表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

誤解される男

下ネタ多めです。

好きな方は続けてお読みください。苦手な方は気を付けながらお読みください。嫌いな方は克服するために読んでみてください。

 ――司教は俺にこう言った。


『あなたが不幸でいることが私の生きがいなの』


 ☆


 町を囲う巨大な外壁は野党の類だけではなく凶暴な魔物などの侵入を拒む役割を十全に果たしているようにみえた。

 いくつかあるであろう町の内部へと入るための門。そのひとつには長蛇の列ができており、俺もその長蛇をかたづくる一部となっていた。


 町の中から子供たちの遊ぶ声が聞こえる。

 活気の溢れる町というのは外壁の外にあっても雰囲気でわかるものなのだと感心する。


 町の中へ入るため門兵に己の身分を証明し終えると、旅の間に長らく世話になった馬車の主に教団式の挨拶をして別れを告げた。


 町の名はマフィーダ。


 歴史の深いこの町を訪れたのは、所属している宗教団体、永遠と平等の愛を掲げるシクリッド教団からとある命を受けたからである。


 事のあらましはこうだ。

 教団員が集団で生活する村と同規模の巨大な教会に俺はいた。

 越冬のための備えを手伝い終えようかという秋、急遽司教の直命によって俺一人に出立が命じられることとなる。


 それから急いで旅支度をし、視界の狭い吹雪く極寒の雪山を牛歩の様に進み。いくつもの町や村を経由して。多くの出会いや別れと逮捕と投獄を繰り返し。陽が温みはじめ命の芽吹く春が到来した頃、ようやくこの町、マフィーダへと到着した。


 予定よりも大幅に遅れてしまい四ヵ月もかかる長い旅となってしまったが、こうして無事到着することが叶ったのだから神に感謝を捧げよう。


 司教から下された命は、殉教してしまった前任の神父の後釜として、現在は管理者不在の礼拝堂として利用されているであろう教会に住みこみ、新たにこの町の神父として根付くこと。


