45 ループの法則
――もしや、俺は夢を見ているのだろうか……
そう思い頬を強くつねってみた。が、普通に痛かった。痛みをちゃんと感じているということは、これは夢などではなく現実だということになる。
しかし、自分でつねった痛みなど信用に足らない。そう、俺ほど自分を信用できない男など居ないのだから。だから俺は頼んだのだ。
「花火、すまないが俺の頬をつねってもらえないか?」
そう言って俺は頬を花火の頬に差し出す。
「え? え? えぇぇぇ? いきなり何言ってんの?」
花火はまるで汚いものでも突きつけられたかのように、後ろにピョンと飛び退いた。
「何でも良いから、俺の頬をつねって痛みを与えてくれって言ってんだよ!」
「……あんた、そんな趣味があったんだ。前から色々おかしいとは思っていたけど」
「うるせえ! どんな趣味だろうとどうでもいいから、つべこべ言わずに、俺の頬をつねりやがれ!」
今の俺に大事なことは、これが現実なのかどうかを見定めることだ。俺がドMだと思われようがどうでもいい。
「……」
俺の必死の形相に根負けしたのか、花火は渋々ではあったが頬をつねってくれた。まるで死んだゴキブリを包んだティッシュをつまむかのような指さばきがいくらか気になったが、今はそんな場合ではない。
つねられた俺の顔は、瞬時に真っ赤に変化した。これは女子高生に頬をつねられたことにより、照れている……とかでは全く無い。そう純粋に……
「痛い……普通に痛い……。ってか……クソイテぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
俺は猛烈な痛みのせいで、地面をゴロゴロ転がってのた打ち回ったのだ。そう、俺は現実かどうかを確かめるために、大事なことを失念していた。こいつのパワーが常軌を逸しているということを……。兎に角俺の頬の肉が削げ落ちなかっただけ良かったとしておくべきか……。
「これで満足した?」
地面に倒れ込みエビのようにのけぞり続ける俺に、花火はいたわりの心がこれっぽっちもこもっていない言葉をくれた。
「痛すぎんだよ! どんだけ力あるんだよ! ゴリラか! お前はゴリラなのか! いや、ゴリラと比べたらゴリラがかわいそう過ぎるレベルだわ!! ゴリラさんに謝れ! 今すぐにジャングルに行って謝ってこい!!」
怒りと痛みのあまり、俺はとんでもない言葉を吐き出してしまった。そして、それに気がついたときは時すでに遅過ぎた。
「へぇ……。私ってゴリラなんだ……。ゴリラよりも更にゴリラなんだ……。ふぅ〜ん」
花火の背後に見えるのは、ゴリラ……ではなく地獄の番犬ケルベロスの姿だった。そう、俺はつまらぬ暴言によって地獄への門を開いてしまったのである。
すでに生きる闘神へと変化した花火は、気迫だけで俺の全細胞を滅することが出来るレベルへと闘気を増幅させていた。
「違うんだ! 今のゴリラは違うんだ! チョット待ってくれ!!」
渾身の土下座を決める俺がそこに居た。
「何が違うのか、きっちり説明してもらいましょうか……」
花火の拳はすでに強く握られていた。今言葉のチョイスを誤れば、その握られた拳は俺の土手っ腹に突き刺さることだろう。
疾走れ脳内パルス! 脳細胞を活性化させ、このばを乗り切る適当な言葉を導き出すのだ!
