61 ラスボス☆
俺はあの綾小路家の留守番での出来事を包み隠さずに話した。いや流石に、女子高生の部屋を漁ろうとしたことや、カレーを作ろうとしたら宇宙が出来ちゃったことなどは省いて話したわけだが……。着物幼女の正体、それを消去するために遣わされた大蛇。更には無限とも思われるほど続いた一週間。しかし思い返してみると嘘としか思えない出来事だ。常人相手にこんな話をしたならば、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。だが、相手は狂人ですら裸足で逃げ出す久遠である。
「ほんで、ほんで! どーなったのよ!」
と、終始椅子から転げ落ちかねないほどの前のめりの体勢で、いつもは死んだ魚のような瞳をランランと輝かせて聞いてくれたのである。
話をすべて終えた頃には、久遠は今にも発狂しそうなほど口元と目元を歪ませて、喜怒哀楽どれにも当てはまらないような表情をしていた。しかし俺は知っている。この表情をしているときの久遠は、脳みそをフル回転で回しているということを……。まぁ、今は人間の体ではないわけなのだから、脳みそがあるのかどうかはわからないのだけれど。
「な〜るほど、合点がいったわ〜」
高速回転した脳みそが答えをはじき出したのか、久遠は大きく柏手を打つと、椅子の上に立ち上がった。
「ふんふん、わかりました! ぜ〜んぶわかりましたわ。わたくし天才ですから。大丈夫だよ!」
久遠は得意げに人差し指を立てると、まるで上機嫌の子犬の尻尾のようにピコピコと振り回す。それに対して俺はと言うと、またもや頭上に大きなクエスチョンマークを浮かび上がらせたままである。
「一体全体何がわかって、何が大丈夫なんだよ。俺は何もわからないし、何も大丈夫じゃねえよ」
自慢じゃないが来月の家賃の支払いすら大丈夫ではない俺にとって、世の中で大丈夫なことなど殆どありはしないのだ。
「はぁ〜。まもっちは相変わらず察しの悪い子だなぁ。お母さん悲しいです」
「誰がお母さんじゃ!」
「察しは悪いのに、突っ込みの切れ味は良いんだからなぁ。お母さん嬉しいです」
「もうええわ! 結論だけ言ってくれよ!」
さらにこのコントを続けたがっていた久遠は、唇を尖らせて不満顔だったが、渋々と話し始めた。
「だーかーらー、まもっちはこの霊玉を使って、着物幼女を再始動させたいってことなんでしょ? 出来るよ」
久遠の言葉の意味を理解するために、十秒程の思考するための沈黙が必要だった。そして、頭上のクエスチョンマークが消え去ると同時に、俺は椅子から飛び降り久遠の両肩を掴んでいた。
「出来る? 出来るって言うと……着物幼女を復活させれるってことなのか! あの愛くるしい姿をまた見ることが出来るのか! 抱きしめられるのか!!」
「うーん、今この状況だと、まずはわたしを抱きしめてもらいたいんだけどなぁ〜」
確かにほんの少し俺が体勢を変えるだけで、久遠を抱きしめる形になるだろう。しかし今はそんな事はどうでもいい。
「私にかかれば、お茶の子さいさい……。とは言え、いろいろ解析しなきゃいけないし、再始動に必要なものもあるしで、時間はかかっちゃうんだけどね」
「何でもいい! 着物幼女が戻ってくるなら何でもいい! 俺も手伝う! 何でも手伝うぞ!」
「あれ? 今何でもって言った?」
久遠がにやりと笑った。
「いや、あれだ……。常識の範疇で何でもだ! 俺が死なない程度で何でもだぞ?」
「ならまず最初に、このまま抱きしめてよ?」
「その程度なら……範疇のうちだな……」
俺は久遠の肩を掴んでいた手を腰に回すと、そのまま優しく抱きしめた。
「もうちょい強く……」
久遠の要望に答えるように、俺は少し力を込めて抱きしめる。久遠が体重を俺に預けてくれているのがわかる。このまま二人の身体を重ね合わせたい……。ふとそんな性欲が頭をもたげた。その欲情を押し止めさせてくれたのは、熱を持たない久遠の身体だった。久遠の冷たい身体は、俺から熱を奪っていくだけでなく、欲情する心すらも冷ましていくように思えた。
「もういいだろ?」
「うん」
どれくらいの時間抱きしめていただろうか。俺は久遠の腰から手を離し、コホンと咳払いを一つしてから椅子に座り直すと、場の空気を変えるようにとりとめのない雑談をした。話の内容は何のことはない大学時代の話だった。
そして、思い出話に少しばかり花を咲かせ終えると、
「そんじゃ、用件もすんだし帰るとするかな」
俺は席をたち帰路につこうとして……とんでもない大問題に思い当たった。
「あれ? 俺どうやって帰ればいいんだ……」
俺の額から冷や汗が流れ落ちる。
俺はドヤってここに来たのか? そう、あのドリル少女の助けがあり、幾多の苦難を乗り越えてやとこ事たどり着けたのだ。それなのに、一人でどうやって帰ればいいというのか!! 一人で帰ったならば、余裕で死ねる!
