98 ひまわり咲いた
ジョウオウ・サマの次に発せられる言葉を待って、その場にいる全員が息を呑んだ。と言うか、審査するべき立場にいるはずのオウ・サマも息を呑んでいた。どうやらもはやオウ・サマには何の権限もないらしい。
「今日からよろしくね、ウルルちゃん」
ジョウオウ・サマはそれだけ言うと、空になった器に新しいお菓子を補充した。この言葉の意味を、俺は一瞬理解できないでいた。ウルルもその言葉をポカーンとした表情で受け止めると、すぐさま新しいお菓子の方に目が移っているという始末だった。ちなみに新しいお菓子はルマンドだった。しょっぱいお菓子から、甘いお菓子へのコンボに、もうやめられないとまらない状態に陥ったウルルは、ハムスターのように口いっぱいに頬張っている。ほっぺたがぷくぷくに膨らんだウルルは、この世のものとは思えないほどに愛くるしく、思わず抱きしめてしまいたかった。
と、しばしここに居る全員がウルルのお菓子を食べる様に釘付けになっていたわけだが、俺はようやくその言葉の意味することを理解した。
「えっと、それはつまり、合格ってことでいいんですよね?」
恐る恐る俺は問いただす。
「えぇ、ウルルちゃんをこのオウ・サマ・キングダムの新しい住人と認めます。はい、これがその証ね」
ジョウオウ・サマは、何時ものように何処からともなくバッチのようなものを取り出すと、お菓子を頬張ることに一段落しているウルルに手渡した。ウルルの手はお菓子の粉まみれだった。
「何やろこれー? 付けたらええの?」
ウルルはそのバッチを掲げてみたり、匂いを嗅いでみたりしていた。
「ええ、お胸の辺りに付けておいてね」
ウルルは言われるがままに、大きくたわわなお胸の部分にバッチを付ける。そのバッチにはピンも何もついていなかったが、不思議と胸のところに固定されたのだった。
「なぁなぁ、似合っとる?」
ウルルが俺の目の前にお胸を突き出しては、バッチを見せつけてくる。俺はバッチを見ようとするのだが、自然と別の場所の方に視線が行ってしまう。これは悲しい男の性なのでどうしようもない。
「なぁ! 似合っとるかどうか言うてよー!」
ウルルが駄々っ子のように、俺の顔に当たるほどの至近距離に胸を近づけてくる。なんだか蕩けそうになる良い匂いがした。
「似、似合ってるから、だから胸を近づけるのはやめてくれ! 色々と問題が……」
胸の先端部分が俺の顔に触れそうになるまで接近したところで、俺の言葉を聞いたウルルが言葉の意味を理解したのか、顔を真赤にして距離をとった。恥ずかしさのあまり頭の上のドリルがキュルキュルと回っている音が聞こえる。
「さぁて、ウルルちゃんのお部屋は何処がいいかしらねぇ〜」
そんな俺とウルルのやり取りを、ジョウオウ・サマは見てみないふりをしながら、オウ・サマとウルルの住む部屋を決めていた。後でわかったことなのだが、この家は見た目は普通の一軒家だが、謎の技術によりいくらでも部屋を増やせるらしい。
と、ここまで話が進んで、ようやくウルルは自分が試練に合格したことに気がついたらしく。
「え! うち住んでええの? 合格したん? 喜んでええの!?」
再度確認するように、俺の顔を伺う。俺は首を縦にふる。続いて、ジョウオウ・サマに確認する様に視線を向ける。ジョウオウ・サマも首を縦に振る。次は自分だと待ち構えていたオウ・サマだったが、オウ・サマに確認することはなかった。
「いいんだ、いいんだ。どうせ私なんて……」
畳の隅っこで膝を抱えてのの字を書いて拗ねるオウ・サマの後ろ姿は泣いていた。それを見たウルルは、オウ・サマの横に来てちょこんと隣に座る。
「これからよろしくおねがいしますー!」
ウルルは見よう見まねの正座してみせると、頭を下げつつ元気よく挨拶をしてみせた。その言葉を受けて、オウ・サマのジトジトした曇り空のような表情が、見事な日本晴れへと変わっていく。
「いやいやいやいや、こちらこそよろしく! 我がオウ・サマ・キングダムに居れば困ったことなど何一つとして起きはしないからね! 大船に乗った気持ちでいなさいな! あーっはっはっはっは!」
