81 エーテルランチャー
意識が朦朧としている。それもそうだろう、いくらシールドで保護されているとはいえ、宇宙空間に放り出されたまま超加速をされたのだ。一般人でしかない俺が大丈夫な訳がない。むしろ正気を失っていないだけマシと言えるくらいだ。
「頼む、頼むから……俺をコクピットに戻してくれ……」
もはや男としての尊厳など何一つなく、涙をボロボロと流しながら懇願する俺の様は、惨め以外の何物でもないだろう。それでも、俺はもう宇宙空間に放り出されているのはまっぴらごめんだ! この状態をどうにかしてくれるのならば、喜んで三回回ってワンと泣き、這いつくばって靴だって舐めよう。
さようなら深淵の大宇宙に思いを馳せていた少年時代の俺。大人になった俺はもう宇宙は懲り懲りです。
《コクピット? コクピットってなんですか? わたしよくわかりませーん》
すっとぼけた魔王器レヴィアタンの言葉に、無重力空間を漂っていた涙がひっこみ、そのかわりに血圧が上昇するのを感じた。
「コクピットつったら、コクピットだろ! それ以外の何物でもないだろ!」
《だーかーらー、それが何がわからないんですってばー》
「ロボットでよくあるところの操縦席だよ! それくらいわかれよ! とんちきか! お前の電子頭脳はトンチキやろうか!!」
《あのぉ〜わたしは〜ロボットじゃないんでー。魔王器なんでー。よくわからないですー》
「くそがぁぁぁ!」
俺はおもむろに拳を振りかざした。が、無重力空間でそんなことをしても、その勢いの反作用で俺がその場で一回転するだけでしか無かった。
「はぁはぁ……こうなったらオナラの勢いを利用して、コクピットに戻るという方法を……」
と、考えてみたもののそれが現実的でないことはわかりきっていた。それどころか、オナラを出そうとしたら別のモノが出てしまいました〜てへぺろ。なんて大惨事にならないとも限らない。俺はすでにお漏らしをしているのだ。まぁお漏らしならぎりでセーフ? なところなのに、脱糞となれば完全にアウトに違いない。
あと余談ではあるが、ここ連続でお漏らしをしてしまっているせいで、俺はこの背徳的行為に快感を感じ始めてしまっているのは内緒だ。何故だろう、最近変な性癖にばかり目覚めてしまっている気がする……。
《あ、もしかすると、主人様が言っている場所は……》
俺の身体に向けて、虹色の放射状の光線が降り注ぐ。その光線は俺の身体を包み込むと、コクピットの中へと引き寄せてくれた。いわゆるトラクタービームやら、キャプチャービームといった代物のようだ。
「あ、足が地面につく安心感……。ああ、人類ってやつは大地に根付いてこそ何だってことを、改めて実感するわ……」
コクピットの中はきっちりと地球と同じ重力が存在していた。俺はシートに深々と腰掛けると、自分の身体の重さを噛みしめた。
《主人様は、ここをコクピットって呼んでいたんですね。わかりませんでしたー》
「ここがコクピットじゃないとしたら、一体全体なんなんだよ! 俺にわかるように説明してもらおうか!!」
《ここは、わたしと主人様の、ラブラブスィートルームです! キャッ、照れちゃいますね》
「……」
言葉が出なかった。
《ちょっぴりムーディーな照明にしてみたり〜》
突如としてあたりがピンク色の光りに包まれる。
《いい匂いを漂わせてみたり〜》
恍惚な気分にさせる甘い匂いが、俺の鼻孔をくすぐる。
《夕焼けに染まるビーチの映像をモニターに映し出してみたり〜》
今まで宇宙が映し出されていたモニターが、打って変わってどこぞの海外のビーチの映像を三百六十度表示しだす。
俺はどうすれば良いのかリアクションに困った。いや、無理にリアクションなど取る必要はないのだろうが、この場にいたたまれなかった。すぐさまここから逃げ出したい。が、逃げ出せる先は真空の宇宙しかなく、俺はこの意味不明な空間に居続けるしかないのである。
《わたし、ずっとこのお部屋が何なのかわからなかったんですよ。なぁんで、わたしの胸のところにぽっかり穴が空いているのかなぁ〜って不思議だったんです。でも今ならわかります。ここはわたしのハート、そう心だったんです。その心のぽっかり空いた部分を愛という部品、すなわち主人様が保管してくれた。えへへへへへっ。とっても嬉しくなってしまいますね》
この言葉を聞いて俺は、不覚にも魔王器レヴィアタンの事を『可愛いところもあるんじゃねぇか』などと思ってしまった。
