99 ボーイズラブ再び!?
「ふむ、相も変わらず薄汚い犬小屋ですね」
慇懃無礼な言葉を吐き捨てて登場したのは、久遠が造り出した空間を操る美形のホムンクルス『ディスタンシィア・レックス』である。
前回同様に何の前触れもなく、就寝中の俺の寝室の空間を引き裂いての登場なのだが、一つ前と違うところは、その登場地点がいくらかずれていることである。前回レックスが俺の部屋に踏み込んだ第一歩は、俺の顔面の上であった。が、今回の第一歩は俺の……
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
大事な大事な股間ちゃんの上である。
「ふむ、何か気色の悪いものを踏んだような? この気色の悪い物は滅してしまったほうが良いと言えますね」
レックスは、悲鳴を上げている俺のことなど完全の無視して、俺の大事な部分をかかとに力を入れてグリグリと踏みつけ続けた。
――潰れる! 完全潰れてしまう! 最終回になってしまう! まさか、唐突に金玉を潰されて終わるとか、こんな情けない最終回があってたまるか!
しかし、美形の男子から見下されるような視線を向けられ金玉を踏みつけられるというシチュエーション……どうしたというのだろうか、俺は少しばかり興奮を覚えてしまっている!? いやいやいやいやいやいやいや、俺にそんな趣味はないはずだ! まぁ、ここ最近いろんな出来事があるたびに、俺の新しい性癖が目覚めまくってるわけだが、そっち系はないはずだ!!
無いはずだと言いつつも、俺の表情は自然と恍惚に満ちたものへと変化し始めていた。そして、それに気がついたレックスは、大慌てで俺の股間から足をどけ、距離を置くように部屋の隅へと移動した。
――か、勘違いしないでよね! こ、これは気持ちよかったんじゃなくて、レックスが足をどけさせるようにするための、策略なんだからね!!
と、俺は心の中でツンデレキャラっぽくつぶやいてみた。本心のところは……秘密である。
レックスの俺に対する表情が、侮蔑的なものだけでなく、恐れのようなものが薄っすらと感じ取れるのは気のせいであってほしい。
「変態が……」
レックスが小声でつぶやいた。俺は即座に反論をしてやりたかったが、あえて黙っておいた。これは俺が自分自身を変態だと認めたわけではなく、話をスムーズに勧めたかったからである。
「何でもいいから、早く要件を言えよ! お前が来たってことは、どうせ久遠の使いっ走りなんだろ」
俺は下半身がトランクス一丁であるということも忘れて布団の中から身体を起こした。そんな俺のセクシー? な姿を目にして、レックスが露骨に目を背けた。
「兎に角、服装をきちんとしていただきたい」
「あ、すまん。ってかな、お前はいつもいつもどうして俺が寝ているときを狙ってやってくるんだよ! やっぱり……お前にはそっち系の趣味が!?」
前回に引き続き、二回目の寝ている状態での襲来。こいつがドMだということ久遠の店の一件で知っていたが、さらにこのホムンクルスは男色設定もあるのか!?
「あるわけがないだろう……。今すぐ六十四分割されて死にたいのか?」
レックスの指先がかすかに動いた軌跡だけが閃光のように見えた。それと同時に、俺の三十センチほど前方の空間が、きっちり六十四分割に斬り刻まれていた。
「今が何時だかわかっているのか?」
レックスは寝室の壁掛け時計を指差す。時計は午後一時を指していた。勿論、お外はお天道様が天辺に登っている。
「午後一時ですけど、それがなにか?」
「世間一般の働いている人間というものは、とっくに起きている時間だと思うのですが?」
レックスは俺の返答に苛つきを隠せないようで、こめかみに血管が数本浮かび上がらせており、右手もわなわなと震えていた。どうやらレックスは、俺という人間が世間一般的な働いている人間とは、全く違うということを理解していないようだ。ちなみに仕事がないときはいつもお昼すぎまで寝ていることが多い。出来ることならば午後も寝ていたいのだが、学校を終えた花火が突如襲来することがあるので、おちおちと寝てなどいられない。
「世の中には世間の常識で測れない男ってのが居ることを覚えておくんだな」
俺は指先をピストルのように見立ててレックスの方に向けると『バーン!』と撃つ真似をしてみた。何故こんな動きをしたのか? 『普通の人と違ってる俺ってちょっとカッコイイだろ?』アピールである。
