触るなと言われると触りたくなるタイプの人と、本当は触ってほしい人
「ふわぁああああん! ふわっ…………ふわぁあああああん!」
まだ俺を子供だと思い込んでいるらしいリリは半狂乱になり、しきりに俺の体に怪我がないかを確認し。肌を撫でては胸や尻に顔を埋めて思い出したかのように大きな声を出して泣いている。
感情の表現に乏しいリリがこうも取り乱すというのは、幼い俺の失踪が余程のこと堪えたのだろう。申し訳なさと不甲斐なさのあまり、リリの涙に感化されてこちらまで泣いてしまいそうだった。
だがそれはそれである。より問題となっているのは上の涙腺よりも下半身の涙腺だ。
なにしろ尻に向かって断続的に、極めて強めに吹きかけられる生温かい息は、勃起中枢に直接的なアプローチを仕掛けており、理性だけでは抑えきれない領域へと達していた。
「り、リリ、落ち着きなさい。私は無事です。どこにも怪我はないですから」
「怪我……毛がなぁいよぉ! ふわぁぁああああん! 私から気を抜いたからだぁー!」
下の毛が無いのは昔からである。ないほうがありのままの姿という感じがして好きなのだ。湿度の高い日にも下着のなかが蒸れにくいのもいいね。性行為の際も毛が邪魔しないので奥まで入るとかどうとか聞いた。俺の聖棒を奥まで受け止められる女性がいるかはまた別の問題となるが。
そんな無毛に至った経緯を、獣人や子供たちがいるこの場で事細かに公表するのは気恥ずかしく。ただでも全裸なのにさらに性事情まで赤裸々に語るというのは弁明の難易度があまりにも高い。
「そ、それは今夜にでもじっくり説明しますから」
「じっくりしてくれるの……? (ダー棒について? 見分しながら!?)」
「は、はい。今夜はたくさんお話をしましょう。会えなかった分だけ付き合いますから。リリがどうしていたかを聞かせてください」
「…………嬉しい。うれしいよぉー! ふわぁああん!」
もうどうあっても泣くのはやめないらしい。
泣きながらも俺の体を撫でるのはやめない。
リリの体の触り方が艶めかしすぎて、理性にだけ頼って無理やりに性本能を押しとどめるのにも限界がある。
少年を抱えていて、ひとが見ているというのを強く意識して外部からの抑圧を利用しなんとか勃起の阻害を試みた。
立ち上がろううとするとガッチリと尻を掴まれてしまい、尻の間に吹くそれは谷間風が如く。吹き抜ける吐息と言う名の一陣の風が俺の足腰の力をさらっていく。
少年を抱えているという都合上、激しい動きもできないなか、度々聖棒に触れようとしてくるリリの手を巧みにかわし続けるのには大変な労力を要した。
「なんで触らせてくれないの……本当は大きな怪我をしているんでしょ!?」
「そこは何事もありませんでしたから! 本当になんともありませんよ! だから触診の必要はありませんっ!」
心配性の過ぎる困った娘に、勃起性を患った困った愚息。
混ぜるな危険。交ざれば危険日。
☆
リリを宥めて泣き止んでもらい。そこから十分に落ち着かせるには体感で一時間以上はかけたと思う。
ようやくいつものじゃれあっている感覚を取り戻したらしいリリだったが、キャッキャと笑いながら聖棒に手を伸ばすようになってしまった。
どうやら俺が聖棒に触らせないように腰を動かす様がリリにはたまらなく面白かったらしい。
悪戯な笑みを浮かべては高速で手を伸ばすリリ。
人前と言うのもあるし、いくらなんでも洒落にならない遊びである。
ゴールが聖棒のタッチというのが卑猥を極めていて、子供たちにはとてもみせられる遊びではない。
そういうのは結婚をした夫婦が夜にやるものだ。親子としての関係性を強めている俺たちが興じていい遊戯ではない。
「こらリリ、もうおやめなさい! 遊戯に興じている場合ではないと見ればわかるでしょう!」
「遊戯? これは遊びじゃないよ(前戯だ)」
遊びじゃないなら本番が始まってしまうからもっと駄目だ。
久々の再会を喜んでくれるのは嬉しいが、時と場所と状況と服装は選んでほしい。