 しばらくは布教の成果は問わない。この町に根をおろし、ただそこにいてくれたならいい――という教団らしからぬ曖昧な命を頂戴した。


 弱者や迷える者に救いの手を差し伸べるのが本分とはいえ、教団とて慈善事業ではない。国からの補助と庇護があるとはいっても、何をするにも金がなければ運営は立ち行かぬ。

 だというのに布教もせずにそこにいればいいなどと、金にも得にもならぬ仕事を指示するというのは裏に何事かが隠されているのだろうと勘繰ってしまう。


 胡散臭い笑顔を貼り付けた面だけは良い年齢不詳の司教。

 どんな些細なものであっても俺が不幸になると心底に喜ぶような邪悪な心の根を持った女が直々に下した命令である。


 どうせろくなことではない――と悪い方向に決めつけてしまうのも仕方のないことだろう。


 そもそも、金に対して意地汚い俗物の共同体のような教団が損得勘定を抜きに行動を起こすはずがないのだ。疑ってかかるのが自然な状況である。


 俺の知り得ぬ思惑があるのは明白だった。とはいえ自分が何かしらの被害を被る未来が視えていたとしても、教団に異を唱える権利も、歯向かえる立場にもない。

 神父の資格を得たばかりの新米である俺は、ただただ命じられたままに従うほかないのだ。


 欝々とした思考は、司教から「顔でキノコが栽培できそう」と評された陰気な顔をさらに暗くし、強くしかめさせるに一役も二役も買ってくれた。


 新たな町に到着してすぐにこれではいかんと、暗い気持ちを振り払うように首を横へ振る。


 暗々とした雰囲気で仏頂面をした神父に誰が救いを求めよう。

 心機一転。これからはあの司教とも顔を合わせることもなくなったのだから意識を切り替えて前向きにいこうじゃあないか。


 町の雰囲気が良好であったのは不幸中の幸いである。


 さしあたってはマフィーダの明るい雰囲気を吸収し、新参者らしく迎合し、自分も街で暮らす人々の一つになれるよう自ら率先して飲み込まれにいくとしよう。


 ☆


 町の中央で開かれている市場は一段と活気にあふれており、陽気な笑顔が散見する。


 明るさに当てられたいので少し立ち止まって町の様子を窺う。


 嬉しそうに風船を持って歩く子供を母が手を引いている。

 母親はやや歳がいっているようにもみえるが、母性の陰りは微塵もない。

 時折子供を見てはその命の輝きを眩そうに、慈愛に満ちた目で見つめていた。


 そのすぐ近くでは何か面白い話でもしているのだろう、派手ではないが地味でもないエプロンドレスを着た主婦らしき二人が目を細めて大笑いし「やだー」などと肩を叩き合う。


 外に置かれたテーブルのセットでは働き盛りの男たちが木製のジョッキをぶつけ合って乾杯し酒を一気に煽っている。

 その足元には毛の短い犬が行儀よくお座りをして尻尾を振りながら何かを待っており。そうと気づいた髭面の男の方が食べている途中の焼き魚をぽいと投げ与えてやった。


 人にやさしく俺に厳しかった教団本部では中々お目にかかれぬ賑やかで温もりのある光景だ。

 そんな眩い街中にあっても、目を凝らせば暗い影を落とす者たちもいる。


 その少年は目が見えないのだろう。

 目に小汚い布を巻いたぼろ服の少年が、身の丈と同じ程度の長い木の枝を杖代わりに街の端を歩いていた。

 急ぐ男が少年にぶつかって倒してしまうが、誰も少年を気遣うことも気にかけることもない。少年もいつものことよとばかりに気にしたふうもなく杖を支えに立ち上がった。


 表面だけを見れば明るく活気のある町なのかもしれないが、見方を変えればみながみな己の人生を精一杯に、必死に生きているのかもしれない。それこそ他者を気遣う余裕もないほどに。


 明部と暗部が明滅するこの町には眩暈を覚えるようだった。

 あのような子供を見かければすぐさま近くの大人が手を差し伸べるべきだ。


 ほんの一例ではあるものの、それだけでこの町には他者に対する思い遣りが希薄なように思えた。


 豊かではないからこそ活発に働かなければならないのだろうか。

 豊かさを維持するためにも懸命に生きているのだろうか。


 忙しなく働いている者たちを見ていると時間の進みまで早くなったように感じる。

 右に怒声をあげて魚を売りつけている店主を見て、左に串焼きを販売する店を見てと視線を右往左往と彷徨わせているうち、明かりを失った子供の姿はいつのまにか消えていた。


 まだ早いかもしれないが町の評価をするとすれば――悪くはない、といったところだろうか。


 この騒がしく忙しない町ならば俺のような浮いた存在でも容易に受け入れられるのではないかという希望が持てた。受け入れられずとも存在感を多少は薄められるかもしれない。


 いつまでも同じ場所に立ちっぱなしではまたいつぞやのように不審者かと疑われて牢屋にぶち込まれてしまうかもしれない。いまは場所を変えよう。


 ☆


 市場を抜けて目的地である教会。今は礼拝堂として利用されているであろう土地を目指すことにする。

 道中で町人に道を尋ねながら町の様子をつぶさに観察しながらの遅々とした歩み。


 気付けば石畳が敷かれていた道も途切れ、未舗装の土が目立ち始めてきた。

 この辺りは旧市街、ようは貧民街への入り口に近い場所である。


 密集していた住宅も入り組んだ道や階段も姿を隠し、人通りがめっきり少なくなっていく。


「さすがに旧市街に寄ると静かになるのだな――っと」


 独り言をつぶやいていると不意にドンと人にぶつかってしまう。

 これだけ閑散とした広い道で人にぶつかるとはお互い前を見て歩いていなかったのだろう。


「失礼しました。お怪我はありませんか」


 頭からフードを被っている女性――だろう。


 顔こそ伏せてはいるが、フードからはみ出している乳白色の長い髪と細身の体躯からそう判断する。


 髪は色こそ美しいが痛みきってごわごわとしており、一部は頭皮の油や泥で固まっているらしく真っ先に不潔な印象を持つほど汚れていた。


 貧民街の住人だというならばこれくらいは珍しくもない。教団本部に身を寄せる前から何度も見てきたものだ。

 それに、教団が引き取った戦災孤児たちはもっとひどい見た目をしていた。


 女は小柄と言っても巨躯な自分に比べての話しであって、笹色のコートで身を隠しているため全身こそ把握できないがいたって平均的か、ふつうよりも背が高いように見える。

 極端に痩せているようでもなければ物乞いをするような雰囲気もない。


「…………」


 女はそのまま謝罪するわけでも怒るわけでもなく、何事もなかったかのように横へ避けて、何者もいなかったかのように去ってしまった。


 いいのだ。誰もが俺のように人の目を気にして愛想を振りまくわけではない。

 他者からの評価など気にせず、芯を持って生きているものだっている。こういうこともあるだろう。


 そう思い込もうとしたが、話しかけた女性に無視をされたという事実は遅れてじんわりと心の柔らかいところをむしばみだす。


 挨拶をするのもイヤなほど嫌悪されてしまったのだろうか。


 世間から誤解を受け、女性に無視をされるのは日常茶飯事ではあっても傷つくことになれたわけではないのだ。

 女性受けのする顔ではないという自覚はあるが、それでも一言ぐらい何かあってもいいのにと思わなくもない。


 昔からそうだった。

 俺はやたらと人から誤解を受けやすい。


 マフィーダへくるまでの道中の話しだ。

 街の端でうずくまっている女性につとめて優しい声を意識して話しかけてみれば、周囲からは俺が女を泣かしていると本気で誤解されてしまった。


 やれ犯そうとして泣かれているだの。やれ腹パンをキメただの。やれ人さらいの顔をしているだの。やれ子供を認知してやれだのと、各々がありもしない様々なストーリーを捏造して俺を責め立てては言葉の暴力でもって滅多打ちにしてきた。


