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鰻女  作者: 山田 六十
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「泣き顔にほだされて許しちゃいました。って頭の悪いオチだなオイ」


 屋上で事の顛末を聞いた友栄は、パックのリンゴジュースを吸った後そう締めた。身も蓋もない返答に思わず正也は苦笑した。

 友栄には要らぬ心配を掛けていたので、いち早く知らせたのだがその結果が先ほどの素っ気ない返答である。だがそれも彼女らしいと正也の顔はどこか満足気であった。そんな彼の様子が食わないのか、友栄は顔を背けて小さく舌打ちをする。


「大体友達から始めましょって中学生かっつーの。むしろ中学生のが進んでるね」

「友人として連絡先交換しただけだろ? 何怒ってんだ?」

「別に怒ってねーっての」


 視線を合わせず再度紙パックの中身を吸い込む。何がそんなに面白くないのかと正也は一考すると、一つ思い当たる節を見つけ携帯を取り出した。


「そういえば俺友栄の連絡先知らないや」

「ふーん……それで?」

「いい機会だしさ、教えてくれない?」

「あー、んー……どうすっかなー」


 友栄はわざとらしいまでに熟考して見せた。そんな彼女の態度に正也は思わず吹き出しそうになるのを堪える。以前尋ねた時は、にべもなく断られたのだがずいぶんと態度が軟化したものだと思う。同時に素直じゃないのは相変わらずだと心中でひっそりと苦笑した。


「なっ! 頼むよ。俺の少ない友人リストを増やすと思ってさ」

「チッ! しゃーねーな」


 相変わらず視線を向けぬまま、友栄は正也に向って携帯を突き出した。正也は笑いを表に出さぬように気を付けながら互いの連作先を交換した。


「ん。ありがとうな」

「別に、しつこそうだったから仕方なくだ」


 悪態をつきながら友栄は画面を呆然と眺めていた。


「あー! こんな所に居た! オクジョーは立ち入り禁止なのにー」


 唐突に扉が開くと、知恵が屋上に姿を現した。入り口で二人の姿を確認すると拗ねるような口調で咎めつつも、跳ねる様に二人の元へ走ってくる。

 走る度に上下する豊かな胸に目が行きそうになるも、友栄の視線を感じてわざとらしく携帯の画面に視線を移した。


「ねぇ! セイヤって今日ヒマだよね?」

「勝手に決めるなって。なんだよなんかあるのか?」


 二人の元に辿り着くと、覗き込むようにして正也に尋ねる。なんとか目線を制御しつつも暇だと決めて掛かる彼女に何とか抗議の意思を伝えた。そんな言葉はどこ吹く風とばかりに知恵は言葉続ける。


「だって今日ショウコ達、なんか遊べないっていうからさ、仕方ないからセイヤで良いやって。セイヤ今日ヒマでしょう?」

「だから勝手に決めるな。今日は一応予定があるんだよ」


 遊び相手として妥協されている感じに虚しさが胸を突いた。知恵に悪気がない事は分かっているのだが、そう簡単に割り切れるものではない。それはそれとして予定があるのは事実なので断るしかないのだが。