オウ・サマの機嫌が治るの一瞬だった。とは言え、一番問題を起こしそうなのがこのオウ・サマだから困りものなのだが、そこはジョウオウ・サマがなんとでもしてくれるだろう。
「ふぅ、これで一件落着ってとこかぁ」
俺は足を崩してあぐらをかき、肩の荷が下りたように両肩をコキコキと鳴らした。これでようやく地下水道で命を助けてもらった借りを返すことが出来た。さらには、地下帝国の地上世界侵略を防ぐことにもつながったかもしれない。そう、少女の願いをかなえると同時に、世界も救っちゃってるわけだ。いやぁ、なかなか凄い事やり遂げたんじゃなかろうか。俺って凄いんじゃね? と、調子に乗ってみたものの、よくよく振り返ってみると俺は大したことなどやってはいなかった。ウルルを不動産屋に連れて行くも失敗し、ただ俺好みの服装をさせただけでしか無い。オウ・サマ・キングダムでの試練を勝ち抜いたのは、ウルル自身の力であり、俺は何にもやっちゃいないのだから。
「ところで、引っ越しの荷物を運んだりとかは大丈夫なのか?」
何もやっていない俺だけに、引越の手伝いくらいのアフターサービスはやっておくべきだろう。
「引っ越しなら大丈夫やよ。うち何も荷物無いもん。あるんはこの買ってもろた服だけやよ」
ウルルはセーターの袖を引っ張って、ほらほら見て見てとこちらにアピールをする。
「いや、生活必需品とかは……」
「そういうのだったら、うちのを使えば問題ないよ」
オウ・サマは歯ブラシやらタオルをすでに用意して、畳の上に並べておいてあった。
「これも使ってもらって構わないよ!!」
そこにはフリルの装飾のついたブラジャーすらも並べられてあった。そう言えば、ウルルのノーブラ、ノーパン問題は何一つとして解決していないんだった。
「あ・な・た!! そういう冗談は笑えないですよ? ね? 冗談ですよね?」
ジョウオウ・サマの目は微塵も笑っていなかった。代わりに瞳には殺意がこめられていた。
「勿論冗談だよ! これは君にプレゼントしようと思っていたものだよ! あーっはっはっはっは!」
誤魔化すオウ・サマだったが、素人目にもそのブラジャーのサイズがジョウオウ・サマのものではないとわかる。と言うか、どうやってウルルのブラのサイズがわかったんだ!?
『ふふふふ、私は服の上からでもひと目見ただけで、女性のブラの最適なサイズがわかるという能力を持っているのだパイパイ』
俺の脳内にオウ・サマの言葉が鳴り響く。これは、おっぱいテレパシー! と言うか、何ていう意味のない能力なんだ。
「ごめんなさい、ちょっとうちの旦那連れていきますね」
ジョウオウ・サマはオウ・サマの首根っこを掴み上げると、そのまま釣り上げた状態で部屋を出ていった。部屋の外からは『うぎゃ』だの『ぐへぇ』だの『ヒデブっ』等の叫び声がしっかりと聞こえてきたのだが、俺は何も聞こえていないふりをしてやり過ごした。
ウルルはと言えば、そんな事は完全に構い無しで、これから始まる新生活に大きな胸を躍らせていた。と言うか、むしろ踊っていた。喜びのあまり謎のダンスを踊っていた。ステップを踏むたびに、揺れるおっぱい。あぁ眼福、眼福。
「あっ! うち凄い大事なこと忘れとったわ!」
ウルルの謎のダンスが急停止する。加速のついた身体はすぐに止まることが出来ずに、そこから発生する遠心力により今までにないくらい大きくお胸が揺れた。
「あのな、うちな……ちゃんと名前教えてもろてないんよ」
ウルルは俺の上着の袖を引っ張った。二度、三度、四度、としつこいくらいに強く引っ張った。
そう言えば、最初に出会ったとき名乗った記憶はない。あれはあんな非常事態だから、そこまで頭が回ってなかったのは仕方がないとしても、再び顔を合わせたときですら、俺は自分の名前をきちんと名乗っていなかった。
名前が恥ずかしいと言うのは良くあるパターンだが、俺の場合は特殊な名字との合体で恥ずかしいというレアなパターンだ。故に、俺は自己紹介というものが苦手である。出来ればしないで済ませたい。そんな事を考えているから、ウルルにもきちんと名乗っていなかったのだろう。
と、思考を巡らせている間にも、俺も上着の裾はちぎれてしまいそうになるくらい強烈に引っ張り続けられていた。ウルルは少し不貞腐れてブーブーと口を尖らせている。