 なかには食って掛かろうとする者までいたが、近づいたところで俺の巨躯を見てすごすごと下がっていた。


 俺の容姿が誤解を招く強面なのは認めよう。

 肩幅が広すぎて威圧的に見えるのも仕方がない。

 だが鍛えすぎて衣服を千切らんばかりに盛り上がった筋肉には涙なしには語れぬ深い理由があるのだ。


 自分の見た目に難があると自覚しているからこそ、余計に人には慈悲と慈愛をもって接してきたつもりだった。

 子供を愛し。植物を愛で。神の教えに従い、魔物以外ならば虫のような小さな命をも尊重するよう心掛けている。


 だというのに悪い誤解が日常的に起こるのだから、これはもう何者かの、御しきれぬ大いなる邪悪な存在にでも呪いをかけられているのではないかと疑いたくなる。神の力すらも及ばぬ強大な何かにだ。


 司教に相談してみれば、「前世から引き継いだ業ですよ」と軽々しく切って捨てられてしまったが。そんな意味不明な理由で、はいそうですかと簡単に納得できるものではない。便宜上は呪いということにしているが、本当に呪われていたら洒落にならないから。


 人が真剣に悩んでいるというのに司教は最後に投げキスなどして茶化し、俺の神経を激しく逆なでした。

 彼女は気を紛らわせようとしてくれたわけではない。そんな気をつかえる器用な人間であるはずがないのだ。

 司教はそういう人柄なのだ。性癖なのだ。俺が不幸であればあるほど愉悦を覚える、教団の上層に置くに相応しくない凶悪な変態だ。


 教団のなかには、司教という重要な役職に就きながら投げキスを飛ばしてくるその茶目っ気を高く評価する者たちもいるのは事実だ。実際、面の良い女に投げキスなどされればほとんどの男は勃起不可避だろう。


 俺も司教と出会って日が浅ければ、ズボンを突き破って聖液を発射していたかもしれない。


 だが俺は司教を知りすぎている。

 いまさら性欲をたぎらせるような関係性ではない。 


 俺は呪いと疑うほどの異様なまでの誤解のされやすさと、己に不幸を呼び寄せる体質と真摯に向き合い、真剣に解決しようと考えているというのに。まったくあの色狂いの淫乱司教め――っと、いかん。


 なんでも悪い方向へ物事を考えてしまうのは俺の悪癖の一つだ。

 ポジティブな思考は良い経験を引き寄せるとも聞く。ならばネガティブな思考はその逆をなすだろう。


 こういうときには意識して多角的な見方をして前向きな思考に切り替えるか、別の楽しいことを考えるに限る。


 念のためスリ被害にあったかもしれないと懐をさするが二つ折りの大口な財布は健在である。そもそも金は大して入れていないので取られても問題はない。他に盗まれるようなもがあるとすれば手に握った教団から支給された幅の広いずた袋のみ。


 女の後ろ姿を目で追っても、その歩みは逃げるでもなく遅々としている。

 スリならばそそくさと逃げだしそうなものだから、本当に偶然ぶつかってしまっただけなのだろう。


 無視はされたが何事も無くて良かった。そう前向きに解釈しよう。


 旅の道中でも自分の不注意から同じように女性とぶつかったことがあり、そのときは痴漢だ人さらいだと騒がれてしまい数十日間の拘留を余儀なくされた。それにくらべれば無視をされるぐらいどうということはないじゃないか。


 そのときに牢屋で出会ったのが馬車に乗せてくれた旅商人だったわけだし。

 何度説明しても腕のある傭兵や冒険者の類だと誤解され、護衛を引き受ける代わりに馬車に乗せてもらえることとなった。そして実際に魔物の退治を一人でさせられた。


 イヤな誤解をされるからといってすべてが悪いことにつながるわけではない。

 結果的に最後は自分の足を使わずにマフィーダまでこれたのだから。終わり良ければすべて良しと言ったところか。


 そう、人の生とは悪いことばかりではない。

 悪いことがあればまた善いことも起こるのは当然である。

 幸か不幸かどちらかに傾き続けることなどはない……と信じたい。

 今はたまたま悪いことが続いているだけで、いつかは幸福の揺り戻しがくるはず。

 少なくとも教典にもそう書いてあった。神の教えを信じようではないか。


「ふぅ……」


 深呼吸をして気を取り直し、教会へ向かおうと真正面を見据える。

 意識してキリっとした顔を作ったのは、久々の女体の感触に脳が自動で喜んでしまっているので、自然と鼻の下が伸びぬよう気をつけなければならないからだ。


 天下の往来でいやらしい顔をしながら勃起などしていたら一発で通報である。

 聖職者としてもあるまじき姿。俺は神父なのだ。常に人の生の模範としてあらなければないない。


 ☆


 しばらく歩くと、遠くから一台の馬車が疾走してくることに気づいた。


 街を走るにしてはいささかスピードを出しすぎている気がしないでもない。

 なにか急ぎの用時でもあるのだろうか。はたまた御者が居眠りでもしているのか――そう思ったが手綱を握る御者台に座る男は片手で優雅にパイプタバコなどをふかして随分と余裕がある。


