44 エンドレス
「さてと……」
旋風を巻き起こして帰っていった花火によって、無残に荒らされてしまった玄関を片付け終えた俺は、強引に手渡されたスナック菓子を凝視した。
スナック菓子のパッケージには、カバとライオンが血みどろの死闘を繰り広げている様が、可愛さの欠片もなく、とてつもなくリアルに描かれていた。子供が見たら泣いちゃうことうけあいである。一体全体この菓子メーカーは何を考えているのだろうか。販売戦略をもう少し練ったほうが良い。
「大体どういうことなんだよ、このカバVSライオンの《VS》って! 何で? 何で戦いだしちゃったの? そんでもって最大のツッコミどころが……」
『熱いバトルの熱気が当社比で三兆倍はいってます! てへぺろ☆』
これは冗談ではなく、本当に、本当に、ほんとぉぉぉに、パッケージに大きく書かれているのだ。
俺は大きく大きく息を吸い込む。肺が完全に酸素で満たされたことを確認すると、怒涛のごとく言葉を吐き出す。
「三兆倍って! インフレしすぎだよ! それ以前に何の三兆倍なんだよ! 比較物がねえよ! そもそも、バトルの熱気って意味がわからないにもほどがあんだろ! そして極めつけは……なんで『てへぺろ☆』なんだよ! 今更かわいこぶってんじゃねえよ! かわいくするならパッケージからしとけ!」
俺は一息で全てのツッコミを言い切った。やり遂げた全く意味のない達成感が俺の心を満たした。と、同時に背中に重しでも乗せられたかのような疲労感に包まれた。実際手に持っているスナック菓子の袋すら重く感じられた。いやまぁ、三兆倍はいってんだから、重くて当然なんだろうか。いや、もうツッコミはやめよう疲れるから。
「よし、このスナック菓子のことは忘れて、究極のカレーの完成を目指そう」
俺は台所へと向かう。
あれ? おかしい? 何故か俺はこの奇妙奇天烈なスナック菓子を手に持ったままで、捨てようとも、そこらに置いておこうともしない。いや出来ない。
嫌な予感がした。嫌な予感という名の泥水が俺の全身を飲み込んだような気がした。気がしてたまらなかった。
だから、だからだ。俺は台所の入り口を凝視した。そう、バナナの皮が置かれていないかをだ!
「よし、バナナの皮は無いな」
さっき確認したときもなかったし、誰一人としてバナナを食べたりなどしていない。だからバナナの皮がある可能性は皆無なのだ。いやまて、そもそも昨日だって誰もバナナなんて食べてはいなかった。それでも、アレはそこにあったのだ。さもそれが当然のように……。
俺は注意深く辺りを伺いながら台所への第一歩を踏み出した。
その刹那、そいつはやってきた。
鳥だ! 飛行機だ! いや、バナナの皮だ!!
時空震と共に周囲の空間を湾曲させ、まるで神の如くやつは降臨したのだ。
『待たせたな!』
大塚明夫ボイスでそんな言葉が聞こえたような気がしたが、幻聴以外の何物でもないだろうし、もはや、幻聴がどうのこうの言っているレベルでもないだろう。
時空を超えたバナナの皮は俺の踏み出した足元へと、一ミリのズレもなく設置された。そして俺もまた寸分の狂いもなくそのバナナの皮を踏んづけては、バランスを崩した。
ならばどうなる? そう、ピタゴラ装置の発動だ!
俺の手から離れ宙を舞うスナック菓子の袋は……
「どうも偶然この家にやってきた切り裂きジャックです」
十九世紀、ロンドンの伝説的殺人鬼《切り裂きジャック》は突如として冷蔵庫の中から現れるた。そして、目にも留まらぬ刃物捌きでスナック菓子の袋を切り裂いてみせると、これまた何事もなかったかのように冷蔵庫の中へと帰っていった。
そしてスナック菓子の中身はパラパラと空中に散乱した。
「任せときなよ!」
台所の窓を開けて現れたのは、投網を手に持った漁師である。漁師は投網を投げると、その網はスナック菓子を一つ残らずまとめ上げ、鍋の中へとリリースした。
「アディオスアミーゴ!」
何故か漁師はスペイン語で挨拶をして消え去った。
そして最後は……
全長十メートルはあろうかという巨大な男が、体全身に轟々と燃えたぎる炎をまとって立っていた。補足しておくが、この家の台所の天井の高さは十メートルもありはいない。それ以前に、物理法則などとっくの昔に崩壊している。
『我を召喚したのは貴様か! 我は火の上位精霊イフリートなり。貴様の召喚に答えこの鍋を加熱してやろう』
強大なる炎を力を持つイフリートは、コンロの加熱スイッチを押した。そう、自身の炎の力など微塵も使わずに、ただスイッチを押した。そして鍋がグツグツと煮えるのを確認すると、ドヤ顔で消え去ったのだった。
「……」
俺はただただ呆然と立ちすくも以外に何も出来ないでいた。いや、この状況でなにか出来るやつがいたとしたら連れてきてもらいたい! ただ、もし何かしたとしても……結果は全て変わらない気がしてならないのだけれど……。
「こうなると、最後のオチは決まってるよな……」
俺が恐る恐る鍋の中を覗くと……案の定、宇宙が誕生していた。
二日連続で宇宙を作れるなんて、俺ってばもはや創造神のレベルに凸龍しちゃってるんではなかろうか。もう『大宇宙守』という名前から『大宇宙創』に改名したほうが良いかもしれない。
さて、当然ながら鍋の中身は捨てた。
応接間では画面の中のギャルゲーの美少女相手に、ねちっこい声でささやく孔明先生の声が聞こえてきていた。
俺は煙草を吸う習慣はないが、もしあったならば一服をしたい気分だった。
そして一服をし終えたくらいの時間が経過した頃。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴り響いた。
わかっている。ドアを開けずともわかっている。そこに居るのは……
「究極のカレーをご馳走になりに来た……のじゃ」
着物幼女だった。
着物幼女は昨日と一言一句同じ台詞を、これまた同じ抑揚で言ってのけた。
さて、どうなったかは言うまでもない。
着物幼女と孔明先生は、カレーのことなど忘れゲームを楽しむ。そして時間は流れ……。
「それではまた明日……なのじゃ」
同じ台詞で帰っていった。
俺も同じ様に見送った。
「おかしい……」
俺は夕日を背に呟いた。
その言葉を聞いた孔明先生は、俺の方を向き小首をかしげると
「おかしいときは、笑えばいいと思うよ」
と、爽やかな笑顔でどこぞの碇シ◯ジ君のような事を言ってきた。なんだかとてもムカついたので、二、三発殴っておいた。
目をばってんマークにして『ばたんきゅ~』と声を上げて倒れる孔明先生を見て、俺の心は少しだけスッキリしたのだったが、基本的に問題は何一つ解決してはいない。
「まぁ偶然だ。たまたま似たようなことが起こる日があったとしても、おかしくはないさ」
そう同じことが二回続くことなんて、長い人生のうちであったとしても何ら不思議ではないはず。しかし、これが三回だとしたら。
……
…………
……………………
次の日、俺はまたしても孔明先生と徹夜でゲームをしてしまった。そして、またしてもヨダレを垂らしながら目を覚ました。
そして、玄関のチャイムが鳴り響いた。
「お仕事頑張ってる?」
「……」
俺は言葉を失った。そこに居たのは、藤宮花火。勿論、手には謎のスナック菓子。
この時、嫌な予感という名の泥水が、全身を覆うばかりか、毛穴の中から体内に侵入してきた感覚すら覚えていた。