ただでさえ散々肛門周辺の湿度を上昇させ勃起中枢をこの上なく刺激されているのだ。一度でもタッチダウンが決まれば、聖棒からは聖大で精大な盛大な性なる砲撃が放たれてしまうだろう。
そうなればそれこそ遊びでは済まなくなってしまう。
気化した精子がリリの体内に入り込んで着床。妊娠してしまったらどうするつもりなのか。
リリならば子供を第一に考えて大切にする良き母になるというのは、この身で体験しているので最早疑いようもない。あれほどの愛情を常時注いでもらえる幼少時代が俺にもあれば、今のようにひねくれた性格をしていなかったはずだ。
だが良き母が良妻になるとは限らない。腹を痛めて産んだ子供は認知しても、その子種のもとを――つまりは偶発的とはいえ性加害者となった俺を夫と認めてくれると到底思えないのだ。
「これはリリのためでもあるのですからね。悪戯は即刻おやめなさい!」
「うんわかった」
「ようやくわかって……あぶねっ! 何もわかっていないじゃないですか!」
「キャッキャ!」
言葉では納得した振りをして、猫のように素早く手を伸ばすリリ。
何度も口頭による注意を発してしかりつけても、一度スイッチの入ったリリには注意の言葉すらもフリかなにかに聞こえるらしい。笑みをたたえた悪戯っ子らしい顔をして、魚のつかみ取りでもするかのように聖棒を追いかけ回している。
それがしばらく続いて、うっかり頬を聖棒でもって打ってしまったところでようやく動きが止まってくれた。
恐らく脳震盪を起こしてしまったのだろう。
何が起きたのかわからぬという顔で、地下室の中で宇宙でも見ているかのように視線を彷徨わせている。
「ふぅ……楽しかった。今日のところはこれくらいで満足しておいてあげよっかな」
「それは何よりです」
「夜はお話会ね。約束だよ」
一度もじもじと腰をくねらせるリリ。そうして落ち着きを取り戻したらしいリリは、いつもの凛とした表情をして俺を見つめている。
ふと下を見ればリリの周辺は水浸しになっていた。泣きはらして赤くなった痛々しい目から察して、すぐにそれがリリの流した涙なのだと気づく。
とんでもない量である。それこそ漏らしてしまったのかというほどだ。
水たまりができるほど泣いて心配をしてくれたリリに父性が呼び覚まされる。目薬の代わりに聖水をかけてやりたい気分だ。水分補給の代わりに聖液を――いかんぞ。自分で自分の首を絞めてどうする。
「さあ、教会に戻りましょう」
「うん。戻ろう。すぐ戻ろう。すぐ戻っていっぱいしよう」
主語が抜けている。リリはお話をしようと言っているのだとはわかるが、まるで性行為をいっぱいするとでも言っているように聞こえてしまう。
流石にこれは俺が悪い。頭の中が性欲で一杯になってしまっているのだ。
「――ですが、何をするにもまずは服が欲しいですね。せめて下半身を隠せるものをさがさないといけません。このまま街を出歩いている姿を目撃されたら、いったいどんな噂を流されてしまうか」
「はい、これ使っていいよ」
「やぁ……」
スッとブーツ脱いでは、脱ぎたてほやほやのそれをさも当たり前のように差し出すリリ。
その思い遣りと優しさは、俺の心の柔らかいところを刺激してくるので酷く胸が痛む。
ダンジョンで救出したあの一件のせいだろう。俺はリリに妙な常識を植えつけてしまったのだ。陰茎はブーツで隠すものという大いに誤った認識を与えてしまったのだ。
「ほら、靴を履きなよ。裸足だとイヤなんでしょ?」
ズイズイっとブーツを差し出すリリ。
陰茎に靴を履くとか、陰茎を裸足と表現するのは文法的に正しいのだろうか。少なくとも倫理的には誤りである。
「どうしたの? 子供のときみたいに履かせてもらいの? しょうがないなぁ……」
「大丈夫です! 自分でなんとかしますから!」
片手で髪をかき上げて耳にかけて、しゃがもうとするリリを必死に制止する。
慌てた。慌てふためいた。髪をかき上げるその仕草は、まるでこれから口で奉仕をしようとしているかのように見えたのだ。