 この町は例外もあるのかもしれないが基本的にせっかちな者が多い。

 余裕をもってタバコをふかしながら焦燥的に馬車を爆走させるなど矛盾しているようにも思えるが、人の世とはそう画一的なものでもない。


 予め道の端に避けておき、念のため周囲を見渡す。すると先ほどの目に布を巻いた子供が今まさに道を渡ろうとしている最中であった。


 御者台の男もそれに気づいて慌てているが、慌てたせいでタバコの火種をこぼし、馬の背に落としてしまう。


 皮膚の痛覚が人よりも鈍いと言われる馬でも、たばこの火種は効いた様子。

 馬はいななきさらに加速し。一頭が走ると並んだもう一頭もつられて速度をあげてしまう。


 少年が道を渡り、そこへ馬が直進していく。

 その先の未来など、未来視のない俺でも理解できた。


「そこの少年、いそぎなさい!!」


 子供は耳も遠いのか俺の声には反応せず杖を頼りにのそりのそりと歩んでいる。

 そこへ猛然と突き進む大型の馬車。このまま時が進めば子供を跳ね飛ばしてしまうだろうというのは想像に難くない未来だった。


「くッ」


 荷物の入ったずた袋を道の端に投げ捨てて足に力を込める。

 土を蹴って走り出し、飛ぶように子供の痩せた細い身体を抱きしめた。


 そのまま小脇に抱えて元いた場所とは反対の道の端で止まると、馬車は少年の渡っていた道を砂煙をあげて駆け抜けていく。


「な、なんですか。ぼくになにか用でしょうか。ぼ、ぼくなんてさらっても大した金にはなりませんよ。ごめんなさい、ごめんなさい、やめてください!」


 小脇に抱えられた子供は、事態が飲み込めないらしくじたじたと弱々しい力で拘束に抗う。 


「だから、だからどうか男娼屋にだけは売らないでください! 痛いのはもうイヤなんです!」


 痩せた子供の悲痛な懇願は俺の胸を嫌な強さで締め付けた。


 そういった経験でもあるのだろうか。

 イヤな想像が脳裏をよぎる。

 もしかしたら目が見えないのも耳が遠いのも虐待の末なのかもしれない。


「大丈夫、安心なさい。私は貴方になにもしませんよ。貴方が道の真ん中で馬車に撥ねられそうになっていたので、こうして端まで案内しただけですから」


 耳が遠いだろうと思い声量をあげてはっきりとした発音で喋る。

 こういう細かいところに気が回る男はモテるとものの本にはあったのに一向にモテないのは何故だろう。


「あっ、あっ! そういう……ごめんなさい」


 小汚い衣服に身を包んだ子供が大人しくなったので地面におろしてやる。

 子供をだいていたせいで自分の神父服もひどく汚れていた。


 道中行った魔物との激闘のせいで元々綺麗な装いをしていたわけでもないので、いまさら大して気にはならない。

 服など汚れて当然のもの。一々汚れなど気にしていては旅などできやしない。


 ただ水浴びもろくにしていないであろう子供の臭いは強烈で、その臭いが染みついてしまうのは少々遠慮したかった。


「そうでしたか。ボク、恩知らずにもとんだ勘違いをしてしまいましたね。大変な迷惑をおかけしてごめんなさい……」


 よく謝る子だ。よく誤るよりはいいが。


「次からは気をつけて渡りなさい。や、目の見えない者にこのようなことを言うのは酷な忠告だったかもしれませんね……。配慮が足りず失礼しました」

「そ、そんな、気にしないでください。悪いのはボクの方なんですから。だからごめんなさい」

「いいえ、光がないのは貴方のせいではありません。それは神の誤りです。誰にも謝る必要などないんですよ」

「ふぁー……」

「ど、どうかしましたか?」


 強く抱きしめすぎてあばらでも折ってしまったか!?


