42 宇宙誕生
俺の眼前で鍋はグツグツと音をたてて、トンデモナイものを煮込んでしまっている。そう、もはや俺の作ったカレーは取り返しの付かないことになってしまったのだ。
「いや、待てよ。カレーに隠し味としてコヒーを入れたりすると聞いたことがある。ならば……隠し味に『サメ&トビウオ パート2』を入れた事によって、シーフードカレー的なものに変化したりとか……」
俺は僅かな希望にすがるように、鍋の中身の匂いを嗅いでみた。
そして一言。
「だめだこりゃ」
シーフードカレーである以前に、これはカレーという存在ではなくなっている。いやさ、食べ物というカテゴリーからも逸脱してしまっている。
ならばこれをなんと呼べば良いのだろうか?
俺は煮える鍋の中に浮かび上がってきた謎の文様を見つめながらポツリ呟いた。
「う、宇宙……」
そう、これは謎のスナック菓子の投入により鍋の中でビックバン的現象が発生し、産まれいでた宇宙にほかならない。ああ、なんてことだろうか、俺は究極のカレーを作ろうとしていたら、宇宙を想像してしまっていた。まったくもって俺自身何を言っているのかわからねえ……。
「このまま、この宇宙を放置していれば……」
あれやこれやという間に、生命が誕生し、更に進化しては文明を築き上げるやもしれぬ。ほらみてごらん、そんな事を言っている間に、生命のスープ(カレーなのに)の中からバクテリアが発生し、それが一気に進化しては、恐竜となって鍋の中で暴れだそうとしているではないか。そのうちこの恐竜も隕石で滅び、次に氷河期が訪れ……人類が……。
おっと、安心してもらいたい。俺は頭がアレな感じになったわけではない。これは全て真実なのである。ほんと現実ってやつは常軌を逸している。
「すまない……」
俺は両手を合わせて念仏をあげるようなポーズで一言そう言うと、鍋の中身を一欠片残さずにゴミ箱へと投げ捨てた。食べ物を捨てるなんて、もったいない! などという苦言を頂くかもしれないが、あれは食べ物ではない。何故ならば、食べ物は進化して文明を築いたりするものでは決して無いからだ。
こうして俺の作り上げた宇宙は、失われてしまった。
はてさてどうしよう、このまま着物幼女が着てしまったら、お出しするカレーが存在しないではないか。
「今から急いで新たに作り直せば、間に合うかもしれない……。いや、これは新たなるカレーに挑戦せよとの神の思し召しだったに違いない!」
そうだ、あの謎のスナックが入らなかったとしても、あのカレーはただの一晩寝かせただけのカレーに過ぎない。それならば、俺の技術や知識は置いておくとして、新しいカレーに挑戦することこそ正しい選択だったのだ。
俺は拳を強く握りしめ、おのれの全力を持って新カレーの制作に取り掛かろうと……したところで、玄関のチャイムが鳴り響いた。
「まさか……」
俺の予感は見事に的中していた。
玄関で待ち受けていたのは、花火ではなく、今度こそ正真正銘の着物幼女だったのだ。
しかし、今日も当たり前のように着物だ。どうやら、彼女のご家庭はとても和風なお家柄と見受けられる。
「究極のカレーをご馳走になりに来た……のじゃ」
律儀に昨日俺が付けたキャラ設定を守ってくれている着物幼女を見て、思わず抱きしめたくなったが、それをしては警察のご厄介になりかねないので、既の所で押し留めた。
俺は何もない虚空を何度と無く抱きしめては、想像の中で満足しておくことにした。が、きっとこの光景を客観的に見れば、それはそれで不審人物として警察のご厄介になったことだろう。
「まぁまぁ、兎に角お上がりよ」
俺は幼女をさも我が家のように応接室へと招き入れる。そこでは、着物幼女の来訪に気が付きもせずに、ギャルゲーに夢中な孔明先生の姿があった。
「くぅぅぅ、さすがは詩織殿、まだフラグが立ってなかったとはぁぁぁぁ。えぇい、右翼の陣形をもっと厚くしておれば……この孔明一生の不覚!」
どうやら孔明先生は己の戦術のすべてを掛けて、美少女を攻略中のご様子だった。って、一体どんなギャルゲーなんだよ!?
俺はそれが当然のように、孔明先生を無視した。が、着物幼女は違っていた。
孔明先生の真横にチョンコ正座をすると、ゲームの画面を爛々とした目で見つめていた。
「これは一体何なのじゃ?」
画面を指した白く細い指に、ようやく孔明先生は着物幼女の存在に気がついたらしく。
「げぇっ、ママァァァァァっぁぁ!」
と、叫んだかと思うと天井まで飛び上がりしこたま頭をぶつけて、これまた頭から応接室のカーペットの上へと着地? した。
「これは一体何なのじゃ?」
着物幼女は一言一句違わずに、同じ質問を繰り返した。
「こ、これはですね。恋愛シミュレーションゲームという、紳士が嗜むゲームでございまして……」
孔明先生の言っている言葉に嘘は一つもなかった。だが、この場合の紳士は、一般的な紳士を指すわけではないということを、着物幼女は知りもしないだろう。
「ふむふむ……」
理解したのかどうかはわからないが、着物幼女は納得したかのように二度小さく頷いた。
「やってみたいのじゃ」
そして、事もあろうにギャルゲーをプレイしだしたのだった。
「はっはっは! この天才軍師孔明がご指南いたしますぞ!」
こうして完全に俺を放置して、着物幼女と、出来損ない人形軍師の、ギャルゲー攻略がスタートした。
「そこっ! そこの選択肢は引掛けでございます。あえてここは、ツンツンで突き放していくのです!
そして、距離をとったところで両翼の軍を動かし包囲を完成させ、そこで火計でございます。見てご覧なさい、敵陣は大混乱でございます」
「奥が深いのじゃー」
奥が深いと言うか、謎が深いというか、これ本当にギャルゲーなのか!? 美少女の家を包囲しつつ火を放ってるんだけど……。そりゃ確かに家に居た美少女は外へと飛び出して、主人公の元へと来たけれど……。これで攻略と言えるのか? それより何より、このゲームを買った綾小路家の奴は一体誰なのか! 綾小路桜でないことを祈っておこう。
こうして謎のギャルゲーをプレイすること数時間。気がつくと外はもう日が落ちかけていた。
「それでは、また明日……なのじゃ」
そうして着物幼女は帰っていった。俺は先日と同じ様に、着物幼女の姿が完全に見えなくなるまで手を振り続けた。勿論孔明先生も……。
そこで俺は気がついた。
「あれ? カレーは……」




