19 地獄リサイタル。
真っ暗だ。真っ暗闇だ。
これは俺の人生これから先が真っ暗というわけではなく、文字通り視界が開けていないという意味だと補足しておこう。
いやまぁ、確かに俺のこの先の人生が、前途洋洋としたものではないとは思うが……。
暫くして灯りがあった。
明かりがついたという表現は似合っていないので、あえて灯りが『あった』と言っておく。
つい先程まで真っ暗闇だった空間にそれはあったのだ。
さらにこの灯りを、詳しく形容するならば……まるで魂が具現化して線香花火のように儚い光を放っている。などと言い表してみると少し詩人ぽいだろうか?
さて、ここで詩人ぽい表現をしてみせてはいるのには勿論理由がある。
この時の俺の意識は朦朧としていて、かなり曖昧な状態だったのだ。そう、ほんの少し前に自分がどうなったのかすら思い出せないほどに……。
「えっと……うんと……」
俺は灯りを見つめながら、自分が今どうしてこんなところにいる羽目になっているのかを考えた。
考える事、約三分。
答えは予期せぬものからもたらされる事になる。
「お兄ちゃん、教えてあげようか?」
俺が灯りから目を離し、声がしたところに目を向けると、まるで順番に灯籠の明かりが灯されていくように、ぼん、ぼん、ぼんと周りの風景が浮かび上がっていく。そして、その光の終着地点に、その声の主が。オーバーオール姿で、ポケットに両手を突っ込んだ『幼女』が立っていた。
幼女は俺と目が合うと、顔の形が変わるくらいに、頬を大きく釣り上げて笑顔を作り、『えへへへへ』と子供らしく笑った。
そんな屈託のない笑顔を見せられて、さらに『お兄ちゃん』等と呼ばれては、これはもう背筋を伸ばして、次の言葉に耳を傾けるしか無いではないか。――ちなみに、俺は一人っ子だ。
だが、次の言葉は耳を疑うようなものだった。
「お兄ちゃんはね、死んじゃったんだよ」
と、まるで日常の大したことのない出来事を告げるかのように、あっさりと言った。
「……死んだ?」
この言葉の意味を理解するのに時間はそうかからなかった。俺はここに来る前に、どのような目にあったのかを思い出したからだ。
「そうだ……俺はあの殺人マシーンの光速パンチを食らって……。って! おいおい、死んだ? 俺が? いやいや、ここは吹き飛んで身体をしこたまぶつけたけれど、『イテテテ、殺す気かよ!』くらいのリアクションで終わっとくところだろ! こんなことでいちいち死んでたら、主人公なんてもんはやってらんないんだよ! どうなってんの! ねぇそこんとこどうなってんのよ!」
俺は神の様な存在に訴えかけるが如く、天に向かってありったけの力で叫んでみせた。が、当然のように返事は帰ってこなず、虚空の彼方へ吸い込まれていくだけだった。
「ってことはだ……。ここは……もしかすると……」
周りはどこまでも続く闇。音もなく光も少ないこの世界。俺が本などで得た知識の『天国』とは似ても似つかないわけで……。
「地獄だーよー?」
幼女はあっけらかんと答えてくれた。
「なるほど、なるほど……すまないが、少しだけ時間をくれないか……」
俺はぽんぽんぽんと三度自分の胸を叩く、そしてこれまた三度大きく深呼吸をする。
――そうだ、俺はどんな状況でも受け入れることができるってのが、売りのキャラクターなわけじゃないか。だから、いきなり死んで地獄に叩き落されようとも、ニヒルに笑って『なぁんだそんなことかぁ』で笑って済ませることくらい……。
「出来るかぁぁぁぁっ! ハゲがァァァァ!!」
俺は地面にあった石を思いっきり蹴り飛ばした。その石が飛んでいった方向に賽の河原があり、更にその先の三途の川を見事に水切りしていったの訳だが、これはどうでもいいことだった。
「とするとだ、もしかすると一見可愛らしい幼女のように見える、あんたも……」
「うん。ボクは鬼だよ。可愛らしいとか言われちゃった。嬉しいなー」
と、喜びを隠そうともしないで体全身で表現する幼女(鬼)は、ポケットから手を出すと、頭の横につけてると人差し指を立てて、角の真似をしてみせる。
そして……。
「がおー! ボク鬼だぞぉー!」
と、その場で威嚇するようにぴょんぴょんと飛び跳ねたのだった。
この仕草に俺はノックアウトされた。正直可愛かった。思わず抱きしめてしまいたかった。家にお持ち帰りしたかった。
更には俺はこの時、この幼女が『鬼』であると言う衝撃的な事実より、『ボクっ娘』であることの方に、関心が行ってしまっていたのだ。
ボクっ子……それは大人がやるとあざとさの象徴のようなものだが、まだ幼い子供がやるとそれはもう可愛らしいものである。
さて、何故このような思考に至っているのかは、考えるまでもなく俺が混乱しているからに他ならない。決して俺の趣味というわけではない!! わけじゃないぞ!! わけじゃないからなっ!!