このまま黙っていると妄想は加速して、よりマニアックな方向に進んでしまうだろう。
性知識に乏しいリリの、純情かつ清廉潔白な性癖がもろに裏目に出ているな。
周囲の猫人たちもそっぽを向いて気まずそうにしているじゃないか。
普段は長所でも、こういうときにリリの純真さや純粋さの危うさを実感させられる。
「お気持ちは嬉しいのですが、さがせば他にも隠せるものがあるかもしれないので。そうだ、それは最後の手段ということにしましょうか」
「いけません。ママの言うことを聞いて最初の手段になさい。何事も初手が肝心なんだよ。初めてはとても大事にしないといけないの」
履かずにもたついていたせいか、おさまったはずの母性を持て余し、またしても爆発させているご様子。
ママを自認するならもっと他の手立てを考えてほしいものだ。
「あの、お母さんの役も、もうしなくてもいいのですよ? この通り元の姿には戻れましたので」
「…………やだ。ママがいい」
まずい。こんなときにリリの頑なさが出かけている。おさまったはずの涙もじわりと浮き出てしまっている。
こういうところが手のかかる娘らしくてかわいらしいのだが、今はそんなことを言って絆されている場合ではない。我儘ママになられる前に、早々に手をうたなければ。
「老け顔の私が親ならばともかく、リリのような若く可愛らしい子が私の母親というのは少々無理があります」
「ない。不可能を可能にしてきたのが冒険者なんだから」
「…………」
現役一等が言うと説得力があり、実に含蓄のある言葉である。
問題は、その言葉がまったく状況にそぐわない、不適切極まりない発言であるという点だ。
「まいりましたね……」
加勢してくれる仲間を求めようと猫人たちに視線を向けるが、みなそっぽをみるどころか壁の方を向いて震えている。
猫人の習性か何かだろうか。
「でも私が可愛いのは一理あるかもしれない。お母さんもいいけど、ロイにとって一番可愛い女の子であるというのも悪くない」
「ん? え、えぇ、そうでしょうとも。リリは世界一可愛い女の子ですよ。最愛の娘です」
にへらと相好を崩すリリは本当にとてつもなく可愛い。父性が暴走してプリンを作りたくなり、抱えている少年についた二つの卵をうっかり割ってしまいそうだ。
可愛いという自認が芽生えているのは前向きでいい傾向である。
どこか客観視しているというか、俯瞰的にしか自分を見ていない節があった。だからこそ自分の体さえも目的を達成させるための手段や道具として扱う。
己の顔を焼いたり、俺を守るために身を投げ出したりというのを平気でやってのけてしまう要因の一つとなるのだ。
リリにはもっと自分を大切にしてほしい。いずれ男は狼であるという性教育などもしてやらないといけないのかもしれない。その際には熟女のビビアンになどにも協力を仰ぐとしよう。
「ですので、可愛い娘を持つ父という体の方が世間的にもすんなり受け入れられると思うのです。体裁を整えるためにも、またそのように協力してくれませんか?」
母になりたがったり娘になりたがったりする情緒の不安定さは気にとめず、娘としてのポジションを激烈に推していくことに舵を切る。
「うーん……じゃあパパにべったりな娘で」
「それならいつもそうですので構いませんよ」
「そんなにべったりしてた? あれで? (つまりもっとべったりしていいってこと? マジ? え? これって夢?)」
はじめこそ異性としての美しさに気をひかれていたが、今では特に設定を意識しているわけでもなく、自然とそういう関係が構築されているように思う。
「じゃあさ、ついでに隠し子のいるママってことにしよ?」
「じゃあとついでの使い方に疑問が残りますね」
娘がママとか絶対に近親相姦を疑われて、より一層下世話な噂が広がるだろ。ついででつけていい設定ではない。
司教もそうだが、エルフというのは我々普通の人間とは倫理観に大きなひらきがあるように感じる。