「あ、ごめんなさい。ボク、そんなことを言ってもらえたのは初めてで……どう反応していいかわからなくって」 


 これまでさぞ辛い思いをしてきたのだろう。


「うっ……」


 少年の姿を見ていると涙が流れるのを禁じ得ず、思わず自分の口を手で塞いだ。


「あの、でも本当に心配なさらないでください。この町の形なら頭に入っていますから。普段はこんなことにはならないんです。ただちょっと耳が遠くて今回は失敗しちゃいました。それには貴方様のように優しくしてくれる方もいっぱいいますから」


 さきほどぶつかって倒されていたのをみたばかりなのだがそれは言うまい。

 彼がこの世界をよいものだと感じているならばそれを否定するのは残酷だ。


 しかし驚いたのは目の見えない少年の頭に地図が入っているという話である。

 確かに身体機能に欠落があるにしては体に怪我が少ないように見える。


 教団に入って間もない頃、無力感に苛まれていた俺に唯一優しい言葉をかけて慰めてくれたのは司教だった。


 当時は後光が見え、聖母か何かと見間違えたものだ。

 今なら声を大にしてい言える。やつは性母だと。


「頭に地図があるとは、それは素晴らしい贈り物を神から賜ったのですね」

「神様からの贈り物……ですか?」

「はい、私にはそのような能力はありません。それは神の与えた貴方だけの特別な力なのですよ」

「ボクだけの特別な力……。ごめんなさい、でも、ボクは人よりもないものばかりですよ? それが特別だなんて……あっ、反抗するようなことを言ってごめんなさい」

「そんなことはありません。光を失っていたとしても、私には貴方がとても優れた人間に映りましたよ」

「でも、これぐらいの能力なら他の人にもできるのではないでしょうか」

「広い世界をさがせば同じ能力を持つ人もいるでしょう。ですが貴方は貴方です。他の誰にも代えられない、貴方の代わりなどこの世界には存在しません。そのことを何よりもあなた自身が信じてあげてください。もしも信じられないのであれば、ますは自分という存在を認めてあげることからはじめてみてはいかがでしょうか」


 初対面で頼まれてもいないのにクソ面倒な説教をする厄介神父。それが今の俺だ。


 気は引けたが、これも自信なさげに謝ってばかりで自己肯定感が低すぎる少年のためになればと思えばこそである。

 迷える者を正しい道へと導き誘うのもまた、神父としての責務なのだ。


「ですが、もっと人を頼るなりしてみてはいかがでしょう」

「ひとに頼る……ごめんなさい、そんな事は考えたこともありませんでした」


 この子は俺を号泣させたいのだろうか。

 いったいどれだけの辛苦を味わい辛酸を舐め尽くしてきたのだろう。

 元々緩い涙腺が崩壊の一歩手前まできてしまっている。


「そ、それでは私は急ぎの用事がありますので、これにて退散させていただきましょう。強く生きるのですよ、少年。それと余計な病を患わぬようできるだけ水浴びは定期的にしておきなさい」


 目が見えない子供に言うのは無茶があったかもしれない。

 だが甘く耳触りの良い言葉だけをかけてやるのが説教ではない。

 時には厳しさもその人にとっての優しさとなる。そう言って司教は甘さ0、厳しさ100の修行を俺にやらせたのだ。


 できることならばこの場で救いの手を差し伸べて救済してやりたいところだった。


 しかし俺には彼を救済できるだけの権限がない。許可もない。

 教会の様子もまだ見れていないので連れていくこともできないだろう。

 すぐにでも保護してやりたい気持ちはあるが今はまだ難しい。準備が整ったら血眼になって探し、必ず迎えにこよう。


「あの、ありがとうございます。よければあなた様のお名前を教えていただけませんか」

「いえいえ名乗るほどの者ではありませんよ」

「ですが命の恩人の名を知らずに生きるなんて、そんな恥知らずな真似はできません」


 しっかりした子だ。俺が子供の頃に会っていたら兄と慕うレベルでしっかりしている。なんなら今の俺よりもしっかりしている。


「なるほど……そういう考え方もありますか。私の名はロイズレッド。この町に着いたばかりの新米の神父です」


 目の見えない相手にも礼を尽くし、胸にひらいた手を当てて目を瞑る。

 手には武器がなく、目を瞑るほど信頼しているという敬意の表明。教団の挨拶のなかでは最も一般的に使われるものである。


 司教は、相手に敬意を抱き敵意がないと表明する全裸土下座と呼ばれる最上級の礼もあると言い、澄んだ鐘の音がなる厳かな大神殿の内部で俺に対して繰り出してきたことがある。

 教典のどこを読んでもそんな話は書かれていないのであれはやつの趣味だろう。神罰でもうければいいのに。


「なにか困ったことがあればいつでも教会にお越しなさい。こちらが落ち着けばいずれは水浴びもさせてあげられます。ただ、今はまだ水が冷たいですけどね」

「ロイズレッド様……はい確かに覚えました。格別なご贔屓とご愛顧ありがとうございました! 抱いて助けてくれてありがとうございます!」


 それでは俺が君を買ったあとの挨拶みたいになるからやめてほしいな。

 格別な贔屓も愛顧もした覚えはないし、そこだけ急に大きな発声にするのもよくないよ。


 だが声が大きくなったのも、早速自分を信じはじめ、少しでも自信がつき始めたという成果のあらわれだというのならばこれ以上の喜びはない。


 自分に出来うる範囲の話ではあるが、窮地に立たされた子供に救いの手を差し伸べるのは神父として当然のことである。それは春の陽が温かく冬の風が冷たいのと同じ。そうあって当たり前のこと。己がすべき義務を果たしたまでである。


