第20話 エルラの暴走
・・・・ドドドドドドドドド!!
「砂煙が凄いな。」
--マスクしたい所だが、今からやる事を考えたら邪魔だな・・走り辛いだろうし。
・・数哉とアラルナは勢い良く近付いて来るエルラを約2km離れた荒野から見ていた。
「あれだけ大量のエルラが暴走するとの。さて?どうやって誘き寄せるのじゃ?」
--「ラナ、多くのエルラを誘き寄せられそうな料理は無いか?」
『ボッゴの燻製丸焼きは如何でしょうか?この世界では食べられていないエルラを本拠地で研究して、今では中々の料理となり、大きく目立つ上にかなり食欲を唆る匂いを出せます。ブヨブヨ感を逆手に取り、見た目も美味しそうな料理です。引き寄せ度としては素晴らしいかと思われます。』
--「それで行こう。転送する所をアラルナに見られない様に頼む。」
『畏まりました・・転送。』
アラルナの後ろにボッゴの丸焼きが二匹現れた。匂いが四方へ漂い出す。
「なんじゃ?この美味しそうな匂いは?」
アラルナが振り向くと、ボッゴの丸焼きが丸太に刺された状態で横たわっていた。
「ほうほう・・これは不思議な事じゃの。これはお主の仕業かの?」
「まぁな、便利な遺跡の収納魔法具をある者に貸して貰っている。これでエルラ達を誘き寄せようと思う。」
「なるほどのう。儂は、何処を目指せば良いのじゃ?」
「アラルナなら南下した1km先に赤い旗が、ここから南西に見える筈だ。その場所を俺と同時に目指してくれ。」
「ふむ、あの赤い旗か。もしや、あれもお主の仕業かの?」
「どうかな・・それよりも集中してくれ。エルラを引き離さず、追い付かれずの感じで頼む。」
「任されたぞい。」
「赤い旗は落とし穴の左端と右端を目印に2つ立てている。最後は、そのギリギリ外を走ってくれ。中を走ればエルラと一緒に落ちるからな。」
「それにしても、その様な大きな落とし穴にエルラが気付かず落ちるかの?」
「・・大丈夫だ。遺跡の装置で、落とし穴を普通の地面として見せる事が可能だ。」
「なるほどの。」
「来た・・それじゃあ行くぞ。」
「ふむ。」
ドドドドドドドドド!!・・・ドドド!!
大小様々なエルラが大量に数哉へ押し寄せる!砂煙の津波と共に走って来るエルラを背に走り出した。2人の肩には丸太の刺さった大きな丸焼きボッゴを載せている。走り出した数哉にラナが問題を発した。
『数哉様。』
「どうした?」
タタタタタタタタ!
『迫り来るエルラ達の最後尾にペリオと言うエルラが居て、その背中に一人の子供が隠れて貼り付いています。』
「今回の騒動の黒幕か?」
『分かりませんが、血を流して気を失っている様です。』
「まずいな・・エルラと一緒に落ちるぞ、その子供。」
『そうですね。』
「エルラの背中には、どうやって隠れているんだ?」
『ペリオはラクダの様なコブがあって凹んでいる部分がかなり大きく、そこに収まっています。』
--穴へ落ちる前に飛び付いて助けるか?
「隠しルートは人が落ちても大丈夫か?」
『元々、大型の運搬車を地上と地下で行き来する為に作られている物ですが確実に落とす為にエレベーターは下に降ろしてしまいました。再び上げるには後、7分以上掛かります。』
「落ちるのは無しだな。2人を支えられるパラシュートを直ぐに用意出来ないか?」
『可能です。』
「だったら用意しておいてくれ。もし落ちたら、その子供とパラシュートで地下へ降りる。」
『畏まりました。』
タタタタタ・・タタタ!!
--・・あれだな。
数哉の視線の先に赤い旗が離れて2本見えた。走りながらチラリとアラルナを見る。
--アラルナは余裕そうだな。
数哉は丸焼きボッゴだけで無く自身も噛み付かれては引き剥がし走っているが、アラルナは杖無しに一瞬で魔法陣を構築しては近付くエルラに雷の欠片を連続で放っていた。それを受けたエルラは動きを少し止めて、又走り出す。それを繰り返していた。アラルナの表情も特に焦りも無く笑みさえ浮かべている。
タタタタタ・・タタタ!!