「母親で娘というのは倫理的に頷ける提案ではありませんね。なにより神父がそのような爛れた関係を持っているというのは現実的ではないですし、シクリッド教団にも迷惑をかけてしまう可能性がありますから。人の世で暮らす以上は人の世の習わしに合わせなくてはなりません。リリにはリリの考え方があって、それも尊重したいとは思いますが――」
「ふーん(さすがに攻めすぎたか)」
迷惑と言えば、初めて会った男の大司教に「何て不吉な面なのか。存在そのものが邪悪。神聖な教会に席をおくなど迷惑極まりない」というようなことを長々と言われ、枕を濡らした幼き日の夜を俺は忘れない。
司教もあの時ばかりは俺に泣くなとは言わず。死んだように眠れる毒を盛ってくれて七日程ぶっ続けで眠らされた。
起きると大司教は様々なスキャンダルを掘り出されて失脚し、どこかへと連れていかれていたっけ。
「じゃあ定期的にまたあの薬飲んでよ。これが私のできる最大限の譲歩ね(あのサイズなら、べったり甘えているときに事故を装っての既成事実を作りやすい。児童虐待? ハッ、笑わせないでよ。ダーリンの中身は大人だからなんの問題もないね)」
なぜか取引が始まっていて、なぜか譲歩された。
クロロック家の御屋敷で一方的な取引を学んでしまったのだろうか。
「そんなことをしてまた周りに迷惑や心配をおかけしてしまっては目も当てられません。もちろん今回の原因は私の不注意と不徳の致すところなので、誰にも非はなくリリだって何も悪くありません。ですが元をたどればロニのポーションが諸悪の根源であるとも言えます。もう実験には付き合うつもりはありませんし、子供になる薬など二度と飲むことはありません」
「ぐぬぬ……(まあいいか。べったり許可の言質はとった。べったりしてべっとりしよう。あとはボンボンにダーリンの強靭すぎる理性を失わせるほどの超強力な媚薬と、子供のつくりにくいエルフであっても排卵を滝のように促す薬を開発させれば本当の子供をこさえる準備は整う)」
難しい顔をするリリを眺めながら、この場に司教がいなくて本当によかったとぼんやり思う。
あの人ならロニと結託し、嬉々として様々なポーションを俺に許可なく投薬していただろうから。女児になる薬だとか、男でも出産できる薬などを飲まされたら本当に洒落にならない結末を迎えてしまう。
☆
リリとの会話は楽しいが、いつまでも拷問部屋にいるのは気落ちする。
気絶している少年を除いた二人の子供たちは猫人たちに預けて先に教会へ連れていってもらい。とりあえず全裸のまま部屋を出ようとしたところ、リリがママ役は諦めるからブーツだけは装着してほしいと懇願するものだから仕方なく聖棒に装着した。
目の前で陰茎を放り出されたままでいられるのは、娘として横を歩くリリには耐え難い恥辱を湧きあがらせるのだろう。
装着すれば凄まじいフィット感と、尻穴を疼かせる温もりにあわや大放精――などとはならなかった。このスタイルに慣れつつあるのか、水を選ばぬ魚のような適応力の自分が少し怖い。
屋敷の外に出る前に隠せるものを見つければいいや――と軽く考えていたが、上の階は凄まじい荒れようで。それは衣服をさがすどころの騒ぎではなかった。
「どうしたらこんなことになるのですか……」
「一応誰も殺してないよ。教会的に悪人であっても殺すのはまずいんでしょ? だから頑張って半殺しにとどめておいた」
「それは褒めていいのか難しいところですね」
「褒めるところだよ? 頑張ったんだもん。私のロイをさらった連中なんて皆殺しにしたって飽き足らないよ……」
母性がとてもお強い。
意外な一面でもなく、最近のリリを思えば納得のいく変貌である。
「しかしこれは……みな本当に生きているのですよね?」
「加減したからね。それで死ぬなら死んだやつが悪いよ」
壁や天井に突き刺さっている人たちは本当に半殺しですんでいるのだろうか。
褒めるのを躊躇して説教をはじめそうになるのをこらえる。
リリは教会のためを思って加減をしてくれたのだから褒めねばなるまい。教会への帰属意識が芽生えてくれているというのは素直に嬉しいことじゃないか。