「そうか、俺は死んだのか……。てっきりこれから今流行のアイドル編がスタートするのかと思ってたのに、まさかいきなり地獄編とはな……。別のアイドル事務所と歌番組で争ったりとか、撮影中にアクシデントとか、そういうテンプレ展開が起こるものだとばかり……。しかし待てよ……考えようによっちゃ、あの悪魔のようなベルから逃げられたわけだし、これから家賃の心配をしないでいいわけだし……。これはこれでありかもしれないな……」
お金の心配の要らない世界……なんという天国! いやさ、地獄だけれども。
金がなければ貧富の差もない、争いも生まれない。きっと人は優しくなれるに違いない! ああ、ラブ&ピース!!
俺はよく知りもしないボブ・ディランの歌を、版権に引っかからないくらい音程を外し適当に歌ってみせた。
ひとしきり歌い終わると、幼女が拍手喝采で迎えてくれたので、俺はミュージシャン気取りで指先をパチンと鳴らし、被っても居ない帽子を投げる真似などして格好をつけてみた。ノリの良い幼女は、その有りもしない帽子をジャンプして拾う真似をしてくれた。
こうして二人は向かい合うと、まるで親子のように、まるで親友のように、そしてまるで恋人同士のように笑いあったのだった。
こうして、俺のリサイタルが始まった。
歌うのは即興の歌だ! 歌詞? そんなもんは魂から生まれてくるもんだ。メロディ? そんなもんは暑いパッションから溢れ出してくるもんだ。楽器? 俺の全身が楽器だ!!
こうして小一時間に渡る俺のリサイタルが終了すると、もうすでに幼女と俺は完全に打ち解けてしまっていた。もしこれが男子高校生ものならば、川原で寝そべりながら『やるじゃねぇか……』『へっ、お前もな……』と、言い合ってしまうくらいのレベルに打ち解けていた。
「あ、そうだー」
ここで思い出したかのように、幼女が口を開いた。
「ここ地獄でも、お金は必要なんだよ?」
この言葉一つで、ノリノリだったロックスターこと大宇宙守は、跡形もなく消え失せた。
ああ、そんな世知辛い答えは、風に吹かれて飛ばされてしまって欲しかった。が、どうやら地獄の沙汰も金次第の言葉通りに、この世界でも生きていく?(死んでいるのにおかしな表現なわけだが)のに、お金というものが必要なのらしい。
「地獄では、どうやればお金を稼げるんだ?」
「うーんと、働く?」
「どんな仕事があるんだ?」
「うんと、うんと……色々?」
どうやら、地獄の鬼とは言え、頭の中は幼女そのもののようで、しっかりとした答えは帰ってきてはくれなかった。
だが、眉間に小さなシワを寄せて、小首をかしげて思案するその姿が、とてもとても可愛らしかったのでオッケーと言うことにする。
うん、俺がもし結婚して子供を作るとするならば、こんな子供がいい。とは言え、悲しいくらいに結婚する予定など無く、更にはもう死んでしまっているわけなのだけれど……。
「俺に出来る仕事といえば……ここでもよろず屋くらいなもんか……」
「よろず屋? それってどんなお仕事なの?」
「うん? かんたんに説明すると……なんでもやるお仕事かな」
「なんでも?」
その言葉に反応して、幼女の瞳が怪しく輝いたような気がしたが、まさかまさか純粋が服を着て歩いているような幼女がそんな素振りを見せるはずがないので、見間違いだということにしておいた。
「じゃ、僕もお兄ちゃんと一緒にその『よろず屋』って言うのをやってもいい?」
「ん? 一緒に?」
「そう、一緒にー!」
「ああ、別にかまわないけど。そっちはそっちで『鬼』の仕事があるんじゃないのか?」
「いいのいいの、僕がそう決めたの」
いたずらっぽく目を細めて笑うと、幼女は左手の小指を突き出した。
「一緒にするの、約束だよ? だから、指切り」
「あ、ああ。わかった」
俺はその言葉に、得も言われぬ不安感のようなものを感じたのだが、微笑む幼女に逆らえるはずもなく、言われるままに小指を差し出した。
「指切りげんまん、嘘ついたら……」
