんだい?妖狐の里でも言ったけど僕は君とラプラス君、後はルティア君と宇迦之御魂神ちゃんとしか話してないよ?』
『じゃあ、この状況はどうやって――いや、ちょっと待て』
教皇に教えたのが世界神じゃなかったら【天啓】で話しかけられるのは誰だ?少なくとも俺と敵対してる奴か世界神みたいな娯楽を求めてる奴だな。
『……【天啓】で話しかけるのはは俺でも話しかけたり出来るのか?』
『出来るんじゃないかな。ニールちゃんは僕の眷属だしね。現にこうして話しかけることが出来るのはニールちゃんだけだよ。僕の力を持ってれば出来ると思うよ』
つまり世界神の眷属、あるいは力の一部を持っていれば世界神に成り代わることが出来るのか。
『じゃあ俺の眷属はどうなんだ?お前の力を持ってる俺の力を持ってるぞ?』
『うーん、そこまで薄くなると無理かなぁ。ただ、成長すれば受信ぐらいは出来るかもね』
流石に無理か。もし出来るのなら助かったなのにな。……いや、今はそっちの方が都合がいいんだけど。
『あぁ、ニールちゃんの言いたい事が分かったよ』
『……ここまで聞けば分かるか』
『いや〜、まさかこんなに早く出てくるとは思ってなかったよ。僕ももう少し反省してなくちゃね』
世界神はそう言ってるが反省している気配は全くない。その声はこれから楽しそうな事が起こりそうだという期待に満ちていた。
『【天啓】を使って話しかけることが出来るのは僕の力を持ってるのだけ』
『世界神の力を持ってる奴は俺以外にもう一人いる』
『うん。元僕の眷属にして君達が呼び出された原因。邪神だね』
でも、どうしてだ?邪神が俺に教皇選挙を手伝わせるメリットは何がある?それとも自らの存在を示して警戒させるのが目的か?
『何もないと思うよ。彼女も基本的には僕と同じ神だからね。今のニールちゃんだったら手も足も出ないからね。きっと楽しみを優先したんだよ』
心から理解しているようにそう言う世界神。いや、実際にそうなのだろう。結局のところこいつも邪神も根は似た者同士と言うわけだ。
『……それだったら案外楽だな』
『ん?何か言ったかいニールちゃん。思念が弱くてうまく聞こえなかったよ』
『独り言だ。それよりも今回のは本当に邪神なんだな?』
『僕に悟らせることなく出来るのは彼女だけだね。他の神が入ってきた気配もないし、確定だと思うよ』
世界神はもうその話題に興味を失ったかのように答える。もし姿が見えてれば何か他のことをしてそうだ。
『……助かった。突然呼び出してすまなかったな』
『気にしなくて良いよ。僕はニールちゃんと話せれば良いしね。最近ニールちゃん以外に興味が湧かなくて退屈だしね』
その声は本当に退屈そうだ。それ程この世界、もとい世界神のいる空間には娯楽がないのだろうか?
『それじゃあ、そろそろさよならだね。また間が空くのは寂しいけど待つよ』
『……多分直ぐだぞ』
『そうだといいね。最後に神の助言を授けよう』
突然、世界神はらしくもなく真面目な雰囲気で喋る。
『教皇選挙を手伝えば君のクラスメイトに会えるよ。それじゃあね』
『いや、それもっと詳しく――』
最早恒例のように言いたい事だけ言って一方的に繋がりを切る。最後に助言なのかふざけてるのか分からない意味深な言葉を残して。
く、クソッタレぇーーーーー!!!




