裁定者
突然に殴ってきたルティヤの顔は憎悪に満ちていた。殺気には殺意が込められ、牽制とかではなく本気で俺を殺す気だと分かる。ルティヤは『龍鱗鎧』で青い鱗でできた鎧を喚び出しながら俺の方へと歩いてきた。
……何故だ。いや、原因は分かってるな。ヴェノムとリードが元邪神の眷属だということが原因だ。……でも今は違うし、まだ邪神の眷属が何かしたということも聞いたことがない。邪神の眷属と言うだけでここまで怒るのは不自然だ。
俺がルティヤの怒っている理由について考えているとルティヤが俺の顔面目掛けて殴りかかってきた。俺はそれを掴み、空いている左腕で腹を殴った。俺が腕を掴んでいるせいで衝撃で飛ぶことが出来ず何度も殴られた。ルティヤは何とか体勢を戻し手刀で自分の腕を切り落として俺から距離を取り、切った腕と砕かれた鎧を直した。
「ちっ。面倒くせぇな、おい。そもそも何で世界神の眷属のお前が邪神の眷属を匿ってるんだよ、おい」
「……元邪神の眷属だ。今は違う。匿ってるのはこいつらも被害者だったからだ。……世界神も邪神との繋がりを断つなら良いと言っていた」
「……戯言だ」
『おいニール、カッコつけてるけど俺の時と言ってることが違うぞ。あの時俺のこと殺す選択肢もあったと思うんだが』
『てめぇ、何勝手なこと言ってんだよ。俺は被害者だと思ってねぇし、てめぇの眷属になったのだって力を手に入れる為だぞ』
俺は影の中から何か聞こえた気がするがスルーし、ルティヤの攻撃を防いだ。時々反撃をしつつも基本的には攻撃を逸らしている。
……既に俺との圧倒的な実力の違いには気づいているはずなのに何で諦めてくれないんだ?世界神のが認めていると言っても信じてくれないしな。被害者と言って情に訴えかけてもみたが効果無しか。……ヴェノム達を影から出して脅威じゃないことを示すか?試してみるか。
俺はルティヤを蹴り飛ばして一度距離を取った。ルティヤが戻って来ないうちにヴェノム達を影から出した。戻ってきたルティヤはヴェノム達を見て目を見開いて立ち止まった。
「何のつもりだ、おい。俺にはそいつらが邪神の眷属に見えるんだがどうなんだよ、おい」
「……こいつらが元邪神の眷属だ。この通り危険は無い。……ちょっとステータスは高いけどお前に害を与える程じゃない。だからもう許してやってくれ」
俺がルティヤにもうヴェノム達を襲わないように交渉していると影から出されたヴェノム達が話しかけてきた。
「てめぇ、俺らを殺す気か?俺じゃあのルティヤっていう奴に勝てないぞ。それともあれか?俺らを囮にしててめぇは逃げる気か?」
『リードの言う通り俺じゃあ、足止めも出来ないぞ。気を引いて多少時間稼ぎをできるかもしれないけど、それも少しだけだ』
「……少し黙っててくれ」
俺の声は僅かな緊張をはらんでおり、普段よりも低い声が出た。それを聞いた二人は何か反論するでもなく素直に黙ってくれた。
「それで俺が引くと本気で思ってるのかよ、おい」
「……こいつらはお前が思っているような奴らじゃない。さっきも言ったがこいつらは被害者だ。……邪神に召喚される前は普通に暮らしていた人間だぞ」
「そんなことは関係ねえよ、おい。俺が言ってるのはそいつらが何をしたかじゃねえよ、おい。そいつらが何なのかが問題なんだよ、おい」
話し合っていくうちにどんどんとルティヤの殺気が強まっていく。それを受けたヴェノムとリードは体を硬直させて動くことが出来なくなっていた。
「……それじゃあ尚更お前が怒る理由はない。今は邪神との繋がりを断ち、俺の眷属になってる。……それでもこいつらを殺そうと言うなら俺も妥協せずに、お前を殺すぞ」
「……ちっ。今回は見逃してやるよ、おい。だけど今回だけだ。もし今後邪神の眷属共がこの世界に仇なせば俺は裁定者としてそいつらを殺しにくるからな、おい。その時は今回みたいには行かねえぞ、おい」