しかし、この無意味なポーズが更にレックスの苛立ちを加速させ、周囲の空間にヒビが入る。
その結果……
「あの、調子こいたことは謝るんで、あの俺の右手と左手をもとに戻してもらえませんかねぇ……」
俺の両手は無残にも空間ごと切断され、ゴミ屑のように床の上に転がっていた。とは言え、前回同様に出血も痛みも何もなかった。ただ、あるべきものがない感覚というものは、とてもむず痒く気持ちの悪いものである。
「ふん、これ以上神宴様を待たせるわけにもいかないしな」
一秒も立たないうちに、俺の両腕は元通りへと戻った。
「改めて神宴様からの要件を伝えさせていただきます。例の霊玉の解析が済んだとの事で、貴様にこちらに来て頂きたいとのことです」
「何だって!」
『霊玉』その言葉に、俺の寝起きの頭は完全に覚醒した。その言葉忘れるわけがない。『ママ』を復活させるため唯一の手がかり、それが『霊玉』なのだから。
「よし行こう! すぐ行こう!」
俺はレックスを差し置いて、俺の部屋に大きく開かれている空間の切れ目へと突入しようとした。
「ちょっと待て」
しかし、俺はレックスに腕を掴まれてその動きを阻まれる。
「兎に角、何でもいいから服を着ろ!」
こうして、久遠の前にパンツ一丁で登場するという大惨事だけは避けることが出来たのだった。
※※※※
「いやぁ、久々に来たわけだけど、相変わらずごちゃごちゃしてんなぁ……」
久遠の店は何に使うのか想像もつかない謎のオブジェがあちらこちらに乱雑に放置されており、慎重に歩かないと足を引っ掛けてすっ転びそうなほどだった。きっとこの中に、孔明先生を呼び出したときのような、謎のアイテムが含まれているに違いない。そう思うと、更に触れないようにと、慎重さをまして歩くのだった。
「まもっち、いらっしゃーい!」
この店で唯一開けた場所である会計カウンター前に辿り着くと、久遠が何故かナースのコスプレをして待ち構えていた。そう言えば前回来たときは、女医のコスプレをしていたな。
「ふっふっふっ、お注射しちゃうぞっ☆」
久遠の手にはペットボトルサイズのどでかい注射器が握られており、注射器の先から謎の液体をピューピューと零れ落ちさせていた。
「聞くまでもないと思うが、その格好に意味なんて無いよな?」
「うん! 無いよ! あるわけないじゃ〜ん。流石まもっちよくわかってるね〜」
曲がりなりにも俺はこいつの元彼氏だ。こいつの意味のない行動には何度となくつきあわされてきて学習済みである。
「でも、結構似合ってるでしょ? ほれほれ〜。パンツ履いてないんだぞっ☆」
久遠はタイトなミニスカート風にデザインされたナース服のスカートの裾をひらひらとさせると、挑発するかのように俺の前に足を投げ出した。が、俺はそんなことでは興奮などしない。今大事なのはそんなことでなく霊玉なのだから。しかし、一つだけ気になることがあった。
「ちょっと聞きたいんだが……お前まさか、ウルルに下着は付けないものだとか教えてないよな?」
俺の言葉を聞いて、久遠がいたずらがバレた子供のような表情を見せる。
「あははは〜。だぁ〜ってあの娘、何でも信じちゃうから面白くってさぁ〜。純真純朴で真っ白な子って、汚したくなっちゃうよねぇ〜。まもっちもわかるっしょ?」
久遠は注射器の先から流れ出る謎の液体を、真っ白なナース服へと垂らした。ドロリとした謎の液体は、見たこともないどす黒い色に変化し、ナース服にナメクジが這ったような染みを付けた。久遠はそれを指先でなぞりながら、恍惚の表情を浮かべ腰をくねらせた。
「ね? いいでしょ〜? 興奮するでしょ? 勃っちゃうでしょ?」
吐息混じりの言葉は、俺の聴覚を刺激し、艶めかしい姿は視覚を釘付けにさせた。しかし、俺の心は何も揺らぎはしなかった。
「悪い。俺が話を脱線させたな。宝玉の話を聞かせてもらおうじゃないか。あと、これ以上ウルルに変なことを教えるんじゃないぞ?」
「たまに見せる、真面目な所が、まもっちのポイント高いところなんだよねぇ〜」
久遠は俺の顎の下をゆっくりと撫であげる。
「んじゃ、お話をさせてもらっちゃいましょ〜」
久遠がカウンターを椅子代わりにして腰掛けると同時に、レックスがホワイトボードを持って姿を表した。
「久遠ちゃんの霊玉講座、はっじっまっるっよぉ〜☆」
久遠は眼鏡のフレームをクイックイッと二度ほど釣り上げてみせると、不敵な笑みを見せるのだった。