言葉はそこで途切れた。
意識もそこで途切れた。
空間も時間も全てが途切れた。
そして……
……
…………
……………………
「起きろっバカッ!」
俺の頬は平手打ちを食らっていた。
誰かが、俺の体の上にまたがっては、ビンタを何度も何度も食らわせてくれているのだ。
ビンタを食らわせてくれている人物は、泣いていた。大粒の涙をボロボロとこぼしては、俺の頬に落としていた。
ひとつぶの涙が俺の唇に触れると、なんだか優しい味がした。
――おいおい、お前のビンタはそんなもんじゃないだろ。そんな力無いもんじゃないだろ。星の一つや二つぶっ壊しかねないくらいのもんだろ……。って、こいつ誰だっけ……? この涙が、泣き顔が、一つも似合わないこいつは……。
弱々しい平手打ちが、俺の頬に到達する前に、俺がその手を掴み取った。
「痛いだろ……やめてくれないか?」
泣いてる少女は、俺の言葉を聞いて石のように固まった。
そして、その横からフリフリのドレスを身にまとった魔法少女風でもあり、アイドル風でもあり、王女様風でもある、少女が顔を出した。
「やったぜ! ベル様の蘇生魔法が効いた! ――自信なかったけど☆」
「生きてる……生きてるの?」
「おう。俺はこの通り生きてるから、俺の身体の上から退いてくれないか。重くて仕方がない」
「だ、誰が重いのよ!! バカッ!」
少女は……いや、『花火』は涙を慌てて拭き取ると、すっくと立ち上がりそっぽを向いた。きっと、こちらを向いていられないような表情をしてしまってるに違いない。
「って、あれ……。俺どうしてたんだ……。何か、なんかあったような気がするんだが……。何か大事な約束をしたような気が……」
思い出そうとすると、頭の奥底で激痛のようなものが走った。
「思い出せない……。なんだろう。ま、いいか。細かいことを気にしてると、人生やっていけないからな」
「まったくぅ〜☆ いきなり死んじゃうとかびっくりだよぉ〜☆」
絶対にそこは笑っていい台詞じゃないだろうに、ベルは満面の笑みを浮かべていた。
「こっちこそ、いきなり撲殺されるとかびっくりだわ!!」
「あ、あんたが避けないから駄目なんだから! あれくらい、パッと避けなさいよ! パッと!」
花火は未だにこちらを向くことが出来ないでいた。きっとまだ頬に涙のあとでも残っているんだろう。
「おいおい、光速をパッと避けろとか……ハードル高すぎだろ」
「さてっ☆ それはともかく、今日はマネージャーのお仕事は出来なくなっちゃたねっ☆」
「へ?」
ベルの言葉に、俺が体を起こして周りを見ると、そこにあったのは瓦礫の山。そう、少し前まで収録スタジオと呼ばれていた場所は、無残にも瓦礫の山へとジョブチェンジしてしまっていたのだ。
「これは……」
何故そうなったのか、予想するのは難しくなかった。
花火の放った拳の衝撃波によって、スタジオは壊滅してしまったのだ。
「こんなになってるのに、よく俺のそばに居たベルが無事だったな……」
スタジオがこの有様なのだ、俺の真横に居たベルも命を奪われていてもおかしくなかっただろうに、少しばかり衣装の端がちぎれてしまっている以外に、何一つ外傷はないようだった。
「えっとぉ〜ベル様は、咄嗟に魔法障壁を張ったから大丈夫だったんだよぉ〜☆ でもね、二十個張り巡らせた魔法障壁の殆どが吹き飛んじゃって……てか、なんなんだよ、あの女……。人の次元を軽く超越してんじゃねえかよ!」
途中から、魔法少女アイドル『ベル』ではなく、素の口調に戻ってしまっているところを見ると、本当にやばかったに違いない。よく見ると、可愛いオデコに嫌な汗をかいている。
「アイツのパワーの謎に関しては、俺もさっぱりだ。兎に角、やつを怒らせると洒落にならんことだけは確かだ……」
「実際に殺されかけた人が言うと、真実味がありすぎて怖ぁ〜い☆」
こうして、俺のマネージャー初日の仕事は、何もすること無く(死んでるけど)幕を閉じたのだった。