「神父様はとっても速かった気がします! ビューて駆けて風が頬を走りました!」


 こちらは場を離れようとしているのに、またしても大きな声でやましく聞こえることを言う少年。


 それではまるで俺が早漏で、少年の頬にビューっと何かをぶっかけたように聞き間違えられないだろうか。いや考えすぎだな。


 長旅で性欲がたまっているせいですぐにこじつけてしまうのだろう。

 教会に着いたらすぐにでも筋力トレーニングを開始して悪しき欲望を発散するとしよう。

 性欲がたまっているときは過度な運動と行き過ぎた筋トレに限る。そうやって俺の無駄にマッシブな体は作られているのだ。


 まさかこの筋肉のすべてが余すことなく性欲によってかたどられていると見抜ける者はいまい。筋トレをするたびにニマニマと笑っていた司教にはバレていそうな空気はあったが。


 少年は大声で喋るが、幸い周りには人影もまばらで誤解を招くことなど……いや、けっこういるな。

 いつのまにか人が集まっている。離れの民家の二階の窓からも何事かとこちらの様子を窺っている目がある。


 俺自身騒いだ覚えはないので、馬車の暴走で人が集まってきてしまったのかもしれない。


 少年への説教に集中している間、思った以上に目立ってしまっていたらしく、みながこちらに注目しヒソヒソと口を隠して話している。


「今あの子、顔にビューってかけたって言わなかった……」

「言ってた。出すのもとっても早いって……。それにイってもらえたのは初めてってあの子も喜んでたわね」


 これはいつものやつである。

 よからぬ誤解が生じている気配をビンビンに感じる。


 こうなるともう手遅れだ。

 今さら「私は何もしていない!」と声高々に主張したところで白々しく映るらしく、そこから新たな誤解が生まれて誤解は加速していってしまう。


 この呪い、いつか解かれるのだろうか。


「でも本当に僕みたいな者が、その、教会にうかがわせていただいてもよろしいのでしょうか? 教会って神聖な場所なんですよね。ボクみたいな不潔な子供が入っては叱られてしまうのでは」

「なにも気にすることはありませんよ。教会の門戸はいつでもか弱い者のために開かれていますから」


 遠目に見ている者たちのうち、二人の女性が何やら盛り上がっている。


 あれは亜人種だろう。

 人間とは違い全体的に毛深く猫のような顔をしている。

 マフィーダには亜人種が多く暮らしているとは聞いていたので今さら驚きはしないが、いざ実物をお目にかかると好奇心が湧いてくる。


 しかし物珍しがってじろじろと眺めるのは気分を害するだろうから、聞き耳を立てつつ横目に見る程度で我慢しておこう。


「――聞いた!?」

「ええ、しかと聞いたわ。肛門がか弱くていつでも開いているですって!」


 もっとしかと聞いてほしい。


 亜人は頭と耳に精子でも詰まっているのか……いやいや、そんな差別的な思考に偏ってはいけない。偏見は諍いの温床。もっとフラットな目で見よう。


「でも人は見かけによらないって本当なのね。あんな怖そうな見かけと図体をしているのに――」


 おや、珍しく誤解ではなく正しい評価をしてくれるのだろうか。


「――バリウケだなんて」


 このバカ猫どもめが。


 俺をフラットな目で見ろ。

 見かけで判断しないでくれたのは誠にありがたいが、その後の判断力があまりにも拙い。


「重ね重ねありがとうございます。あのあの、教会には困ったことがあれば本当に行っていいんですよね……? ボクはまだ社交辞令とかがわからなくて……その、よく勘違いをしてしまうから」

「もちろんいいですとも。いつでも門を開け……いや、普通に待っていますよ」


 言葉狩りに屈して言い換えてしまった。おのれ猫娘たちめ。いつか猫じゃらしで翻弄してやる。


「わぁっ……! じゃあ困ったことがあれば相談をしに行かせていただきますね!」


 これ以上はこの少年にかまうのはやめておこう。今すぐ彼をどうにかしてあげられる余裕もないのだから。


 なによりあの二人の猫人を意識して言葉を選んで喋るのは気疲れする。


「ヤダヤダヤダ、あんないたいけな子供に昼間からイかせていただきますだなんて言わせてる。なんて卑猥なの!」


 少年、もう会話をやめにしないか。

 俺の評価が望まぬ形でかたまりつつあるんだ。


「あら、でもオニショタはとても尊いものよ? お兄様のほうが逞しければ逞しいほど、汚ければ汚いほど綺麗なショタは輝くものなの。ちょうどあの二人みたいにね」


 擦り切れて汚れきった衣服の少年よりも、モテたくて清潔感を意識している俺の方が汚いと判定されているのは釈然としない。


「はぁ……呆れた。あなたソッチだったんだ。これは完全なる解釈の不一致よ。あれはどう見てもショタオニ。うだつのあがらぬ薄汚いお兄様が可愛げのある生意気なショタに翻弄され、手のひらの上で存分に転がされる様が美しいの。ショタにしばかれて真っ赤になったお尻は手の形をした愛の勲章よ」


