殺人者
~時は少し遡りニール達が街に着いた頃〜
街の中心にある屋敷の中で一人の男が独り言を呟きながら堂々と歩いていた。
「あいつ元気にしてるかなぁ。体が弱いのにずっと仕事してるからまた体調崩してそうだなぁ」
男は屋敷の奥にある大きな扉の前で立ち止まるとノックをし、中にいる人物からの返事を待った。
「入れ」
ノックをしてから数秒待つと中からまるで地の底から湧き出たような疲れた声が聞こえてきた。それを聞いた男は手馴れた動作で扉を開け、中央にあるソファへと自分がこの部屋の主だと言うかのように座った。男は座ると部屋の最奥で書類を整理している男に向かって話しかけた。
「お前また痩せたなぁ。割と本気で死にそうな顔をしてるんだが」
そう、書類を整理している男は目の下には何日も寝ていないのか大きな隈があり、骨が浮き出るほど痩せていた。顔色の悪く今にも倒れてしまいそうだ。
「そうか……。それで今回は何の用だ?剣聖」
「あまりその名で呼ばないでくれと何度言えば分かるのかなぁ。お前って本当に頑固だよなぁ、死神」
「話を逸らすな。用件を言ってさっさと出てけ」
死神と呼ばれた男はそう呼ばれたことを気にすることなく同じ質問を繰り返した。剣聖と呼ばれた男は見るからに苛立ち威圧したが、溜息を着くと今までのどこかふざけていた雰囲気を消し真面目な顔で今回来た用件を話し始めた。
「はぁ、今回来たのはお前も知ってると思うが勇者のガキどもについて報告するためだ。というか、あいつらの潜在能力がヤバすぎる。特に王子が一番やべぇ、あれ俺よりも強くなんじゃねぇの?」
最後の方は真面目な雰囲気を崩して半ば独り言のように呟いていた。
「お前がそこまで言うほどか……。それで人格の方は?」
「中身は何も知らないそこら辺のガキと同じくらいの知識だった。だけど理性の方は青年くらいまで発達していたなぁ。まぁ、だから会話自体は楽だったなぁ」
「ほう……。それじゃあ、私も抜かれてしまいそうだな」
「お前はもう違うだろ。また、こっち側に戻ってくるのか?」
「いや、私はもういいさ。何年もあれに触っていないから訛っているだろうしね。それよりもお前はそれでいいのか?」
「ふん、俺は最強だからな。今の俺よりは強くなるだろうけど俺には絶対に追いつけねぇな」
「お前のその自信が羨ましいよ」
その後、男たちはまるで久しぶりに会った親友のように話し合った。太陽が上り昼になった頃二人の会話が終わり、剣聖が帰る支度を始めた。
「じゃ、話したいことも話したし帰ろうかなぁ。俺はしばらく勇者達を観察するつもりだ。お前は適度に休憩しておけよ?」
「自覚はしているが、それは出来ないな。さっきお前にも話したが、今は非公式ながらも王の元で働いていてな……。休む訳にも行かないのだ。私の体質で睡眠は必要無いのも知っているだろう?」
「いや、お前は寝なくても体調が崩れないと言うだけで疲労が溜まって結局体調が崩れるだろ。俺はそれを言ってるんだけどなぁ」
剣聖は立ち上がり扉に手をかけながら死神へと今までとは明らかに違う本心から溢れ出たかのような声でそう言った。
「はぁ、分かった……。これからは適度に休憩していこう」
死神はその言葉を聞き、まるで観念したかのように両手を上げた。しかし、すぐに降ろして机に山積みされている書類を処理し始めた。
「……絶対分かってねえんだよなぁ。ま、それがこいつらしくもあるか」
剣聖は自分の呟きの意味を理解しているのか分からない友人の様子を見て呆れ半分、納得半分の目で見つめ別れの挨拶を告げた。
「じゃ、俺は戻る。いいか、しっかりと休みを──」
剣聖は言葉を区切ったかと思うと、一瞬でどこから取り出したのか分からない剣を持って身構え、スラム街の方向を見た。同時に死神も椅子から立ち上がって下がり、こちらも全く膨らみのない服から苦無に似た担当を取り出して剣聖と同じ方向へと身構えた。