「しゃあないな。名乗るのは恥ずかしいから好きじゃないんだ。でも、ウルルにはちゃんと名乗っておきたいと思うしな。俺の名前は『大宇宙守』だ。なんか壮大過ぎて変な名前だろ?」
俺の言葉を聞いて、ウルルの表情がひまわりの花が咲いたかのようにパーっと明るくなる。
「そんな事あらへんよ! ええ名前やよ! だいうちゅうまもる……だいうちゅうまもる……」
噛みしめるように名前を連呼されて、俺は恥ずかしさのあまり顔を背けてしまった。
「守にーちゃん! うん、守にーちゃんって呼んでもええ?」
ウルルの袖口を引っ張っていた手が、いつの間にか俺の手を握っていた。
俺は一人っ子だ。それ故に兄と呼ばれたことなど一度もない。そんな俺を初めて『にーちゃん』と呼んでくれたのが地下帝国のドリル少女と言うのは、数奇な運命だと言える。そして、俺はこのウルルに『にーちゃん』と呼ばれることを、満更でもないなと今思っている。
「あぁ、好きなだけ呼べよ! どんと来いだ!」
「守にーちゃん!」
ウルルの身体が大きく跳ねた。跳躍した着地地点は俺の胸の中だった。俺は慌てて両腕でしっかりと受け止める。重さと共に。柔らかい感触と、得も言われぬ良い香りが、俺の五感を満たしてくれた。
「これからもよろしくな。守にーちゃん」
俺はこの腕の中にある赤毛の少女を守ってあげたいと、心の底から思うのだった。
※※※※
こうして一仕事終えた俺は、何時ものように事務所のソファーに一人寝転がっている。
俺の視界の中に、あの大きく揺れる柔らかい物体がないことがなにかもの寂しかった。
俺は仰向けに寝転がり天井を見つめながら、あるはずのないおっぱいをもみもみする手の動きをしていた。
「あんた何キモい動きしてんの? 馬鹿なの? あぁ、それは聞くまでもなかったよね」
俺の視界の中に突如として現れたのは、俺の求めるおっぱいなどではなく、藤宮花火だった。相も変わらず、まるで自分の部屋のように何の前触れもズカズカと踏み込んできやがる。
「お前じゃ……全然足りないな」
何が足りないか? それは言うまでもない、お胸のサイズだ。
「何言ってるか意味分かんないけけど、なんかムカつくから一発殴っといてもいい?」
花火が拳を固める。こんな何気ない一言で、俺の人生が終わりかけるのだから、本当に世の中ってやつは油断ができない。
俺が花火の放つ闘神の如きオーラに軽く失禁しかけたその刹那。
「守にーちゃん! 遊びに来たで〜!」
玄関のドアが開き、一人の少女が元気ハツラツでお胸を揺らしてやってきた。
言うまでもなく、その少女は『ウルル』である。俺は『ウルル』がいつでも遊びに来ていいように、合鍵を渡しておいたのだ。うーん、女の子に合鍵を渡すってなんか興奮するよな?
「あ、この人が守にーちゃんがよく話してた花火ちゃん? はじめましてー。うちウルルって言います。よろしくな〜」
ウルルの迫力満点の笑顔と、大きなお胸に花火は狼狽えるばかりで、俺に助けを求めるように視線を向ける。
「仲良くしてやってくれよ。ウルルはいい子だぞ?」
「えへへ、いい子とか照れるわ〜」
俺とウルルを交互に見やって、花火は頭でも痛いかのように眉毛を釣り上げた。
「……わ、わたし用事思い出したから帰る! 今度きっちり色々説明してもらうからね!!」
花火は頭を抑えながら部屋を出ていく。俺は頭痛薬でも渡してやろうかと思ったが、そんな間もなく花火は部屋から姿を消した。
「病気なんかなぁ?」
ウルルが心配そうに部屋の出口を見つめていた。
「いや、あいつはいつもよくわからん所あるからな。大丈夫だろ」
ともあれ、オウ・サマ・キングダムに住むことになったウルルは、ちょくちょく俺のところに遊びに来てくれている。オウ・サマの娘さんや息子さんとも仲良くやっているようで、本当に何よりである。
「守にーちゃん!」
「何だ?」
「呼んだだけやで〜」
ウルルは元気良く飛び跳ねる。
外は快晴日本晴。今日も一日頑張るぞいってな。
こうして、新しく女気も増えて、ホクホク笑顔の俺だったのだが、まさか次の依頼であんなことになろうとは、この時知る由もなかったのだった。