数哉とアラルナは赤旗に近付くと、エルラを穴に導く様に中心に少しルート変更して、丸焼きボッゴを穴の中心へ投げ入れて自身達は赤旗の外へジャンプした!
「ラァッ!」
「ほっ!」
ズザザザ〜!
赤旗の外の地面を滑り、止まった後で後ろを振り向くとエルラ達が地面の映像の中へ匂いを追い消えて行く姿が見えた。
「よし!上手くいった!・・もう一つ!ラァッ!」
ダッ!
「カズヤ!何をするつもりじゃ!」
数哉はエルラの中心部へ大きくジャンプして、エルラと共に地面の映像の中に消えた・・かと思うと映像から飛び出してエルラの上をエルラの進行方向とは逆に走って行く。正確には転げ走りといった所だろうか。安定しないエルラの上である為に、数哉は転げてはエルラを穴に蹴り落として立ち上がっていた。3分の2の大量のエルラが瀧の様に落ちて行く中で数哉は子供の居る筈の後方を走って迫って来るエルラ達を見渡す。
--「ラナ!子供は何処だ!」
『数哉の正面から左7.2°方向です!垂れ目で目の離れた大きな顔のエルラがペリオです!』
「あれか!?良し!」
・・数哉は噛み付かれそうになるのを避けながら、次々とエルラの背中や頭を土台に渡って行く。エルラは数哉に噛み付こうとするが後ろのエルラから押されて止まれない。地面にしか見えない落とし穴へと消えて行った。最後尾から2番目程に走っているエルラの背に乗り、アラルナより少し上に見えるぐらいの少年を急いで抱き上げる。
「大丈夫か!?」
数哉が声を掛けるが子供は目を覚ます様子が無い。その間もエルラ達は、次々と落とし穴へ落ちて行く。
『数哉様!取り敢えず避難を!』
「そうだな!ラァッ!」
数哉はエルラから子供を抱えたままジャンプした。最後尾のエルラ達がそれに気付き、数哉と少年と言う獲物を発見してブレーキをかける。落とし穴へ落ちずに止まり、数哉達へ向き直した。三十匹近い凶悪なエルラ達が数哉を睨み付けながら囲みだす。数哉は子供を抱えたまま、ラナに話した。
--「ラナ、子供の治療を頼む。」
『畏まりました。』
--さて、どうするか?このままじゃあ戦えないし、子供だけ何処かに転送させるか?いや、駄目だな・・この子供、衰弱が激し過ぎて治してからでないと心配だ。
--「ラナ、子供と一緒に安全な場所への転送は可能か?」
『申し訳ございません。私が腕輪化していない者には、身体に大きな負担が掛かります。最悪は生き物の場合、死ぬ可能性も。』
「そうか・・。」
・・数哉が考え込む中、数哉にも見えない速さでアラルナが移動して数哉達を守る様に立ち尽くす。
--カズヤがこの程度のエルラ共に負けるとは思えぬが、折角見つけた弟子を殺される訳にはいかぬ・・。
「エルラ共・・死にたければ、この儂に掛かって来るが良い。」
アラルナの身体から、以前出していた赤いオーラが現れ出した。勇者代理会議の時の様に、身体を元の状態に戻して行く。実際には数哉と同じ身長の162㎝しか無いのだが、数哉には巨人が目の前に立つ様に感じられた。
--アラルナは、実は大人なのか?しかし凄いな・・これ程か?間近でエネルギーを感じると良く分かる。確かに俺よりも遥かに強いな。伝説で伝わる勇者の力は間違っているかも知れない・・。
落とし穴に落ちなかったエルラは強いエルラばかりで、A級のエルラも一匹居た。エルラ達は数の有利とA級のエルラのバエロメが居る為に、バエロメさえ腹を満たして去れば残り物の獲物に有り付けると思っている。パエロメは長距離を移動する際は四足歩行で、戦う時は二足歩行になる稀なエルラである。その姿は二足歩行になると三メートル近い大きな狼男と成り、その長く鋭い三本爪は硬い頑丈な毛皮を持つと言われるトルノルベアをも軽く貫く。バエロメは獲物を前に、両手の鋭い爪同士で研いでいた。
キィィィィ〜!キィィ〜!