「えー! なんでなんで! いーじゃん。遊ぼうよ~。どうせ大した用事じゃないでしょ~」

「えーい! 仕方なく誘っといてその我儘具合はおかしいだろ!」


 正也の腕を掴んで駄々をこねていた知恵であったが、彼の言葉を聞くといやらしい笑みを浮かべた。


「あー。もしかして正也拗ねてるの? 自分を一番に誘って欲しかった的な? 可愛い~」

「ぐぬ、ん、んなわけあるか」


 からかう様に頬をつつく知恵に反論を試みるも、あながち間違いではない為どうにも歯切れが悪い。そんな二人のやり取りに舌打ちすると友栄が口を挟んできた。


「しつけぇーなテメェは。テスト間近なんだから大人しく勉強でもしてろ」

「なにさ! トモエはカンケーないじゃん」

「隣で耳障りなんだよ。脳の脂肪が全部胸にいってんだからこの機会にたくわえとけ」

「意味わかんないし。大体授業出てないんだからトモエが勉強すれば? 絶対赤点でしょ」

「んだとコラ」


 二人の争いが激化するその直前、見計らったかのように予鈴の鐘がなった。これ幸いにと正也は二人のじゃれ合いを宥めに掛かる。


「ホラ二人とも予鈴なったぞ。遊んでないで戻るぞ」


 そう言うと渋々と正也に付き従う二人であったが教室に戻る間ひたすら「バカ」などの低レベルな応酬が続いた。二人のやり取りを正也は微笑ましく感じ苦笑するのだった。



「あら? セっちゃんじゃない。今日お休みでしょう?」

「まぁちょっと報告に」


 放課後、正也はアルバイト先に訪れた。光に南との問題が解決したことを知らせる為である。彼女にも幾分か気を使わせてしまったので、早いうちに経緯を伝えておきたかった。


「ふーん? なんか解決したのか良く分かんない感じね」

「まぁ、悪意があったわけじゃ無い。というのが分かったので」

「セっちゃん的にはそれで問題がないやって事?」


 報告を受け微妙に釈然としない面持ちではあったが、光はとりあえず納得したようであった。


「セっちゃんがそれでいいなら私は何も言えないけど」

「ハイ。なので明日からはいつも通り普通に表で働けますので」

「あー。それを伝えたかったわけ? 別に明日でもいいのに、というか別にずっと掃除してくれててもいいけどね。どうせ大して人こないし」


 なんとも投げやりな光の物言いに思わず正也は苦笑した。


「それにしてもセっちゃんの将来はすこし心配」


 光の不安げな声に正也は「はぁ」と短く返事をする。なんとも気のない返事に彼女は頬を膨らまして正也を覗き込む。


「怪しいツボとか、絵画とか、健康になるお水とか部屋に溢れてそう」

「流石にそれは詐欺だって分かりますよ」


 とは分かっていても、引っかかるときは引っかかるのだろうと正也は思う。ここまで詐欺の代名詞として広がっているのに未だに騙される人間が居るのだから。詐欺師が巧妙なのか、体験してみると自身では案外気づかぬものなのかは分からないが。


「セっちゃんの場合、嘘だと知っていても相手に泣きつかれたら買っちゃいそうだもん」

「どんだけボロイ相手なんですか僕は」

「セっちゃん女の子大好きだしな~。美人局とか結婚詐欺とか条件反射で飛びつきそう」


 よもや光にまでそんな目で見られているという事実に正也は思わず悲しくなる。確かに彼は女性が好きだが自身では一般的な興味のそれだと思っている。決してそこまで見境のない人間だとは思いたくなかった。


「も~冗談よ。そんなに難しい顔しないで」

「うぅ……からかわないで下さいよ」


 真剣に自身の在り方に不安を感じていただけにドッと疲れた様に正也は抗議を示す。「ごめんごめん」と光はケラケラと笑いながら謝罪した。


「ところでセっちゃん喉乾いてない?」

「いえ、特には」

「実は~さっきからお客さん全然来なくて~コーヒー一杯だけでも注文してくれると嬉しんだけどな~」


 何故か急にしなを作って正也に甘えるような声を出す。正也は急な出来事に戸惑いながらも「じゃあ一杯だけ」と顔を赤くして返答した。

 光はそんな彼の様子を黄色く笑うと「ウソウソ」と笑いながらアイスコーヒーをご馳走してくれた。



「灯~起きてるか」


「ついでに灯と会っていけば?」と光に言われ、顔だけ出す事にした正也はノックをすると部屋の中へと入っていった。


「うわぁ! 正也かぁビックリしたなぁもー」


 ベッドに寝転がって端末を眺めていた灯は、不意を突かれた猫のように飛び跳ねて驚いた。ノックをしても返事が無かったのはそちらに集中していた為らしい。よく見るとイヤホンを耳に付けている。


「またアニメでも観てるのか?」

「今はネットニュース徘徊。というか正也はなんで? 今日シフトじゃないじゃん」

「うーん。灯の顔を見に来たというか、まぁそんなん」


 南との事情を詳しく知らない灯には説明もできず言葉を濁す。要領を得ない彼の説明を聞いて「ふーん」と短く返事をすると端末からイヤホンを外す。すると妙に気取った男性の歌声が聞こえだす。