「教会のことまで気にかけてくださりありがとうございます」
「むっふふーん」
誇らしげに大きな胸を張るリリ。首をかしげながらもっともっとと目で催促するので、少年を肩に担ぎなおしてからリリの頭を撫でてやった。
「仮に死んでいても心配ご無用。組合に所属せずに武器や魔法を好き勝手使うのは禁止されているので、襲われた時点で正当防衛は成り立ちやす。死んだとしても、違法な仕事に加担していた時点で自業自得ですし、姉御へのおとがめはまずありえやせんぜ」
お供していた猫人が注釈を挟んでくれたので、しゃがんで頭を撫でてやる。ふわふわでさらさらの毛並みが気持ちいい。
ゴロゴロ鳴いている猫人を撫で回していると、リリが氷のように冷たい目で俺を見下ろしていた。それに気づいたらしい猫人は毛を逆立てて「し、仕事があるのではオレっちはこれで!」と駆けていってしまった。
やはり巨漢の俺が小動物を愛でたり、人間と変わらぬ人格を持つ猫人たちを無用に愛でる姿は気色悪く映るのだろうか。これからはリリがいないときにこっそりかわいがることにしよう。
「正当防衛というよりも過剰攻勢ではなかろうかと思わなくもないですね」
等間隔で人が天井に突き刺さっている。皆その下には氷が突き出ているので、氷の土台でもって射出されたのだろう。
「愛と恋が曖昧なように、この結果もほんの少しの言葉の違いでしかないよ」
「ふむ……なるほど」
リリが小難しいことを言い出した。わからないから「ふむ」とかいって誤魔化してしまった。
しかしリリは愛と恋が曖昧であると考えているのか。
確かに考えてみれば難しい問題だな。恋をしている相手と付き合っているからと言って恋が終わるわけでもない。恋をしているからと言って愛していないわけでもない。もしや恋と愛は同居するものではないのだろうか。
では娘として心から愛しているリリに恋をしてもおかしくはないのか――いや、やめておこう。俺はリリの父親だ。それでいいのだ。
「何人かは壁にはまったまま尻に棒が突き立てられているようですが。あれもリリが……?」
これを機に尻に棒を挿すことにハマったりしないでくれ。
さすがに悪戯の域を優に超えている。それはもう性行為だ。理性を失って何をするかわからんぞ。
「あれはオーレリアの仕業だね。まだ動いてたり抗おうとしているやつらにとどめをさしてたみたい。ひどいことするね」
壁や天井にハマらせるリリも大概だけどな。
「棒に毒が塗られていないことを祈るばかりです。しかしカーテンどころか布切れ一つも見当たりませんね。全て燃えてなくなってしまっています」
「それはオーレリアがやった。今日は火の気分だって全部燃やしちゃったんだ。彼女も私には劣るけど相当怒っていたからね」
「それはまた……よくほかに燃え移りませんでしたね」
「妖精の魔法は特殊らしいよ。別の世界から持ち込んできた火を燃え移る前に元の世界に戻すんだって」
へぇ、好き放題してるなー。
いずれ絶対とんでもない問題を起こすだろうから、この世界で妖精魔法の使用は禁止させよう。
「おら、ちゃきちゃき歩かねぇか――あっ、待ってください旦那! 奴隷商の元締めを連れてまいりましたぜ!」
背の高い猫獣人たちに連れてこられたのは精悍な顔立ちをした働き盛りの中年だった。
襲撃計画を先読みして誘拐されたふりをしていた――という設定にしてしまっているので、知らぬ存ぜぬ興味なしでは通せそうにない展開である。
できれば知らぬふりをして教会に戻りたかったが。
「ご、ご苦労様です」
俺の前に放り投げられ、リリによって顔を踏みつけられる奴隷商。羨ましい。
俺も生足の方でお願いしたい。
「旦那の手を煩わせないために予め事情聴取は済ませてあります。こいつが元締めで、貧民街や棄民街のガキどもを連れさらっては変態貴族どもに売り飛ばしていたそうですぜ。この場で殺しますか?」
物騒だな。
「結論を急ぎすぎないでください。悪人と言えど人の命を簡単に奪ってはいけませんよ」
「し、失礼しやした」
ここが伯爵から傘下に置くように頼まれていた奴隷商の屋敷だというのはさっき聞いた。