「儂を軽く見られたものじゃ。バエロメ如きに威嚇されるとは。」
アラルナの姿が蜃気楼の様に揺らめく・・。
「はて?・・既に斬られた事も気付かぬのか?」
アラルナがそう話すとバエロメの身体が2つに別れていった。
「グギ?・・ギ・・ゲ。」
ドサッ。
「ほれ?他の奴は掛かって来ぬのか?」
アラルナの手には数哉の腰の剣が握られていた。数哉は自身の腰にある空の鞘を確認する。
--いつの間に・・?
エルラがバエロメの血の匂いに興奮して、アラルナへ一気に襲い掛かった。
ズザッ!
スパッ!ススススス〜!
エルラ達は一歩を踏み出した後、全く動かない。動くと身体が2つに別れて死ぬ事を分かっている様だ。
「踏ん張るのう?いつ迄持つやら・・。」
数哉はアラルナの動く姿を捉えられなかった。
--全く見えない・・。
小さくなったアラルナは、数哉達に振り向いて笑顔を向ける。
「終わったぞい。ほぉ?・・その子供は何者かの?」
「分からない・・エルラの背に乗って気絶していた。」
「あの状態で良く気付けたのう?儂でさえ気付かなかった。どれ、見せてみよ。」
「ん?あぁ・・。」
子供は数カ所に骨折と打撲痣や切り傷があったが、既に数哉の腕の中でラナが治療を施した後だ。アラルナは子供を診て治そうとしたが血の後が付いているだけで問題無い。
「ふむ?これもお主の仕業かの?」
下からアラルナが数哉の顔を覗き込んだ。
「何の事だ?」
「・・まぁ、良いじゃろう。子供は時期に目を覚ましそうじゃ。」
「・・ん・・んん。」
「お?言った矢先に目を覚ましたようじゃ。」
数哉に抱き抱えられた少年は、数哉の顔を見てホッとしながら呟いた。
「父さん・・。」
「父さん?」
少年は意識がハッキリとして来た様で数哉が父親で無い事に気付く。
「違う!誰!?放して!」
「落ち着け。今、降ろしてやる。」
数哉がそっと少年を降ろすと、少年は辺りを見回した。
「ここ何処なの・・?」
「マルセドラスタ王国との国境付近だ。何があった?」
「そう・・父さん!」
少年は下に俯き、拳を強く握り締めて悔しそうに涙を流す。
「・・父さんは僕をランゴアナ帝国の強制労働から救う為に亡くなった!」
「!?・・・。」
「ランゴアナ帝国の奴らは!マダラグス王国の民達を奴隷として遺跡で働かせてる!沢山の人が遺跡で死んだ・・。それで、父さんと奴隷の一部の人達百人ぐらいが協力して、僕達を連れて逃げたんだ。ランゴアナ帝国の奴ら、それを知っていて追い掛けなかった。遺跡から出て直ぐにランゴアナ帝国の大きな車が何台も現れた。沢山のエルラを追い立てる様に、遺跡入口の傍の割れた地面から出て来たんだ。それで、僕達は必死に逃げた・・奴ら、それを見て車の上で酒盛りをしながら笑っていた!父さんは!父さんは!僕をペリオの背に載せた時に他のエルラに噛み付かれて!父さん!血塗れに成りながら僕だけは生きろって!ヒグッ!ウワアァ!・・!!」
奴隷用の汚れた白くて薄い浴衣に似た服装の少年は、強くズボンを握り締め、堰を切ったかのように涙を流す。数哉は屈むと真剣な表情で尋ねた。
「すまなかった、思い出させて・・母親は?」
「うぅ!・・母さんは、多分まだ遺跡の牢屋の中。病気で働けなくなった者は牢屋に入れられる。」
「分かった・・俺は数哉と言う。名前は?」
「・・ホナスム。」
「俺がホナスムの母親を助けてやる!」
「無理だよ・・奴ら遺跡兵器を使って厳重に守っているし。しかも、その中には大きな遺跡迷宮も有ってマダラグス王国の王族達も地下深くに閉じ込められてる。抵抗軍が投降せず戦う度に、奴ら王族や貴族達を一人ずつ殺すって言ってた。」
「それで、その遺跡が厳重に警備されているのか?」
ホナスムが会えなくなった母親を思い出しながら静かにコクリと頷く。
「そうか、だが俺は行く。何かを諦めるのは、もう辞めたんだ。」
「アラルナ、悪いがこの子供をマルセドラスタ王国迄連れてやってくれないか?」