「……だったら俺が全ての邪神の眷属から邪神との繋がりを断ってやるよ」
「はっ、せいぜい頑張るんだな、おい」
ルティヤはそう言うと転移でどこかへ行ってしまった。俺は周囲にルティヤの気配が無いことを確認し肩の力を抜いた。
ふぅ、危なかった……。裁定者の世界神の力を行使できる条件が分からなかったから不安だったんだよな。……というか今回は未然に防げた筈だ。ここに来たのは仕方ないとしてもルティヤと会わないことだって出来たわけだし、ヴェノム達のことを聞かれた時だってルティヤの気配が変化していた。なのにそれに気付かないで特に考えず答えたせいでルティヤの怒りを買った。……最近の俺は少々傲慢だったな。俺は強くなったが、別に最強になった訳では無いのだ。もっと気を引き締めて慎重に行動していかないと……。
俺が今回のことを反省していたらラプラスが転移してきた。
「……遅い。何をしてたんだよ。もう全部終わったぞ」
「遅れて済まないね。君たちの戦闘の影響で周辺の空間が乱れていたんだよ。君たちの魔力が衝突した影響周囲の魔素が乱れ、不完全な結界のようなものが発生してたんだ」
へぇ、そんなことが起こるんだ。……あれ、でも戦闘中、普通に転移出来そうだった気がするな?気のせいだったのか?そこまで魔素も乱れてなかった気がするんだが……、
「あぁ、疑問に思ってるみたいだけど君は転移できるよ。まず君たちの影響で出来た結界のようなものは外からの転移を妨害するものだよ。本来は魔素が乱れてては転移出来ないけど君や龍神レベルなら出来るんじゃないのかい?」
「……そうか。まぁ、そのさっきは遅いって言ったが来てくれて嬉しかった。……ありがとう」
「何で君がお礼を言うんだい?今回、私は何もしていないよ?」
「……気まぐれだ。それよりもさっさとワイバーンを殺して依頼を達成させよう。シルビア達も街を見終わっただろ」
俺はヴェノム達を影に入れて森の方へ歩き出した。しかしラプラスは着いて来ず、周りを見渡している。
「君がこれで良いなら私もとやかく言うつもりは無いけど本当に良いのかい?」
そう言われて辺りを見回してみると、クレーターのような凹みがそこら中にあった。元は平地で俺とルティヤが争った結果月の表面のようにボコボコと凹みが発生したのだ。
「……そうだな、先に直しておくか。ええとこれで良いかな?……【地形操作コントロールアース】」
俺が魔法を唱えるとクレーターが見る見るうちに埋まっていき、しばらくすると元の平地へと戻った。草は生えてこず丸い円が沢山あるが気にせず森へと歩き出した。
その後は何事もなくワイバーンを倒して帰った。ワイバーンの見た目は少々翼が小さかったが、概ね地球で想像されているものと差は無かった。手が無く腕がそのまま翼になっていて、翼の関節に爪の様なものがあった。
ワイバーンを倒した俺達は街へと転移し冒険者ギルドで【虚無空間】からワイバーンの死体を取り出して依頼完了を知らせた。そのままワイバーンの死体は換金してもらい、結構お金を貰えた。どうやら俺が思っていた以上にワイバーンやドラゴンの素材というのは需要があるらしい。
「……依頼も終わらせたし皆を集めるか。ラプラスは何かやりたいことはあるか?」
「いや、私はないよ。知り合いがいると思ったら別の街に移動してたみたいだしね。ま、冒険者だったし仕方ないんだろうけどね」
「……そうか、会えるといいな。……それじゃあ宿に行こう。そこで待ち合わせるように今念話で言ったから」
「分かったよ。そういえば、ヴェノム君は出さないのかい?」
「……何か眷属会議とか言って出てこない。まぁ、別に意志を無視してまで抱きたい訳ではないから構わないけど」
