運命の日――当日
「…………来ないな」
「たく青の奴、この大事な時にどこで油売ってんだよ」
黒、赤、銘の三人がいるのはシオンが教祖を務める宗教の総本山。その門前で三人は待ち合わせの時間を過ぎても来ない青をずっと待っていた。
「銘さん、青に電話は繋がりましたか」
黒の問いに、銘は首を横に振った。
「だめです」
すでに約束の時間から三十分が経過。
「ちっ――」
ついに業を煮やした赤は、巨大な木製の門扉を力尽くで開けた。
「あ、赤さん」
強引に開かれた扉の先――数百の怪物モドキたちが、兵隊のようにキレイな列をなして、黒たちが来るのを待っていた。
「来たか――」
「シオン」
列を為す怪物モドキたちを率いる指揮官の立ち位置で、黒たちのかつての仲間――シオンが出迎えた。
対峙する、黒・赤・銘、シオン。
「緑と黄の姿がないな」
緑と黄もシオン側のはずだが、見る限り門の中にはシオンとその手下もといシオンの兵隊である怪物モドキたちしかいない。
「あいつらは急用らしくてな、今日は欠席だ」
シオンの言葉を聞き、三人は思った。
(逃げたな)
(逃げたろ)
(逃げたんだ)
樹海にいた頃から、黄は自由奔放で飽きっぽく、よく途中で投げだす奴だった。
緑も、よくシオンと行動を共にしてシオンのサポートをしていたが、シオンに代わって矢面に立つことは一度もなかった。
「てことは、ここでてめぇを止めれば、この作戦はここで失敗(終わり)っつうことだな」
「その認識で問題ないよ」
シオンに自身の言葉を肯定され、赤は腕を鳴らした。
「そうか…………」
そう言って、シオンに近づく赤。
その間、シオンは自身の手足である怪物モドキたちに自分を守れと指示を出すことも自身の身を守るため臨戦態勢を取ることもなく、ただ赤が近づくのを待った。
「それじゃ、覚悟決めろよ」
そう言って、拳を強く握る赤。
赤が全力でシオンを殴り飛ばそうと拳を振り上げた瞬間、シオンはソッと赤に耳打ちをした。
「人間の子供を養うために地下で人間どもの見世物をやってるんだって。赤、お前も変わったな。人間の社会に毒された」
「っ――」
シオンの言葉を聞き、赤は握っていた拳を開いて勢いよくシオンの胸ぐらを掴んだ。
「子供の肉は柔らかくて、味もいい。こいつらの大好物だ」
そう言って、シオンはチラッと自身の背後にいる兵隊たちに視線を移した。
「まさか、てめぇ」
顔を青に染めた赤は、すぐさまポケットからスマホを取り出し電話を掛けた。
『もしもし』
「俺だ」
『赤さん、どうしたんですか。赤さんが電話なんて珍し――』
「んなことはどうだっていい。その孤児院、地下に避難用のシェルターあったろ」
『あ、ありますけど』
赤が世話している孤児院は昔、この国が他国と戦争している時代に建てられた小学校を改装したものである。
故に孤児院の建物内部にはあちこちに戦争時代の名残が残存している。
「俺が行くまで、ガキども連れて地下シェルターに隠れてろ。俺が電話するまで、絶対出てくるんじゃねぇぞ。いいな」
『え、え』
突然の赤の言葉に困惑する電話相手――孤児院で子供たちの面倒を見ているシスター。
「いいから、とっととガキども連れて地下に隠れてろ。いいなっ」
『は、はい』
だが結局、赤の勢いに押され、シスターは電話が切れると同時に急いで子供たちを連れ、地下にあるシェルターへと隠れた。
「あ、赤さん」
「すまない」
赤もまた、電話を切ると同時にシスターと子供たちの元へ向かって駆け出した。
「…………いっちゃいましたね」
「…………はい」
黒と銘の二人だけが、その場に取り残された。
「これで圧倒的劣勢から一転、五分と五分。そうだな」
「ああ」
シオンの言葉に黒は頷いた。
この場に置いて、ただの人間である銘はもちろん。シオンの背後に数百いる怪物モドキたちでさえ、数(数字の一)と成りえない。
赤の離脱で二対一から一対一、黒とシオン、差しの勝負となった。
「なあ、黒。お前は赤や青と違って、人間たちに何の感情も抱いていない。そうだろ」
「ああ」
シオンの問いに黒はあっさり答えた。
「――っ」
黒の言葉が銘の胸の奥深くをチクリと突き刺した。
「だよな。何にも執着を見せなかったお前が、まして人間なんかに情を持つわけないよな」
銘と黒たちは種族として、根本的に違う。全く別の生き物である。だが、心のどこかで思っていた。
人間(銘)と怪物(黒たち)は分かり合えると。手を取り合い、互いを尊重して共に生きることができると。
事件を解決し、居酒屋で祝杯を挙げる(自身の)父と青のように。公園で楽しそうに遊ぶ赤と孤児院の子供たちのように。
つまらなそうな顔で生徒たちに数学を教える、彼のように…………
「どうだ。お前もコッチ側に来ないか」
そう言って、シオンは黒に向け、手を差し出した。
「なんだかんだいって赤と青は情が深い。一度でも人間に情を持ってしまったら、二度と人間たちを敵として視ることはできないだろ。白は――」