「そっかそっか、そんなに私に会いたかったか」

「いや別に、まぁいいけどね」


 何を勘違いしたのか満足げに頷く灯。変に否定しても面倒なことになると察した正也は訂正するのを諦めた。


「前から思っていたけど、人と話してる時にそういうの弄って見向きもしないのはどうかと思うぞ」

「正也って一々発言が爺くさいよね。生まれた元号偽ってない?」

「爺くさいって、割と常識的な事だと思うが」

「その常識が一昔前だって言ってんの」


 尚も画面から視線を外さない灯に正也は肩を落とす。彼女の言い分が正しいとは思わないが急に押しかけた手前、その注意は少々身勝手な言い分かと思い諦めて口を閉じるとベットに背中を預ける。


 しばしぼんやりしていると、端末から聞こえる音楽が変わる。今度はいやにかわいこぶった女性の声が複数混じって聞こえだす。特に何もしていない所為か、その音楽がやたらと耳に流れ込んでくる。


「それもアニメソングってやつ?」

「ん? そうだよー。さっきのもそうだったけど」

「アニメで思い出したけど、SSGスプラッシュスマッシュガールズって木曜の深夜にやってたんだな」

「うわっ! リアルタイムで視聴する様になってる。そんなに気に入ったのアレ」


 たまたま寝付けない日にテレビを付けたら、依然彼女が観ていたアニメが放送していたので振っただけなのだが、予想以上に軽蔑の眼差しを受けて思わず正也はうろたえる。


「ね、寝付けないからテレビ付けたら偶々やってたんだよ」

「苦しい。その言い訳は流石に苦しい」


 実際最後までしっかりと視聴したのでその言い訳もあまり意味をなさないのだが、予想を超えて灯の反応が冷たい為必死に弁明を試みる。なんとも見苦しい姿である。


「まぁいいけどね。あれクソつまんない癖に二クール連続でやるから、気に入ったなら継続視聴すれば?」

「いや、だからそういう訳じゃないんだって」

「近いうちにどっかで一クール分一挙放送とかやるかもしれないしね。知らないけど」

「えっ? マジで?」


 思わず反応する正也に灯の白い目が突き刺さる。

 正也は無言でゆっくりと彼女から視線を逸らした。



 灯との戯れをそこそこに正也は火野家を後にすると大きく体を伸ばした。これといって予定もないのだが、期末テストも近いので大人しく家で勉学にでも励もうかという腹積もりであった。


「せ~い~や~君っ!」


 唐突に背後から声を掛けられて振り向くと南が立っていた。

 正也は彼女の笑顔を視界に収めると呆れて溜息をついた。


「桜波さん。だから待ち伏せは止めてくださいって言ったじゃないですか」

「正也君たら酷い言いがかり。偶然なんだから」


 心外とばかりに南は顔そむける。なんとも可愛らしい仕草に騙されそうになるが、今までの事を鑑みれば到底信用には値しない。

 それはそれとして、今日の正也は学生の本分に勤しむつもりなので長々と彼女と応対しているつもりはない。反省の見られない彼女の態度はさておいて、早々に話を切り上げようと心に決める。


「正也君、今日はテスト勉強するつもりなんじゃない? なんだったら私が見てあげようか?」


 そんな正也の言葉を先回りして、南は機先を制した。先手を取られて言葉を失っている正也を後目に尚も彼女は言葉を続ける。


「調度学生はテスト直前。部活もバイトも休み。正也君ならきっとテスト勉強すると思ってたの!」


 両手を合わせて朗らかに彼女は笑う。よく見ると彼女はいつものハンドバックではなく、不織布の白いトートバックを持っていた。おそらく中には筆記用具等が入っていると思われた。


「奇遇な事に私ももうすぐテストだから一緒にやりましょ! 分からない所なら教えてあげられるし!」


「そりゃこの時期学生は皆そうだろうよ」と正也は心の中で返答する。完全に南のペースであり、言葉を挟む余地が見当たらない。そういえば先週もこんな風に押し切られたな。と懐かしい心持ちになる。


「あの桜波さん、予定を事前に調べ上げるとかも止めていただけると……」

「他人行儀だなぁ。お友達なんだからサクラちゃんって呼んでもいいよ」


 苦し紛れの注意にもまるで耳を貸さずに南は不満げな様子でそう告げる。

「呼びませんよ」と呆れ果てた顔で返答する正也であったが、それも当然なのかもしれないと諦めていた。


 注意しただけで行動を改める人間など彼の周りには一人もいないのだから。

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