第六話「魔族って、一種類じゃなかった」
六話目です。
今回は森の外から新しい人物が来ます。岩人です。二話でガルが少し触れていた、山に住む種族。
異なる種族が出会うとき、最初はうまくいかないことが多い。それはこの世界でも同じです。でも凪は焦らない。焦っても、速くならないことを知っているので。
では、どうぞ。
その朝、集落に見知らぬ客が来た。
私はちょうど集落の外れで、枯れかけた木の根元に水を送り込んでいた。シロが隣にいた。
ガルが小走りで来た。ガルが小走りをするのは初めて見た。
「凪様、来客です」
「誰ですか」
「岩人です。三人来ています」
◇
集落の広場に行くと、三人が立っていた。
大きかった。
森人より頭一つ分、いや二つ分くらい大きかった。肩幅が広くて、腕が太かった。肌の色が灰色がかっていて、髪が短く硬そうだった。顔の彫りが深くて、目が細かった。服は革でできていて、腰に大きな斧を下げていた。
三人のうち、真ん中の一人が一番大きかった。年齢は分からなかった。老けているような、若いような、どちらとも言えない顔だった。
その人が、私を見た。
値踏みするような目だった。
「お前が凪か」
低い声だった。地面から響いてくるような声。
「そうです」
「魔王と呼ばれているやつか」
「そう呼ぶ人もいますが、私はただの転生者です」
岩人の三人が、顔を見合わせた。
「転生者が魔王になるというのは、聞いたことがある」と真ん中の人が言った。「しかし、こんなに小さいとは思わなかった」
「すみません、小さくて」
「謝ることじゃない。ただ、思っていたのと違った」
「どんなのを想像していましたか」
「もっと、こう、威圧感があるやつを」
「威圧感はないです」
岩人がまた顔を見合わせた。今度は少し、困った顔だった。
◇
名前はゴルといった。
岩人の集落の長らしかった。残り二人は護衛で、あまり話さなかった。
ガルがお茶を出した。岩人には小さすぎる器だったが、ゴルは文句を言わなかった。
「なぜここに来たんですか」とガルが聞いた。
「山の様子がおかしい」とゴルは言った。「三か月前から、山の水が減っている。川が細くなった。岩肌が乾いてきた。原因を探っていたら、この森に辿り着いた」
「森と山の水がつながっているんですか」と私は聞いた。
「つながっている。山の雨は森に流れ、森の水は山に戻る。昔からそういう循環だった。それが崩れている」
「森の東側が、かなり伐採されています。それが原因かもしれない」
「見た。ひどいものだ」ゴルは短く言った。「人間のやることは、いつもこうだ」
怒っている声ではなかった。ただ、事実として言っている声だった。それがかえって重かった。
「今は、保護区の話が進んでいます。三割は残る見込みです」
「三割」
「全部は止められなかった。でも三割は残ります」
ゴルが私を見た。
「お前がやったのか」
「話し合っただけです。決めるのは人間の国です」
「話し合いで動く人間がいるのか」
「一人いました」
ゴルがまた私を見た。今度は少し違う目だった。
「北の池が回復したという話も聞いた。それもお前か」
「川の詰まりを直しただけです」
「そこの精霊が元気になったと、山の精霊が言っていた」
「山の精霊と話せるんですか」
「話せるというより、気配が分かる。岩人は精霊と近い」
なるほど、と思った。森人は精霊の気配が分かる。岩人は精霊と近い。それぞれ、自然との繋がり方が違う。
「山の精霊は、今どんな状態ですか」
「弱っている。水が減っているから」
「森の水が戻れば、山の水も戻る可能性がありますか」
「可能性はある。しかし時間がかかる」
「時間はかかります。でも、始めないと始まらない」
ゴルが少し黙った。
岩の上に何かが落ちるような、重い沈黙だった。
「お前は何がしたいんだ」と、ゴルは言った。
「花を咲かせたいです」
「花」
「枯れているところに、花が咲けばいいと思っています。それだけです」
ゴルがまた私を見た。
長かった。
それから、短く息を吐いた。
「山に来い」
「山に、ですか」
「山にも、直せるものがある。お前の目で見て欲しい」
◇
ガルが少し心配した。
「山は遠いです。それに、岩人は、その、気難しいことで知られていて」
「気難しくはない」とゴルが言った。「無口なだけだ」
「……それはそうかもしれませんが」
「この女は怖がらないから、大丈夫だ」