「それは良いが、お主はランゴアナ帝国の兵士と強力な遺跡兵器の罠の中を一人で掻い潜るつもりかの?」
「ああ・・俺には頼れる相棒が居るから大丈夫だ。」
--「なっ、ラナ。」
『数哉様!?』
--「イケるだろう。」
『勿論です!この星を破壊してでも、数哉様をお守り致します!!』
--「それはヤメろ。母親を助ける意味が無くなる・・。」
『・・畏まりました。』
「・・ふむ、何か手段があると言う事じゃな。ではカズヤ、この子供は任された・・可能であればじゃが、一つ頼み事をして良いかの?」
「何だ?」
「実はの、コーネットの婚約者であるフレリア・スカーレットがそのペリナシア遺跡に幽閉されておる。」
「コーネットさんの?」
「そうじゃ。本当は儂が助け出せれば良いのじゃが、幽閉されておる遺跡迷宮は遺跡中央部に続く道・・遺跡の罠が満載じゃて。突破しようとすれば遺跡を壊す程の力を出す必要がある。壊せば幽閉されておる者達も無事では済まぬし、表立って儂が戦う事はマダラグス王国とランゴアナ帝国の戦争に参加したとも言われかねん。複雑な事情があっての。もし、お主が遺跡に詳しく助け出せると言うのなら頼めぬかの?」
『数哉様、ランゴアナ帝国にはAランク級の兵士が多く存在する様です。この件は受け無い事をお勧め致します。』
--「ラナ・・悪いが俺は受けたい。王族や貴族達が開放されたら抵抗軍も自由に動ける様になる筈だ。抵抗軍が頑張ればホナスムの様な家族も減るかも知れないからな。出来れば抵抗軍にも、この世界で出来る可能な範囲の力を貸せないか?そうすれば、マルセドラスタ王国への被害も減るかも知れないし、ファルアナ王女も少し安心出来るだろう。」
『そうですか、お待ち下さい・・畏まりました。相手の利用している遺跡の罠装置を逆手に取りましょう。お任せ下さい、他にも良い案が御座いますので。』
--「有難う、ラナ。」
『その言葉だけでラナは嬉しく思います。数哉様の所有する本拠地の惑星の力も貸されますか?』
「いや・・過ぎた力を与えれば今度はマダラグス王国が、恨みを持つランゴアナ帝国に乗り込む事になる。そうなればランゴアナ帝国の罪の無い人達に被害が出る事になるからな。出来る限り、この世界の力で何とかしたい。」
『畏まりました。』
「・・アラルナ、引き受けた。」
「すまぬの。」
「ああ・・但し成功するかどうかは分からないぞ。」
「うむ、このまま待っておっても今の話では処刑を待つだけじゃ。お主が失敗すれば儂も動かざるを得ん。」
「分かった。それじゃあ、もう俺は行く。」
「うむ。」
・・・二時間程経ち、マルセドラスタ王国の兵士達は未だ来ないエルラ達を緊張の表情で待ち続けている。
「おい?まだ応援部隊は来ないのか?冒険者達はどうなんだよ。」
「分からないな。あれだけ大量のエルラが迫ってると分かれば来ないかもな。」
「くそ!冒険者ギルドめ!もっと報酬を吊り上げて来させろよ!国が潰れたら、お前達の責任たぞ!」
・・アラルナンは、子供を連れて兵士達が立ち並ぶ国境の門に到着した。大きな国境の木の門はエルラ対策で閉じられている。アラルナンは門の前に居る2人の隊員に挟まれた小隊長の男に話した。
「通行許可を貰いたいんじゃが?」
「ダメだ!ダメだ!今はエルラ対策で国境は通せない!」
「これで、どうかの?」
アラルナンはSランクのギルドメダルを出す。小さなアラルナンを見た隊長は訝し気にアラルナンを見下ろした。
「お前がぁ?Sランクだとぉ!?有り得ないな。こっちは忙しいんだ。サッサとどっかに行け!・・全く、何で貴族の俺がこんな危険な任務に・・。」
「そう言わず、なんとか検問してくれんかの?」
小隊長はアラルナンに返事をせず、門へ振り向いて剣の鞘でカンカンと叩き、大声を出す。
「お〜い!!早く誰か変わってくれ!時間じゃないのか!変な小娘が、この非常時に通してくれと煩いんだよ!まったく!小さいクセに!冒険者ランクがS級なんだってよ!嘘だろうがなっ!」