《あ、そうだ。主人様のおズボンが尿が濡れていますから、温風で乾かしてあげますねー》
「え……」
俺の股間部分に生暖かい風が送られてきては、ちょうど良い塩梅にお漏らし部分を乾かしてくれた。
《気にしないでください! 主人様が、お漏らしっ子でも、私は平気ですからー!》
「あ、はい……」
死にたかった。恥ずかしさのあまり、今すぐ真空の宇宙へ飛び出して死んでしまいたかった。だがそれと同時に、魔王器とかいうわけのわからないものに、性的辱めを受けているという状況に興奮を覚えてしまっている自分がいることに気がついてしまった。もうこのお漏らしをプレイの一環として楽しんでしまっても良いんじゃないだろうか? と、一秒でも思ってしまった俺を、縄でぐるぐる巻きに縛ってマリアナ海溝の底に沈めてしまいたい。
《あ、そろそろお月さまに着きますよー。モニター切り替えますねー》
波が打ち寄せるビーチの映像から、真正面のモニターに今まで見たこともない大きさの月の映像が映し出されていた。半分気を失いかけていたので、到着までの正確な時間はわからないが、一時間もかかっていないことは確実だろう。NASA&アポロ涙目である。
《さぁさぁ、綺麗なお月さまを見ながら、あま~いラブトークを交わしましょう、そうしましょう》
ウキウキな魔王器レヴィアタンの音声とかぶるようにして、アラートコールが鳴り響く。
《ん? あれあれ、なんだかお月さまの裏側に嫌なものを感じますよ》
「嫌なもの? レーダーかなにかに反応でも出てるのか?」
《レーダー? 何でかそれ?》
「いや、あれだよ。レーダーとかで周囲を探査したりするんじゃないのか? よく知らんけど」
俺はミリオタでもないのでそこらへんは詳しくないが、映画とかで見るにそんな感じなんだろうと勝手に思っていた。
《嫌だなぁ。そんなロボットとかの機械じゃあるまいし〜。そんなレーダーとかあるわけないじゃないですかー》
どうやら、この魔王器レヴィアタンは意地でも自分を機械じかけとは認めないようだ。
「じゃ、何を根拠に月の裏になんかあるってわかったんだよ?」
《乙女の直感ですっ♪》
言葉が耳に入った刹那、俺は無意識のうちにモニターを全力でぶん殴っていた。
《とりあえず、なんか嫌な感じするのでお月さまごと吹き飛ばしちゃいましょうか?》
続けざまに、俺は更に正拳をモニターに叩きつけた。
「駄目に決まってんだろ! 乙女の直感だけで、月ぶっ壊そうとしてんだよ! てか、出来ちゃうのかよ! それが怖いわ!!」
《そんなに褒めなくても〜。えへへっへ》
「褒めてねえよ! 微塵も褒めてねえよ! 何をどう解釈したら褒めてるって取れるのか不思議でたまらねぇよ! そして、こちとら突っ込むのにも疲れたよ!」
連続ツッコミにより、俺の体力は消耗しきっていた。声もかすれ、肩で息をするほどに呼吸は荒々しかった。それらは全てこいつのせいである。出来ることならば、こいつを吹き飛ばしてしまいたい。
《ちぇっ、折角エーテルランチャーをマテリアライズしてみたのに……。ほらほら、素敵でしょ?》
正面のモニターが切り替わり、魔王器レヴィアタンの全身図が写し出される。その左手には、魔王器レヴィアタンの二倍ほどのとてつもなく長い砲身を持つビーム兵器のようなものが握られていた。
俺の知る限りこんなものこいつは最初から持っては居なかった。まさか、武器を自由に作ることが出来るのか……。
《ちょっと、可愛く構えてみたり〜》
左脇に抱えるようにして、エーテルランチャーを固定させると、その砲身を月に向ける。目が潰れてしまいそうなほどの光源体がランチャーの先端部分を覆い尽くしていた。
やばい、こいつは何となくの乙女の直感だけで、月を消しかねない。
「あ、あーたんは、そんなの撃たないほうが可愛いかなぁぁぁぁ!」
台詞を言った途端、俺は軽く吐血した。それはこの糞ウザに《可愛い》などという形容詞を使ったことにより発生した精神的ダメージによるものである。
《え〜そうですかぁ〜。えへへへっ。それならこんなの消しちゃいますねー》
エーテルランチャーと呼ばれた大砲は、泡のように四散し跡形も無く消え去った。こんな巨大なびっ室を作ったり消したり、それを平然とやってのける……もうそれは科学でも何でもなく奇跡や魔法といった類と言えるだろう。まぁなにせこいつは魔王器なんて名乗ってるわけだから、もはや何でもありである。
こうして、俺は精神的ダメージと引き換えに、地球にとって大事な衛星である着きを守ることに成功したのであった。