「怖がらないというより、怖がるべき場面が分からないことが多いです」と私は言った。
ゴルが少し目を細めた。笑ったわけじゃないが、笑いに近い何かだった。
「正直なやつだ」
「よく言われます」
結局、二日後に山に向かうことになった。シロも連れていくことにした。クロとキョロは集落の留守番。ルナに頼んだら、「クロとキョロの面倒みる」と張り切っていた。
◇
出発の前日、夕方に池まで行った。
北の池は、来た最初のころよりずっと透き通っていた。底まで見えるくらい。水草が生えていて、小さな魚が泳いでいた。
水面をしばらく見ていたら、青い光が水の中で動いた。
精霊だった。
今度は弱っていなかった。水の中をすいすいと動いて、水面近くまで上がってきた。
私を見た。
また、青い小さな目。
「元気そうで良かった」
精霊が、水面をぱしゃりと叩いた。遊んでいるような動きだった。
「山に行ってくる。しばらく来られない」
精霊がまた水面を叩いた。
分かったのかどうか、分からなかった。でも何かが通じた気がした。
シロが水面を覗き込んで、精霊が驚いてすっと沈んだ。
「驚かすなよ」
シロが耳を伏せた。悪かった、という顔だった。たぶん。
◇
集落に戻ったら、ガルが待っていた。
「凪様、少し話せますか」
「どうぞ」
「山に行くことについて、止めるつもりはありません」とガルは言った。「ただ、一つだけ聞かせてください」
「なんですか」
「凪様は、いつまでここにいるつもりですか」
私は少し考えた。
「この森が、自分で回れるようになるまで、かな、と思っています」
「自分で回れるようになる」
「水が流れて、土が戻って、植物が育って、動物が増えて、精霊が元気になって。その循環が一度動き始めれば、あとは自然が勝手に回ります。その状態になれば、私がいなくても大丈夫になる」
ガルが静かに聞いていた。
「その後は」
「その後は、また別の場所に行くか、理に還るか、どちらかだと思います」
「理に還る」
「生き物はいつか死にます。私も例外じゃない。ただ、私の場合は、死ぬというより還る感じがする。どこに還るかは、まだ分からないですけど」
ガルが長い間、私を見た。
「怖くないんですか」
「あんまり」
「なぜ」
「死ぬのは一回経験しましたし。それに、やることをやってから還るなら、悪くない気がします」
ガルがまた沈黙した。
夜の風が吹いた。木の葉が揺れた。
「百年間、私たちは誰かに頼ることを忘れていました」とガルはゆっくり言った。「頼っても、裏切られるだけだったから。だから、誰も信じなくなった」
「そうですね」
「凪様のことも、最初は信じていいのか分からなかった」
「当然だと思います」
「今は、信じています」ガルは静かに言った。「それが怖いとも思っています。また失うのが、怖い」
私は何も言えなかった。
気の利いたことは、言えなかった。
「山から帰ってきます」とだけ言った。
「はい」とガルは言った。
それだけだった。
でも、それで十分だった気がした。
◇
夜、眠れないでいたら、キョロが布団に入ってきた。
「重い」
キョロは動かなかった。
「お前、毎回これだな」
キョロが尻尾を振った。
「山から帰ってきたら、またここに来い」
尻尾がまた振れた。
分かっているのか分かっていないのか、分からなかった。でも温かかった。
明日、山に向かう。
何があるかは分からない。でも、何かあることは分かっていた。
この世界は、どこに行っても、何かがずれていた。そしてずれているところには、たいてい直せるものがあった。
それだけ分かれば、十分だった。
六話目、書きました。
岩人のゴルが登場しました。無口で大きくて、でも話してみると筋が通っている人物です。森人のガルとは対照的なキャラクターで、この先しばらく重要な役割を持ちます。
ガルとの夜の会話は、この話の中で大事な場面でした。百年間、誰も信じられなかった人が、また誰かを信じようとしている。その怖さ。凪は気の利いたことは言えないけれど、「帰ってきます」とだけ言う。それで十分なこともある。
山編に入ります。森とは違う環境で、凪が何を見て何をするか。岩人の世界と、山の自然の話になっていきます。
また明日。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成・文体調整:クルス(Claude)




