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正也はベットの上で仰向けになり、部屋の天井をただ呆然と見上げていた。
テストも終わり気づけばあっという間に夏休みに突入していた。
部屋の掃除でも大々的に行おうかとも思ったが、どうにも気分が乗らない。ここ最近の心労が一挙に表に出てきたように感じていた。
今日は精のつくものでも食べてゆっくりと過そうかとも思ったが、そもそも食事を作ることが面倒である。いっそのこと何も食わずに一日中寝てるのもいいかもしれない。どうせ休みは始まったばかりなのだ。
そう正也がまどろんでいると不意に呼び鈴の音が部屋中に響くのが聞こえた。外のエントランスではなく、内側の廊下に設置された呼び鈴だ。マンションの住人であろうか? それとも何処かの営業が部屋を順番に周っているのだろうか?
居留守を使っても良かったのだが、丁度良いきっかけだと思い正也は重い体を持ち上げた。大きなあくびをかきながらノロノロと玄関へと足を進める。
ふと、南の姿が頭の中をよぎった。ここ最近は彼女に振り回されていた為か、どうにもたびたび彼女が頭をかすめてしまう。流石に考え過ぎだと苦笑しながら正也は玄関の扉を開けた。
「こんにちは。正也君」
桜波南であった。
彼女の笑顔を見て正也は思わず頭を抱えた。マンションの内部に入っているのは別に構わない。住宅マンションのオートロックなど、所詮は人が出入りしている隙を見計らえばそのまま簡単には入れてしまうのだから。
しかしこれから毎日の様に彼女が無遠慮に押しかけてくる。というのは流石に気が滅入る。もちろん南には悪気はないというのは分かっているのだが、流石に正也も一言せずにはいられなかった。それこそ実家や親戚の家にまで後を付けられたら堪ったものではない。
「桜波さん。出来れば来るときに軽い連絡とか、約束を取り付けるとかそういうのをですね……」
喋っている間に無意識に言葉が雪崩出る。当然ではあるのだが、どうにも一言では済みそうにない。だがそんな正也の様子は気にも留めず南は首を振って否定した。
「ううん。違うのよ正也君。それは誤解なの」
「何が誤解なんですか。いいですか? 桜波さんも年上の女性としてですね――」
「引っ越しの挨拶に来たの」
「――はぁ?」
南の言葉に思わず正也の言葉が止まる。突然の告白に理解が追い付かない。今彼女が何といったのかゆっくりと咀嚼すると、信じられないものを見る様に彼女を眺めた。
「折角お友達になれたのに年も離れてるから交流の機会も少ないじゃない? これって不公平だと思うの」
「何と比べて? というか何を? え、えぇ?」
「だから近くに引っ越せないかなって思ったんだけど、偶然にも正也君の隣の部屋が空いていたの!」
「ぐ、偶然? 空いて?」
両手を合わせて毎度の笑顔を咲かせる彼女だが、正也は彼女の言葉が何一つ理解ができない。
偶然隣が空いていたと南は言うが、四月の時点では両隣の部屋に人はいたはずだ。かといって正也もそこまで隣人と付き合いがあるわけではない。なのでいつの間にか引っ越しして気づかないというのもなくはない話だ。
(本当か? 隣の部屋だぞ)
一瞬納得しかけたが心中で思わず否定する。今までの彼女の事を考えればどうにも信じる気にはなれなかった。
だが正也はすぐに難しく考えるのは止めた。どれだけ考えた所で引っ越してきてしまった以上はどうしようもないからだ。
一つだけ確かなのは、彼女が自分の想像以上に厄介な女だった。という事だけだ。結局は自身の判断が招いた結果なのだと正也は溜息交じりに諦めた。
よく見ると南は少し大きめの箱を両手に抱えていた。見舞いの品であろう紺色の箱にはのし紙が巻かれ、恐らく彼女のものと思われる可愛らしい文字で引っ越し見舞いと書かれていた。
彼女は両手で箱を差し出すと、中身の品であろうそれを指して珠の様な笑顔で言った。
「鰻食べませんか?」