シオンが饒舌にしゃべっている間、黒はジッと無言でシオンの差し出した手の平を眺め続けていた。
「樹海にいた頃から人間に興味津々だったからな、あいつ。一応誘ってはみたが、断られた。あいつの信条は極力干渉せず、できるだけ自然体を観察する。でなければ本当の意味で観察対象を理解することができないと言っていた奴が人間を俺たちの支配下に置く俺の作戦に協力するわけなかったな」
「…………」
シオンの言う通り、黒も白たちがシオンの計画に協力するとは到底思えなかった。だが、黒は――
「だが、お前は違う」
あの三人とは違う。
「コッチ側に来い。一緒に俺たちの箱庭(世界)を作ろう。今度はあんな暗くてジメジメした陰気な樹海なんかじゃない。夜も煌々と輝く俺たちが主役の世界だ」
「……………………(俺はあの樹海も悪くなかったんだけどな)」
黒は自身に向かって手を差し出すシオンに向かって、近づいた。
「ふっ」
「っ――」
数歩歩いたところで黒は立ち止まって
「…………」
銘のいる方へ振り返った。そして…………
「ふっ」
と笑った。
「っ――」
それは、銘が初めて見た。けれども今までずっと知っていたような、黒の温かい、優しい一面だった。
「悪いがそれはできない」
「なぜ」
思いがけない黒の回答にシオンは眉間にしわを寄せた。
「俺がこの子の、先生だからだ」
「先生だから、だと」
先生とは国が定めた内容――最低限社会で生きていくために必要な知識と社会秩序を乱さないための協調性、祖国への帰属意識と愛国心を生徒たちに教え、将来この国に役に立つ者を育てる者だと、シオンは認識していた。
だが、黒の考えは違った。いや、変えられた。
黒も教職をやり始めた頃はシオンと同じ考えだった。ただ国が教えろと決めた内容を担当する子供たちに教える。それ以上のことは何もしない。したところで余計、面倒事に巻き込まれるし、したところでほとんど何も変わらない。
所詮、他人は他人。
自分が彼、彼女らにできることなどたかがしれている。
「……………………」
実際、ほとんど何もできなかった。
不良生徒を危険な暴走グループから抜けさせてやることも、貧困にあえぐ生徒に将来なりたかった職業に就かせてやることも、思い悩む生徒に――明日を生きる希望を見せてやることも…………
『『『…………先生』』』
それでも――
『先生のおかげで第一志望に合格したよ』
『先生のおかげで覚悟決まりました。俺、精一杯がんばります』
『先生のおかげで私、私…………』
勉強が得意でない生徒が勉強を教えてくれと言うから、毎日夜遅くまで勉強に付き合ってやった。
夢か進学か迷っている生徒に進路相談で、夢を追う覚悟と夢を持つ素晴らしさを教えてやった。
教師という立場を利用して特定の生徒に非倫理的な行いをする同僚を告発した。
俺が告発した結果、内部調査が行われ、その教師は懲戒免職となった。俺は上司(校長)に辞職を勧められ、今の高校に転職することになった。
『『『――ありがとう』』』
所詮、人は人。
怪物として、人にできることなど根本的に何もない。
それでも…………教師として、受け持った生徒たちに何もできなかったわけではない。
「先生とはつまり、生徒より先にこの世に生を受けた者のこと」
「何を言ってるんだ、お前」
意味が分からないという顔をするシオン。それでも黒は話を続けた。
シオンのためでない。
ずっと後ろで自分の背中を真剣なまなざしで見つめる、自分の後を生きる者のため。
「時間(時)は時に道と例えられる。人の生、人生のように。であるならば、先を生きる者はこの長い時間(時)、道を先に往く者と捉えることもできる。先を往く者はこれから同じ道を歩く者たちのために道を切り開いておく必要がある。たとえ道半ばで倒れることになったとしても、次に往く者が道の先に往くことができるように」
それはつまり、黒は銘のために――銘の将来のためにシオンの計画を止めるということ。
黒の意図を察し、シオンは呆れたように息を吐いた。
「お前とそいつは同族ではない。全く別の生き物だ。お前がその人間の子供のために危険を冒す必要はない。クジラがイワシのためにわざわざ自分の命を危険に晒すか。(それは)愚かしいことだとおもわないのか」
シオンの言葉を聞き、
「俺たちは確かに人間より遥かに優れた種族だ。だが――」
それでも黒の意見は変わらない。
「永遠ではない」
「っ――」
黒の言葉にシオンは目を見開いた。
「いずれ命尽き、俺たちは絶える。なぜなら俺たちは他の生物と違い、生殖行為を行えない。俺たちには、明日はあっても次世代(次)はない」
黒の言葉通り、シオンたちは次世代(子)を作れない。
それは、黒だけなく怪物たち全員が知っている、怪物たちの間では周知の事実である。
「なればこそ、俺たちの手でこの人間たちの社会を牛耳り、最後の絶滅の時まで最高の幸福(今)を享受すべきではないのか。命果てるその時まで、永遠と間違えるほどの極上の幸福(今)を――」