「まさか、ここから帰れないだと……。それは計算していなかった……。こんなことなら、あのドリル少女に無理を言ってでも表で待っていてもらえばよかった……」
俺は膝から崩れ落ちると、そのまま力なく床にへたりこんでしまった。
「どしたのまもっち? 床が冷たくて気持ちいいの?」
「ちげぇよ……。あの地下ダンジョンを抜けて、どうやって帰ればいいのか……。それでへこんでるんだよ!」
「ん? んん?? 帰るのなら、転送ゲートあるけど?」
「は?」
「だーかーらー、帰るなら転送ゲートを使えばって言ってるんだけど」
久遠は何処からかボタンを取り出すと、『ポチッとな』のセリフと共に力図特ボタンを押し込んだ。するとどうだろう、今まで何もなかった空間にポッカリと穴が空いているではないか。
「ここを通ればまもっちの家の近くに出れるよ〜」
「なんでこういう便利なもんがあるなら、最初から出してくれねえんだよ! これあるんなら、俺は苦労しないでここまでたどり着けたものを……」
「あ、それは無理。だってこれ、一方通行だから。こっちから街に戻るのは大丈夫だけど。街からこっちに来るのは駄目なの。残念でしたーっ」
アッカンベーをして煽る久遠の姿を見ても、言い返す気力は既になかった。俺は今すぐ事務所に帰ってソファーに寝転がってくつろぎたいのだ。
「そんじゃ、着物幼女の件、よろしくな。なんか進展あったら連絡くれよ。あと……くれぐれもあの霊玉? を壊したりするんじゃねえぞ!!」
「……うん! わかった!」
「何だ今の間は!! 確実に怪しいだろ!」
「冗談、冗談だってば! 壊したりはしないよ。ほんと、壊したりなんかはしないよ、えへへへへ」
その笑みからは不安しか伝わってこなかったが、今はこいつに任せるしか無いのだから仕方ない。俺は後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、転送ゲートに片足を突っ込む。
そこで、ふとあることを聞いてみようと思った。
「なぁ、俺は別に興味はないんだが、着物幼女とか大蛇とかの大元締めってなんなんだ? お前は知ってるのか?」
その問いかけを聞いた久遠の眼鏡のフレームが、一瞬だけ七色に光ったように見えた。久遠は小首をかしげて、似合わない可愛らしいポーズを取ると、一言だけ答えた。
「ラスボス☆」
俺はその言葉を耳にしたと同時に、転送ゲートに身体を突っ込んでしまっていた。
……
……………
………………………
「おお! ちゃんと街に戻ってる! すげぇ!」
どうやら転送ゲートは無事に動いてくれているようで、俺は何の苦労もなく戻ってくることが出来た。空模様は既に夕暮れ、地下に居たせいで時間の感覚がおかしくなっているように思えた。
俺は口笛なんか吹き鳴らし、意気揚々と家路へと向かう。そう、あの着物幼女とまた会える。そう思うだけで、心が高揚する。ただ、最後の久遠の言葉が少し引っかかったが、家に帰りすぐさまソファーに寝転がると、あっという間にそのまま寝てしまい、記憶の奥底へと押し込んでしまったのだった。