そう。ヴェノム達がルティヤと別れてから影から出てきてくれないのだ。あの俺至上主義みたいなマクスウェルまで出てこない。理由を聞いてみたところ、眷属の間で会議を開いているらしく、これからについて大事な事だから命令でもない限り出れないと言っていた。割と真面目な雰囲気を感じたのでヴェノムを抱えるのは我慢して会議を続けて貰うことにした。
それについてラプラスに説明しながら宿へと向った。宿に着いたのは俺達が最後で並列思考達は皆集まっていた。昨日とは姿が違う者が数名居たので何をしていたのか楽しみだ。そのままこの街から出発する事を伝えたが特に驚いた様子もなく了承してくれた。後からシルビアに聞いてみると「いつもの事だよ」と言っていた。……解せぬ。
俺達は宿の代金を払い、街を出る前にブラッドとの約束通り街にある屋敷へと向かった。道中並列思考達に何をしていたのか聞くとシルビアとルルは宣言通り図書館に篭っていたらしい。特に知識とかは手に入らなかったが新しい魔法へのイメージが湧いたらしい。……次はどんな魔法を作るのだろうか。
コア達は初日に武器屋を見終わった後はずっと闘技場で試合を見ていたらしい。実力的にはつまらなかったが、才能のある奴らが数名居て今後が楽しみらしい。金で剣闘士を買えると伝えたらまた今度で大丈夫だと言われた。そこまで期待してないらしい。
ボロスはよく分からないことを言っていたが辛うじて読み取れた内容を纏めると商業区で人間の商品を物色していたらしい。今右目に付けてる黒い眼帯も商業区にあったもので魔力を抑える働きがあるんだとか。意外と実用的な物を買っていて驚いた。
念話でジャックにも聞いてみると今日だけでこの街で一番大きな裏組織のボスを見つけ出して拷問していたらしい。拷問内容は腕を切ってそれを目の前で解体し、またそれを……いや、詳しく言うのは止めておこう。それで裏組織のボスを説得し乗っ取ったと嬉しそうに言っていた。一日でこの街の半分を乗っ取るとかどんだけハイスペックなんだよ……。
今日と昨日について並列思考達から聞き終えたのとほぼ同時にブラッドの言っていた屋敷へと着いた。
「……ここに来いと言ってたけど中に入れば良いのか?」
俺が屋敷を見上げながら疑問を口にすると隣にいたシルビアが答えてくれた。
「そ、そうなんじゃない?ニールちゃんを読んだブラッドって言う人は凄いひとなんでしょ?そ、それならこんな屋敷にいてもおかしくないと思うよ」
「……そうか。じゃあ駄目元で門番に話しかけてみるか。……お前らも来てくれ」
俺達は門番へと話しかけた。最初は眉をひそめていた門番だが、ブラッドに呼ばれて来たことを伝えると血相を変え、慌てた様子で門を開けてくれた。
何でそんなに慌てるんだ?そんなにブラッドって凄いのかな?……全然そんな風に思えねぇ。確かにステータスは人間にして高いけど強いと言う訳ではないしなぁ。
「……ラプラスが以前地上に来た時は剣聖ってどんな存在だったんだ?」
「私が来た時はいなかったかな。知り合いに聞いてみたら人類の英雄的立ち位置だと言っていたね。念の為叡智で調べてみたけど、大体似たような感じだったよ」
「……そうか。それじゃあそいつの呼び出しというだけでこうなるのも普通なのか?……でもブラッドと話してみたけど全然そんな風に感じなかったな」
「それは君が彼よりも強いからだね。人間からしたらドラゴンに勝てる存在なんて凄いんだよ?」
「……そうなのか。もう少しブラッドに優しくしてやろうかな」
俺とラプラスがブラッドに対して失礼な会話をしていたら胸が大きい美人の秘書さんが屋敷の奥にある大きな扉へと案内してくれた。俺がノックをしてから扉を開けると部屋の中にはブラッドと死神のような鎌を持った顔色の悪い人が長椅子に座ってた。