ファミリアの方々は元々この屋敷への襲撃計画を立てていたらしい。それとは別にリリとオーレリアの二人は俺の捜索をしていて、襲撃に参加したのは偶然とのこと。
「ひ、ひぃ……」
身なりの綺麗な奴隷商は既にファミリアによって瞼が腫れあがるほど傷めつけられてしまっていた。伯爵やビビアンにはどう説明すればいいのやら。
「命だけは……いえ、どうか肛門だけは奪わないでください!」
ブーツによって隠された聖棒を見ながら生命と尊厳の命乞いをする中年。
こいつはどういう認識を経て俺が中年の肛門に興味を持っていると勘違いしているのだろう。なぜ俺が中年の尻など掘らなきゃならないのだ。自信過剰にもほどがあるだろ。
しかしここで折檻とは肛門性交であるという前例を作っておけば、いずれはリリが悪さしたときにも「悪い子さんめ、この可愛いお尻にお仕置きが必要ですね。そぉれ身をもって学びなさい」などといって俺の極太の指でもって――っと、いかんいかん。こんなところでブーツが張り裂けるような妄想をするな。中年奴隷商の誤解が加速してしまうだろ。
「お願いします……俺はまだ処女なんです……!」
俺が男の処女に価値を見出すタイプだったらどうするつもりだったのだろう。
参ったな。この状況で傘下に入るように頼むのはもう無理だろう。
義憤に駆られている様子のファミリアの方々が認めないだろうし、子供たちへの苛烈な扱いを考えれば俺個人としても到底許せるものではない。
それに聖職者として褒められたものではないが、俺も一発ぐらいは張り手をしてやりたい気分だ。
「――は?」
リリが目を細めて中年を睨み、片足しか履いていないブーツをどけ。髪を掴んで耳に口を近づけると何やら話しかけている。
「――ダーリンの清く凛々しく雄々しい、浅葱色の朝焼けに濡れるかの如く一切の闇を払う立派なお大事様を、なんでお前みたいな卑しき下郎の穢れ切った汚穴に入れてもらえるなんて勘違いをしてるの? それじゃあ罰ではなくご褒美でしょ? ここで人生を終わらせたいの?」
「も、申し訳――」
男が喋ろうとすると顔を床におしつけて言葉を遮る。
リリも子供の誘拐や奴隷化の件には相当心を痛めていたのだろう。なんて優しい子なのだろう。
だがやりすぎないように注視しておこう。
「アレはね、私だけのモノなの。私だけが受け入れたらいいの。彼は聖なる性剣、そして私は烏滸がましくもその鞘の役目を仰せつかっている。二度とその汚い目を向けるな。向けたらくり抜くからね。それはそれとして、お前にはあとでじっくりと罰を受けてもらうから覚悟しておけ」
「な、なにをなさるおつもりですか? 元締めなどと言われていますが私はただの雇われの身でして――」
「お前の立場なんてどうでもいいよ。ダーリンをさらったことには変わりないんだから。次に目を覚ました頃には女の子になっているかもね」
「そ、そんな、いったいなにをなさるおつもりでしょうか。奥方様、先ほどのご無礼は誠心誠意謝罪いたします。ですのでどうかお許しを!」
「奥方様……ふーん。わかった、お前は見所があるから少し減刑してあげる」
「あ、ありがとうございます」
「うん、立派な子を産めるといいね」
「はい! ……は?」
リリは何が楽しかったのか男から離れてすぐに俺の開いた腕にべったりと絡みついてくる。
男は血相をかえて怯えており、よほどのことを言われたのだろう。
現役の冒険者の脅しは良い薬になるに違いない。
「なにか言われたのですか?」
「うん、私たちが夫婦にしか見えないって。だから今は妻の役をやらなきゃいけないよね」
「そ、そうですか」
そんなことをこのタイミングで言うはずがないとは思うが、子供を誘拐して売りさばくような下種の思考など俺には想像できるものではない。
奴隷商の処置などに手間取るだろうと思い、ユリウスとコレットはファミリアに任せて教会に連れていくように頼んでおいたが正解だったな。