 おやおや、俺たちがしているのはタチ話ではなく立ち話ですよお嬢様方。

 子供と大人が話しているだけなのに、どちらが凸でどちらが凹かなんていかがわしい妄想はおやめなさい。


「はあ? なに言ってるの? 筋骨隆々のオークみたいな大男がいたいけな少年に圧し掛かり、必死な抵抗もむなしく挿入されて奥の奥まで流し込まれるのが――」


 これ以上聞いていると頭がおかしくなりそうなので少年の頭をひと撫でしてその場を立ち去ることにした。

 頭を撫でたのがいけなかったらしく、ひと際大きな奇声が二重できこえたがあえて無視しよう。


「ああいけない、わすれるところでした。ところで貴方のお名前は? 私はあなたをなんとお呼びすればいいでしょう」

「きまった名前はありません。街では目無しってよばれてます。何もできないから芽無しとかかっているんですよ。前に働かせていただいていたところでは、あいつとか、こいつとか、お前とか、ゴミとか、クズとかぁ……ええっとあとは、役立たずや無駄飯ぐらいとも呼ばれていまして――」

「も、もう結構です。うん、それ以上は話さなくていいですよ。つらい思い出を話させてしまって申し訳ありません」


 頼む、俺を泣かせないでくれ。

 今泣いたら想像を絶する誤解をされてしまいそうだから。

 あの猫娘どもに目から射精したとか言われる。


「では私は、これから明るい未来へと進むであろうあなたをルカとでもお呼びしましょう」

「ルカ……それがボクの名前なんですか? ぼ、ボクなんかが名前をもらってもいいんですか!?」

「私がそう呼ぼうと勝手に決めただけで、貴方が気に入らなければ名前と認識してくださらなくても構いません。その際にはまたべつの呼び名を考えましょう」

「いいえ! ルカ、ルカがいいです! ボク、この響きがとても気に入りました!」


 名前を貰って声を弾ませる子供など見たことがない。

 どれだけつらい境遇のなかで生きてきたのか。


「それはよかった。数千年も前に使われていた古い言葉で、光明をもたらし輝く者という意味です。視力を失ってもなお力強く生きる貴方を見て、頭に浮かんできた言葉です」


 誤解されて皮肉ととられなければいいが。


「……ボク、生きてきてこんなに嬉しかったことはないです。川辺の屋台で悪くなったお肉を貰った時が一番の幸福だと思っていたけれど、それよりもずっと嬉しいや……。涙が出る場所を焼かれてしまっているので涙は出ませんが、前のボクならきっと泣いて喜んでいたと思います。ありがとうございますロイズレッド様」


 やめろ。俺が泣く。これ以上不幸話をきかせないでくれ。他人とは思えなくなってしまう。


 これ以上は真に救済したくなってしまうじゃないか。


「それでは私はこれで。さようなら、ルカ」


 ルカを目無しと呼んでいる町のやつらを片っ端からぶち転がしてやりたい気分だが、神父である以上暴力による解決は望ましくない。


 いずれはルカの蔑称を改める環境を作れるよう尽力したいものだ。


 立ち去るにあたって助ける際に投げ捨てたずた袋を拾おうと道の反対へ渡ると、猫の亜人たちが両手に口を当ててジッと俺を見つめていた。


 推しの舞台俳優が目の前に来て呼吸ができないみたいな反応をするな。


 それを無視して荷物を探すと、どういうわけかそこにあるはずの荷物が消えていた。


「そこのでっかいお兄さんや。もしかして探しているのはおっきな荷物かい。それならとっくの昔に賊どもがもっていっちまったよ」


 近くにいた老人と目が合うとそんなことを言われた。

 どうやら盗難被害に遭ってしまったようだ。まったく幸先が悪い。


 見ていたならそのときに伝えろよ――とも思わなくはないが己の管理不足が招いた不幸だ。他責はよくない。


 かえって探す手間が省けたのだと、教えてくれただけでもありがたいと思おう。何も言うまい。


「しかしあんた、ずいぶんと体がでっかいね。そんだけでかけりゃ男の性も猛りっぱなしだろう。でもいくら性欲を持て余しているからってあんな小さな子供を買うのはいかんよ。ありゃあ鬼畜の所業だ。みなりがいいんだから、多少高くても素直にサキュバスの店に通いなよ」


 絶対に何も言うまい。


 通報されないだけありがたいと思うのだ。

 しかしそうか、サキュバスの店があるのか……いやいかん。寄り道などせずにまっすぐ教会へ向かおう。


 しかしサキュバスの店か……ふぅん。


「お兄さんはよそもんだろ。盗まれたもんなら明日以降の夕方に闇市で売られるはずだから、適当に顔を出してみるといい。いくら大事なものであっても力づくで取り返そうなんて考えないのが身のためだよ。この辺じゃあ闇市に売られたら親の形見でも諦めろって言葉があるぐらいだ。痛い目にあいたくなければ諦めて素直に買い戻すに限る。ここいらの闇市は全ておっきな盗賊団が仕切っているんだ。下手に反抗なんてしようものならさっくり殺されちまって川の底に沈められちまうよ」 