・・ギイイィィィ。
交代の時間には到達していないのだが門の閂が外され、高さ4mもある大きな両開きの門がゆっくりと開いた。大勢の兵士が見守る中、如何にも格の高そうな魔法鎧を着た上品な男が出て来る。身長は178センチと高身長で三十歳と若いが強者の風格があった。その男が小隊長に近付くと、小隊長は右足を跪き焦りだす。
「申し訳ございません!ビルファルト将軍!決してっ!任務怠慢では!?・・え?」
ビルファルト将軍は小隊長を無視して通り過ぎ、アラルナンに右足を跪いて話す。
「やはりアラルナン様、お久しぶりで御座います。」
「ふむ、以前トナシテリア川の水の氾濫を食い止めた時以来かの?」
「はい。その節は大変お世話になり、有難う御座いました。」
「シアドル王は元気かな?」
「はい、シアドル陛下は御健在です。」
貴族でも下っ端の小隊長は、話を聞いて大変な事をしでかしたのではと、アラルナンとビルファルト将軍へ土下座をしつつ、頭をガシガシと地面に叩き付けている。アラルナンとビルファルト将軍は特に、その方向へ向く訳でも無く話を進めた。
「それは何よりじゃ。ああ、済まぬ。楽にして良いぞ。」
「はっ。」
ビルファルト将軍は立ち上がり話す。
「アラルナン様がここに現れたのは、この度の脅威に再び我が国へ力を貸して頂けると解釈して宜しいのでしょうか?」
「北から来ていた大量のエルラ共の事かの?」
「はい・・ですが、来ていた?もしかすれば、既に対処して頂いたと?」
「うむ。迫っていた大量のエルラは、散ってしまった数十匹以外の全てを別のバルビル遺跡へ落としたぞい。」
「なんと!?マルセドラスタ王国の危機をお救い頂き!感謝申し上げます!」
ビルファルト将軍が深々と頭を下げた。近くの他の兵士達も頭を下げている。
「儂は手伝っただけじゃ。この度のマルセドラスタ王国を救った者はマダラグス王国に向かっておる。」
「旧マダラグス王国ですか・・その方も勇者代理の?」
「いや。」
「??勇者代理でも無く、何千のエルラを相手をしたと?」
「そうじゃ。あの遺跡のシステムを利用した手際は見事じゃった。儂でも、あの大量のエルラを対処するとなると骨が折れそうじゃしな。」
--あの、かなり美味しそうな匂いのする料理が食べられなかったのは残念じゃが。
「その方は何者なのですか?」
「それよりも、お主は相変わらず前線で戦っておるようじゃの。他の3将軍は見えぬし。」
「王都にてエルラ対策を練るとかで・・。」
「エルラ対策?王都に隠れているの間違いじゃろう。」
ビルファルト将軍が苦笑いしながら答える。
「・・まぁ、私が頑張れば良い事ですから。」
「シアドル王がお主を頼るのが、よく分かる。」
「その話はお控えを願います・・あの方達の耳に入ると嫌みを言われるもので。」
「何もせんで文句ばかり言う者達か・・呆れてものが言えんの。ランゴアナ帝国がもし来れば、直ぐにでも侵略されそうじゃの。」
「やはり、その件で力を貸して頂く訳には・・?」
「言った筈じゃ。儂ら勇者代理は破壊神が甦った時だけに、力を国に貸す事と決まっておる。国通しの戦争には加担しては、ならぬのじゃ。まぁ今迄、戦争以外であればある程度は力を貸して来たがな。」
「ランゴアナ帝国には、あのガンドルフ様が力を貸していたとの情報が入っていますが・・。」
「ふむ、もしそれが真実でもじゃ。ガンドルフがランゴアナ帝国に加担しようと儂は動けん。」
「何故ですか!?それでは!勇者代理の方々は、ランゴアナ帝国の侵略に手を貸している事になります!」
納得がいかぬと言った表情で、ビルファルドが噛み付いた。
「勇者代理と勇者代理が戦えば、お互い無事に済む事は無い。勇者代理は破壊神が甦った際、名の通り勇者が病気等で戦えぬ時に代わりに戦う者達じゃ。勇者達が健康状態で復活するとは限らん。神器を使える者が欠ければ、破壊神の封印魔法が未完成の魔法となってしまう。破壊神が暴れ放題となれば、世界は闇に包まれる事となるじゃろう。」