「それでも、いつか終わりが来る」
「っ――」
それは生物であれば仕方がないこと。今は食物連鎖の頂点である人類だって、いずれは…………
「絶滅は仕方ないことだ。それが俺たちの、種の宿命だ」
シオンも最初は自分たちの子孫を作ろうと、あれこれ試行錯誤した。だが、結局ダメだった。できたのは見た目だけは多少似ているがそれ以外全て劣化の、出来損ないの贋作(まがい物)。
「それでも方法がないわけじゃない」
「っ――」
「子孫を残せない俺たちが、自分たちの寿命を超えた遥か先の未来を生きる方法が一つだけある」
「なんだ、それは」
何かに縋るようにジッと見つめるシオンの眼を見て、黒は言った。
「託すんだ」
「託す」
「ああ」
黒の、黒が今まで生きてきた時間その全てでもって出した結論を聞き、シオンの瞳から光が消え去った。
「未来を往きれる者たちに、俺たちの存在を、在り様を知識として、思い出として未来に持って行ってもらう。そうすれば、俺たちははるか先の未来を生きることができる」
黒の出した答えはシオンの求めている答えではない。それは重々わかっている。
それでも、黒はこれが自分の、俺の答えだとシオンにはっきり示した。
「それは種としての生存ではなく、故人(個人)としての生存だ」
「それでも無駄な生ではなかったと、俺は思える」
「……………………」
この人は自分たちと同じ人間じゃない、怪物だ。
考え方も価値観も、個としての常識も何もかもが違う。全く別の生き物。
それでもはっきりわかった。はっきり示してくれた。
この人は、この怪物は、紛れもなく私の――
「先生」
「…………俺は、そう思えない」
「だろうな」
シオンが理解してくれないことは、長い付き合いである黒は最初から分かっていた。
これは黒の答えであって、真理でも本当に正しい答えでもない。
それでも言わなければならなかった。それでも示さなければならなかった。
(私は、俺は、)
ほんの少しだけ、黒は自身の背後を見た。
(この子の先生だから)
一瞬、銘と黒の目が合った。
「俺たちの考えは平行線のようだな」
「そう、みたいだな」
シオンは後頭部から二本の触手を生やした。同時に黒も臨戦態勢を取った。
「「……………………」」
樹海にいた頃から、黒と紫が本気で戦ったことは一度もない。というより、黒は自身の本気を他の怪物たちにはあまり見せないようにしていた。
理由は、単純に怪物たちの中で戦闘能力が一番劣っているから。
人間社会で生きるようになって、格闘技や護身術も多少勉強はしたが、それでも単純な力の差は大きい。それは赤との地下でのヤラセ試合でも痛感させられた。
黒が長い時間かけて会得した格闘技術も、赤本来の戦闘センスであっさり対応された。
樹海にいた頃、黒は自分の手の内はあまり見せず、他の怪物たちのクセや戦い方を観察していた。もしもの時、仲間同士の潰し合いが発生した時に一方的に他の奴らに蹂躙されないために。
シオンの武器は頭から生えた二本の触手。伸縮自在なうえ、毒を放つこともできる。
(樹海にいた頃に聞いた話じゃ、俺たちには効果がないって話だったが、その情報自体嘘の可能性もある。仮に本当だったとしても、あれから俺たちにも効果のある毒を作れるようになった可能性も…………とにかくあの二本の触手には特に注意しておいた方がよさそうだな)
注意深く、シオンの様子を伺う黒。
シオンもまた、黒の様子を注意深く観察していた。
(出来損ないたちは使えない)
黒の後ろにいる銘(足手まとい)を人質にする案も思いついたが、そのためには一瞬、黒の注意を怪物モドキたちに惹かせる必要がある。
だが、怪物モドキたちに指示を出すには集中した状態で、命令を口に出す必要がある。そのためにはどうしても、シオンはその場で少しだけ足を止める必要がある。
黒とシオンの間の距離は約五メートル。黒たちなら一瞬で詰められる距離である。
(あいつ、まさかこれも計算の上で俺に近づいたんじゃないだろうな)
その隙を黒が見逃すとは到底思えず、シオンは黒と真っ向勝負をするしかなかった。
黒が樹海にいた頃から手の内を隠していたこともあり、しばらく様子を伺っていたシオン。だがやがて、互いに同時に地面を蹴った。
「「「っ――――」」」
互いに最初に選択したのは、飾り気なしの真正面からの全力パンチ。
自分の想いをかつての仲間にぶつけるように、二人は拳をありったけの力で握り振りかぶった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
互いが互いの拳の間合いに入る寸前、辺り一帯すべてを白の世界が包み込んだ。
「な」
「なんだこれは」
破滅の光で辺り一帯が包み込まれたすぐ後、
バゴーーーーーーーーーーーーーーーーーン
すさまじい爆音、
「「「……………………」」」
その後、美しい死の灰が辺り一帯に降り注いだ。