 闇市。つまりは盗品市か。

 これほど大きな規模の町ならばそれもあって当然だろう。


 しかし取り返そうとすれば川に沈められるとは物騒な話である。

 荒事は苦手だが金もなしに新生活を開始するのも難しい。

 なんとか取り返す手段を講じたいところだが、さてはてどうしたものか。


「ご忠告痛み入ります」

「ほらやっぱりウケよ。お尻が痛いって言ってるもの」


 まだ言ってる。世も末だな。


 ☆


 この一枚の名画をご存じだろうか。


 タイトルは『救済の光り』


 光を失った盲目の子供は己にまとう深い暗闇の中で跪き、陽光のもと筋骨逞しき男性が汗ばむ筋肉により陽を反射させて微笑みを浮かべている。


 これは子供を包んでいた深い闇を払い、聖なる光を授けるという儀式的で神々しく神聖な姿として(えが)かれたものである。


 これはかの有名な聖人。世界で知らぬのは生まれたばかりの赤子のみとまで言われた聖ロイズレッドの若き日の姿であり。生きる希望も、進むべき道すらも見失っていた少年に、正しき道を示したさいの絵である。


 一目で万人が名画であるとわかる宗教画であるにもかかわらず、彼が起こしたいくつもの奇跡の一幕を描いた『救済の光』は、長らく世に出回ることもなく。誰にも見つけられず深く暗い場所に息をひそめるように隠されていた。


 見つかったのはごく最近。三十年前に偶然発見された。

 この荘厳な絵を描ききった画家が生前に住んでいたとされる屋敷は、国家指定最重要文化財とされており、その日も屋敷の改修工事が行われる予定であった。


 そんな折、何度も調べられていたはずの場所で、入り口を仕掛けによって巧妙に隠されていた地下室が発見されたのだ。


 地下室には画家の描き残した様々な聖画や手記があり、当時の金額にして総額数十兆円以上の価値はあると見られた。


 見つかったのは大量の絵画はすべて宗教画だった。


 だがこの画家は、多数の宗教が台頭する隆盛の時代にあって珍しく宗教画の類を一切描かない画家であることで知られていた。


 画家が描かいたのは風景画が主であり、そのどれもが独特な色具合で彩られ、特異な視点でえがかれているのが特徴である。


 画家の残した風景画の影響は大きく、賢明な読者諸君も知らず知らずのうちにその名を口にしていたこがあるかもしれない。なぜならば我々が日常的に使っている画材のいくつかには彼の名が由来となっている物があるからだ。

 現代では当たり前に使われる光と闇を自然に絵画の中へ落とし込む技法も彼が発明したものであるが、それを知るのは美術学校に入学を希望するものぐらいなものかもしれない。


 他にも茶器を扱う作法の流派名や猫の整体ツボの固有名も一部は彼の名がもととなっている。


 しかしこの本を手に取るような歴史に深い関心と興味を示す知者であるならば、「数多の才を持ち、魔法学を十年、科学技術を百年、美術史を千年はやめた巨人」と聞けば、すぐにでも思い当たる人物が頭に浮かぶのではないだろうか。


 彼の誕生以前と以降ではそれまで描かれていた絵の質があまりにも異なっていため、彼の名を美術史の一つの区切りとし、元年として使うこととなったあの画家だ。


 それほどの画家が大量の宗教画を人の目に触れられぬよう屋敷の地下室に隠していたというのだ。

 当時の歴史家たちは垂涎滴る想いで絵画の研究を進めていたという。

 実に羨ましい話なのだが、なぜ歴史家たちが涎をこぼすほどに狂喜乱舞したかをここで明かそう。


 歴史家の中には今でも空想上の存在であると疑う者がいるほどの超常の偉人。数々の奇跡を現実世界にのこした聖者、聖ロイズレッドを題材としたものだけが描かれていたからだ。


 手記の冒頭には、現代では使われていない古い言葉でこう書かれていた。


「ここに遺すは、私と敬愛するロイズレッド師の記憶。この子供()たちをどうか暗闇のなかより救い出してやってほしい。私に光を与えてくださったロイズレッド師のように――」


 己の作品を己に見立てて地下に隠した意図は判明していない。

 天才とはときに常人でははかり得ぬ、想像を超えた行動をするものだ。


 そしてこの手記と、それまでに見つかっている風景画の数十倍にも及ぶ数の絵画を遺した天才画家の名こそ――――光視のルカという。

他サイトからの調整・転載版なのでルビの表記などがおかしければ報告していただけると幸いです。できるだけ優しい言葉で指摘ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