「……おい、何でこの街にこんな殺気の出すやつがいるんだよ。しかも隠蔽能力もやべぇぞ?」
そう、剣聖の言う通りスラム街の方では殺気が発生していた。もちろん、この殺気は俺が出したものだ。どうやら怒りで一瞬殺気が漏れてしまったらしい。普通は気づかないが、この二人は気づいたうだ。
「分からない。こんな気配今まで一度も……。いや、そんなことよりも私たちなら耐えられるが、これを受けている者は大丈夫なのか?」
「いや、無理だろうなぁ。……予定変更だ。俺は今からこの殺気の主の元へと向かう。お前は今日初めてこの街を出入りした冒険者辺りを調べてくれ」
「分かった……。気をつけろよ?私と違ってお前は現役だが、これはもしかしたらお前にも届きうるぞ?」
「それぐらい理解している」
剣聖はそう言うと静かに歩き出した。死神の方は速やかに書類を片付け、従者を呼び出して何か頼むと、部屋の中に並んでいる本棚を動かした。裏には部屋があり中には様々な武器や道具が並べてあった。死神はその中からその名の由来となったものと同じ黒い大鎌を持った。
「……あまり無茶はするなよ」
死神は誰に向かって言うだもなくそう言うと部屋から出て本棚を元の位置へと戻した。
~その日の夜~
剣聖は朝と同じように屋敷の中を歩いていた。しかし、纏う気配は朝とは逆で研ぎ澄まされていた。奥の部屋に着くとノックもせずに開き中にいた死神へと話しかけた。
「殺気の発生した地域の周辺を調べてみたが、路地裏で魔力の残滓があった。しかも、人間のではなく魔物のだ。他にも冒険者ギルドの方も探してみたけど今日、新しく来たやつがいたらしい。とりあえず明日はそいつに話しかけてみる」
「ふむ、その新しく来た冒険者の特徴は?」
「二人いて、どっちも女だ。片方は大人でもう片方は少女くらいだったらしい。少女の方は黒いスライムを抱えていて前から問題だった冒険者二人組に連れられたがその二人組の内片方が戻って来ていないらしい」
「仮面か……。確かに今日、二人仮面を付けている七人組が入ってきたと報告されている。絵も描かせたがこんな風な仮面だったらしい」
死神は書類の中から二枚引き出して剣聖へと手渡した。剣聖はそれを見ると眉をしかめて死神の方を見つめた。
「本当にこれが通ったのか?明らかに不審者じゃねぇか。何でこんな奴らを通すんだよ」
「私もそう思い聞いてみると受付は不思議がっていた。後から思い返してみるとおかしかったらしい。私の予想では恐らく闇魔法辺りで精神に干渉していたのだろう。私も昔は使っていたからな」
「……なるほど。分かった、この仮面だな。今日は何もせずに帰ったらしいから明日また来るだろう。駄目元で張り込んでみるわ」
「私が言うのも変だが無茶はするなよ。お前がいるから人族は平和なんだからな」
剣聖は死神の言ったことを聞くと目を見開いた後、苦笑した。
「俺はそんな大層なもんじゃないぞ。そういうのは勇者のガキ共にでもとっといてやれ」
「……お前は遠慮知らずなのか謙虚なのかハッキリとしろ。とにかく、私も努力はするが、結局はお前が逢いに行くんだ。油断せずに今からでも準備しておけ」
「分かってる。ま、戦闘する気はないけどな。多分相手も今日の殺気的に周りに被害を与えるタイプじゃないだろうしなぁ」
剣聖はそう言うと扉を開いて部屋を出た。死神は机の下に隠してある鎌へ一度触ると何事も無かったかのように書類を処理し始めた。
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翌日数年振りに寝た俺は特に問題もなく明け方に起きた。並列存在たちも最初は戦闘について語っていたり、術式を改良したり、一人でよく分からないことをしていたようだが今は全員寝ていた。俺が起こさないように静かに身を起こすと遅れてみんな起きた。