「あ、あれだ! 照れ隠し! 照れ隠しなんだよ! あまりにも花火が可愛いもんだから、照れ隠しにワザとゴリラなんかに喩えちゃったんだよ! 普通なら大輪の薔薇とかに喩えたいんだけどさ、恥ずかしいじゃないか! それくらい花火は可愛いってことなんだよ! いょっ! この日本一かわいい女子高生! 歩くだけで周囲がお花畑になっちゃうぜっ☆」
いやぁ、人間ってやつは追い込まれると、心にもないことをベラベラと喋れるものだなぁと、我ながら感心した。
「に、日本一とか……。そ、そんなにかわいくなんて……。え、えへへへっ」
むしろチョロさが日本一だった。
花火は体をくねらせて、俺のマシンガンお世辞に身悶えしていた。
あと一押し、あと一押しである。
「あと、つねってくれって言ったのは、可愛い花火とスキンシップを取りたかったからなんだ! そうでもしないと、可愛い花火と触れ合えたりしないだろ? だからなんだよ」
「わ、私とスキンシップ……。もぉ、そんなの別にいつでも……。ううん、なんでもない、なんでもないんだからね!」
花火の身体から機関車のように吹き出した蒸気が、玄関全てを覆い尽くし、あっという間に視界を奪ってしまう。人間ってやつは極限まで照れるとこうなる生き物なのだろうか? いや、きっとこの花火という生き物が特別なのに違いない。唯一俺の視界にかすかに見えるのは、車のワイパーのように蒸気を拡散させるように動いている、花火のポニーテールだけだった。
蒸気の吹き出しがいくらか収まり、辺りが見渡せるようになった頃。
「わ、私用事あるから、そろそろ帰るね!」
恥ずかしさに耐えかねた花火は、この場を去ることを選択したらしい。いいや、選択するということを俺はすでに知っていた。
そして、このあとどうなのかも……。
「これあげるから! 食べてね!」
花火が大きく振りかぶり、時速二百キロの速度で投げつけてきたのは、謎のスナック菓子。俺の胸元にストライクに投げつけられたそれをキャッチすると、すでに花火の姿は消え失せていた。
スナック菓子のパッケージには『天地創造! イザナギ&イザナミ 神の様成分がなんとどーんと三無量大数』と書かれていた。
「なるほど」
俺は納得した。
どうやらこのスナック菓子には、もともと宇宙を想像するくらいのパワーが込められていたのだ。もしかすると、因果律すら操作する力も……。
「一体、花火のやつは何処でこれを買ったんだ……。もはや錬金術レベルすら超えちまってんぞ」
俺はこの怪しいパワー盛りだくさんのスナック菓子をすぐさま投げ捨てた。が、壁に跳ね返って俺の手元へと戻ってきた。
「え……」
それから何度となく、スナック菓子を捨てようとしたが、全て無駄だった。それどころか、意識すらしていないのに、俺の足はキッチンへと向かってしまっていた。
このあとどうなったかは割愛させていただきたい。
あ、今回登場したのは、レギュラーメンバーであるバナナの皮と、物干し座を持って現れた佐々木小次郎、武田の騎馬兵二千、スーパーキャッチ光線を放つ空中戦艦、運命を弾くベートベンだった。
どのような様だったかは、ご想像におまかせする。
そして、結論として宇宙が誕生した。
今回はあえて、この宇宙がどうなるか見守ってやろうとしたのだが、人類が核融合に成功したところで、怖くなって捨てた。
そしてその次は……
「究極のカレーをご馳走になりに来た……のじゃ」
着物幼女のご登場である。
そしてゲームをして、カレーに触れることなく帰る。
ループだ。完全にループに陥っている。
だが一つだけ安心できることがある。俺の留守番は一週間だけなのだ。とすればこのループは続いても七回きり。エンドレスセブンまでなのである。
そして今すでに三回が終わった。
とすれば、俺はあと四回ほど花火にお世辞を言い、着物幼女とゲームをして遊べばいいだけのことなのだ。
「なぁんだ、むしろ楽しんじまえばいいじゃねえか」
こうして俺はこのループを楽しむことにした。
そう、あと四回で終わると思ったから……。
だが結論は……エンドレスエイトは存在していた。
「どういうことなんだ……」
どれだけ繰り返しても、何故か、何故か留守番の最終日はやってこないのだ。そう、最終日の一日前を延々と繰り返している。
俺はボキャブラリーの尽きかけたお世辞を毎日言い続け、もはややり尽くしてしまったゲームを毎日遊ぶ。それどころか毎日宇宙を創造しているわけである。
「いや、きっと何処かにこのループを抜け出す鍵がある。それを探し出すんだ」
そこで真っ先に思いついたのが、
「究極のカレーの完成?」
そうだ! そうなのだ! この俺が究極のカレーを完成させ、着物幼女に食べさせることができれば、このループは終わるに違いない。
「ふっ、この俺が料理人としての腕を磨くときが来ようとは……」
俺は包丁を掲げて、思いっきり格好をつけてみた。
「よし、明日頑張ろう」
こうして包丁をしまった俺はいつものようにゲームをして眠りにつくのだった。