とはいっても二人をいつまでも待たせておくわけにはいかないので早々に帰りたい。本当は二人を肩に乗せて帰りたかった。お馬さんごっこでもいい。いいや、お馬さんごっこがよかった。
しかしビビアンへの説明責任を考えると今から胃が痛むな。
結構な金額のお金も貰ってしまっているのにどうしよう。
気分が悪いから破談にしたついでに商いごと壊滅させてきましたとか、絶対に怒られるだろ。
☆
奴隷商は縛り上げたまま牢屋へ直接連行してもらい、伯爵への説明をどうするかと悩みながら帰路につく。
結局下半身を隠せるものは何一つみつからず。リリのブーツを装着したまま聖棒を隠していた。
不幸なことに、偶然教会の前で遭遇した若い女性に見つかり悲鳴をあげられてしまう。
迅速な通報により風のように駆けつけた衛兵たちのお世話となって御用。
間も悪く、一足先に俺から離れて先に教会へと入っていったリリが水浴びをしている最中の出来事であった。
状況を説明し、身の潔白を証明できる者は周囲におらず。当然俺の弁解など通りもしない。
そうして俺は再びいきつけの牢獄に連れていかれる運びとなった。
牢獄には奴隷商の元締めが先にいて、俺と相部屋だった。
☆
リリがビビアンを連れて牢獄まで来てくれたおかげで夜になる前には釈放された。
拷問されていた少年は教会の宿舎の一室に寝かせ。まずはビビアンに事の顛末の説明と、謝罪を済ませる。
「問題ありません。目的は高位貴族の手による無許可の奴隷売買をやめさせることであって、手段は神父様に一任されていましたから。それに、もとよりこうなると見越して予め手は打っておりますので」
じゃあ先にそう言っておけよ。
こっちは胃に穴が空く寸前だったんだぞ。
「救出された三名の子供たちはどうなさいますか。クロロック家で引き取る準備もできておりますが」
「それを決めるのは彼らの話を聞いてからにしましょう。人生を左右する大変な選択ですので、できれば自分で決めさせてあげたいのです」
もし帰る場所が失われているならば教会で養いたい。
貴族のもとで暮らした方が幸せではあるだろうとはおもうので、一応彼らの意見も聞こう。
「大人でありながら子供に難しい判断を委ねるなど無責任では? それは自由の尊重とは違いますわよ」
相変わらず手厳しいな。もっと叱ってくれ。
「そうかもしれません。ですのでできる限りは親身になって寄り添う形で話しを聞きだし、助言程度のことはさせていただきます」
できればうちで預かりたい。
牢屋のなかで三人共に過ごした時間はかけがいのないものであった。
次は広い庭で一緒に体を動かして遊びたい。たくさんプリンを食べさせたい。お馬さんごっこでヒヒーンと鳴きたい。馬と競争させられて、勝って喜ばせたい。
「そうですか。ですがこれで問題は一つ片付きましたね」
「ひとつですか? 他にも何か?」
ビビアンが如何にも怪訝そうな。「こいつ何言ってんだ」という表情で目を細める。
未亡人の熟女が冷たい視線を男に向けると、夏の日差しよりも股間を灼熱させるとしらないのか。それはもうベッドへのお誘いと変わらない。亀頭が熱中症になりそうで、いまにもセックスに熱中してしまいたくなる。
「私が頼まれていたのは奴隷商の件だけだと記憶しておりますが」
「その奴隷商はどなたが裏で手引きしているかというお話をされていたかと記憶しておりますが」
「……貴族様ですね」
そういうことか。熱中症が冷めてきたわ。
そういえばあの中年奴隷商も自分は元締めではないとかなんとか言っていた気もする。
「平民に金の種とメンツを潰された貴族がそのままでいられるはずもありません。俗物で凡俗な貴族は、君臨することが責務だと考えていますから。平民などにメンツをつぶされたとなれば躍起になってその証拠を消そうとするでしょう。ですので必ずあなたに接触してきます。その処理がもう一つの問題ですよ」
「ご丁寧な説明痛み入ります」
「かまいません。これも仕事ですので」
いまさら伯爵に文句を言っても仕方がないが、矢面に立たせる人選を完全に誤っていないか。
俺はただの神父だぞ。