……起きたと言うより寝てる振りをやめたと言った方がしっくりくるほどタイミングが良いな。確かに意識は手放してたみたいだけど、周りの状況はしっかり把握していて俺が起きたのに気づいたからこいつらも身を起こしただけだな。……別にそんなのはいいか。
「……おはよう。昨日言った通り今日も自由にしてくれて構わない。やりたいことは今日で済ませてくれ。……明日からは少しみんなでやりたいことがあるからな」
「分かりました。ニールさんは昨日聞いた話によると問題を起こしたそうなので、今日は謹んでください。まぁ、言っても仕方ないんでしょうけど……」
俺が話しかけるとルルが並列存在を代表して返答した。正直ルルが言っているように問題を起こさない自信が無いが、一応頷いておいた。そのまま俺と同じように寝ている間も仮面を付けているラプラスの方へ近づいて触れ、冒険者ギルドの近くの脇道へと転移した。
「……君は本当に問題という言葉の意味を理解しているのかい?私は君に何をされても構わないけど、他の子にはこういうことはしてはいけないよ?」
「……大丈夫だ、今回はお前だからやった。多分察していると思うけど俺は冒険者登録というのをしたい。……あいつの記憶で見てるけど、どうせお前も登録してるんだろ?」
「もちろんだよ。冒険者がどのような職業なのか実際になってみて知りたかったからね。まずは受付に行こうか。……あまり男の受付には行かない方が良いよ、色々と話しかけてきてしつこいからね」
「……そうか、なるべく女の受付と話すようにしよう。……少し待ってくれ。やりたいことがある」
俺は付近に人間の気配がないことを確認し、新たに自由意志のない並列存在を作り出した。目の前に俺にそっくりの少女が現れた。俺は昨日新しく発生した並列思考へと語りかけ、これからやることを説明しその意識を今作った並列存在へと上書きした。
すると並列存在から異様な雰囲気が発生し、見た目が変化していった。白銀だった髪が黒くなり、黒いワンピースだったシェロブの服が背中と肩が露出していてラバーのような材質でできている黒い服へと変化した。背中と肩、手や頭部以外は肌の見えるとこが無く、それを確認した並列思考は『創造』で大きめのフードのついている外套を創り全身覆い、露出部を見えないようにした。
「新しい子かい?久しぶりに増えたね。それで、この子はなんていう名前なんだい?」
俺が並列存在に並列思考を上書きさせていると後ろからラプラスが覗き込んで質問してきた。新しく発生した並列思考の異様な雰囲気に何も疑問を持っていないのかわざと触れていないのか分からないが最初に名前を聞いてきた。
「……まだ聞けてない。で、お前の名前はなんて言うんだ?……というか、お前今までの並列思考と違うんだが、何か知ってるか?」
俺がラプラスに引き継いで問いかけると並列思考は外套のフードを頭から外してどこか狂気じみてる笑顔で答えた。
「私たちの名前はジャック。ニールちゃんの称号に惹かれてやってきたんだ」
……どういう意味だ?俺の称号に惹かれてきた……?意味が分からない。そもそもこの俺とは似ても似つかない雰囲気からして異様だ。一人称も言動もおかしいし、聴けることがあればちゃんと聞き出そう。
「あ、分かってない?うーん、簡単に言っちゃうと私たちは子供の頃に死んじゃった子たちの魂や怨念、執念の塊なんだ。ニールちゃんの言葉で言えば亡霊かな?」
「は?」
「あぁ、なるほど。君のその気配はそういう事か。納得したよ。……それにしてもこんなのを無意識に呼び出すなんて君は本当に面白いね」
新しく発生した並列思考……ジャックの説明にラプラスは理解して納得し、俺は全く理解することが出来なかった。……どうやら、俺はまたやらかしてしまったらしい。