「・・・。」
「すまぬの。」
「いえ、こちらこそ申し訳御座いません。我らの力が足りぬのにアラルナン様に安易に頼ろうとしてしまいまして・・。」
「・・その事じゃがな、もしかすればマダラグス王国の抵抗軍が再び動き出すかも知れん。」
「どう言う事ですか?王国のネテスコーク王、他の主となる王族達も全て殺されて、更に人質を取られ動けないと聞きましたが?抵抗軍は既に風前の灯火でしょう。」
「抵抗軍を現在率いておるのはS級ランクの冒険者でアトルガじゃ。知っておるかの?」
「はい。焔の魔槍ナステノサと言う遺跡から発掘した強力な魔槍を武器とする・・。」
「そうじゃ。アトルガはの、亡きネテスコーク王の血を引いておる。」
「本当ですか!?」
「ふむ・・第四妃との間で生まれた子供でな。特に王位継承権は持っておらなんだが、普通に暮らせば何不自由の無い暮らしが送れた筈。そこは焔の牙突王と呼ばれたSランク冒険者アトルガの事。貴族の生き方が性に合わなかったじゃろう。20年以上前に、子供ながら身分を捨てて家を出たようじゃ。」
「ですが・・先程申し上げた通り、流石の焔の牙突王も人質を取られて動けないのでは?」
「そこで、先程マルセドラスタ王国をエルラの脅威から救ったカズヤと言う者じゃがな。儂は、あれに期待しておる。」
「カズヤ・・殿?」
「そうじゃ。儂の勘では人質も開放され、抵抗軍が再び自由に動き出すじゃろうと思っておる。それにアトルガも動いていないのでは無い。マダラグス王国の冒険者達の憧れの存在であったアトルガは、かなりの数の冒険者達を集めて抵抗軍の力を付けて潜んでおる。その数は数万人ともな・・。カズヤは、その足枷となっている王族や、奴隷となった人達を開放する為にマダラグス王国主要遺跡のペリナシア遺跡へ向かっておる。」
「一人で・・でしょうか?」
「そうじゃ、面白いじゃろう。」
「面白いと言いますか、私には無謀としか思えませんが・・?本当に何者なのですか?そのカズヤ殿と言う方は?名前も聞いた事が有りませんし、位の高い何処かの貴族で多くの優秀な部下を持つSランク冒険者とでも?」
「いいや。動きは冒険初心者のそれで、部下等が居る様には見えなかったの。鎧はボロボロの初心者鎧じゃったし、冒険者ランクもGじゃからな。」
「益々、分からないのですが?・・。」
「からかっておる訳では無いぞ。まぁ、その者には何か謎がある。もし、そのカズヤが報酬を望む様な事があればシアドル王に頼めるかの?」
「それは、こちらとしても願ってもない事です!それ程強い方であればマルセドラスタ王国の良き守護者となります。高い地位の貴族の座と、私と同様将軍として軍の纏め役に取り立てて頂けるように陛下へ願うつもりです!」
「それはダメじゃ。あやつはマルセドラスタ王国には、やれん。」
「もしかして・・?」
「カズヤには、このレリクスを救って貰わなくてはならんでな。」
「そう言う事ですか・・残念ですが、分かりました。カズヤ殿が望めば別の報酬を考慮致します。」
「ついでに済まぬが、この子供を保護してやってくれんかの?」
「この子供は?」
「名前はホナスムで、マダラグス王国で強制的に奴隷としてランゴアナ帝国に使われていた者じゃ。現在、カズヤが向かっておるメインの目的はこの子供の母親を助ける事でな。」
「なるほど。そう言う事であれば、マルセドラスタ王国の王都にある私の別邸で取り敢えず保護致しましょう。カズヤ殿には母親を連れて来た際に私を訪ねる様にお伝え願います。国境と王都の検問も素通り出来る様に手続きしておきますので。」
「ふむ、分かった。では儂はこれで失礼するぞい。やらねば成らん事が沢山あるからの。」
「はい。この度は本当に有難う御座います。」
ビルファルト将軍が頭を下げると、アラルナンは軽く右手を上げてマダラグス王国へ風のように駆けて行く。